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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第五幕-1

 帝国議会は本来、4月1日が法律で定められた開始日であった。

 しかしながら、ジークフリート大陸は南北に広く歪な十字架のような形をしていた。そのため、貴族や議会関係者は移動に大幅な時間を取られた。

 貴族の移動準備は平民の旅行感覚とは大きく異なり、議会の場は自身の財産や武力を見せつける戦場でもあった。準備が必要ない一部の例外貴族を除くと、多くの貴族が大荷物に多くの同行者を引き連れて首都に到着するのは最低でも半月はかかる。その結果、議会が今までの期日通り始まった事は殆んど無かった。


「大公閣下、見えてきました。デルン…のはずです」


 馬車の客車でうたた寝をしていたブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルは御者の声に薄目を開けながら窓のカーテンを捲った。

 その御者の曖昧な語尾に、どうしたのかと窓の外を見た大公は強い違和感に教われたのだった。


「どうかなされたかな?ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル卿?」


 そんなブラウンシュヴァイクの向かいの座席で紅茶を片手にくつろぐ男が彼に声をかけた。

 男は魔人のブラウンシュヴァイクでさえ大きいと思わせる程の大男であった。ただ背が高いだけで無く、蓄えた髭が貫禄をだし鍛え上げられた体が威厳を出していた。

 そんな魔人の男の重厚な声に片手を軽く振ると、ブラウンシュヴァイクは何でも無いといった風に軽く手を顔の前で振ってみせた。


「いやなに…前回来た時より、デルンが随分復興したと思ってな。やたら南ばかり復興していたと思ったら、背の高い建物がいくつか再建されているとは」


 ブラウンシュヴァイクの驚きと喜びの混ざった言葉は、目の前の男の眉を訝しそうに動かした。その眉の動きに男はごまかす様に紅茶へ手を付けたが、その機微をブラウンシュヴァイクは見逃さなかった。


「デルンが復興していることがそんなに驚きで?喜ぶならまだしも…」


「喜びの驚きだよ」


「そうですか…」


 ブラウンシュヴァイクが率直に男へと疑問を尋ねようとした。その言葉に男は顔色一つ変えずに軽く返事をすると、ブラウンシュヴァイクも紅茶に手を出したのだった。

 ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルと彼の目の前の男、ザクセン=ラウエンブルクはそこまで親しく無かった。議会や式典でも、彼とザクセンは軽く顔を合わせると少し世間話をする程度であった。

 そんなザクセンは唐突にブラウンシュヴァイクの領地に"帝都まで共に行こう"と連絡をよこした。ザクセンは"諸領地を来訪し見聞を広げるついで"等と言っていたが、ブラウンシュヴァイクはそんな彼を全く信用していなかった。

 その危機感からブラウンシュヴァイクは友人のヨルクに連絡したが、それでも彼の心には現状不安しかなかった。

 重苦しい空気の中、ブラウンシュヴァイクは場の空気を変えるため客車のカーテンを開くと、馬で並走する彼の騎士の1人で白髪碧眼の悪魔族の男が近づいてきた。騎士は軽く客車の戸を叩くと、それに応じてブラウンシュヴァイクは窓を開けた。


「ハセマー、何事か?」


「報告します。デルンの街が…大幅に再建されてます」


 その騎士の言葉に真っ先に動いたのはザクセンだった。二人は開いた窓から外に顔を出し、自分達の向かっている帝都デルンの街を見た。

 二人の目に映る光景は崩壊仕掛かる首都ではなく、確かに再建されたデルンの街が見えてきた。東から入ろうとする彼等には北と南、東の景色がみえたが、街の中には崩落した建物が殆ど存在しなかった。

 ブラウンシュヴァイクが首都を最後に見たのは、ヒト族の侵攻から退却する途中であった。燃え盛る花の帝都が墜ちた時の絶望を覚えているブラウンシュヴァイクにとっては、その光景はまるで夢を見ている気分だった。

 街に入ってもブラウンシュヴァイクの夢は全く消える気配が無く、活気に溢れた人々が仕事に励み、商店街には買い物客、広場には遊び回る子供達で溢れていた。

 そんな街の住人や街の内部を見て、ブラウンシュヴァイクの心はようやく違和感を感じ始めた。その違和感にザクセンも気づいたか確認しようとブラウンシュヴァイクはザクセンを見たが、彼はブラウンシュヴァイクの感じている事を理解していた。

 顔こそ平静を保っているが、ザクセンのその瞳には猛烈な違和感を訴えていた。


「ザクセン=ラウエンブルク殿…」


「あぁ、わかっている。民衆から出迎えが無い」


 議会で首都に来る貴族は、まず最初に多くの民衆から歓声を受け、それに手を振りながら城へ入城するのが常であった。

 だが、デルンの民はブラウンシュヴァイク達に手を振るそれどころか彼等の存在を無視するかのように生活していた。その光景にブラウンシュヴァイクは御者を通して隊列の全員を止まらせた。

