両膝を縫ったハナシ
アタシの名前はハル。
ひょんなことがきっかけで、齢30にして小説家デビューだ。
ここでは私小説と、もうひとつ、小噺のようなものを書いていこうと思っている。
さっそくだが、先日転んで両膝を縫ったハナシを書こうではないか。
あれはそう、東京に帰省した帰り。小松空港に到着した時に事件は起こった。
アタシは三半規管がめっぽう弱い。弱いというか、敏感過ぎる。
飛行機に小一時間も乗れば、後5時間はふらついているのが常だ。
そんなアタシ。
大きな荷物を抱えてふらつきながらもゆっくりと荷物受け取りの階段を降りていく。
すると、ふわりと脚がもたついた。
ヤバい。
そう感じた瞬間、ゴロゴロと盛大に階段を転げ落ちる無様なアタシ。
全身に強い痛みを感じる。
「大丈夫ですか?!」何人もの乗客が駆け寄り心配してくれる。しかしそれどころではない。アタシはそのとき商売道具の30万円の大層バカ高いカメラを持っていた。アタシは自分の身よりもカメラの心配をしていた。
ええ、大丈夫です、はい、となんとか起き上がり、よろよろと歩き出すと、そのまま荷物受け渡し場にあるベンチに座る。急いでカメラの確認をする。あー、どうしよう。バッテリーの蓋がイカレてしまっている。なんて日だ。そんな事を考えていると、なんだかひやりと脛に冷たい感触。
ふと下を見てみると、そこには3センチ程の血溜まりができていた。「うおっ」思わず声が漏れる。はたと周りを見回し、同じベンチに座っていた親子連れに、ティッシュはあるかと尋ねる。どうしたのかと逆に尋ねられるので、血溜まりを指さすと、驚いた表情で使いかけのポケットティッシュを差し出してきた。「あの、これ全部使っていいので!」ついでにウェットティッシュまで貰い、これゴミ袋に使ってください、とコンビニの空袋までくれた。
そうこうしているうちに、逆隣りに座っていた老夫婦が「ねえあなた、大丈夫?ちょっと、空港の人呼んでくるから…」と言って消えていった。嗚呼、北陸に来て、初めて人のやさしさに触れたかもしれぬ。
空港職員がやってくると、事態は急展開。アタシの流血の量を見るや否や、レシーバーで職員を呼び呼び、5人もの職員に囲まれてしまう。色々と聞かれ、荷物を運ぶのを手伝ってもらい、解散。家路に着き、やっと解放された、と思い履いていたタイツを脱いだ。
おや。ただの擦り傷かと思っていた傷口。それは擦り傷どころではなかった。肉がべろりと捲れた、5センチ程の創傷であった。
これは…と、近くの医科大に救急で行く。すると、医者は傷口を見るや有無を言わさず「これはねえ、縫うしかないよォ」と言ってきた。本当に、「ハア」とため息しか出ないのである。
結局、右膝5針、左膝3針縫う大怪我をして、帰省の〆となった。
膝はまだまだ痛いのである。風呂にも入れない。
近所の病院で2日に一回消毒を行っている。
来週抜糸の予定である。
しかしながら、なかなかにおもしろいハナシのタネができた。
こんな風に、日々の出来事を綴っていこうと思う。