勇者を抱えて
「なんて速さだ......!!」
遠くに見えるのは腕に抱えられるアイリス、
恐ろしい速度での疾走は彼女に抵抗をまるで許していない。
それに極限まで低い姿勢での走行は空気抵抗も相手にならないようだ
何が目的か?
奴は何者か?
理性が抱くモヤモヤが気に掛からなくなるまで
必死に俺の身体が喰らいつく
意識を失うまでの体力の行使は久しぶりだ、
もうすぐ無我の境地に至ろうとしているのを実感しつつある。
それまでの普通の精神を引きずったままでは追い付けない!
「ウィン!!」
遠くに聞こえる振り絞られる声に
自我の糸は切られた
耳に聞こえる風の音は唸りをあげた
ただそのまま誘拐犯の背中に突っ込むのではなかった、
身体の支配権を引き剥がされて夢のような景色で見えるのは
木々をなぎ倒した斜めに走って行く俺。
一体どうするつもりだ?
ミシミシ、メキメキと鳴る音が自分の身体からではないことを願いながら
視界はついに晴れた。
薄暗い木漏れ日から太陽の光いっぱいの草原に出ると
抜き出た森沿いに直進を続ける
目の向きはずっと前だけを見据える。
目的の捕捉をする気が体にはないのだろうか、
今や手足を奪われたも同然の俺には消え入りそうな意識の映像で祈ることしか出来ない。
とても奇妙な感覚だ
すると急に視界は横をしきりに向き始めた
見えた
遠くに木々の間から一瞬、また一瞬と影が並走しているかのように
しかし俺の身体はいつまでも平行して走るつもりはないらしく
ジリジリとだが影の速度を追い越していく。
今だ、
突入して前に躍り出るのは今しかない
そんな指示はどの神経にも届きはしない
それでいて加速も緩やかだ、
本当に何をしているんだ?
自分の身体に腹を立てる瞬間、
状況は動いた
大きく前にジャンプした
かなりの速度を持った身体は長い時間滞空しているように感じられた
もうすぐ着地だ、
だがこのままではせっかくの速度が消える
一気に距離を開こうとして失敗したのか?
愚かな予想を立てていたのは俺の方だった。
着地と同時に真横にすっ飛ぶ
太い幹の木もお構いなしに頭から突っ込む。
ギリギリ上を望む視野には影が丁度
今木々を抜け出そうかという時に、
目の前に飛び出し
ぶつかった
「うあッ!!」
叫びをあげたのはアイリスだけだった。
互いの高速での衝突の軍配は横入りした俺の方にあった
こちらはすぐ近くの木に当たって止まる事が出来たが
あちらさんはアイリスを話して奥の方まで騒々しい音をさせて飛んで行ったようだ。
おかげで鳥が遠くの方で飛んでいる、
いきなりの荒々しい訪問者に驚いたのだろう
「うっ......」
仲間のうめき声に理性が勝ったか、
身体が帰ってきた
「あ、アイリス!」
すぐさま立ち上がって彼女の元に駆け寄る。
俺の身体がやったことだ、自身の心配なんかよりも巻き込んだ他人の方が重大だ
「す、すみません......油断してしまって」
「仕方ないですよ、あの状況じゃ......」
それに敵もそんじゃそこいらの奴らじゃない。
体当たりした時の感触は異形のものではなかった、
ただどのようであったかまるで分からない
予想もつかない
「でも、まだ終わってくれては...いないようです」
吹っ飛ばした誘拐犯の方を見て
ゆっくりと上体を起こしながらアイリスは言った
「このまま周りを鬱蒼と茂る自然を囲まれた状態で戦うのは良くない......
開けた場所まで連れて行ってくれますか?」
「は、はい!」
丁寧に彼女をおぶると徐々にスピードを上げて行った。
ほんの少し見た後ろに人影はない
あちらの仲間がいたりすることもないようだが、
こっちの仲間がまだ来れていないことも気掛かりだ




