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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第五幕-6

 カイム達のいるガルツ帝国の建国からの歴史は長く、魔族の歴史は建国以前の歴史文書の多くは消失しているが更に長いと知られていた。

 そんな帝国建国の歴史と同じくらいテオバルト教の歴史も長かった。

 教会の聖書においては、かつて魔族は全ての大陸のあちこちで生活していたとされていた。その魔族を獣や昆虫などと混ざった見た目や異なる母語からヒト族、ドワーフやエルフは不浄の存在として、彼らの信じる神の名のもとに武力を持って排除しようとした。

 そのヒト族達の野蛮な民族浄化に対して、魔族の中で二人の男が立ち上がった。その二人に多くの魔族は付き従い、彼等を主導として各地の魔族は団結し、ヒト族の蛮行へと反旗を翻したのだった。

 そして、迷える民を救いジークフリート大陸へ非難させた二人の男を英雄を神として祀っているのがテオバルト教であった。度重なるヒトの侵略で、歴史的貴重な証拠や文書が消失した今でも、彼等は国教として比較的平穏な地域ではきちんと崇拝され、国民の心の拠り所ともされていたのだった。


「これ程の建物を建築していたとは。しかし、質素な内装ですな。それに、一つも我らの紋章がないとは不信心です」


「そうね、確かにかなり質素ね。でも、どこの聖堂よりも明るく、仕事のしやすさを考えていますね」


「えぇ、全くその通りですな。ひょっとすると大聖堂より出来が良い。それと、あの妙な紋章は何でしょうな?」


「この"親衛隊"の紋章でしょう」


 親衛隊本部に入った枢機卿は、その建物の出来や大理石やタイルを使った光り輝く中央ホールに関心した。だが、その機能美を優先し装飾をかなり抑えた建物内装や、国教であるテオバルト教の"盾と剣の紋章"がないゆえに、枢機卿は早速文句を付け始めた。帝国の国教であるテオバルト教の紋章は大抵の政府施設に備え付けられていた。そのため、テオバルト教関係者は敬われて当然と思う者が少なくなく、全国規模の組織であることもそれに拍車をかけていた。そんな枢機卿の漏らした横柄な言葉は、テオバルト教の権威と増長を明確に表していた。

 その枢機卿の発言に反し、教皇はむしろその内装への興味や関心から辺りを見回した。教皇の発言通りに中央ホールには窓が少ないながらも柔らかな明るさに包まれ、装飾が少ないながらも不思議と豪華さや威厳が感じられるものとなっていた。

 そんな教皇の高い評価を聞きつつ、枢機卿は相変わらず周りを見回しながら親衛隊本部"魔族の館"の評価を一人呟き続けていた。その呟きの中の帝国国旗の"翼十字"が気になった枢機卿の言葉に、教皇も不思議そうに考えを述べたのだった。

 その枢機卿の尊大な評価の言葉を聞く度に、二人の目の前で先導をするヴァレンティーネと、中央ホールで合流したハルトヴィヒの空気はみるみると悪くなっていった。特にカイムのデザインした国旗の翼十字への批判から、二人の雰囲気は殺意さえ感じられる程に冷たく暗くなった。

 そのヴァレンティーネ達の雰囲気を機敏に感じ取った教皇が咳払いをすると、ようやく察した枢機卿は軽く身震いしつつ独り言を止めたのだった。


「ここの空気は乾燥していますな。妙に暖かいですし、体調には御気を付けてください。それに…」


「確かに、外と比べて明らかに快適ですね。本当に凄い設備です、貴方達…親衛隊と言いましたか?」


「そうです、教皇ゲーテ。ここはカイム総統閣下の親衛隊首都本部たる"魔族の館"です」


 枢機卿のなんとか話題を変えようとする言葉に教皇は安堵しつつ、部屋の暖かさに感心した。そして、暖房や施設の光源の機能に気付いた枢機卿があれこれ言う前に、教皇はヴァレンティーネ達との距離感を縮めようと二人に声を掛けた。友人に語りかけるように話そうとした教皇に対して、ヴァレンティーネは淡々と無機質に答えた。

 そのヴァレンティーネの返答に顔を赤くして早速文句を付けようとした枢機卿を遮るように、教皇は彼に目配せをした。


「私の名前を知っているのですか。最近は私の名前を知らないと言う人も多いんですよ。私も…」


「重税で民を殺すんだ。そんな奴等の頭領なんて知りたくもない」


 明るい口調と自身への皮肉で場の空気を変えようとした教皇に、ハルトヴィヒが苦々しく呟いた。前を向くハルトヴィヒのその表情は教皇達からは見えなかったが、声からも解るその悪感情を前に、流石の教皇も何も言えず沈黙すると、枢機卿が顔を赤くして前を進むハルトヴィヒに詰め寄ってきた。

 それを止めようとした教皇だったが、枢機卿は数歩進むと直ぐ足を止めた。それはハルトヴィヒやヴァレンティーネの背中から今まで感じたことのない冷たい殺気の様なものを感じたためであり、教皇は荒ぶる息を整え自身を落ち着かせるように息を吸った。


