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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第四幕-2

 訓練が終盤に差し掛かり、基礎訓練を始めたヨルク達が近代戦争の片鱗を噛み締める中、親衛隊本部建設部隊から連絡が有った。


「内装と外装が完成。何時でも機能を移設出来るらしい。彼奴の話を聞くには、どうも周辺に訓練場や宿泊施設、兵器の製造工房から緊急用地下通路まで造ったらしい。正直、私もあいつが何を増やしてどれだけ増えたか把握しきれてない」


「道理で話より5日も遅れた訳ですか…」


 マヌエラからの報告を受けるカイムは、総統執務室の受話器を片手に頭を抱えた。

 研究所に設置されていたインターホンの技術を流用した仮の電話をマヌエラが本部施設建設現場まで敷設したことで、現場との連絡だけはスムーズになっていた。そんな首都北部の再開発地域拡大の報告が本部施設建設完了予定の3日後に報告されると、なかなか事情を説明せず電話をしないレナートゥスに痺れを切らしたマヌエラが、建設現場へと直接乗り込んだことによって報告された"親衛隊本部の過剰な拡大"は、親衛隊訓練生を興奮、経理部の職員全員の絶句と今後の予定の崩壊を発生させた。

 この事態にはレナートゥスに肯定的なアマデウスさえ、今回の暴走的創作活動には頭を悩ませる程だった。


「施設が多いことは便利で良いと吾輩は思うがな。それでは駄目なのか?」


「確かに、1つの大きな拠点は守りを固めやすく機能性も向上されられます。しかしです、大将閣下。故に、陥落すればその損害は凄まじくなる。そして、分散させて機能や防衛の兵力を分ければ、1つ1つの価値は低下しますが、兵力の運用は柔軟になります。この場所が"国境付近の防衛拠点"では考え方が変わりますが…いや、永久要塞は避けてしまえば問題ないですけど…この本部はただの指揮拠点の一つです」


「地理的に死守の必要がない以上、無駄に守る必要が無くなる訳か…銃器が台頭するこの時代には、機動性こそ第一か…」


 執務室で机に肘をつき頭を抱えるカイムへ、彼が写本した"戦争論"を読みながら疑問を流した。彼もカイムのようにあまり睡眠を余り必要としない体質のため、出来る限り用兵書を読むようにしていた。

 そんなヨルクの疑問に教本通りの回答が帰ってくると、ヨルクは本のページを急いで戻しながら頬を撫でつつ納得した。

 その回答にカイムは満足感とそれを自分が回答していないことに不満を感じながら、その教本通りの返答をした本人が渡す書類にサインをしながら山のように積み上げられた書類の中へ更に加えた。


「ギラ訓練生…今は消灯時間で、君は女子部屋で寝ているべき人間だ。何でここで、私の仕事を手伝っている?ブリギッテも何で部屋に連れ戻さない?」


 レナートゥスの一件やギラの悪びれる気配無く浮かべる笑顔に、カイムは頭を抱えて無駄とわかりきった指導の言葉をたれた。昔の彼ならば、美人に至近距離で微笑みかけられたら慌てふためいただろう。だが、訓練開始から頻繁に発生するギラの階級や役職を無視した過激なアプローチによって、カイムにも美人への耐性が付き始めていた。勿論、カイムも男である以上嬉しくない訳では無かったが、それでも親衛隊総統として統率の為に贔屓に繋がる可能性は何としても避けたかったのだった。


「どれだけ注意しても聞かない。警備や罰を多くしても抜け出す。この頃は仲間の制止を力業で突破する。これにどう対処しろと…」


「これなら、いっそ私を常に側にいさせた方が良いのでは?」


「自分で言うなよ…」


 執務室でカイムの書類仕事完了を待つブリギッテも、ギラが部屋にいることへの言い訳をカイムから顔を背けて言うのだった。その声に力が無かった事から、今までの努力とその徒労さがカイムにもわかった気がした。

