第四幕-3
「総員、整列!気をつけ!」
アロイスの号令に、機械のように統率された動きで親衛隊訓練生達は帝都デルンの親衛隊本部の前に2列の横隊を正した。その動きは基礎訓練の賜物であり、一糸乱れぬ親衛隊の動きは候補生達には華々しく見え、彼等と同じ野戦服を着ている彼等も大きに胸を張っていた。
遂に完成した帝都デルンの親衛隊本部は、竣工式を行うということで周辺が大盛りあがりとなっていた。デルン商業組合の撃滅後、カイムと親衛隊は街の英雄的な存在となり、組織拡大以降のデルンは本部建設現場を中心として再び活気を取り戻し始めたのだった。
竣工式の話を聞きつけた街の商人達はいつの間にか式典会場周辺に出店を並べ、それに釣られた見物人、親衛隊信奉者、保守主義者や国粋主義者など様々な人々が集まっていた。そのため、会場周辺は人海となっており、警備の親衛隊員数人と多くの候補生が警備を片手間に行わなければならない程となっていた。
[皆様、大変長らくお待たせしました。これより、親衛隊本部の竣工式を開始致します]
小規模で行う予定だった竣工式だったが、形式的に設置していた拡声器からブリギッテの声が響くと、エコーのかかったその大きな声に驚きながらも大きな拍手が一斉に巻き起こった。
出店でミートボール、ポテトサラダ、ボックヴルストや魚のサンドイッチを頬張るファルターメイヤーは、ブリギッテの放送で騒ぎの理由が竣工式だと解ると、拍手や歓声で騒々しくしている街の住人達を掻き分けながら会場へと進もうとした。
だが、もはや会場が人の頭で見えないその竣工式の誘導は、少なくとも騒々しい中でも号令1つで即座に行動出来るほど訓練されていた。ファルターメイヤーの知る軍という物は、騎士が指揮する粗野な男の集団であり、完璧に統率するというよりは怒声や威圧で流れを制御すると言った具合である。その為、この親衛隊は指揮官の号令一つで機械の様に動き、人の流れを制御させる姿には驚きを隠せなかった。それどころか、これ程に統率のされている集団というものに、彼女は恐怖さえ覚えたのだった。
「なんて気楽な連中だ…この先、何が起こるかも知らないで…」
そんな事も感じずに騒ぐ街の人々に呆れるながら、ファルターメイヤーは人混みを掻き分け続け群衆の最前列に立った。だが、それより先の式典会場は警備の候補生に制止され進めなかった。
「騎士のファルターメイヤーだ。皇女殿下の密命できた。カイムに会わせて貰いたい」
「式典の最中です。全て終わってから再度お願いします」
警備の候補生である悪魔の青年に近づき声を掛けたファルターメイヤーだったが、彼は取り付く間もなく彼女へすげなく返した。そんな青年候補生に掴みかかる彼女は、皇女の印とサインの書かれた書類を彼の鼻先に突きつけた。
「殿下の密命なのだぞ!」
「総統閣下の命令であります。お通しすることは出来ません。ここで御待ちを」
「こんぬぉ…」
騎士流の怒声を聞かせた命令にも、青年候補生あくまで道を通さなかった。騎士となってから男にも勝るとも言われた自分の怒声に表情一つ変えない彼は彼女のプライドを真っ二つにへし折った。その八つ当たりのように更に一言付けようとしたがファルターメイヤーだったが、その声は拡声器から流れるブリギッテの声にかき消された。
[最初に、親衛隊広報部のアマデウス・ルーデンドルフ部長からのご挨拶です。お願いします]
壇上のマイクから司会進行役のブリギッテが下がると、黒色の4つポケットのジャケットにシャツ、ネクタイに帽子姿のアマデウスが現れた。彼の登壇に、親衛隊全員が一斉に拍手をすると、民衆もそれに合わせて拍手をした。その拍手が終わりその場が静かになると、立ったまま一向に話を始めないアマデウスへ拍手と歓声を上げていた民衆は野次を飛ばし始めた。その野次さえも、何時まで喋らないことによる静かな圧に気圧されたのかいつの間にか静かになっていた。
民衆が完全に沈黙し自身に集中していると確信したアマデウスは、咳払いをすると一度深く呼吸をした。
「まず、今回の親衛隊本部施工式に御出席された皆様に感謝を申し上げます」
アマデウスは深く一礼すると、静かかつ耳を澄ませなければ聞こえない声で軽い挨拶をした。それに続き、親衛隊から短い拍手が起きると直ぐに収まった。
「このガルツ帝国首都であるデルンは、戦火に呑まれてから長く時が経つなか、完全な復興は成されませんでした。それは皆さんの知っているように、一部の利益を独占しようとする悪漢が皇女殿下の民を思う気持ちをたぶらかした為であります。
ガルツ帝国の民は、清く、優しく、朗らかではありますが、暴力の前に屈っしやすい傾向にあります。これは、今までの戦乱の度重なる敗北が貴殿方の心に敗北主義を植え付けたからであります。それが、我々の優しき心に悪意が付け入る隙を与えてしまうのであります。貴殿方は彼等ら悪漢に敗北した。その事実は消えません。そして、それをこの歪に復興した町が証明し続けていたのです」
アマデウスは最初こそゆっくりとした小さな口調で語りかけていた。その言葉に、民衆が耳を傾けると一挙に怒涛のような激しさを持って語り始めた。時には民衆に指を差しながら激しく放たれた言葉は、一部の気性の荒いもの達の琴線に触れたのか怒声が飛んできた。
しかし、アマデウスはその度にその声へ耳も貸さず、ただ場が静かになるのを待った。叫び疲れた者達が静かになると、彼は右拳を左胸に押し付けながら数度力強く叩いた。
「しかし、我々は…親衛隊は立った!民を苦しめる悪漢を倒すため、民衆が立ち上がったのです。
この親衛隊本部たる"魔族の館"建設は親衛隊候補生と、製造部のレナートゥス部長の努力の賜物であります。
それだけではありません。皆さんの目の前にいる親衛隊隊員達は、元は貴殿方と同じこの国の虐げられし民でした。その彼等は、総統カイム・リヒトホーフェンの下立ち上がった。親衛隊は、その暴力による征服をその勇気と正義で撃ち破ったのです!
