第六幕-5
「それはどういう…そもそも、その言い方ですと、あの教皇と貴方が親族ということに…」
アインシュペナーを半分以上飲んだグラスを傾け、言葉を濁しながらカイムはドレヴァンツへと質問した。そんな彼の不思議そうな言葉と怪訝な表情に一瞬不思議そうな顔をすると、ドレヴァンツは思わず吹き出しながら大笑いをした。
「成る程な!確かにこの顔とあの美人を見比べれば、ワシが祖父とは思えんよな!しかし、あの子も前に言っていたろうに、"お祖父様"と」
「それは…あぁ、"義理の"ということですか?」
「バカもん!正真正銘、家族だわ!」
笑いながら説明するドレヴァンツの言葉は、カイムの発言をある程度良く受け取ったものだった。そんな彼の言葉に、カイムはゲーテがドレヴァンツのことを一度だけ"お祖父様"と呼んでいたことを思い出したのだった。
とはいえ、人狼族であるゲーテとアンコウ系魚人である二人は余りにも見た目が違いすぎるために、カイムはまだ戸惑いを隠せず思わず本音を漏らした。その本音に若干怒るドレヴァンツだったが、気まずそうにするカイムを見ると彼もグラスを呷り軽く息をついたのだった。
「確かにワシは魚人だ。だが妻がな悪魔族だったんだ。ワシには勿体無い美人なんだが、彼女に似て倅の外見は悪魔だった。まぁ、鱗が身体中に有ったり水掻きが有ったりとワシにも似たがな。それはそれは美男子だった」
遠い記憶を思い出す様に語るドレヴァンツの目は、遠く遥か彼方を見詰めていた。そのもう二度と見れない過去を愛おしそうに語る彼は、自分で気付かぬ内に軽く微笑んでいた。
「昔はワシも聖堂騎士の一番槍をやっていてな、中々の使い手だった。そんなワシに憧れて、倅も聖堂騎士になってな。気付けばワシは枢機卿、倅は騎士長になっていてた。倅もよく言っていたよ…"俺が第二のリヒトホーフェンになる"とな」
目を細め、まるでその過去を今体験してるようにドレヴァンツは語った。そんな彼の心境を表すように、テーブルの上で組まれた彼の手は興奮しているのか震える程であった。
「そんなある日の事だ。神に祈り、善行をなす倅も人の子。惚れた腫れたもするようで、突然結婚するだの相手を紹介するだの言ってきた。そして連れてきたのが、ゲーテの母である倅の妻な訳だ。彼女も…いやっ、ゲーテの方が美人だが、十分すぎる程美人だった。器量も良くてな、まだワシももう少し若かったらと少し羨ましい程だった。もちろん、ワシが結婚式の司祭をやってな、倅はずいぶん気まずそうだった。ゲーテは倅の妻に似た訳だ。だがな、背中の肩甲骨の所とか肘とかに鱗があるんだ。水掻きもほんの少しある!そこがワシに似た所だ」
ゲーテの妻が彼の回想の中に出てくるとドレヴァンツの言葉は明るくなり、微笑むどころか満面の笑みを浮かべていた。まるで記憶を追体験しているかのような身振りまで見せるドレヴァンツだったが、一通り語り終えた彼の表情は突然暗くなった。
「ひょっとすると…"未来を見る力"というのは、貴方から…」
親族の似たような点という話の内容からゲーテの能力のことを悟ったカイムがドレヴァンツに尋ねると、彼はただ黙って頷くのだった。そんなドレヴァンツの態度にカイムは言葉を失った。ゲーテだけが未来を見る力が有ると思っていただけに、その力が遺伝性であるという事実はカイムに猛烈な衝撃を与えたのだった。
「それが幸せの絶頂だった。あの時はこれが絶頂とは思わんかったがな…倅にも未来が見えた。見たいときに見れる訳では無いがその分正確でな、ワシの様に何時でも見れて数日先が限界の曖昧な物とはちがった。勿論、見たのは2つ前のヒト族の侵攻だ」
ドレヴァンツの表情は過去のことを話せば話すほど悪くなり、口調はみるみる悲しみに満ちていった。その悲しみは力なくテーブルに置かれていた手が、いつの間にかわなわなと震えるほどであった。
「倅はな、聖堂騎士達から尊敬されとった。ワシもその時は老いていたが元聖堂騎士の一番槍だ。皆がワシらを信用していた。あの時のワシらは教会の全力を出してヒト族を迎え撃とうとした。他の貴族や皇帝も力を出した」
