邂逅
衝動に促されるままにアイリスが一歩を踏みしめた時、
男は思わぬ行動に出た。
「はぁ......やめたわ」
「え?」
目の前でアメルに突き付けていた刃を手から
ポトリと落とした。
短剣は鋭利さを誇るように真っすぐ突き刺さる
胴体を拘束するために回していた腕も
魔法使いの頭をポンと触れると、自ら引き下がった。
何が起こったのか少女二人はまるで分からないという表情だ
「ははっ、そのリアクション。
まさに人間にしかできないって感じだよな。
今ので確信できたよ......」
「ど、どういうことよ! いきなり!」
威勢を取り戻すようにアメルは振り向いた。
アイリスも油断すまいと相手の一連の動きを見逃さぬよう、
警戒したままだ
「悪いな、端的に言えば勘違いしてたんだ。
魔族かと思ったんだよ。
この結界内では化けられる奴ばかりみたいでさ」
「では、もはや敵意はないと......?」
「ああ、その証拠にまだナイフがそこに刺さったままだろ?
信じてくれよ」
少し訝しげにしたが勇者は信じて矛を収めた。
それを見て騒いだのは妹分である
「ま、待ってください!
信用しちゃ駄目です! こんな奴!
まだ何か隠し持ってるかも......!」
「じゃあ、身体検査してみるかい?
ちなみに足の震えは治まったか?」
「なっ!」
途端にアメルの顔が紅潮する。
アイリスには何のことやらさっぱり分からない
「その子の年相応の怯え方で分かったよ。
気丈に振舞ってるようだったが、しっかり身体から伝わってきたぜ?
小便チビらせちゃってたらごめんな!」
「してないわよ!!」
「そう怒るなよ~
ほら、確かめるんだろ?」
男はバンザイで抵抗する気が微塵もないことを示した。
それを見てから慎重に、かつ不機嫌に魔法使いは近付くと
探り始めた
「う~ん、もっと嬢ちゃんが大人だったら
興奮できるシチュエーションなんだがな~」
「......チッ」
向かっ腹が立ったアメルは検査を終了すると、
去り際に思い切り男の足を踏んだ。
「イッテ!!」
「ふん、ガキ扱いするからよ。
不審者め」
腕を組んでご機嫌斜めにそっぽを向く少女と代わって、
アイリスが座り込んだ男に近付いた
「あなたは一体......」
「ん?
ああ、自己紹介は控えさせてくれ。
簡単に言えば......そうだ」
思い出したかのように勢いよく立ち上がった。
そして背後を振り返り耳を澄ます
「俺っちは盗賊っていうロクでもない身分なんだが......
堅気の仲間がついさっき出来てよ、
裏稼業身分に逃げてくれなんて親切な野郎だったんだが」
「ここのことについては――」
問い掛けるアイリスの方を向かずに手で制した。
「詳しい説明は後だ。
激しい戦闘で鳴り響いてた音が消えてる。
俺っち達が遊んでる間に何かあったかもしれん」
「遊びにしちゃ随分、物騒だったけどね......!」
アメルの小言はさておき、
盗賊と名乗る男の気になっている方角に
勇者のセンサーを向けて見ると、懐かしい反応が
探知できた。
しかし、どこか違和感がある
それでもウィンであることは疑いようが無かった。
「ウィンの反応です!」
「え、本当ですか!?」
ご立腹だった女の子の態度が急変した様子を
盗賊は横目に見ていた。
「よく分からんが、お前さんが感じた気配は
顔色が少し悪そうな男のことかい?」
アイリスはその問いに驚きつつも、
すぐに頷いた。
「なら、会わせてやるよ! ついてきな!
何があったのかも気になるしな......」
そう言うやいなや近くの建物の屋根まで跳躍して
ドンドンと先行する。
その速度にアイリスも疾駆で着いて行く。
二人の圧巻の速さにしばらく呆然とした後、
慌ててアメルも追うのであった




