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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第三幕-6

「おっ、俺の鎧が…結構改造してたのに…」


「これが小銃か…良かったね、ベンヤミン。親衛隊が味方で、あれ着てるときに撃たれなくて」


「そう…だな…しっ、しかし何だ。俺はやっぱり名前と名字ってのは少し馴れねぇな。ソルヴェーグの方がやっぱ良いよ。それに、閣下のヨルク・フォン・クラウゼヴィッツってのもどうだよ?」


 フィールドグレーの野戦服に身を包み、フリッツヘルムを被ったヨルクの3騎士達の700m先には左胸をやヘルムを穴だらけにされた無惨な鎧があった。その鎧は同じところばかりを狙われていたために、左胸にいたっては殆ど反対側が見えるほど部品が消失しており、ヘルムは半分程度しか形が残っていなかった。

 数日前のヨルク達は宣言通り、彼等はマヌエラの研究所に滞在する事になった。そんな彼等が帝国陸軍の設立に協力するということで、カイム達はクラウゼヴィッツ達全員の採寸をして軍服を作り、更には銃器の設計や構造と戦術理念等の座学をする事になった。

 野戦服に関しては親衛隊野戦服の襟の色をダークグリーンで差別化するなどしたが、カイムにとって問題は将校用の制服であった。軍の階級は兵、下士官、士官と将官であり、当然それぞれを階級章も含めて制服はある程度差別化しなければならないとカイムは考えた。

 そのため、城から拝借してきたフィールドグレーの最も良い生地を利用して、カイムはクラウゼヴィッツのための将官用野戦服や礼装を製作したのだった。

 将官用野戦服は4つのポケットや色合いこそ似ているが、襟はダークグリーンへ変更した。階級章がカーマインレッドに金糸で縫われたアラベスク模様のラーリシュ・シュティッケライであり、肩章も金糸の編み込みに金の星が3つ、ボタンも金に変更されていた。ベルトは2つ穴のバックルにズボンは赤い2本の側章付きの乗馬ズボンであり、金糸の鷲章やクラッシュキャップの制帽と大幅な変更のため製作に時間がかかった。

 そういった凝った装飾の結果的、将校用制服はカイムと親衛隊候補生被服係にかなりの時間を掛けさせた。

 だが、カイム達そんな苦労を知っていても、ヨルクや彼の騎士達はその野戦服や制服に金属の防護板が一切無いことに対して大いに不満を持っていた。そのため、カイムは被服を支給した翌日である現在、銃器の実弾演習での的を鎧にした事で彼等に鎧の不必要性を教えるため必要以上に鎧を無惨な状態にしたのだった。


「成る程な。これなら重く嵩張る鎧は不要ということか…」


「閣下。精度を無視すれば、この距離は弓でも何とか届くかと」


「フリッツ、確かにそうだがな。だが、この距離を正確に狙うなら熟練の技がいる。吾輩達魔族は力が強過ぎる故にな。それを彼等の様な若者が数十日の訓練で出来るのだ。何よりも、矢では鎧を貫けん」


 ヨルク遥か先で無惨に崩れ落ちる鎧を見詰めると、軽く小銃相手に行う戦闘を想像した。横一列に張られた塹壕相手には、無謀とはいえ突撃以外に攻略の策はなかった。そして、多くの自軍兵士が塹壕陣地にたどり着く前には何発もの弾丸を受け、血塗れになりながらもがき苦しむ屍の山が彼には見えたのだった。

 その想像からヨルクが一人冷静に呟くと、隣で鎧の状況を望遠鏡で見詰るガーゴイルのフリッツ・バーダーが意見するのだった。彼の言葉はその声音からも苦しい言い分に全員が感じていたが、その言葉が自分達が鍛えた剣の腕や弓の技術を全て否定する銃に対する最後の抵抗であった。

 そんなフリッツの言葉は、ヨルクの将官としての冷静な判断と手榴弾の投擲によって鎧諸とも完全に粉砕されると、騎士達全員が何も言葉を発しなくなった。


「おいおい、お前達。これで終わりじゃないぞ。せっかく私が、君達の為に、珍しく、徹夜して、造ったんだぞ!」


 そんな完全に意気消沈していたヨルクの騎士達へ追い撃ちをかけるように現れたのは目元に深いクマを作り、胸を張るマヌエラであった。射撃訓練場に現れた彼女は、麻袋に包まれた2本の細長い品を親衛隊候補生に運ばせていた。レナートゥスの工房にマヌエラや彼に指導される候補生達が銃器の試作品や小銃、完成したばかりのサブマシンガンの量産を行っていた。一部の警備も彼等が担当し、正規訓練前の基礎知識等をそこで学んでいた。