ドレヴァンツの暗い口調は、その記憶が戦いの記憶へと変わるに連れて悲しみから少しずつ怒りの感情に変わっていった。
「だが、ワシらは負けた…惨敗だ。倅は必死に逃げる多くの兵や民の為に、殿となった。見事な潔さだ。だがな…ヒト族はその倅の善行を否定した!終いには奴ら…倅をおぞましき化物と称して首を落とし、倅の槍に刺して晒し首にしたそうだ…」
ドレヴァンツの記憶が鮮明になるに連れて彼の語気は荒くなり、怒りに震えていた両手はテーブルに叩きつけられ、彼は思わず大きくがなるのだつた。だが、そのがなり声に店内の視線がドレヴァンツに向かうと、明るい雰囲気の店内で暗い雰囲気を振り撒く彼等は注目の的となった。その空気にカイムが正体がばれないよう顔を隠しながら客に謝罪すると、ドレヴァンツも回りの視線に気付き軽く頭を下げて謝罪した。
「済まないな。熱くなってしまった」
「息子さんを殺されたんです…酷い事までされて…熱くなるのは当然ですよ」
冷静さを取り戻したドレヴァンツの謝罪に、カイムはヒト族への怒りとドレヴァンツへの同情、それを慰める言葉が上手く思いつかず何とか答えるのだった。そんな彼の心情を理解したのか、ドレヴァンツはグラスのコーヒーに手を全てを飲み干しゆっくりとグラスを置いた。
「教皇のゲーテという名前は…」
「ワシが付けた…本当は倅が付ける筈だったのだがな。無言の帰宅後に遺品を整理していたら紙が有ってな。倅はいつの間にか名前の付け方を勉強していたらしくてな、帰還の記念に贈るつもりだったんだろう」
少し静かになったドレヴァンツに、カイムは教皇の話題を振りながら昔という形で脱線した話を本来の頼み事の件へと戻そうとした。だが、ドレヴァンツの昔は結局は続いた。
それでも、そのドレヴァンツの言葉の端々にカイムは彼の孫にに対する覚悟の様なものを感じたのだった。
「倅の戦死から、ゲーテの母も病に倒れて直ぐに亡くなった。あの子はそれ以来、静かな子になってな…2人の死を思い出すときちんと息が出来なかったり叫んだりと、辛い思いをさせてしまった。医者から言われたよ、心的外傷だと…それでワシがずっと側で面倒を見る事にした」
ドレヴァンツから語られる教皇ゲーテの過去に、カイムは何も言えなかった。その言葉を失わせる哀れさの前に、カイム自身何を言って良いのか解らなかった。
「そんなある日だ。あの子が言ったのだ"お祖父様、このあと書類を棚に置き忘れるから気を付けて"と。ワシもあの時は驚いた。まさか孫にワシと倅の良いところだけを取った様な能力が有ったのだから」
ドレヴァンツは荒ぶる気を紛らわせるためにグラスにグラスに残ったクリームをスプーンですくって舐めた。そんなドレヴァンツの沈黙が暗い話題のインターバルとなり、カイムにコーヒーを飲み落ち着くタイミングを与えた。
だが、直ぐにドレヴァンツがソーサーにスプーンを置くと、再び決意の視線をカイムへ向けた。
「だからワシがあの子を修道院に入れた。あそこにはあの子と同じように心に傷を負ったものが多い。少しでも彼女の心を癒す友や出会い、仲間が出来ればと思った。だがな…結果は大きく違った」
「貴方以外の枢機卿に目を付けられた…?」
ドレヴァンツの後悔の念が見え隠れする苦悶の表情に、カイムは刺すような質問を投げかけた。その察した内容は的を射ており、ドレヴァンツはただ頷いた。
「未来を見れる乙女など、力を失った教会には喉から手が出る存在だ。あの馬鹿共に、孫は祭り上げられた。後は知っての通りだ」
教皇ゲーテの過去を言い終わると、ドレヴァンツはまた両手を付いて頭を下げた。その下げ方は先程より深く下げられ、彼の額はテーブルに擦り付けられる程だった。
「あの子は時代と己の力、権力に翻弄されているだけなんだ。ワシとて救ってやりたいが、如何せん力も勢力も無い…だから、この通りだ!何でもする、どうか孫を救ってはくれないか英雄殿!」
ドレヴァンツの薄っすらと涙さえ見える嘆願はカイムに判断を迷わせた。教皇ゲーテの過去の話も彼の同情を強く引いたが、カイムは今となっては多くの人間を率いる総統という立場である。勝手な独断は出来ないが、それでも彼は悲惨な過去を歩んできた教皇に少しでも協力したいと思えた。
