第八幕-5
かつて、ブリギッテ・ファルターメイヤーは極度に自分への自信が無かった。剣術や体術は姉であるファルターメイヤーの方が遥かに有能であり、優れた姉の後ろを歩く自分の腹の底に劣等感を積み重ね、それを隠して生きてきた。
だが、そんなブリギッテも今では親衛隊で最も優れた狙撃手として尊敬と畏怖を受ける存在となっていた。自分に自信が無く、勝手に自身を"抑止力"として反抗していた自分の知らなかった才能を生かそうとしたカイムに、今の彼女は少なからず感謝の気持ちを抱いていた。
そんな狙撃手として訓練してきたブリギッテは、第六感のようなものが不思議と強くなり、議事堂に入ってから不思議な違和感に襲われていた。妙に肌に刺す独特の殺気の様なものを彼女は感じると、その出所を確かめようと周りを渡した。一階には確かに殺気を振り撒くような人物が多くいた。だが、それは多くの有権者は私兵を持って嘗ての戦争で少なからず死線を潜っている者がいるからであり、その者は不思議と自然に鋭い殺気が立ってしまうのだった。
だが、ブリギッテの感じる殺気はそんな彼等より鋭くないことから、彼女は殺気を出しいてる人物が戦闘や訓練の経験が少ないと考えた。そこで彼女は議事堂のニ階席へと視線を向けた。議事堂ニ階は教会や帝国の文民がほとんどを占める席があった。それでも、教会関係者と警戒しても教皇ゲーテやその祖父、そして彼女に味方する聖堂騎士しか出席しておらず、枢機卿達や大司教はドレヴァンツ以外全員が欠席していた。そんなテオバルト教会の空席の多さが気になるとはいえ、何故か親衛隊の制服を着る聖堂騎士達が居るのだからブリギッテには心配しなかった。だからこそ、彼女はその殺気の出所が解らないことへの焦りを感じ始めた。
皇女ホーエンシュタウフェンの暗殺というゲーテの予知は、親衛隊上層部のブリギッテも当然知っていた。そのため、皇女暗殺を阻止しようと彼女はとにかく有権者席全てへとひたすらに警戒をした。
議会は皇女の要請から出席していたカイムへの質疑応答となっており、彼はザクセンと討論の様な物をさっそく始めていた。その中で、ブリギッテはふとニ階席で警備をする一人の衛兵に視線を向けた。その衛兵は右手に槍を持ち姿勢を正すその姿こそ至って普通だが、彼女は感覚的な不自然さを感じた。自分でも理由を説明出来ないのだが、ブリギッテの中ではその衛兵は他の者と比べて何かが違っていた。城の衛兵が暗殺を実行する事を否定したい心境ではあったが、彼女の第六感はその衛兵に警戒をしろと大いに叫び続けた。そんなブリギッテは警戒と衛兵への疑いへの葛藤に神経を集中させていたために、議会で行なわれていたカイム達の話を全く聞いていなかった。
「馬鹿を言うな!そんな事が出来る訳無いだろう!」
そんなブリギッテの耳に突然テンペルホーフの大声と南方有権者の野次が響くと、思わず暴動を恐れた彼女はその方向へと一瞬注意が反れた。そのタイミングで、衛兵は素早い動きで体制を整え、突然手に持つ槍を投擲しようと逆手持ちし始めた。視界の端でその姿を見たブリギッテは、急いでホルスターのカバーを開き、銃身が長くトリガーの前にマガジンハウジングをもつ大型拳銃を取り出した。
だが、既に槍の投擲の動きに入っていた衛兵を先に撃っても槍が放たれることを悟り投擲自体を防ぐのを無理だと一瞬で判断したブリギッテは、目一杯の勢いでホーエンシュタウフェンの元へと走り出した。とにかく彼女の命を最優先とし、ギラによって死守されているカイムを後回しにしたブリギッテは、何も考えず座席や台、階段を飛び越えて弾丸の如く直線で皇女の元へ走った。その行動に多くのものが呆気にとられ、ホーエンシュタウフェンも驚いたが勢いよく飛び込んできたブリギッテにその肩を掴まれると、その勢いのまま床へと伏せさせられたのだった。
「ちょっ、アナタ!」
「姫様、伏せて!」