彼等が出来て、貴殿方市民が、この国をこの首都を守れない、戦えないはずがない!その証拠こそが、この本部建設の完了なのです。これは我々ガルツ帝国を愛する、ガルツ帝国の市民による、この国への悪意有る者達への反旗の印なのです!」
熱く疾風怒濤を表したかのようなアマデウスの演説は、彼が高らかに挙げて締められた。それと同時に、親衛隊が一斉に親衛隊敬礼をしたのだった。
「総統万歳!帝国万歳!」
親衛隊から放たれる万歳の声は、アマデウスのまるで劇の一部のような身振りや口調で放たれる演説に花を添えた。何度もリハーサルを行ったアマデウスは、カイムから習った演説法を完全に身につけたと確信できる出来と思うと、自信と満足に溢れる笑みを浮かべた。その劇的な演説の終わりと親衛隊の万歳の声に1人、また1人と万歳の声が上げ、気付くと無数の群衆の声となった。
「長くなりましたが、ぼっ…私からの挨拶は以上とさせていただきます」
最後の最後で一瞬噛みながらもアマデウスは満足げに演説台を去った。その姿はかつての執事の面影を感じさせず、見ていたファルターメイヤーは式典の状態に唖然としたのだった。
ファルターメイヤーが呆気にとられると、再び制服姿のブリギッテが登壇し、マイクの位置を調整した。
「ルーデンドルフ部長、ありがとうございました。続いては、来賓の方々からの祝辞です。ガルツ帝国国防軍陸軍の方々、お願いします」
そのブリギッテの進行と共に現れた人物にファルターメイヤーは驚愕した。その人物は北方貴族の公爵であるクラウゼヴィッツとその臣下であった。その中で彼女が最も驚いたのは、彼等がカイム達親衛隊に似た制服を着て登壇し、それどこか親衛隊の行動に同行しているということだった。
ファルターメイヤーとしては、カイム達がこれほどまでの速度で関係各所と繋がりを持ち始めた事態は予想だにしなかった。そして、参列する大貴族が1人というだけでないことが彼女に更なる驚きを与えた。
「そのっ、あのっ…私はガルツ帝国国防陸軍?…と言うものに所属することとなりました…ローレ?・フォン・シャハトです。この度はおめでとうございます」
「うむ。ヨルク・フォン・クラウゼヴィッツである。この度はめでたい事であるな。吾輩も凄いと思う」
将校の礼服を纏うヨルクに促されるように出て来た女性は、北方貴族の伯爵であるシャハトであった。彼女は最北端のシュレースタインを領地とする、透き通る白い肌に輝く金髪、黄金の瞳に美しく整った体型は誰もが惹き付けられる美しい女性であった。
ローレ・フォン・シャハトは、元々はシャハト家の人間ではなく分家のサキュバスであった。シャハト家の長男がヒト族の侵攻で戦死した事から彼女が本家の養子となったのだが、最後の侵攻により彼女を残して一族は全員が戦死という悲惨な結末を迎えた。その後はヨルクが後見人となり、今ではヨルクの部下のような位置づけであった。
そんなローレさえも国防陸軍将校の礼服に身を包んでいるとなれば、親衛隊は強力な後ろ楯を得た事になるとファルターメイヤーは理解した。
それをファルターメイヤーは恐ろしく思っていると、彼女の背中に唐突に誰かがぶつかった。不自然に急ぐ人物は若い少年であり、不自然に襟を立てたコートに身を包んた彼は演説台の目の前に移動しようと人を掻き分けていた。
それに気を取られていた内にヨルク達の出番が終わり、会場には再びブリギッテの声が響いた。
[それでは、最後に…我らが総統、カイム・リイトホーフェンからの挨拶です]
様々な行動に同行し協力してきたが、まだカイムに心の何処かで納得仕切れていなかったのか、ブリギッテの言葉には少し曇りがあった。そんな口調を流すように、親衛隊の歓声がカイムを迎え入れた。
だが、ファルターメイヤーは壇上の光景よりぶつかった少年の苦悶の表情と右脇腹を庇うような歩き方が不思議と気になった。
「…戦後長きにわたる時が経った今日、無知で愚かな一部の貴族は我ら魔族にとっての宝である帝国を…」
アマデウス同様に演説法に則った人を惹き付けるカイムの演説が流れる中、ファルターメイヤーは彼よりさっきの少年に気が向いていた。彼女は当たりを探すと、視線の先に少年を再び捉えた。彼はやたらと周りを気にして周辺を見回し、その不自然さが周りの注目を浴び慌て出した彼に嫌な空気を感じたファルターメイヤーは、カイムの演説を聞き流して何とかその少年に近づこうとした。
「…親衛隊はその先兵にしかすぎず、この再建途中の首都デルンに、捨てられたように住まわされた皆さんの力によって、この帝国を守っていかなければならないのです!」
カイムがマイクの前で力強く発言した瞬間、その少年は右腰から短く細身な剣を取り出し演説へ駆け出した。小柄だった少年は、丁度空いていた警備の隙間をくぐり抜け、壇上のカイムとの距離を一気に詰めると剣を大きく振りかぶった。
「父さんの仇だ!死ね!この人殺し!」
人混みによって塞がれた壇上に赤い血が舞った。




