2話 答えはもう
親友でいられるか。
小太郎から投げかけられた質問に、大亜はすぐに答えることができなかった。
「ダイヤ…ゴメンな…この姿、お前にだけは見せたくなかった」
怖がられる、化け物と見られる。もう、親友どころか友ですらいられなくなると思ったから。
「…悲しいな」
その時。
「いたぞー!こっちだ!」
2人組の男が妖狐に近づく。1人は大柄な男で、もう1人は背の高い細身の男だ。
「おお!?九尾の狐とはなかなかのレア物じゃねぇか、なあ相棒?」
「こいつを仕留めれば高くつきそうだな!はは、ついてやがる」
「…来やがったか」
「小太郎…?この人たちは…」
「妖怪狩りにくる奴らってところさ。要するにまあ俺を殺しに来たわけだ」
「殺…し…!?」
そうか、小太郎は彼らの気配を察知したからあんなに急いでいたのか。
「ダイヤ、どいててくれ。お前はここにいるべきでは無い存在だ。こいつらの目的は俺なんだから」
「な…小太郎!?殺されかけてるんだぞ!」
「こんなヤツらには何度も会ってるし、その度に切り抜けてる。心配すんな」
「心配すんなって…それじゃまるで!」
「俺は妖怪でお前は人間。それだけだ」
突き放すように小太郎は言い放つ。
「何も見なかったと思って帰れ。それがお前のためなんだ」
小太郎はそう言い放ち、妖怪狩りの男たちの方へ歩き出す。
「妖怪が何で人間と一緒にいるんだぁ?しかもお前ら仲良さそうじゃねぇか」
大柄な男が笑う。
「まあ、その狐に化かされてたんだろうさ。妖狐は騙すのが得意で卑劣な獣と聞く」
細身の男が解説を加えると、後方にいる大亜に目をやる。
「そこの人間クン、正気に戻ったんならさっさとどっかいった方がいいよ。今からその薄汚い狐を駆除するんだ。邪魔になる」
「まあ、あんたを騙してた化け物を殺すんだ。正義の味方だと思って感謝してくれや」
大柄な男は得意げに語る。
「ふん、アンタらごときに駆除される俺じゃねーよ」
小太郎はふん、と鼻を鳴らした。
「…来いよ」
同時に、妖怪狩りの男たちは札を構えて突撃してくる。
──戦いは始まった。
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「小太郎は、僕に親友でいれるかと聞いてきた…」
数十メートル先では妖怪と人間が非現実的な戦いを繰り広げているというのに、大亜はそんなことは気にもならず、呆然と立ち尽くしていた。
「…答えられなかった」
大亜にとって、小太郎の正体よりもそちらの方がショックであった。
小太郎の悲しげな顔が頭から離れない。
あの場で即答できていれば、彼のあんな顔は見ずに済んだかもしれないのに。
非現実的な戦いの場に目をやる。
小太郎と妖怪狩りの男たちの戦いは互角のようにも見える。
しかし2対1ではやはり小太郎は不利。
少しずつ、小太郎が押され始めているように感じた。
この場に自分が現れたこと、「親友であれるか」という問いに即答できなかったこと。
彼は強気を装っていたが、心の中は冷静なものであるはずがない。
(どれもこれも、自分のせいじゃないか…)
今なら答えを言える。今逃げてしまえば、二度と彼には会えないかもしれない。
伝えなくては。
大亜の体はもう、駆け出していた。
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(こいつら、強い…)
小太郎は内心、焦っていた。
1人ならまだしも2人。
片方に的を絞ると必然的にもう片方に隙を突かれてしまう。
「どうしたどうした狐さんよ!」
大柄な男は見た目に似合わず非常に素早く、小太郎の行先を予測して攻撃を仕掛けてくる。
「動揺しているのが見て取れる。大口を叩いていながらこの程度とは、やはり所詮は薄汚い獣だ」
