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4話 黒い尻尾は

食事を終えると、再び神奈が部屋に現れ、食器の片付けをはじめる。


「ありがとうございます、神奈さん…でしたよね」


「はい、大亜様。何か御用でしょうか?」


「あ…えっと、『様』は付けなくてもいいですよ。僕はそんなに偉くもないですから」


きょとんとした顔をした神奈だったが、大亜に頭を下げる。


「なるほど、ご気分を害してしまったなら失礼致しました。では、大亜殿とお呼びすることにしましょうか。使用人という立場上、どうにも堅くなりがちなんですよ」


苦笑いをする神奈。見た目は大亜と同じぐらいに見えるが、態度には落ち着きが見られる。


「小太郎の家って使用人さんを雇えるぐらい大きいんですね、驚きました」


「ええ、この辺りだと1番大きいのではないでしょうか。何せ、狐太郎様のお父上はこの一帯の妖怪を取り仕切る長であられますから」


「本当ですか!?子太郎が妖怪の長の息子だなんて…」


「妖道家は代々、妖怪を率いてきた家系です。そうだ、こちらをご覧下さい。妖道家の家系図です」


神奈は部屋の棚から古びた巻物を取り出し、大亜の前に広げてみせた。


長い長い家系図で、伝統ある家系であることが一目でわかる。そして…


「…本当だ、妖道…狐太郎…一番下に名前がある」


(小太郎のやつ、本来の漢字も隠してたのか。確かに表世界だと変わった名前だもんな…)


「私もこちらでお手伝いをさせて頂いてまだ10年程度ですが、妖道家の使用人を務められることは、大変名誉なことなんですよ」


胸を張る神奈だったが、大亜には他に気になることがあった。


「神奈さん!?10年もここにいるって…失礼なのを承知で聞きますけど、今…おいくつですか…?」


「私、ですか?私は今年で…85になりますが」


「は…は…85歳ぃ!?」


見た目は20歳にもなっていないであろうこの少女が85歳だって!?

腰が抜けてしまう。もうとっくにおばあさんじゃないか。


「そんなに驚くことでしょうか?妖怪の年齢だとまだまだ若いですが…大亜殿はおいくつですか?見たところ私と同じぐらいに見えますが」


「…17歳ですよ」


「じゅ、17歳!?妖怪で17歳なんてまだ小さな子供ですよ!?人の子から妖怪になったとは聞いていましたが、人の子と妖怪ではこんなに年齢差があるのですね…驚きました」


「…そうだ、小太郎は!小太郎は今いくつなんですか!?」


「狐太郎様は…私と同い歳だったはずですが」


「あいつも…?でも、小さい頃から僕は小太郎を知っていますよ」


小太郎の成長に違和感を感じたことは無かったが、と首を傾げる大亜。


「…これは私の推測ですが」


神奈が言うには、小太郎は表世界と妖怪の世界の出入りが多く、時間のバランスがいびつになっているのかもしれないという。


「表世界と妖怪の世界で時間にずれがあることはご存知ですか?」


「それなら、小太郎から聞きました。あっちの1日はこっちでは5日に相当するって」


「狐太郎様が時間差のある空間を行ったり来たりしている影響出ているのでしょうか。大亜殿が狐太郎様の成長に違和感を感じなかったのはそのせいかもしれませんね」


「小太郎はこっちにも戻ってきていたんですね」


「はい、定期的に。私もお世話をさせて頂いていましたから」


学校終わりや休日には、小太郎はこっちに帰ってきていたのだろう。


「しかし、人の子が妖怪の世界にやってくることなどそうそうないですから…大亜殿と話していると見聞が広がるようでとても興味深いです」


表世界のことを色々と教えて欲しいという神奈。笑顔で黄金色の尻尾をぶんぶん振る姿は、何とも可愛らしい。


「小太郎は表世界のことを話さないんですか?あいつ、結構な時間を表世界で過ごしていたんでしょう?」


小太郎と接点も多いであろう神奈が、外の情報に疎いとは大亜も予想外だった。


すると、神奈の明るかった表情が少し曇る。


「…そうですね、あまりお話はされませんでした。大亜殿のことも、私はここにあなたが運び込まれて初めてお聞きしました」


まさか、と思い大亜は思い切って神奈に訊ねた。


「…小太郎が表世界に出てくるのは、あまり良くないことだったんですか」


「…!よくお気づきで。実は…あまり好ましいとは言えません…」


小太郎は将来には妖怪を率いる立場だ。表世界にいる時間も、本来は妖怪の世界で勉学や武術を修めるのが正しいという。


「狐太郎様が表世界に飛び出した時はまだここにはいなかったので、聞いただけにはなりますが…狐太郎様のお父上も、表世界に顔を出すことには反対していました。しかし、狐太郎様は全く折れなかったと聞いています。表世界にも学ぶ点があるのだ、と…」


「そうだったのか…」


「とうとうお父上も折れて、ある程度の時間は表世界で過ごすことに許可を出したそうです。その代わり、こちらの世界にいる時は勉学、武術、全てに精を出すことを条件とされました」


「妖怪の世界での狐太郎は、どんな感じなんですか?」


「それはもう、熱心に勉強されています。彼を知る者で、彼を卑下する者などいないでしょうね」


(学校で寝ていたのは、こっちで努力していた疲れが出ていたのかな…)


大亜は、小太郎が努力しなくても何でもできる天才気質の男だと考えていた。しかし、彼は努力家だったのだ。


(追いつけると思っていたのに、また距離を離された気がする)


まだまだ彼と対等になるまで道のりは長い。

自分にできることは───


「大亜殿?どうかされましたか?」


放心状態にも近かった大亜に、神奈が心配の声をかける。


「ご気分が優れないのでしょうか?」


「あ、ああ…ごめんなさい。たくさん話して疲れちゃったかもしれないです。まだ自分のことも、周りのことも…全部飲み込めたわけじゃないから…」


神奈は心配そうに大亜を見つめる。


「無理もありません…人の子から妖怪になられたのです。今日はもう、お休みください。また、機会がありましたら、表世界のお話をお聞かせくださいね」


「ええ、もちろんです。食事美味しかったです!ありがとうございました、神奈さん」


神奈は微笑んだ。大亜の回復を信じているようだ。


「では、お休みなさい。失礼します」


「お休みなさい、神奈さん」


静かに襖が閉じられると、大亜は布団に横向けで倒れ込んだ。


視界には、鏡越しに黒い狐耳と黒い尻尾が映る。


(妖怪、か)


小太郎の姿を見て驚いていた自分がずっと前のように感じる。そして、今は自分も彼と同じものになっている。


(これから僕は、どうやって生きていくんだろう)


表世界には家族もいる。親を置いて勝手に去るなど、大亜にはできないことであった。


家族に妖怪になってしまった、などと言えるだろうか。

…言えるわけが無い。言ったところで信じて貰えないだろうが。


この姿のまま帰るわけにはいかないし、もっと小太郎に話を聞かないといけない。


(今日はとりあえず休もう。色々ありすぎて、参っちゃったよ)


灯りを消し、目を瞑る。

黒い尻尾は不安そうに揺れていた。

時間の部分については自分でもよく考えたつもりですが、間違いがあるかもしれません。


神奈の言う通り、本当に複雑です…

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