第七幕-1
「しかしさぁ、良かったのカイム?僕達警備の任務が有るんじゃないの」
広報の為、親衛隊副総統の黒い上着と褐色シャツに身を包むアマデウスが隣に座るカイムに言った。そんな言葉を受け、カイムは首都練兵場に整列する親衛隊隊員とポールの上にはためく帝国旗と親衛隊旗、参列者を見て軽く息をついた。
「帝国議会の会議室に、護衛で入れるのは騎士のみ。ブリギッテは親衛隊の秘密兵器だから、彼女一人居ればだいたい問題はないだろう。たたでさえ、こっちは街の警備に正規の訓練を行えてない候補生の多くを割いた。警察の制服まで作ってな…これ以上は何も出来ない。つまり、これくらい問題ないってことだ」
カイムの言い訳じみた言葉は、たった三人程度の親衛隊上層部における共通の問題だった。
本来なら、カイムの計画において親衛隊の拡張と市民への改革はなだらかに行う予定であった。目立つ行動を避け、秘密裏に拡張し津波の如く怒涛の勢いで動き出すのが彼の今後の展望だった。それは過去の商業組合の殲滅から大きく狂い始め、歩くような早さの予定と比べれば現状の計画進行速度は最早全力疾走の様な物だった。そんな現状にカイムとしても出来るだけ対処をしたが、組織の末端付近の練度不足、物資不足や資金不足は小手先の手段ではどうする事もできなかった。
教官の不足にも頭を悩ませながらも親衛隊の戦力拡大を行っていカイム達の忙しいときやって来た皇女の警備依頼は、混沌とした親衛隊の国家保安本部の下位の組織として警察隊の設立という事態さえも生み出した。後手の行動とその場しのぎの対応ばかりの現状を再確認し、周りの明るい空気に反してカイムとアマデウスは暗い表情を浮かべたのだった。
「おいおい、せっかくの親衛隊の基礎訓練修了式なんだろう?上司がそんな暗い顔してどうすんだ?」
「それはそうなんですけどね…」
「そう…なんですけど…」
そんな暗いカイムとアマデウスに、近くの席に座っていたヨルクの騎士であるガーゴイルのフリッツが声を掛けた。議会に同席出来る護衛の人数が1人と決まっていた為、多くの国防軍制服に身を包んだ北方貴族の騎士達が親衛隊基礎訓練修了式に参列していた。
北方貴族連合が親衛隊と相互協力体制となると、多くの武家貴族はその武装と戦術を受け入れて近代化のための訓練を始めていた。ヨルク指導で始まった訓練はペルファルという貴族が後押ししたことで、兵や騎士は任意という強制参加となっていた。それ故に、カイム達は国防軍への教官派遣や士官軍服と国防軍用の野戦服の更なる量産までに行う羽目になっていた。そんな彼等の協力を嬉しくも面倒にも思うカイムとアマデウスは苦笑いと共に呟いたが、この修了式が行えるのが首都の警備に彼等が協力しているためと考えるとそれ以上悪く考えられなかった。
「そうだな。フリッツさんの言うとおりかな?とりあえず、貴族が城の中に籠る以上当分面倒は起きないだろう…」
「教皇が会議で何か起こるって言ってたけど…」
カイムが練兵場の城の方角を見ながら言った言葉は、フリッツのおかげか少しだけ気楽なものだった。それにアマデウスが不安そうに一言付け加え小声で話す間、修了式は着々と進行していた。
式を他所にアマデウスと話すカイムだったが、肩を後ろに立っていたギラが彼の肩を軽く小突いた。
「続いて、総統閣下の御言葉である」
カイムがギラに視線を向けると、司会を担当するアロイスの声が響いた。その声に促され、カイムは演説台に向かった。整列する隊員にギラが加わり全員の視線が集まるのを見ると、カイムはゆっくりと深呼吸した。
「本日、5月3日をもって諸君らは生まれ変わった。嘗て諸君らは無力で誇り無き敗北者の集団だった。多くの者から疎まれ、ただ消えるさだめの命であった」