その感情の渦にカイムが悩んでいると、ドレヴァンツはテーブルを倒さんといった勢いて更に頭を下げたのだった。
「身勝手なのは承知だ。気に食わないならワシを殺しても良い…だが、あの子はだけは救って貰えないだろうか?」
ドレヴァンツの自分の命を差し出す程の意思に、悩みを抱えていたカイムの考えは固まった。
「教会における貴方の勢力全てを親衛隊に、我々の帝国に協力させる。そして、出来るだけ多くの教会や貴族を私達側に引き入れる。これが条件です」
「それぐらいなら安い物だ!孫の今後の人生と交換するなら安い!」
カイム自身、多すぎるかと思えた内容をドレヴァンツはあっさりと了承した。その即決に驚くと、カイムあっさりと終わってしまいそうな会談にドレヴァンツの策略を感じた。そこで、何かオチのようなものをつけねばならないと考えたカイムは、何か脅すような事を言わねばと内容を考えだした。
「口約束ですよ…破られるとは…」
「ほぅ、国民の総統は"枢機卿だと国民ではないから救わん"と…国民を差別する貴族と対して変わらない存在だと?」
そんなカイムの付け焼き刃の警告をドレヴァンツが軽くあしらうと、彼は溜息をしてドレヴァンツに参ったとばかりに大きく頷いた。
「解りました!解りましたよ。貴殿方全員面倒を見ますよ」
カイムの了承を受けると、ドレヴァンツは満面のの笑みを浮かべると再びカイムへと頭を下げた。
「ありがとう…ありがとう、総統」
下げられたドレヴァンツは、泣いているのだろうと思える声でカイムへと礼の言葉を言い続けた。その言葉を聞くと、カイムはむず痒そうに肘をついて気を紛らわせるために軽くテラス背側の外をみた。
「あら、ザクセン=ラウエンブルク卿。皇女殿下をそっちのけで、流行りの喫茶店でコーヒー片手に新聞ですか?なんと良い身分です事」
そんなテラス席から聞き覚えのある声と目立つ額の一本角を見ると、カイムは驚きでテーブルの脚を蹴った。その勢いが良かったのか、テーブルは大きな音を上げドレヴァンツも慌てて顔を上げた。慌てる表情をテラス席から背けさせたカイムに不思議そうな表情でぶつけた額を撫でるドレヴァンツは、説明を求めるように彼を見つめた。その視線にカイムはドレヴァンツの顔をテラス席から背けさせると、彼の顔の前にスプーンを向けた。その表面にはテラス席がうっすらと写り、像が細かく解らなかったドレヴァンツも、テラス席に誰かが居ると理解するとこっそりと後ろをみた。
「皇女殿下ですな」
「あの男に見覚えは?」
「南方の大貴族のザクセン=ラウエンブルク卿ですな。しかし、南方と仲の悪い殿下が密会ですか…」
ドレヴァンツの仲の悪いホーエンシュタウフェンとザクセンに対して使った"密会"という言葉に、カイムは陰謀を予感すると、彼に立つよう手で促した。そのまま流れるように店長へ裏口を使いたいとジェスチャーで伝えたカイムは、それが上手く伝わったのか店長に案内されるがまま裏口から路地へと出た。
そんな突然のカイムの行動だったが、ドレヴァンツは彼の肩を叩いて励ました。
「私も、一応組織の長です。部下の為にも動かなければならない以上、今は派手な事はで出来ません。だから…」
「また後日来てくれでしょう?私とて枢機卿…いえ、"枢機卿の知り合いのいる老人"です。解りますとも」
ドレヴァンツの励ましに答えるカイムは、取って付けた様に"ただの老人"設定を復活させたドレヴァンツに笑って返した。そして、ドレヴァンツはカイムに片手を差し出し握手を求めたのだった。
「私はただの老人ですが、素敵な枢機卿を紹介します。きっと、貴方やこの国の為に…孫の為に働くでしょう」
そのドレヴァンツの言葉に促される様にカイムは彼の手を取った。日取りを大間かに決めて、路地から出た二人は、テラス席にいる皇女に隠れこっそりと帰るべき場所へと帰った。
帰りのカイムの脳裏には、テラス席で話す皇女とザクセンの姿がちらついたのだった。
「皇女が北方貴族を大粛清…なんてな…」
帝国内部での戦いに反対姿勢のホーエンシュタウフェンがそんな事をするはず無いと思いながらも、カイムは頭から嫌な考えを振り切れなかった。




