第四幕-1
ファルターメイヤーは自室で纏めた書類を片手に廊下を歩いていた。その目には決意の炎が湧いていおり、その決意に比例するように周りへの警戒が厳しくなっていた。その厳しさを表すように、彼女は衛兵1人見かける度に物陰へ隠れるのだった。
というのも、ファルターメイヤーは同じホーエンシュタウフェン三騎士のアモンと対立してから、彼の動向を探っていためであった。
一見してアモンは気の良い人柄の好かれるタイプの人間だが、裏を返せば本音が解らない人物であった。そのため、彼女は少なからず怪しさを感じて、ファルターメイヤーはアモンの動向を調べた。その調査が実り、彼女は遂にアモンが部屋で手紙を書いては衛兵に出させ何処かと連絡を取っている事が判ったのだった。
この頃は皇女ホーエンシュタウフェンも会議準備に忙しくしていた為に、普段以上にヒステリックな部分が出やすくなる程に忙しかった。そんなホーエンシュタウフェンに合わせてファルターメイヤ達はそれぞれの仕事をするわけだったが、議会の日程や行程の管理を担当するアモンが手紙で誰か個人と連絡を取る必要は無く、それがファルターメイヤーにアモンへの更なる疑念を感じさせた。
アモンの手駒に衛兵が有る為に、自分の行動を隠したいファルターメイヤーは必要以上に隠れながら移動していた。その結果、彼女は普段の倍の30分を使ってようやくホーエンシュタウフェンの部屋にたどり着いたのだった。
「姫様。失礼します」
数回ノックしてホーエンシュタウフェンの部屋に入ったファルターメイヤーは半死半生の姿を見せる皇女の姿を見た。顔は窶れて目元に深いクマがはっきりと見え、髪は乱れて傷み、自慢の一角にはボツ原稿何層にも重なって刺さっている始末であった。その光景は何度か見た事のあるものではあったが、ファルターメイヤーはホーエンシュタウフェンのその姿に同情の視線を向けており、それに気づいた彼女は手櫛で髪を整えボツ原稿を抜き取った。
「角に刺したボツ原稿から、良い言葉って本当に思い浮かぶのですか?」
「ええ、もちろん…たまに…だけど…」
ホーエンシュタウフェンの書き物をするときの悪癖をファルターメイヤーは知っていたため、彼女が心配するように軽く笑いかけると、ホーエンシュタウフェンもはにかみ返した。だが、ホーエンシュタウフェンの口調は自信がゆっくりと消えていくものであり、ファルターメイヤーは彼女の気分を変えるためにも話題を変えようと1枚の書類を彼女に渡した。
「議会の警備に関する親衛隊への出動要請です。ここに署名と捺印をお願いします」
ファルターメイヤーの発した"親衛隊"という言葉に眉をしかめたホーエンシュタウフェンだったが、書類を渡す彼女の目に何か強い意思を感じ取ると黙ってその書類の内容を確認し始めた。その内容を確認し終えたホーエンシュタウフェンは、口をへの字に曲げながらも深く息をつき、気だるい動きでペンを取りインクを付けた。
「衛兵が足りないなら、交代の時間を上手くずらすよう言うのも手じゃないかしら?わざわざ、連中を呼ぶのは良くない気がするし…アモンには相談したの?」
「彼は…日程の調整やらで忙しいので。邪魔するもの悪いから…」
サインを書こうとしたホーエンシュタウフェンだったが、書類を改めて見直しながら静かにファルターメイヤへと尋ねた。その窶れた顔でも全てを見通すような目線を受けたファルターメイヤーは口調を濁して答え、その言葉に疑いを持たれないよう目線だけは"心配ない"と彼女に送った。そんな彼女の目線を受けると、ホーエンシュタウフェンは無言でファルターメイヤーと数秒間見つめあった。
「アモンに隠し事っていうのは好きじゃないわ」
「友人からの頼みでも?」
ホーエンシュタウフェンは最近の出来事でファルターメイヤーが騎士として迷った等の弱気な発言が出たことを思い出した。そこで強気の視線を受けた彼女は敢えてアモンの名前を出しながらファルターメイヤーへと呟いてみた。
そのホーエンシュタウフェンの一言に、ファルターメイヤーは真剣な眼差しで更に彼女へと頼みかけた。その事から、少なからず自分を友人とも考えられるようになった変化が起き、自分との距離感を友人のものにも変えられるようになったファルターメイヤーの行動は、ホーエンシュタウフェンにとって良い傾向と感じられた。何より、彼女もカイムや親衛隊が首都に現れてからのアモンの態度を少し冷たく感じ、孤独感を感じていた皇女は腕を組みながら軽く困った顔をして見せた。
「せめて理由くらい言っても良いんじゃない?友人として」
ホーエンシュタウフェンはいじらしい表情で切り返しすと、ファルターメイヤーは思わず慌て出した。その慌て方は、焦りにしてはコミカルな物であり、ホーエンシュタウフェンはその慌て方をかなりの回数見たことがあった。ファルターメイヤーは良い意味で真面目であるため、善意で行動する時にそれを隠そうとそうなる癖があった。それを理解していたため、ホーエンシュタウフェンは乾き始めたインクで署名と捺印をするとファルターメイヤーへ書類を渡した。
「友人として、アモンには黙っておくわ。それとカイムによろしくと伝えて」
ホーエンシュタウフェンの優しげな言葉に深く礼をすると、ファルターメイヤーは急いで部屋を出ようとした。
「この前も着てた町娘してたけど、最近私服姿も増えたよね?似合ってるよ」
「えっ?…あっ!それは…その…ありがとう」
友人としてのホーエンシュタウフェンの一言に、ファルターメイヤーはふと数日前を思い出した。今、彼女が着ているのはシャツにスボンというシンプルなものだった。だが、ホーエンシュタウフェンの言う"この前"の時は、カイム達の偵察の為にその場しのぎで買った若干露出の多いディアンドルを着たままだった。
そのことを思い出したファルターメイヤーは、猛烈な恥ずかしさを感じると言葉に詰まった。それでも、ファルターメイヤーは顔を真っ赤にしながらもホーエンシュタウフェンに礼を言うと笑顔を向けて扉を閉じた。その後は再び隠れながらの移動の末、彼女は誰にも見られず城の外へ出る事に成功した。
城の南側の門から出たファルターメイヤーだったが、街の光景は数日前と同じ様な違和感に襲われた。
「今度は何だ…浮浪者どころか商店の店員も居ないのか」
商店街の店の多くは戸締りされ閉店の看板が掛けられ、人の気配さえもあまり感じなかった。まるで早朝に街から人だけ消えたかのように思いながら多くの店を横目に道を歩いていると、ファルターメイヤーはいつぞやの3人の浮浪者を再び見かけたのだった。
「おぉ、騎士殿!貴方も北の…"何だったか"に行かれるのですか?」
「親衛隊本部の施工式だろ!」
「そうだな…皆行っちまったな…」
「親衛隊本部…本部…あっ、あれか!」
その3人の老人達はファルターメイヤーの姿に気付くと、気さくな態度で話しかけてきた。その3人の会話から数日前の建設現場を思い出すと、ファルターメイヤーは慌ててその場から駆け出していった。