淡々と語るカイムの言葉に、参列する者達はあまり言い方に言葉を失った。こういった式典においての始めとしては、大抵は自身の為に努力してきた部下への労いと称賛の言葉であった。だが、彼の親衛隊員に掛ける言葉はかなり辛辣な物であり、参列者のヨルクの騎士であった獣人であるベンヤミンや北方貴族達はカイムに何かを主張するため立ち上がろうとした。それをフリッツはベンヤミンの肩を抑えることで周りの国防軍人達も止めてみせた。正しいことをしようとしたと考えるベンヤミンは怒りの感情と共にフリッツへ視線を向けたが、親衛隊を見詰めるフリッツの視線に促されると式典の主役である隊員達を見てみた。
決して控えめな言い方ではなく直接的に嘗ての自分達を貶されたのだが、隊員達全員は怒りの視線を向けるでもなく微動だにせず壇上に立つカイムへと直視しかしなかった。さらには、息遣いや軽く体を動かすこともしない機械のような完全に統率された組織集団に、ベンヤミンは親衛隊員達を自分達とは異なる異質な存在にさえ思えたのだった。
「本日から諸君らは、掃いて捨てられるだけの屑を卒業し親衛隊隊員となる。
兄弟姉妹の絆に結ばれる。諸君らの命が尽き果てるその日まで。
どこにいようと親衛隊隊員、そして私は諸君らの家族だ!」
親衛隊全員を指差し少しづつ語気を強めていくカイムは、まるで彼等を抱きとめようとするかのごとく両手を広げ、ようやく称賛の言葉とともにその右拳で自分の胸を叩いた。
「多くの者は、この国、そして私の為に戦う。そして、ある者は二度と戻って来ないだろう」
カイムはじわじわと演説に熱を込め始め、その強くなる語気と共に身振りも多くなっていった。その彼の言葉と熱い身振りを隊員全員を向けると、カイムはその手を力強く握った。
「だが肝に銘じておいて欲しい。親衛隊隊員は死ぬ。戦場であろうと私のためであろうと、何であろうと生きている限り死ぬ。私とてそうだ、死ぬために我々は存在する」
そして、カイムは力強く親衛隊員達に語りかけると、その拳を天高く突き上げた。そして、彼はその拳を流れるように動かし、青空のもとに大きくはためく親衛隊旗を勢い良く指差した。
「だが、我らのガルツは、帝国は永遠である。そして、親衛隊もまた永遠である」
並ぶ隊員全員を一瞥すると、演説の佳境に入ったカイムは勢いよく肩まで使い両手を広げると高らかに宣言した。
「つまり―――諸君らも永遠である!」
「「「「「「「総統万歳!総統万歳!ガルツ万歳!祖国万歳!」」」」」」」
そのカイムの言葉に親衛隊全員が一斉に親衛隊敬礼をすると、空かさず誰一人欠けず叫んだ。その万歳の声は気迫に満ちており、座席に座る参列者さえも気圧されて座面から落ちそうになる程だった。
そんな親衛隊の声援を受けながら、カイムはアロイスに視線を向けた。すると彼は全員に響くよう大声で号令を出した。
「総員!宣誓!」
そのアロイスの号令に、隊員が一斉にはためく帝国旗と親衛隊旗に左手を向け、人差し指を伸ばした右手を肘を曲げて上に上げた。視線はカイムに向いているのに、全員がぶれる事なく左手を旗に向けるのを見ると、フリッツは何か使命感か義務感を感じると立ち上がり、その姿勢を正して国旗へと敬礼をした。それに促される様に、参列者全員が立ち上がり軍人は姿勢を正し敬礼し、文民は頭を下げてお辞儀を始めた。それを見たカイムは、全員が立ち上がり姿勢を正したのを確認すると親衛隊敬礼をした。
カイムの敬礼に合わせて、親衛隊隊員達はずれる事無く宣誓を始めた。
「「「「「「私は、ガルツ帝国の英雄にして、親衛隊の長たる、カイム・リヒトホーフェン、あなたに対して忠誠と勇気とを誓います。
私は、あなたとあなたが定めた上官とに、死に至るまで服従を誓います。
かくて神よ、私を助けたまえ!」」」」」
「勝利万歳!」
その宣誓が響き渡ると、カイムは忠義に応えるように万歳を行い、参列者も拍手を始めたのだった。
「これにて、修了式を終わりとする。後程、諸君らの兵科と配属の通達、及び卒業記念品の贈呈を行うので、18:00時に本部へ集合するように。それまでは自由時間とする」
そう言って降壇すると、カイムはアマデウスや参列者を連れて親衛隊本部に向かった。彼等の乗った馬車が練兵場を去ると直ぐ、訓練生から晴れて正式に親衛隊となった隊員達の喜びの声があちこちから響き渡ったのだった。




