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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第四幕-6

 親衛隊本部の竣工式典が全て終わり、本部に戻ったカイムは医療室へと向かった。

 レナートゥスによって建設された親衛隊本部は、その建設地域拡大と設計改築によってカイムも迷子になるほど広大であった。

 親衛隊本部の医療室は2号棟にあることが解ったカイムだったが、式典準備で未だ親衛隊本部を全て見回った訳では無かったため、地図を片手にしてなんとか2号棟へ初めて入った。そんな彼は各階の案内を見た時に唖然とした。


「なんだよこれ…医療"棟"の間違いじゃないのか?設計図とまるで違うじゃないか…」


 地下階層含めた全7階建て2号棟だったが、その階層は全てが医療関係の部門ばかりだった。設計図では、2号棟は開発設計関係と医療関係で分割するとなっていたために、カイムは本部設計図の拡張についてレナートゥスに本気で始末書と詳細報告をさせようと考えた。

 そんなことを頭によぎらせるカイムは、意味のあるか判らない設計図を片手になんとか3階の手術室へと向かった。 

 本部地下には発電施設があり、エレベーター等の電気機械が多用されているため移動は楽だった。そんな電気系統を担当していた天才マヌエラも医学にはあまり精通していなかった。

 だが、医療"技術"となればマヌエラ出番であった。そんな技術屋であるマヌエラが監修した手術室は近代的医療技術の塊であり、演説後にヨルクから聞いたギラの手術が順調との報告から、カイムはある程度安心して向かったのだった。

 そして、カイムが手術室周辺に着いた時にはどの手術室も"手術中"のランプを点灯させてなかった。


「カイム君かい!ギラさんの手術ならもう終わってるよ。まぁ、そもそも傷口の止血と縫合だけだからね」


 手術の結果が判らないカイムは、一瞬戸惑いと最悪の場合を考え冷や汗を垂らすと、設計図から医官の待機室を探そうとした。

 だが、折り畳んた設計図を開く前に、カイムは後方から呼び掛けられたため振り返った。

 そこにはローレの同行させていた医者のアロイジウス・ヤーンがカイムへ向けて歩み寄っていた。彼は背丈が2m程で顔立ちやシワの深さから40代に見える小柄なトロールであった。彼は眼鏡に切り揃えられた髪、穏やかな口調は知的な印象を与え、ファンタジー作品のトロールのイメージを粉砕する出で立ちだった。


「ドクトル・ヤーン、ギラは今どこに?」


「4階の病室だよ。個室の451号室だよ。全身麻酔を打とうとしたんだが、"閣下の成功をお祝いしたい"と言って聞かなくてね。部分麻酔だから意識もある。礼とかは言わなくて良いから早く行ってあげなさい」


 額に汗を流すカイムの質問に、アロイジウスは天井を軽く指差して答えた。更にキラからの伝言や優しい言葉をかける彼に、カイムは深く頭を下げると足早に病室へ向かった。カイムの後ろ姿に軽く手を振るアロイジウスに少し離れてから、彼は再度頭を下げた。


「なっ…なんだあれ?」


 急ぐカイムが4回の病室周辺に着くと、ギラの病室である451号室に多くの女子隊員が見舞いに来ているのが見えたのだった。


「ねぇ、総統閣下まだなのかなぁ?」


「総統なんだから、色々と忙しいんでしょ?」


「でも、中にいるのギラでしょう?来ないなんてことをあるの?」


「いや、ないよ。総統はそんなことできるような人じゃないもの。私達の総統なんだよ!」


 カイムは自分の身さえ守れない総統と見られるのが恐ろしく、女子隊員達が部屋から離れるのを待つために離れようとした。そんな不安が心に満ちていた彼は、彼女達の話している内容もまともに聞いていなかった。そのために、彼女達が"総統"という言葉を出すたびに疑心暗鬼に陥っていった。


「んっ?ねぇ、あれ!」


「あっ!総統閣下!」


「やっと来た!」


「しっ…しまった、見つかったか!」


 ギラの病室の前で屯する女子隊員達の一人が隠れるカイムの存在に気付くと、一斉に彼へと視線を向けた。そして、女子隊員達に見つかったカイムは慌ててその場を離れようとした。