突然のブリギッテの行動に驚き声を上げて上体を起こそうとするホーエンシュタウフェンの肩を押さえ強く言い放つと、彼女は槍を投擲しようとしていた衛兵を視界に入れようと議事堂二階を見回した。走ってきた勢いと位置の変化でその位置を見失いかけたが、ブリギッテは再び衛兵の姿を視界に捉えたのだった。その姿に彼女は拳銃の照準を衛兵へと定めようとしたが、突撃の勢いが残った為に拳銃の照準は一瞬ずれ、槍を投げる途中の衛兵を狙い撃つには遅かった。更に状況は演説台が目の前にあり、皇女を押さえながらでは狙いを修正しにくい姿勢と射撃を行うには悪いものだった。
「なら…みんな伏せて!」
ホーエンシュタウフェンの動きを止めるのを止め、ブリギッテは彼女の肩から手を放し、議会全体へと大声を上げた。そのブリギッテの焦る表情から危機的状況を理解したホーエンシュタウフェンは、反射的に演説台の後ろへと伏せた。
そんなホーエンシュタウフェンの姿をみたブリギッテは空いた左手をグリップ下に添えながら大きなハンマーを起こすと、軽く息を吐いて止めた。フロントサイトとリアサイトが重なりその照準が衛兵を捉えると、彼女は素早くガク引きが起こらない程度で引き金を引いた。力強くハンマーが撃鉄を叩き、乾いた破裂音と共に巨大なスライドが上方へと薬莢を吐き出した。その排莢の衝撃を銃の重さと腕力で抑えた見事な照準とぶれない射撃によって、銃口から吐き出された7.63x25mm弾は狙い澄ましたように衛兵のヘルムの隙間を通り抜け、眉間を貫くとヘルム後頭部に大孔を開けてその頭の中身である赤黒い体液や脳漿を辺りへとぶちまけたのだった。
それでも既に槍は投げられ、演説台のホーエンシュタウフェンを目掛けて飛んで来ていた。その若干弧を描きながら飛んで来る槍の先端に、ブリギッテは急かさず照準を衛兵だったものの位置からずらしたのだった。ホーエンシュタウフェンの身を守るためには槍自体を撃ち落とすしかないと判断したブリギッテは、セレクターを操作し残る弾丸19発全てをフルオートで槍目掛けて撃ち込んだ。縦の長さは確かに長いが幅数cmの動く物体には流石のブリギッテも戸惑った。更には咄嗟にフルオートで射撃しようとしたこともあり、彼女は最悪自分が盾になることを覚悟したのだった。
だが、ブリギッテの予想と反して重く造られた大型拳銃ということとトリガーの前に弾倉がある安定性、何より彼女の射撃への自信は弾丸19発全てを槍へ吸い込ませたように命中させら見事に撃ち砕いたのだった。
数十分の様に感じるほんの十秒程度の攻防は議事堂に轟音のような発砲の残響と静寂を生んだ。その静寂の中で国防軍人やギラ、アロイスは目の前で起こったブリギッテの曲芸の様な一瞬の射撃に辺りを見回し立ち上がると、その驚きから彼女を見つめて固まったのだった。
「敵襲!暗殺者だ!」
「皇女の首を討ち取れ!」
そんな静寂を打ち破るように、カイムと誰かが議事堂にて叫んだ。そのカイムの言葉に、国防軍人達全員は一斉に南方貴族へ支給され訓練したての拳銃の腕を振るおうと銃口を向けようとした。だが、彼等の視界に現れたのは南方貴族が剣を抜く姿でなかった。
「東方共和の為に!」
皇女打倒の声を上げ議事堂参列席から演説台へ駆けて行くのは、剣を抜いた東方貴族の青年達だった。比較的後方の座席に座っていた彼等は、驚く大公ブラウンシュヴァイクやその側近、他の東方貴族達を無視して通路を走り抜けていた。
「ぜっ、全員撃つな!撃つな!」
「くそっ、下手すりゃ流れ弾が…」
そんな東方貴族達に拳銃を構える軍人全員にヨルクは慌てて叫びながら発砲を制した。通路を駆ける彼等は拳銃の前では格好の獲物だが、ヨルクの号令が出る前から多くの軍人は、構えた拳銃の銃口を上に向けていた。
