囚われの村人・7
「グルゥゥゥゥ......!」
あまりの低温に耳が拾い切ることが出来ないほどの、
ほぼ無音の威嚇が大気の震動となって体を駆け巡る。
「あ、ああ......ちきしょぉ!」
今にも漏らしそうな声で近くの裏切られた部下は
辞世の句でも読み始めそうだ
「おい! アイツの弱点みたいなのはないのか!?」
「あ、あるわけねえよ......!
なにしろあのデカさだ......並大抵の攻撃じゃビクともしねぇ」
「だったらさっさとさっきの寄越せ!
死にたくなかったらな!」
怯えてる上に察しの悪い獣人がやっと巾着袋を手にした時には
巨体が迫ってきている。
「ひええ!!」
「に、逃げる前に投げて寄越せっての!!」
無駄な逃走は獣の気を引くだけだ。
自分を通り越して、獣人の方に向かって行く
「馬鹿野郎! 背を向けて逃げる奴を本能的に動物は追うんだぞ!」
「そ、そんなこと今更言われても!」
「グガァァァ!!」
その口は丸吞みも屁でもない程パックリと開いた。
終わりかに見えたが、ギリギリ窮鼠猫を嚙んだようだ
「熱せよ!」
決して大きくはない火球であったが、
無防備な口内に直撃するとオオカミは顔をそらせた。
「よし、今だ!」
かなりの至近距離まで寄ってやって袋が宙を舞うと、
今度こそしっかりとキャッチし、念願の食糧を手に入れた。
中身は......!
「見られてるぞ......!」
擦れた声が聞こえ、
顔を上げるとそこには鼻をヒクヒクさせた大きな腹ペコオオカミが
自分の手元に熱視線を浴びせてヨダレを垂らしている。
「悪いがコイツを一枚だってやる訳にはいかんな......!」
そう宣告してやると袋を逆さまにして、
至福の時を味わう様を見せつけてやった。
口にはいっぱいのビスケットが重なっていき、舌の上で甘みを溶かす
「ガルルルゥ!」
苛立しげな唸りを聴きながら強引に全て嚙み砕いて
呑み込むと、一息ついた。
その頃には飛び上がって影となる巨体、
「まあ、少しはマシになった」
こちらも跳躍して叩き込みやすい大きさになった眉間に、
「ふんッ!!」
力任せの右ストレートを味あわせた。
衝撃が皮をバネのように伝わり尾にまで到達してから、
巨大狼は金網まで吹っ飛んでいった。
「ギャウン!」
最後の一鳴きは体格に似つかわしくないほどひ弱だった
「でも......喉が渇いたな」
「や、やったァ......!」
考えもしないまさかの一発KOに上の男はワナワナと体を震わせていた。
それは怒りか、恐怖か。
「これで分かってくれたでしょう?
お話でもしましょうよ」
余裕の表情で会談を持ちかけると、
対するソイツも口角を上げた。
強がっているとも受け取れたが、
その震えが満面の笑みから零れる喜びから来ていることを察知した時
こちらが戦慄する番だった。
「嬉しいぞ......これほどまでとは。
もっと見せてくれたまえ......ベルフィー」
相変わらず気に入らない勝手な命名を口にしながら、
男がゆっくりと右手を上げると
また、闇の奥から何やら音が聞こえた。
しかし今度は、何かが落ちてきたような音だった