 だが、女子隊員達の中からティアナが猛烈なスピードでカイムの元へ廊下を走り、彼の横を勢いよくスライディングで通りすぎると彼の退路を両腕を広げ塞いだのだった。その弾丸のような勢いと速さに驚いて動きを止めたカイムを女子隊員達全員が取り囲むと、彼は"男子生徒を糾弾するのクラスの女子生徒"というお約束的な状態を思い出し、非難を受ける覚悟をした。


「総統!何で逃げようとしてるんですか?ギラが、"女の子"が待ってるのに!それでも男ですか!」


「そうだそうだ!それでも男か!」


「こういうときこそ根性でしょうに!」


「早く行け」


「抱き締めてやれ」


「ちゃんと起きたこととヤッたこと報告してくださいね!」


 生唾を飲むカイムに口を開いたリヒャルダは呆れたような表情と共に彼の眉間へ指差すと批判ではなく檄を飛ばした。その一言に続くように、女子全員が矢継ぎ早にカイムへ檄や応援の言葉を掛けたのだった。


「君達!私のせいで彼女は…うえっ、あっ!ちょっと!」


「はいはい、そういうのいいですから」


「そういうのはギラと二人でやってください」


 カイムは女子隊員達からの辛辣な批判を覚悟していた。そのため、彼女達からの思いがけない言葉に目を点にした。

 そんな女子隊員達にその真意を尋ねようとしたをしようとしたカイムだったが、女子隊員全員に両腕を引かれ背中を押されると、数の暴力で抵抗や質問を許さないといった具合に彼女らはカイムを病室に押し込んだ。


「ごゆっくり、総統」


「なっ!」


 微笑んだティアナが病室の扉を閉めると、カイムはどうすれば良いのか解らずその前に立ち尽くした。入室の覚悟もどうするかのシナリオも考えていなかった彼は、その状況に頭を抱えたのだった。


「そんなに悩まなくても大丈夫ですよ、総統」


 そんな悩み倦ねるカイムは、ギラの優しく柔和な声がかけられるとゆっくりと背後へ振り返った。そこにはベッドをリクライニングさせて彼を見詰めるギラが横になっており、全てを見透かすような目線でカイムに微笑みかけていた。そんな彼女の姿にどうすればいいのかわからなくなったカイムは、不恰好に笑うとうつむく様に目線を反らした。

 そんなカイムを軽く手招きすると、ギラはベッドから起き上がろうとした。しかし、傷が痛むのか彼女は顔を歪めて動きが止まると、カイムは急いでベッドの側に駆け寄った。


「ギラ!無理をしちゃ駄目だろ!安静にしなきゃ」


「すみません、総統…」


「何を言っているんだ!君が謝る必要なんて…」


 苦しそうな表情を浮かべるギラの謝罪に、カイムは苦い表情を浮かべつギラへ自責の言葉をかけた。その言葉は"彼女がこのような状態にしたのは自分である"という罪悪感から出た真意であった。

 だが、その言葉もギラの病人服の胸元から少しはみ出した包帯がカイムの後悔を深く刺激し、彼はただ黙るしか出来なかった。そんなカイムの感情を理解したのか、ギラは窓の外に視線を向けた。


「先生が言っていました。"きっと大きな傷跡が残る"って。そして"マヌエラさんみたいな人が居れば、いずれ消せるかもしれない"とも」


 ギラの"大きな傷跡が残る"という言葉に奥歯を噛みしめたカイムは、女性でありまだ若いギラの胸元から腰までの切り傷というのはカイムの罪悪感を大いに刺激したのだった。そのために、彼はもう彼女を少しでも視界に入れることが出来なくなった

 この世界の男性も、特殊な性癖がない限り大きな傷痕を残す女性には尻込みする事をカイムが理解していた。そんなはち切れそうな罪悪感から猛烈に部屋を去りたいという気分になったカイムは、上着の袖を引かれる感覚に気付いた。血がついて真っ赤に染まるその袖はギラの手に掴まれ、カイムはギラにベッドの側の丸イスに腰を下ろすよう促された。

