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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第五幕-5

 帝都デルンの朝は4月になってもまだまだ寒さが残っていた。そんな寒さも、ヨルクの領地であるメルクス=ポルメンに新兵器製造へ移動していったマヌエラやレナートゥスの無数の置き土産の一部であるヒーターや空調設備によって親衛隊本部は問題は無かった。

 精密な電子機器は個人用レベルの物こそ量産されてはいながったが、親衛隊本部の発電装置を含めた電子機器を無数に運用出来ている事がカイムには不自然で仕方なかった。

 というのも、カイムからするとマヌエラやレナートゥスのような人材が居ながら帝国が荒廃する理由が思い付かなかったからであった。

 とはいえ、マヌエラ達の強大な技術力は親衛隊の大きなアドバンテージであった。各施設への電話線や銃器、タイプライターにスピーカーといった今後に必要な物とそれらを量産する為の生産設備の製造は仕事の少ない首都デルンに雇用を生み出した。雇用の増加に伴う利点はホーエンシュタウフェンもよく理解していたために、帝国からの資金援助も大幅に増額された。

 そして、親衛隊による街の再建で更に雇用が生まれると、それらはカイムに喜びと悲しみの2つを与えた。喜びは親衛隊の更なる戦力の増加で、悲しみはそれを管理する彼の机に積まれる書類の山だった。

 カイムは帝都デルンの復興だけでなく第1期の訓練場と研究所にて行なわれる機関銃製造の指揮も取っており、彼は首都と研究所の往復に日々の執務、そして安静状態のギラの見舞いに忙殺される日々だった。


「すまん、アマデウス。軽く休むよ」


「軽くじゃなくていいと思うよ。君、何日寝てないよ?」


「3日目?」


「5日も働き詰めで寝てない人間に"昼寝をするな"なんて言うやつは、総統不敬罪だよ」


 人より眠りを必要としない体とはいえ、流石に疲れを感じ始めたカイムはなんとか体を休ませようと昼食に軽く横になろうとしていた。そんな彼の軽口についでに昼食を一緒に取っていたアマデウスは、カイムのソファーで横になる荒んだ姿を前に哀れみの目線を送るのだった。

 だが、そんなカイムの昼休は大慌てで執務室へと駆け込んできたヴァレンティーネによって中断されたのだった。


「閣下、大変でしてよ!教皇が…テオバルト教の教皇がここに来るみたいでしてよ!」


「なんで…なんでこう次から次へと問題が出てくるんだ…」


「閣下!」


 別世界の人間であった頃は多趣味に生きていたカイムの現状において、彼は趣味のうち寝る事と美味しいものを食べることしかできなかった。

 そんな精神的にも参り始めたカイムの横になって目を閉じる幸せ以上に、ヴァレンティーネの息を切らせた報告は彼を絶望の淵に立たせた。その絶望を悪態をついて早々に振り払うと、カイムは彼女の言ったテオバルト教というものを思い出そうとした。

 そのテオバルト教についてカイムは、数ヵ月前に城の書庫で読んだ本やアマデウスからのこの世界の知識で少し存在を知っている程度だった。そもそもカイムは前の世界で神をそこまで信じていなかった。神が居ると思えるような現象や偶然こそ信じていたが、そもそも宗教という物自体に懐疑的だった。

 それゆえにカイムは帝国における宗教という存在を軽視していたが、ヴァレンティーネの焦り具合からもそのテオバルト教という存在の重要性が理解できたのだった。


「なぁ、アマ…」


 ソファーに根っこを生やしかけたカイムは無理矢理体を起こしつつ、アマデウスにテオバルト教について改めて話を聞こうとした。

 だが、アマデウスは既に器用にも座ったまま気絶していおり、仕事が出来てある程度度胸もあると親衛隊の副総統に任命したカイムは彼へ軽い不安を感じたのだった。

 そんなカイムはテーブルを挟んで反対側にいるアマデウスの目の前で手を叩いた。更に肩を揺らすとアマデウスの意識が戻り、彼は数回周りを見回すと目の前でジト目で見詰めるカイムへ誤魔化す様に笑い頭を掻いた。


