第四幕-7
最近になって名字の"シャハト"に"ローレ・フォン"を増やされた彼女は、自分の置かれた立場や事態に半分理解が追い付いていなかった。
ローレは、自分でも他の貴族の当主達よりは数奇な人生を歩んでいると思っていた。彼女は元々シャハト家の人間では無く分家の人間だった。彼女は両親と共に領地の森で森林官の仕事をしていた。森林官は木こりの上級職の様なもので、"森"や"そこに住む動植物の生態系"の管理を国から任されていた。
ローレは父と共に雪原を駆け抜け、山岳を乗り越え、森林を歩き回り、そこに生きる生命と触れ合う日々に大いに満足していた。帝国北部のシュレースタイン州はランカ山地の森は、雪の降る寒い森であっても、その自然の中に萌える暖かさは、ローレにとって宝石よりも美しく思えたからだった。
そんな大自然を駆け巡る日々を過ごしていたローレ達は、ある日本家から呼び出された。シャハト家は帝国貴族に珍しい本家と分家の距離感が近い家系だった。そんな本家の跡取り息子がヒト族との戦争にて戦死した。その本家は子宝に恵まれることもなく、息子の戦死で母親が精神を病んでしまったために、シャハト家存続のためにも養子を欲したのであった。
シャハト家の分家のほとんどは自分の家の跡取りを守るため、ローレは半ば押し付けられるようにシャハト家の当主を襲名させられた。その事実をまだ幼かった彼女はよく理解せず、"親戚の家にお泊まりする"気分でローレは受け入れた。
その後月日は流れ、成長したローレは父親譲りのたくましさと、母親譲りの美しさを兼ね備えた武家貴族の家長となった。
そして、ローレはヒト族の侵攻に対して出兵することとなった。しかし、予期せぬ北方からの奇襲攻撃に最北端の領地シュレースタインの親族が全員討ち死にという事態になった。その後のヒト族の大侵攻もヨルクのお陰で何とか生き残ったローレは、その悲劇や悲しみも乗り越え今やたった一人で森林どころかで領地を切り盛りを難なくこなしていた。
そんなローレも、"首都への移動の道中で発見した謎の砦からが出てくる異様な格好をしたヨルク"や"カイムと親衛隊の紹介"、"名前が増えた"ことや"新兵器の紹介をすると言われヨルクに鎧を貸し、目の前で蜂の巣にされ爆破"までされると、驚愕を飛び越え思考が停止するのだった。
ヒト族の魔法でしか見た事ない爆発や現帝国にて最硬度のオリハルコンを挟んだ特注鎧に穴を開ける武器、貴族にはフォンを付けることや国防軍に参加する等と話が進み、式典に参加する事になったと思えば、カイムの暗殺や演説等と様々な出来事が乱発してくると、流石のローレも自分の立場が解らなくなっていた。
それを解決する前に突然会議室に呼ばれ、気付いたら重要そうな会議に参加するローレは、今までのことを思い返すと大きなため息が出たのだった。
「はぁ…私の流されやすいところはなんとかしないとって思うのに…」
「ファルターメイヤー殿、久しいな。元気そうで何よりだな」
そんなローレの気持ちや独り言を知らず、笑いながらファルターメイヤーに話しかけるヨルクに彼女はため息をつきそうになった。
ヨルクから挨拶を受けるファルターメイヤーも、この機会に親衛隊の活動や今後の方針に関する細かい説明を求めようとした。
だが、そのことを口に出そうとしたとき、カイムが部屋に入ってきたためタイミングを逃した。これまでひたすら黙りを決め込み、ヨルクとの会話を打ち切られたファルターメイヤーから感じの悪い気が出てくると、ローレは黙って状況を観察する事にした。
「この頃は親衛隊への来客が多いな…特にシュトラッサー城からはよく人が来る。何なら直通電話でも引こうか?」
「貴様が問題を作って運んで来るからだ!」
妙に疲れた表情で肩から力を抜き冗談を言うカイムに反して、ファルターメイヤーはきつい表情で姿勢をただした。そんな彼等を見ていたローレは、カイムと皇女達の間に溝が有ることを理解した。
だが、その溝は皇女側から付けられた事はカイムの態度か表している事も理解できた。そんな半ば呆れるようなローレの表情を見たファルターメイヤーは、苦虫を噛み潰した表情をしてうつむきながら深く息を吐いた。
一旦気持ちを切り替えたファルターメイヤーの上げた顔はいたって平常のもので有り、いつの間にかきつい空気も消えていた。
「勝手に行動するなら私も反対するがな。クラウゼヴィッツ殿やシャハト殿が認めたとなっては仕方ない。式典の事も有るしな」