 そんな候補生達に荷物を運ばせるマヌエラは暗い騎士達へ面白半分で嫌がらせするようにニヤつくと、その麻袋を撫でながら彼等へ語りかけた。


「片方は、例の戦車に載せるための物だ。妙に凝ってたし、何で2種類造るのか疑問だったが、これなら納得だ。金属部品は切り出しだから手間がかかる。まぁ、私達が製造した一品だ。㎜単位で狂いはないはずだ。もう片方はプレス製法で、あっちの訓練のサブマシンガンと同じ製法だな」


 自慢気に語るマヌエラは訓練生達の隊列に視線を向けると、全員が既に整列を完了していた。彼等をつつむ空気は期待と興奮で満ちており、彼女は満足そうに候補生へ目配せをすると布を取り払らわせた。その中からは複雑に組み合わさった細長い機関銃が2本現れたのだった。

 片方は銃身に円形に複数の穴の空いたバレルジャケットを施され銃身に、精密に作られたパーツで組み上げられたレシーバーを持つものであった。その見た目は兵器ながらまるで工芸品のような精巧さであった。

 もう片方は銃身を四角く囲うようにスリットの空いたフレームに、レシーバーの外装も簡素なプレス工法だけで組み上げられていた。だが、プレス故に品は簡素ながらも、堅実さ、使いやすさや量産を徹底重視したような作りであった。


「あれが、本物の汎用機関銃(マシーネンゲヴェアー)か」


短機関銃(マシーネンピストーレ)より凄いんだろ?」


「動作試験した候補生が反動で倒れたとか聞いたけど…」


 麻袋の中身を見たツェーザルやゲオルグ、マックスは隊列の中で思わず呟いた。その驚嘆や羨望を切っ掛けに同様に驚きのざわめきが親衛隊訓練生から響いた。そんな彼等の前で候補生達が射撃位置に2挺の機関銃と箱に入った弾薬、替えの銃身を数本隣に置くと、親衛隊敬礼をしてマヌエラの後ろに並んだ。


「座学で習った通りだ。動作試験はしてある。これより性能試験と射撃訓練を始める。訓練一組はMG(エム・ゲー)1にブリギッテが射手、ギラが給弾手でMG2はアロイスが射手、ツェーザルが給弾手をしろ。以降は2人1組で訓練を行う」


 準備が終わったことを確認したカイムは、隊列に命令すると共に訓練生達の射撃位置へ向かい、残りの訓練生が2人づつ縦隊になるのを確認したのだった。

 カイムの指示通り最初の性能試験を行う4人がそれぞれ位置につくと、給弾手が箱を開けて中から弾薬を取り出した。ベルト弾倉の先端を持つと射手がカバーを外し、フィードトレイに嵌め込こみカバーを閉じてそれぞれがコッキングレバーを勢いよく引いて戻しながら安全装置を外した。


「標的、1000m先の鎧、左胸!先にMG1の単発射撃を行う。用意!」


 給弾手のギラとツェーザルの準備完了の合図で、カイムは射手に対して号令を出した。その号令に従い、ブリギッテは銃床下に付けられたグリップに左手を添えながら照準を定め、給弾手が給弾しやすくベルトを持ち上げた。彼女はトリガー上部のEと書かれた部分に指をかけ数回深呼吸すると、標的である鎧に照準を定めた。


「撃て!」


 響き渡るカイムの号令に、ブリギッテは息を吐き呼吸を止めると一息に引き金を引いた。すると大きく乾いた発砲音を受けながら、彼女は肩、腕と腰の動きでその猛烈な反動を受け流した。

 そして、機関銃から撃ち出された弾丸は、遥か彼方の機関銃用標的の新しい鎧の左胸左心房を撃ち抜き、弾丸は後ろの土手に土煙を上げたのだった。


「この距離を…凄い…」


「なぁ、カールハイツ…俺、あの鎧着てたらどうなってると思う?」


「血を吐きながら"死にたくねぇ"ってほざくんじゃねぇか?」


 ヨルクの3騎士が即死するであろう射撃を受けた鎧を見詰めて気弱な発言をすると、ヨルクは鎧の持ち主であるフリッツの肩に同情の表情と共に手を置いた。


「両射手、連発射撃用意!」


 そんなヨルク達を一瞥しつつ、カイムは再び号令を出した。それに即応するブリギッテとアロイスが遥か先の鎧の左胸に照準を定めた。ブリギッテは前の射撃と異なり引き金下部のDと書かれた部分に指をかけ、アロイスも引き金に指をかけるとブリギッテと同様に銃床に手を添えた。