そのヨルクはの号令にペルファルが苦々しい声を上げる通り、国防軍人達は南方貴族へ銃口を向けるつもりだったが、事を起こしたのは予想外の東方有権者だった。演説台から見て議事堂の左奥に南方有権者が座り、その隣に北方有権者の席があった。その北方貴族達の右隣に西方有権者が座り、その更に隣に東方有権者が居た。その座席配置上、下手な発砲で西方貴族を負傷させる訳にはいかないヨルク達は迂闊に発砲の出来なかった。また、突然の抜剣と暴動に慌て、西方有権者や南方有権者が立ち上がったことで更に流れ弾が当たる危険性があった。
撃つに撃てない国防軍人達は、直ぐに通路を走り演説台へ先回りしようとするも、そんな彼等の耳に再び銃声が響くと、先頭を走る東方貴族の一人が勢い良くうつ伏せに倒れた。
「ギラ、アロイス、自由発砲!奴等を近付かせるな!」
「了解!」
「第1小隊突入!」
右手に握るトグルアクション式ショートリコイルの拳銃から硝煙を上げるカイムは空かさず命令を出し、ギラはひたすらに銃撃を始めアロイスが無線機に号令を叫びながら発砲し始めた。50人程の東方貴族の集団は、まずカイム達三人の発砲を前にして一瞬で怯んだ。最初の発砲から一撃で仲間を撃ち殺されたことで、青年東方貴族達には動揺が走った。彼等と演説台にはまだまだ距離があり、青年貴族の中からは無理やりに近付こうと駆け出した者にはカイム達の発砲の乾いた破裂音と共に頭部を撃たれ倒れていった。
いくら強靭な魔族とはいえ、撃ち放たれ音より速い金属の弾丸には流石に耐えられる訳がなった。カイム達の容赦ない発砲を前に、彼等は頭蓋骨を砕かれ深々と空いた孔からは血や脳髄の混ざった物が流れだしていた。魔族の中では硬い甲殻に包まれた昆虫族さえ全く区別なく撃ち抜かれ倒れる光景は、彼等東方有権者の反乱分子に嘗てのヒト族との戦争を思い出させた。離れた距離から魔術によって戦友が射抜かれる記憶が彼等に呼び覚まされると、最後尾の数人は悲鳴を上げて議事堂から逃げ出そうとした。
だが、議事堂後方の扉へ駆け出した東方貴族の反乱分子の前には、開く扉とそこから中へ突入する親衛隊の姿が見えた。彼等は議会が始まる前こそ、親衛隊を妙な格好に奇怪な金属の塊を抱える皇女ホーエンシュタウフェンの私兵集団程度にしか考えていなかった。たが、今では彼等にとって目の前の親衛隊は、素早く行く手を塞ぎ魔法の様な攻撃をする武器を構える神話の兵隊だった。
「待ってくれ!止めてくれ、頼む!」
逃げ出そうとした貴族の中の誰かが叫ぶと、行く手を塞ぐ親衛隊の壁からトレンチコート姿のヴァレンティーネが現れた。すると、彼女はゆっくりと右手を上げた。部下達を制したのかと、その行動に逃亡者達は胸を撫で下ろした。
「情け無用、撃て!」
だが、ヴァレンティーネは上げた右手を勢い良く振り下ろすと叫んだ。すると親衛隊小隊30人がサブマシンガンを一斉に容赦なく撃ち放つと、逃亡者達は直ぐに全身孔だらけな死体になった。仕立ての良い服をボロ雑巾の様に破かせ、身体中のあちこちを弾丸で手足や皮膚を千切られ無数に空いた孔から流血する逃亡者の死体を見たことで、反乱分子全員は退却を諦め再び演説台の皇女を討とうと前進した。だがその頃には、ヨルク達国防軍人が演説台の前に防衛線を作っており、彼等はいよいよ前にも後ろにも進めなくなった。
「止せ、止めるんだ諸君!我輩達は同じ魔族だろう?話は聞くから一旦…」
「黙れ!皇帝亡き今、何が帝国だ!我等の自由の為に!」
「人民の政治のために!」
「革命の時だ!」
拳銃を構えるヨルクの必死の停戦の呼び掛けを無視して、東方共和と名乗る反乱分子達は遂に怒声や雄叫びを上げると、演説台へと破れかぶれの突撃を敢行した。そんな彼等に呆れたカイム達が発砲すると、奥歯を噛み締めるヨルク達も続けて発砲し始めた。50人強はいた反乱分子達は、無策の突撃とカイム達の容赦無い銃撃の前に数分と経たず鎮圧された。議事堂を包む無数の銃声は反響し、耳が痛むほどの爆音となって多くの有権者達を動けなくさせた。その結果、議事堂内では無関係な負傷者が出る事なく状況が終了した様に見えた。