細身の男は気づき始めた、小太郎の動揺に。
「あの人間クンがそんなに気になるのかい?友達だったのか知らないけど、お前のその姿を見ても友達だ、なんて言う奴なんていないさ」
小太郎の動きが一瞬鈍った。
細身の男はその一瞬を見逃さない。
「そこだ」
細身の男が投げた札が小太郎の足を貫いた。
札から光る糸が具現し、小太郎の足を締め上げていく。
「ぐっ…クッソ、こんな…」
この光の縄を抜け出すことは可能…妖力を足に集中させて小爆発を起こせばだ。
しかし、足元に妖力を集中させる必要があるため、これには少々時間がいるのだ。
「貰ったぜ、化け物ーッ!」
この妖怪狩りたちがそんな余裕を用意してくれるわけもない。大柄な男が突っ込んでくる。
「天よ、その力を我が身に…妖よ、失せよ!悪気封印!」
札から光線が放たれる。
足を縛られているため、避けられない。
(ああ、ここまでか…)
足枷を外すまであと少しだったのに。
こんなところで死ぬのか、俺は。
小太郎が最後に思うのは、やはり親友のことだった。
(ダイヤ、帰ったのかな)
親友に、自分の正体を知られてしまった。
もう、親友でいられない──
月野大亜と親友でいられなくなるなら、生きていても仕方ないのかもしれない。
この死は、大亜との別れ。
自分が死ねば、大亜は悲しがるだろうか。
あんな化け物とおさらばできて良かった、なんて思うかもしれない。
光線は、もう目と鼻の先。
小太郎は目を閉じた。
(さようなら、『ダイヤ』…)
光線が九尾の狐に直撃し、妖怪・陽道小太郎は塵に──
ならなかった。
痛みを感じないことに違和感を感じた小太郎はそっと目を開ける。
彼は目撃した。光線から妖怪を庇う少年、『月野大亜』を。
「ぐううううううッ…がっ…」
光線は、大亜の胸の辺り直撃。
彼は飛び散る血と共に地面にドサリ、と倒れる。
「何でだよ…何で!!」
足の拘束を解いた小太郎は、倒れた大亜に駆け寄る。
「やられ…そう…なのを…守…れ…なくて…何…が…親友…だよ…ぐはぁっ!はぁ…はぁ…」
大きく血を吐き出す大亜。
しかし、あろうことか彼は謝罪をする。
「すぐ…答え、出なかったんだ…ゴメン…な…小太郎…」
「クソッ…もう喋るなダイヤ!」
妖狐の白い尻尾は、既に血で真っ赤に染まっていた。
「お…おい!あいつ、化け物を守りやがった!」
「まさか、こんなことになるとは…」
妖怪狩りの男たちも、これには流石に驚いていた。
小太郎は鋭い眼差しで男たちを睨んだ。
「許さねえ…許さねえ!貴様たちは…必ず…!」
血に染まった九つの尻尾が肥大化していく…
「おい、引くぞ…あの妖力は流石に手に負えん」
「お…おう…」
妖怪狩りの男たちは妖狐に背を向ける。
「逃がすと…思うのか…?」
小太郎は思った。自分は今からこいつらを殺すだろうと。
今までも妖怪狩りに遭うことはあったが、ある程度痛めつけて去ることはあれど、相手を殺したことはなかった。
しかし、今回ばかりは…
「ダメ…だ…小太郎…」
足元から聞こえる弱々しい声で我に返る。
「何言ってるんだよダイヤ!あいつらはお前を…」
「僕が…勝手に突っ込んだだけさ」
「…どこまでお人好しなんだよお前は」
小太郎が顔を上げたときには、もう男2人の姿はなかった。
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戦いの後、小太郎は倒れた大亜を抱き抱えていた。
「ダイヤ…俺なんかのために…何で…」
「なあ…小太郎…」
「…ダイヤ」
「僕達は…親友だよ…たとえ君が…何であろうと…」
「…!!」
「僕…死ぬのかぁ…君に…たくさん…話を聞きたい…のに…」
「ダイヤは死なせない!絶対に死なせないからな!」
「はは…わかった…しん…じ…て…る…」
ここで、月野大亜の意識は途切れた。