 イスに座ったカイムは未だ燻る後悔の念に膝の上で握られた拳は苦しみに震えていた。


「でも…私は嬉しいんです。親衛隊として…いいえ、ギラ・フィンケとして貴方を護れた事が。だからそんなに自分を責めないで…それに…一瞬迷った貴女に、出るよう言ったのは私ですよ」


 そのカイムの震える拳にギラは優しく手を添えると、彼女は彼に優しく語りかけた。その言葉には消えない傷を受けた女性のものとは思えない言葉であり、その優しい声音に歯を食いしばるカイムの頬を右手で撫でた。


「これは…勲章です。貴方を命懸けで護ったという勲章です。世界で唯一の勲章です」


 ギラは俯くカイムの顔を自分の顔へと向かせ、自分と目線を合わせさせた。カイムの視界には微笑むギラ表情が写っており、彼はその笑顔を素直に受け取れない自分に気付いた。

 ギラの顔こそ笑顔だが、彼女優しい声音は決して明るい訳では無かったからだった。


「私の出来る事なら何でもする。だから…許して欲しい」


 カイム自身、こんな言葉でしか謝罪出来ない自分を虚しく、何より情けなく思った。だが、彼の思考にはこれぐらいしか言葉が見付からなかった。

 そんなみっともないカイムの本心の言葉を受けたギラは、彼の肩に手を置き彼の頭を撫でた。


「私、頼ってくれる人が好きなんです。大口叩いて、自信の無い中何とかしようとする。そういう人を支えて、一緒に頑張りながら歩きたいなって」


 ギラはそう言うと、再び彼女は俯きかけた彼の顔を上げさせた。カイムの目の前で、彼女は一筋の涙を流していた。


「そこまで言うなら、お願いします…私の側に居てください。貴方が倒れる瞬間や、私が最後の眠りにつくまで」


 オレンジ色に輝かく夕焼けが、病室に響く事実上のプロポーズを彩った。その言葉に、カイムは思わず流れるようにうなずいた。まるで妄想のような状態についついうなずいた彼であったが、唐突に冷静に考えようとし始めた。

 カイムがようやく自分がギラのプロポーズのような言葉に応じた事を自覚すると、そんな彼の思考に気付いたギラは間髪入れずにカイムヘ抱きついた。女子特有の甘い香りでは無く、消毒薬の鼻を刺す鋭い匂いとギラに抱きしめられたことで疑問が吹き飛ばされた。


「そうだ…ギラ、何で君は私の思ってた事を…」


「私には感情が見える魔眼があるんです。勿論、見たい時だけですし、大まかな感情の色が見えるだけですよ」


 ギラに抱きしめられたカイムの真っ白な思考に、彼は彼女の心を読んだような発言へ疑問を持った。それを尋ねたカイムは、ギラの答えに驚きと今までの感情が筒抜けという焦りを感じた。

 だが、目と鼻の先にあるギラの顔でカイムは何も言葉に出来なかった。その事実に焦る彼に、トドメとばかりにギラは二人の顔の距離を積め始めた。その距離が0になる手前で、二人の甘い空気は突然響くノックで吹き飛んだ。

 慌てて振り返ったカイムは、そこに立つティアナが腕を組んでいるのが見えた。そんな彼女は暖かい目と聖母のような笑顔で立っており、ティアナはただ満足そうにゆっくり頷いたのだった。


「お忙しい所すみません閣下。お客様が来てますよ。一応会議室に国防軍の方も呼んでます」


 ティアナの言葉に急いでギラの肩を掴み、顔の距離を離すと、カイムは顔を真っ赤にしながら黙って足早に病室の扉へと向かった。


「閣下、また来て下さいね」


「ヴァレンティーネには黙ってますね」


 ギラの声とティアナの茶化す発言に肩を重くしながらも、ヨルク達も呼ぶという事態に不安を感じながらカイムは会議室へ向かった。

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