聞く相手によって親衛隊の行動を認めるようなファルターメイヤーはそう言うと、封筒からいくつか書類を取り出し机に置いた。書類全てには皇女の捺印がされており、その中の1枚にはサインまでも書かれていた。勿論その名前はホーエンシュタウフェンであり、その書類は帝国議会開催期間の首都警備参加要請であった。
「ファルターメイヤーさん、これはどういう事でしょうか?ついこの前アモンさんが、親衛隊の実働部隊は首都に来るなと…」
「アモンの考えは姫様と違う!」
会議に出席していたアロイスは書類を渡され軽く読み流したカイムから書類を受け取ると、その内容に疑問を覚えた。眉間にシワを寄せる彼が尋ねようとすると、その言葉を遮ってファルターメイヤーが声を上げた。
その怒るような言葉から城の中に少なからず変化が起きており、カイムは皇女達が兵力を持つ外部組織の協力が必要であることを全員が理解できた。
唐突に大声を上げたことにファルターメイヤーは頭を下げて謝罪した。
「この頃、アモンの様子…いや、様子だけではない。行動から何からすべてがおかしい。その要請というのも奴が姫様に黙っての独断だ。オマケに外部と手紙でやり取りまでしている」
頭を下げた姿勢のまま語るファルターメイヤーの言葉は、元々城の騎士であったブリギッテやアモンを知っている者達に驚きを与えた。
だが、その驚きに反する様に親衛隊はいたって平静だった。というのも、カイムはアモンの持ってきた書類に皇女の発布したものという捺印がなかったこてなどの怪しい点が多すぎたため、親衛隊は端からアモンをまともに信用していなかった。そして、その警戒が正しかったことに、カイムは深く息をため息をついたのだった。
「その…アモンって騎士が裏切ったという事ではないでしょうか?それしかないと思えましてよ、閣下」
アモンのことをどうでもいいと言いたげなヴァレンティーネの言葉は、カイムも深く同意できた。その考えは同席する親衛隊員も同様であるらしく、断定するには早すぎるが彼らの中ではアモンに対する対応方針は固まりつつあった。
「まさか…彼は皇女の婿殿だろう?何が考えが有るのではないか?」
そんなカイム達の早合点に異を唱えたのはヨルクだった。彼はカイム達以上にホーエンシュタウフェンやアモン達と付き合いが長く、それ故の彼の言葉も最もだった。
だが、ファルターメイヤーの表情は曇ったままであり、アモンの裏切りを否定できない彼女の考えを悟ったカイムは、要請の書類にサインすると直ぐに彼女に渡したのだった。
「閣下!私達は追い出された身ですのよ!それを…」
「何はともあれ、私を暗殺しようとするような不穏分子がまだ帝都には居るんだ。警戒しなければならんだろ?」
「しかし、下手に協力すれば、今後の親衛隊の行動に…」
「くどいぞ、ヴァレンティーネ。それとも、また誰かにこれを引き継がせたいのか?」
そのカイムの即決にヴァレンティーネは心配した表情で大いに異を唱えた。その意見の出だしはカイムにとって聞き飽きたものであり、逆に彼はこの機会に皇女へと恩を売ろうとも考えた。更にはついでに親衛隊実働戦力を帝都に入れることで反体制派を牽制することも出来ると考えたカイムは、ざっくりとした説明をした。
それでも引かないヴァレンティーネへ、カイムがトドメの一言を加えると、親衛隊全員が即座に黙ったのだった。
「姫様も貴様達を評価している。だから…今回はよろしく…お願いします」
「うぇ!」
そんな協力的なカイムの姿勢に驚いたファルターメイヤーだったが、顔に出かけたその驚きを腹の底に押し込むと、彼女はカイム達に再度頭を下げた。
そのファルターメイヤーの言葉や行動に親衛隊員はカイムも含めて驚きの表情を表した。中でもブリギッテは驚きの余り声さえ漏らした。
「私だって自分の立場や君達の凄さは理解できる。あの魔導具のような物とかな…」
そのブリギッテの驚きの声に少しだけ不満そうなファルターメイヤーは、軽く心情変化の説明を少しすると、軽く会釈しながら会議室を早々に立ち去った。
大抵、嵐のように現れ去ってゆくシュトラッサー城の面々を前に。カイムは疲れたように更に深く席に寄りかかりながら新規の訓練生の行軍訓練を町で行うのも有りかと考えた。
そんなカイム達にいい加減痺れを切らしたローレは、そんな話が終わった空気を打ち崩した。
「カイム君、クラウゼヴィッツ閣下。いい加減ちゃんと説明してくれませんか?貴方は一体誰なの?親衛隊って何?あの武器とか、詳しく説明してください!」




