囚われの村人・9
時は進み、温かな雰囲気とは真反対の暗く冷たい地下にて
先ほどのオオカミの比ではない山のような巨体と対峙する空間。
「そいつの名はジーリ。
見ての通りのただのワニだ」
「どこが天然物だっていうんだ......!」
腹の立つ紹介を預かった巨ワニは唸ることなく、
変わらぬ速度でのそりのそりと踏みしめて近付いて来る。
これが最高速度であることを願うばかりだが、
だとしても倒す方法が浮かばない
「ワニって弱点とかあるかな......?」
「通常の大きさだって下手に手を出すような存在じゃねえから
分からねえよ......やっぱ、頭くらいか」
ジリジリと後退して、
目立って行動ができずに固まる獣人の近くまで来てしまった。
「そういやお前、名前は?」
「そ、そんなの聞いてどうする?」
「成り行きとはいえ、共闘中だろ?
ここで殺されたら最後の戦友になるかもしれないんだから、
お互い名前は知っておいた方が良くないか?」
「縁起でもねえこというなよぉ!」
悲嘆を合図にワニは突如振り返る。
お帰りにでもなってくれるのかと一瞬した期待を打ち砕くような
黒い影が迫る。
叩きつけられたそれの跡には土埃が晴れると、
地面がひび割れているのが見える。
重みの乗ったテールアタックで地形が歪んでしまった。
自分達が両端にギリギリ避けることができたのは
巨大樹の幹のような尻尾だった。
ゴツゴツとした黒い鱗は、
打撃を喰らわせる者の方の身を滅ぼしそうな
頑丈さを感じさせた。
武器など元より使えないが、コイツに対しては素手での攻撃は御免だ
続けざまに闘技場を丸ごと整地するかのように、
回転して尻尾で全てを薙ぎ払い始めた。
選ばれたのは名を聞きそびれた戦友の方だった。
必死に迫る尻尾から逃げている
「なんとかしてくれええエェ!!」
軽く飛び越えることなど不可能な太さだ。
このままではいずれ獣人は轢かれる。
がら空きになったボディまで駆けこむ勢いのままに、
蹴りを入れた。
しかし、その衝撃が全て返ってきたかのような痺れに
声にならない悲鳴が出た。
今のパワーでは到底どうしようもない体格差だ。
持てる限りのフルパワーでも奴の皮膚を破壊できるかは定かでない
「もうダメだあぁぁ!!」
壁の様なワニの巨体を飛び越えて様子を見ると、
追い付かれる寸前だ。
少々、動物好きの自分としては心が痛むが
最後の手段に出るしかなかった。
今度は背中をよじ登り、頭部まで走る。
狙いはその、頭ではない。
「悪く思うなよ!」
目標は自分の身体ほどもあるような大きな球体、
目の前にするとワニも察して堅牢な瞼を閉ざそうとする。
腕が挟まれることも気にせず手刀を放つ
「ギャアァァ!!」
右腕の嫌な感触と共に悲痛な叫びを上げたのはワニだ。
カマキリと人間程度の体格差であったが、
人間もカマキリにそこをやられてはただでは済むまい。
潰したのは、目玉だった。
しかし、戦いにおいて有利に働く
破壊可能部位ではあったが、致命傷ではない。
どころか怒りを買って、暴れ始めた。
場は土煙と地鳴りと絶叫で騒然となった
「くそっ、これでは観察できんではないか」
ボヤくのは安全な位置で観戦する男だ。
石っころでも落ちていれば投げ付けてやるというのに
「ゲホッゴホッ!」
咳払いを聞き分けると、
その方向に目を瞑りながら姿勢を低くしてダッシュすると
獣人を強引に拾い上げて壁に右腕をめり込ませた。
「救出するにしても、ゲホッ!
もう少しゆっくりやってくれよ......!
腹にラリアット喰らったみたいに――」
「おい、アイツの弱点見つけたかもしれねえぞ」
「え?」
のたうち回るような動きが落ち着き始め、
景色がハッキリしてくると、
俯瞰していたことで
見えてくるものがあった