 そんなブリギッテの発言に、ギラは少しだけ調子に乗った意見をすると、カイムを更に悩ませた。

 そのカイムとギラのやり取りを見詰めていたヨルクは、彼に手招きして自分へ視線を向かせた。


「カイム君、女性の好意は素直に受け取った方が良い。君も彼女の軍に属する。ならなおの事だ。何時別れが来るとも知れんしな」


 ヨルクのカイムへの助言は普段の明るい物とは異なっていた。その言葉には、年長者というだけでなく何回も死線を越えてきた武人としての考えが含まれているとカイムは感じた。その言葉をもろに受けたカイムは、少しだけ良心が痛む胸に当てたのだった。


「確かにそうかも知れませんが、私は…」


「カイム、今だけは…返事は"はい"だ」


 なおも総統としての意見を言おうとしたカイムだったが、ヨルクに自分の立場や行動を説明しようとする前に彼はそれを言わせなかった。その口調も重く、カイムも彼の事情、親族か恋人を亡くした事を悟り言葉に迷った。


「随分昔…4回目の侵攻で妻をな…軍の将で東にいた吾輩が生き残り、北の城に居た我が妻が殺された…まさか流氷だらけの北に艦隊が来るとは、吾輩も思わんかったよ」


 ヨルクの言葉は室内の空気を氷点下にまで下げた。カイムも嘗てのヒト族の侵攻の知識こそ有ったが、実際の被害者を目の当たりにすると、その言葉の重みに声が出なかった。魔族の寿命は種族にも依るが長い故に、ヨルクの心の傷がまだ癒えきっていないことは、カイムにもすぐにわかった気がした。話の途中にヨルクの胸を握った動作も、形見の何かを首から下げているとカイムは感じると、いよいよ何も言えなくなっていた。


「すみません…」


「君が謝る必要はないよ。確かに辛い過去だが、吾輩は1人では無い。娘が居てな、妻に似て美しく、吾輩に似て活発なのだ。なにより、容姿が吾輩に似なくて良かったよ。それだけではないぞ!カールハイツ、ベンヤミンやフリッツ達に、大勢の部下もいる!それに…」


「それに?」


「彼女なら、"昔のことより未来を見なさい!"と我輩をどやしてくれる筈だ」


 心の古傷を抉っただろうとカイムが謝る中、ヨルクは戦争論を机に置くと彼を励ますように拳を握り明るい口調に戻し、場の空気を軽くしようとした。そんな彼の明るい言葉は、氷点下だった執務室の空気を少しだけ温かくした。


「あの、カイム?」


「あぁ、アマデウス。もう少し待ってくれ、すぐに…」


 空気が温かくなった空気の中で、静かに黙っていたアマデウスは少しの考え込むとカイムを呼びかけた。それが"仕事がまだなのか"と急かしているものと思ったカイムは、書類にサインをするペースを早めようとした。


「いや、違うんだよ。本部施設が完成するなら、竣工式!竣工式をやらなきゃ!それに、建物にも名前を付けなきゃ駄目じゃない?」


「んっ?あぁ、竣工式か」


 だが、アマデウスが呼びかけたのが竣工式の日取りについてとわかると、カイムは、引き出しや棚の名から本部施設建設についての予定を引っ張り出した。


「そう…だな。取り敢えず、移設の用意も有るし、やるなら3日か4日後かな。まぁ、根本的に予定は後ろに伸びてるし、出来る時に決行って感じかな?」


「明確に決められないあたりが、不味いよね」


「今後は組織体制ももっと考えないとなぁ…問題は山積みだよ。この書類みたいに…あぁ!」


「総統閣下、大丈夫ですか!」


「書類がぁ!」


 カイムは、過去に考えた予定にはない事案に振り回される現状を少し不安に感じていた。だが、過去を胸に懐きながら未来を見詰めるヨルクの姿勢に、自分達の未来が少なからず明るい物と信じようと決意した。

 その決意に反して書類の山が崩れると、その場の全員が暗がりの中で散らばった書類を必死に探すのだった。

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