「貴方と、修道院に何が?」


「税で家にある全てを巻き上げられた。父親が無理心中をしたら自分だけ生き残った。それで修道院を恨むなと?」


 息の整った教皇はハルトヴィヒの背中に向けて静かに尋ねた。その返答は冷たい口調かつ虚しいものであり、教皇は何も言えず開いた口を閉じると俯き黙った。


「それは…申し訳…」


「我々は神の使いですぞ!それに税を納めるのは民の義務!それを全う出来ないのを我々の…」


 教皇の暗く今にも消えそうな謝罪の言葉は、枢機卿の傲慢な言葉がかき消した。だが、その枢機卿の言葉さえハルトヴィヒの肩を震わす程の猛烈な怒りや殺意の念によって続く事は無かった。

 そんなハルトヴィヒにヴァレンティーネは同情するように肩に手を置くと、軽く顔を横に振った。


「あの人でなしに腹を立てる必要はなくてよ。吹いて消えるような屑ですわ。お二方、止まってないで参りましてよ」


 氷点下まで下がった空気を気にしないヴァレンティーネは一度も教皇達の方を向かずにハルトヴィヒへと同情の言葉を掛けた。そんなヴァレンティーネが首を振った時に見えた虚しそうな表情に教皇達が静かになると、彼女は二人を急かすように言い放った。

 ヴァレンティーネに先導される教皇達が親衛隊本部エレベーターに乗り5階にある応接室に向かう間、エレベーター内では誰一人として口を開かなかった。その冷たい空気のエレベーターが5階を知らせるベルを鳴らし扉がを開くと、その目の前には人影があった。


「ギラさん!何で貴方が…」


「本部がやたらと騒がしいから…閣下の危機に病気だ怪我だって言ってられない」


 ヴァレンティーネが驚きの言葉を漏らしたように、その人影はギラであった。というのも、ギラは負傷自体が派手なだけで回復は早かった。それでもヤーン医師から安静にするように指示されていることは本部に居る隊員全員が理解している事であった。

 そのため、ギラの登場はヴァレンティーネ達を驚かせ、その根性に呆れさせた。


「ここは私に任せて、怪我人は寝てなさいな。無駄に動くと、今度は死にますわよ」


「無駄に敵を増やそうとしないで。閣下に何かあれば、容赦はしない」


 ギラとヴァレンティーネがあまり仲が良くない事は親衛隊の常識になりはじめていた。

 そんな二人がエレベーターの出入り口ですれ違いざまにお互いが耳元で囁くと、ギラは別の階へと移動した。そんな彼女の姿を見送るヴァレンティーネは、舌打ちと共に応接室へと足を進めた。


「カイム総統閣下!ヴァレンティーネです。教皇と枢機卿を案内いたしましたわ」


 明らかに機嫌が悪くなったヴァレンティーネの先導で教皇達が応接室前に着くと、ヴァレンティーネとハルトヴィヒはノックをすると部屋の中へと報告した。


「テオバルト教皇が親衛隊に突然来るとは何事なのだね?」


 応接室の扉が開き、中へ入ったヴァレンティーネ達を出迎えたのはカイムでは無くヨルクとローレの二人だった。

 そのヨルク達の姿に、枢機卿は露骨に不快といった表情を表した。だが、彼はすぐに露骨な作り笑いを浮かべるのだった。


「これはこれは、クラウゼヴィッツ卿。シャハト卿も。何故貴殿方がここに?」


 枢機卿の横でヨルクとローレの姿を目を見開き虚ろな目で見つめ、手を震わせ立ち尽くす教皇の姿に、枢機卿は慌ててヨルク達の前に立つと二人に質問を投げかけた。その言い方は表層こそ親しげだが、言葉の端々には敵意が見え隠れしていた。

 その枢機卿の言葉に、普段はジェスチャーを乱発して話し出すはずのヨルクも今回はただ静かに席に座るだけだった。


「質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、居るから居るのです。第一、顔も見せない相手の質問に、何故答えなければならないのです?教皇とはいえ失礼でしょう」


「貴殿方!お気持ちは解らんでもありませんが、教皇はあの時…」


「ドレヴァンツさん!構いません…二人には私を責める権利があります」


 教皇達へ表情のないローレの透き通る声に、枢機卿のドレヴァンツは顔を真っ赤にして怒声を浴びせようとした。彼の怒りの言葉は純粋に教皇を思うものだったが、教皇はヨルク達の前でドレヴァンツへと声を上げた。その声は震えていたが、恐怖というよりは罪悪感ややるせなさ等が混ざった言葉であった。

 教皇は震える手でゆっくりと顔を覆っていたベールを取った。白く何重にも重ねられ表情を隠していたそれが取れると、中からは年端も行かない外観の少女が現れた。

 少し丸顔の童顔に薄い褐色の肌にくすんだ青い瞳、茶色が混じった少しくすんだ金髪が少し雰囲気を大人びて見せたが、教皇の顔つきが幼い為に全体的に均衡が取れて若く見えるのだった。そんな彼女は深く息をつくと、震えるほどにその手を強く握った。


「恨む気持ちも解ります。貴殿方にとって私は殺したい程憎いでしょう。でも…」


 今にも潰れてしまいそうな声で話す教皇の声だったが、その話は扉の開く音で遮られた。

 その空気を読まない扉の音を立てたのはカイムであり、部屋の中に溢れる絶対零度の空気を前に彼はゆっくりと扉を閉めようとした。


「御取り込み中すみません。出直します」


「入りたまえ、カイム君。君が来なければ始まらない」


 何時になく静かなヨルクの声に、カイムは身も凍るほど冷たい空気を感じた。それでも、彼はその場から一旦立ち去りたい気持ちを押し殺すと、自分の席へと歩き出したのだった。

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