 ブラウンシュヴァイクは客車の窓越しにハセマーへ指先で指示を出すと、彼は馬から降り兜の前面を開け近くの露店にたむろする子供達に歩み寄った。


「坊や達、このデルンの町に住んでるのかい?」


 突然騎士に話しかけれたことに驚く子供達だったが、ハセマーの後ろにいる大勢の騎士や使用人、馬車を見ると不快感を露にしながら後退りし始めた。


「おいおい、どうしたというのだい?私達は東方フランブルクから…」


 ハセマーは子供達の反応を怯えからくるものと考えると、少し格好を付けながら自己紹介しようとした。

 その紹介が始まる直前、子供達の後ろから更にもう一人少年が息を切らして走ってきた。


「みんな、親衛隊が来たよ!あっちの方にいた!」


「えっ、親衛隊!」


「見に行こう!行こう!」


 その少年の声に全員が驚きと喜びの声を上げ、案内しろとばかりに少年を急かした。その声に少年は仲間を手招きして走り出すと、ハセマーを無視して去っていった。

 その一瞬の出来事に呆気に取られるも、ハセマーは後ろの客車に視線を向けた。客車からはブラウンシュヴァイクが視線で"追え"と伝えると、その指示にハセマーは数人の騎士に同行を指示して子供達を追った。

 慌てて追いかけたハセマー達だったが、彼等は直ぐに子供達を見つけ、彼等が追っていたも者も目にする事ができた。


「ハセマー殿…あれは?」


「解らん…ホーエンシュタウフェン殿下の近衛兵か?」


「鎧も纏わない近衛兵がいるんですか?」


 驚きと疑問を言い合うハセマー達の視線の先には、50人程の集団かニ列縦隊で行進していた。その集団は種族もバラバラであったが良く統率されており、隊列の横には隊列指揮官らしきオーガの若者が一人歩いていた。

 そのオーガの若者と隊列の身振りのキレに差があることから、ハセマーはオーガの若者がこの集団に行進の訓練をしていると理解できた。

 街を行進する親衛隊はフィールドグレーの野戦服にAフレームを装着しシュタールヘルムを被っていたが、その服や鉄兜のデザインは騎士達全員が見た事の無い物であった。

 また、銃器を知らないハセマー達には木と金属で出来た杖の様な物を担いで歩く親衛隊員達が異様な存在に思えたのだった。

 隊列の教官として指揮を執るオーガが、騎士や観衆の存在に気付くと、彼は数回咳払いしつつ改めて胸を張った。


「小隊!傾注!」


 低く重いオーガの掛け声に呼応して、親衛隊全員の行進の仕方は大きく変わった。膝を曲げずに45度の角度で大きく踏み出す歩き方は、自然と足音が大きく出るだけでなく行進に強い威圧感が加わった。更にそれを50人近くの集団が乱れることなく同じ動きをする姿に、ハセマーの部下達は慄いた。その部下達に頭を抱えるハセマーも、この行進が少ない人数で最大限の威圧と統率を見せることが出来る利点に感心していた。


「兵士達が街を歩むと!


娘たちが窓や戸を開ける!


なぜだろ?だからさ!


どうしてだい?だからさ!


歌う声が、Schingderassa,Bumderassasa!


聞こえるから、Schingderassa,Bumderassasa!」


 町の住民やハセマー達の視線を受ける親衛隊のオーガは、軽く軍歌の歌い出しを口笛で吹いてみせると、隊列の全員が一斉にずれることなく歌いながら行進し始めた。

 その歌声に周りに居た市民達も彼等に気付き声援を送り始め、それに応える様に親衛隊は歌声と軍靴音を一層響かせ声を大きくした。

 その歌声が更に市民の関心を呼び、行進訓練を見物しようと店や窓から人々が顔を覗かせ手を振った。その"謎の兵士が帝都市民から賞賛と歓声を浴びる"状態にハセマーは、この首都に起きている謎の事態に頭を混乱させた。


「二色の軍服、輝く勲章!


彼女達は俺達に抱きついた!


歌う声が、Schingderassa,Bumderassasa!


聞こえるから、Schingderassa,Bumderassasa!」


 貴族の兵士にしては明らかに軽薄な歌を歌う兵隊に市民が迎合しているという状態を前にしたハセマーは、辺りを数回見回すと近くで声援をかけていた男の肩を叩いた。


「もし、あれは一体何なのだ?」


「あれ?あんたさん、国防軍の騎士さんじゃないのかい?」


 ハセマーの質問に不思議そうに答えながらも、男はまるで自分の事の様に誇りなが胸を叩いた。


「ありゃ、カイム・リヒトホーフェン総統閣下の親衛隊だよ」


「カイム・リヒトホーフェン…」


 その男の自慢げな言葉に出てきた"カイム・リヒトホーフェン"という名を数回口の中で唱えると、ハセマーは部下を引き連れて急いで主の元へ戻ろうと走り出した。

 この議会は何やら今までの単調なものと異なる危険あると感じながら。

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