「撃て!」


「くっ…」


「うっ!」


 カイムの号令に合わせて引き金を引いたブリギッテとアロイスだったが、彼等は今までに無い程の強烈な反動を全身に感じた。猛烈な勢いで弾丸と薬莢を吐き出す機関銃はまるで暴れる蛇のようであり、一瞬乱れそうになった照準を直した二人は、機関銃を無理矢理抑え込むとひたすらに鎧の左胸を撃ち続けた。

 そんな射手二人同様に驚愕の表情を浮かべたのは着弾観測をする給弾手や後ろの訓練生達であった。機関銃に箱一杯に有った弾帯はみるみる機関銃の給弾口へと吸い込まれ、それらはまるで切れ目のない炸裂音を撒き散らし、それはまるで布を引き裂き続ける音を数億倍にまで大きくしたような射撃音が響き渡った。

 訓練生達がばら撒かれる薬莢の音と給弾、発砲音に驚くと、10秒程で全ての弾丸は鎧へと向けて撃ち終わった。その無数の弾丸は標的周辺にまき散らされ、鎧が少しの間どうなったがわからない程の土煙を巻き上げていた。

 その土煙が晴れた頃に、ヨルクの騎士達の一人である単眼族の騎士が涙を流し始めた。


「俺の…俺の鎧が…」


 うっすらと晴れた土煙の中から現れた自分達の着ていた鎧達の無惨な姿を見ると、騎士全員が驚きに声さえ出なかった。

 カイムの知っている機関銃は、とめどなく弾丸を吐き出し、遠く離れた敵兵の筋肉や内臓を引き裂いて撒き散らし、容赦なく肉塊に変えるおぞましいものであった。たとえ当たらなくても、敵兵に攻撃の機会を与えない強大な制圧能力をもつそれは、カイムの記憶には"電動ノコギリ"等と言った恐ろしいあだ名がある程であった。

 しかし、それらは強力な威力、反動による集弾性の悪さという改善不能かつ絶大な欠点を残した。

 だが、魔族の筋力は人間とは桁が違っているため、その反動にもきちんと対応しきっていたのだった。その毎分800発や1200発の弾丸が正確に飛んで来るのであれば、敵部隊にはひとたまりもないのだった。


「確か…吾輩達の鎧は左胸…いや左半身も守れるものだったはずだがな…」


「随分と…面白いした見た目になりましたね?」


「俺…鎧着るの止めるわ…」


 ヨルクはその標的となった鎧の姿にジェスチャーも忘れ、半ば力無く呟いた。彼の言葉通り、標的となった2つの鎧は10秒の射撃で左側半身を失っていた。まるで鎧の中心から左右へ乱暴に引き裂いたかのようなその見た目には騎士達も啞然とするしかなく、怯えるように全員が左半身を擦った。

 そんな騎士達の言葉を無視するように射撃訓練をしていた4人は加熱した銃身を手早く交換し始めた。そんな光景を熱心に観察する訓練生達に、ヨルク達は更に呆気に取られたのだった。


「流石は私だ。動作も性能も問題ない。まぁ、銃身が金属だから、どうしても排熱に問題があるがな…どうだねカイム、素晴らしいかい?」


「何て言うか…本当に貴方達2人の協力が無かったら、親衛隊なんて夢のまた夢ですよ…本当」


「そうだろう!世辞が上手くなったな、君!」


 徹夜による寝不足のマヌエラは、機関銃の凶悪な威力を前に異様に上機嫌でカイムの背を叩くと、機関銃完成に歓声を上げた。その威力に少し怯え冷や汗を流すカイムも彼女に称賛の言葉をかけると、彼女はカイムの褒め称えながら満足そうに候補生のまとめると射撃訓練場を後にした。


「これは…これは、もしかすると…奴等にも勝てるかも…知れんな」


 明らかに今まで見たことのない過剰な威力の兵器達は、ヨルク達に嘗ての戦争を思い出させた。それはヒト族の放った魔法であり、その圧倒的な威力を前に彼等は敗北と後退を繰り返すだけであった。

 その魔法にも勝ると思える兵器を前にしたヨルク達の驚きも束の間に、訓練生達が既に機関銃の射撃訓練を始めた。明らかに自分達より遥か先の領域を歩み始めている親衛隊のその光景はヨルクに自分達の状況の劣悪さと、産業革命の重要さを改めて自覚させたのだった。


「済まんなカイム君。吾輩は君達を…親衛隊をかなり甘くみていたようだ…ここに領地の鍛冶職人を呼んでも構わないかね?それと、吾輩達にも君達と同様の訓練を今すぐお願いしたい」


 するとヨルクは、早速親衛隊の指揮を執るカイムの傍に急いで歩みよると、彼の肩を勢いよく掴んだ。そんな彼の行動に驚くカイムだったが、ヨルクの鬼気迫る口調と表情を前にすると、黙って頷くのだった。

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