「連中は民から税を巻き上げる悪人でしてよ!今すぐ戦闘の用意を…」


「それは不味いぞ。そんな事をすれば君達はチンピラを通り越して国賊となるぞ」


「同じ帝国国民とは思えない発言ですね…情勢が情勢ですが…」


「うわっ!ヨルク将軍にシャハトさん、いつの間に!」


 焦るヴァレンティーネが目頭をマッサージしながらテオバルト教について思い出すカイムへと意見具申をようとした。その表情は鬼気迫るものであり、その反応からカイムもソファーから反腰を上げて指示を出そうとした。

 そのヴァレンティーネの発言を打ち消すように、いつの間にか執務室で紅茶を嗜むヨルクとローレがカイムへ助言を投げかけ、突然のヨルク達の登場にカイムは驚き表情を浮かべたのだった。

 ヨルクは今日まで相変わらず訓練を続けていた。訓練初期はカイムの指導を受けていたが、今では訓練教本を元に自分達で訓練を続行し、時々カイムに指導を求めるという状態だった。カイムは親衛隊で手一杯だった事により基本的に放任だったが、ヨルクはその中でも猛烈に訓練を続けていた。

 ローレはヨルクの説明と説得よってカイム達へ協力する事を受け入れた。今ではヨルク達と共に訓練を行う日々であり、着実に近代化の波に適応し始めていたのだった。

 アマデウスの昼食であるポークチョップをフォーク片手に横から啄むヨルクの姿に脱力しながらも、カイムはヨルク達の発言からテオバルト教との敵対を回避するべきと考え始めた。


「ブっ…ブリギッテさんが居たら大変だったろうね…今の発言はきっと爆薬や銃弾より怖いよ」


 事態の悪化を妄想したアマデウスの震える発言はカイムの背筋に嫌な汗をかかせた。

 ブリギッテは式典以降こそ態度が軟化したが、それまでは基本的にカイムの行動に反対姿勢を示していた。とはいったものの、自分を抑止力と称していた割りに訓練の教官を引き受けたりと行動はちぐはぐだった。

 そんなブリギッテは銃器の登場により秘められた才能を開花させていた。彼女は運動神経こそ悪かったが、その射撃センスだけは"帝国最強"と言えるとカイムは確信していた。その才能は100m範囲なら目標の同一着弾点を連射で少しもずれる事なく狙い撃ち、アイアンサイトのみで1000mの狙撃を成功させていた。

 その猛烈な射撃能力はカイムも側に居て安心する反面居たら居たで怖い存在と思えた。そのブリギッテが今のヴァレンティーネの発言を聞いたらと考えたカイムは、その思考の中で執務室が穴だらけになるという恐怖が簡単に想像できたのだった。


「テオバルト教は国教ですよ。南部の粋がった貴族達や殿下ならいざ知らず、カイム君はやたらと冷静ですね?教皇が話があると言っているんですよ?ましてや、部下のあのような発言を即座に止めないのも…」


「冷静なのは吾輩達もだろう?それより、どうするのだね、カイム君?こんな書類まみれの部屋に尊き方を招くのかね?」


 教皇の事をそっちのけであれこれと思考を巡らすカイムを不審に感じたローレの発言は、ヨルクがカイムへ対応を急かす発言に止めた。そんなヨルクの発言を聞いたカイムは、天井を仰ぎながら軽く手を組み数十秒間目を瞑って黙った。


「ヴァレンティーネ、大至急応接室の準備を頼む。それと、今集められる訓練生を集めてくれ。出迎えの準備だ。2人にも同席してもらえないでしょうか?」


「はい、総統閣下!直ぐに手配します!」


「いいとも、カイム君。それぐらいならいくらでもしてやろう!」


「えっ、いくらでもですか?教皇と何度も同席ですか?」


「同席するだけなら、易いだろう?」


 カイムは考えを整わせると立ち上がり、着崩した服装を整え始めた。そんな彼の命令にヴァレンティーネは即座に親衛隊敬礼をすると部屋を後にした。そして、ヨルクは大きく頷くと準備をするために部屋を出ていこうとした。そんな彼の後ろ姿にローレが軽く不安を呟くと、ヨルクは大いに笑って軽口を言ったのだった。

 そんなヨルクの軽口と窓の外に馬車や騎士などファンタジー世界の象徴の様な集団が流れているのを眺めながら、カイムは立て続けに起こる想定外の事態に嫌気がさしてきたのだった。

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