惨状広がる議事堂で、ヨルクは倒れる死体を踏まないように前に進むと自分の座席で頭を抱るブラウンシュヴァイクの元へ歩み寄った。
「ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル!これはどういう事か?」
大声を上げたヨルクだったが、目の前のブラウンシュヴァイクは銃撃と銃声を前に震えながら頭を抱えて動かなかった。
「どういう事なのだ!説明しろ!」
「私が解っていると思うのかクラウゼヴィッツ!何が何だか解らんからこうしているのだ!」
さらにヨルクは怒鳴りながらブラウンシュヴァイクの両肩を掴み彼を立ち上がらせた。すると彼はヨルクに負けない大声をだし、怯えた表情を浮かべながら錯乱するように両肩のヨルクの手を払った。彼の大声は銃声で一時的に耳が遠くなっているだけでなく、目の前の虐殺に対する恐怖が混ざったものだった。その声に、ヨルクは自分達に議事堂全体向けられる恐怖や驚愕の視線に気付いた。まるで魔法の如く一方的に反乱分子を殲滅した彼等は、現在の状況では単純な恐怖の象徴となっていた。
そんな視線の前に、国防軍人達は有権者全員に落ちつくよう声を駆けようとした。そんな彼等より先に、演説台で伏せていたホーエンシュタウフェンが立ち上がりマイクを掴んだ。
「ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル卿!これは貴方の企てですか?貴方自身が先頭に立つなら未だしも、配下だけに突撃を命ずるとは何ですか!」
ホーエンシュタウフェンも銃声で耳が遠くなっているのか、 スピーカーで拡声されたその声は過剰な程に大声だった。そんな彼女の言葉を受け、ブラウンシュヴァイクはシワの深い眉間にさらにシワを寄せると立ち上がり演説台へ歩み寄った。その行動にカイムやギラが銃口を向け直す中、怒りと恐怖の混じった表情を浮かべながらブラウンシュヴァイクは演説台の目の前に立った。
「殿下は…私が貴方に反逆すると…まして配下のみに突撃を命ずる無能と御思いなされるのか!」
「そうとしか思えない状況でしょうが!」
演説台を前に言い争いを始めたホーエンシュタウフェンとブラウンシュヴァイクの間を仲介しようとした時、カイムの元へアロイスが無線機を片手に歩み寄って来た。その表情は平静だが、よく見ると周りに何かを悟らせないようにしているものだった。
「閣下、外周警戒中のツェーザルから通報です。町から農具等で武装した集団が接近中との事です」
アロイスの報告はカイムに深い溜息をつかせた。皇女暗殺をするということは、すなわちクーデターと同意義である。そうなれば、政府機能を一挙に奪取するのが作戦行動においては最優先である。南方貴族が帝都内に市民に偽装した戦力を送るのは予想していたカイムは、その戦力を殲滅するために親衛隊の訓練生まで動員し防衛態勢を整えたのだった。
「数は?」
「大隊規模です」
「迎撃しろ。それと装甲車で帝都全域の市民に警戒を促せ」
カイムはアロイスの報告を前に即座に命令を出すと、彼は無線の向こうに居るツェーザルや部隊へ指示を出し始めた。そんなアロイスを横目に再び視線を議事堂内に向けると、カイムの視界には皇女とブラウンシュヴァイクは未だに白熱した言い争いを続けているのが見えた。
そんな混乱する議事堂の扉が開くと、そこからはカイムにとって久し振りに見る顔が現れた。
「アモン…?」
「奴は城内警備を担当している筈です」
突然のアモンの登場にカイムが呟くと、いつの間にか側にいたギラがすかさず答えた。彼は城内警備を担当するアモンが議事堂に現れる事に違和感を感じたが、そのアモンの鬼気迫る表情に敢えて状況を見守る事にした。
「城に向けて帝都市民が殺到している!大規模反乱だ!」
アモンの議事堂に響き渡る報告に有権者達がさらに混乱し慌ただしくなると、カイムは自分の判断を深く後悔したのだった。




