第三幕-3
ファンタジー作品には多くの人型モンスターが出てくる。少なからずオタクであったカイムにも、そういった種類の知識はある程度あった。
そういった知識があったとしても、カイムは目の前の人物には驚愕し緊張を隠せなかった。
「んっ。あぁ、そうか。君は骸族には初めて会ったのかな?」
驚くカイムの表情を見たクラウゼヴィッツは全てを察すると、顎を触っていたカップを持つ反対の左手で効果音が付きそうな動きをしながらカイムに指を差した。
カイムが驚いたクラウゼヴィッツという男は骸族と呼ばれるスケルトンであり、見た目は太い骨に薄皮と薄い筋肉が張っているというファンタジー作品で見かける骨だけスケルトンとはかなり違っていた。落ち窪んだ眼窩の奥の瞳が不気味に輝いているその見た目はしっかりとした生き物という外見をしていた。
そんなスケルトンであるクラウゼヴィッツのその動きは迫力が有り、渋い声も相まってカイムに猛烈な威厳を感じたのた。しかし、クラウゼヴィッツの口調には不思議とコミカルな明るさが有った為に、カイムは威厳に萎縮しかつつ親しみも持てると感じた。それでも、顔の表情筋は存在しないためその部分が魔物の類いと理解させたのだった。
クラウゼヴィッツの過剰な身振りや大仰な口調が表情が自身の感情を正しく表現するための手段なのだと遅れてカイムは理解しすると、最初こそ面食らった彼も角の生えた悪魔やオーガ、オークに見慣れていた事から直ぐにクラウゼヴィッツの外見に慣れ始めた。
「えぇ、その通りです。気を悪くされたのなら謝罪します公爵殿」
「いやいや、構わんよそれくらい。領地ではよく子供から怖がられて泣かれるよ。爺さんでも驚くのに、むしろその程度とはこっちが驚くよ」
クラウゼヴィッツの外見に対する気遣いにカイムは最大の礼節を持って謝罪した。出来るだけ誠意を見せるべきだとカイムは深く頭を下げた。
そのカイムの謝罪にクラウゼヴィッツはレナートゥスにも比毛を取らない豪快な笑い声を上げると、明るく気前の良い態度でカイムの顔を上げさせたのだった。
確かにクラウゼヴィッツの見た目に慣れてきたカイムだったが、それでもクラウゼヴィッツの外見はホラー的であり未だに複雑な気分を抱いていた。その感情を腹の底へ流そうとするかのように彼はアマデウスの出したコーヒーに手を付けた。それでも気まずく感じるカイムは、目の前のカエル男のアマデウスの外見に最初驚いた事を思い出した。
カイムの視線に首を傾げながら、アマデウスはマヌエラにもコーヒーを渡した。その姿にだいぶ心が落ち着くと、彼はコーヒーにテーブルの上の砂糖とクリームをこれでもかとコーヒーに加え壁に寄りかかったマヌエラに視線を向けた。
「話が進まんから私が聞くぞ。クラウゼヴィッツ殿はどうしてここに?」
コーヒーを啜りながら公爵であるクラウゼヴィッツに強い言い方で尋ねるマヌエラに、カイムは内心驚き焦りながら静止の声を掛けようとした。だが、そんな椅子から半立ちするカイムを一瞥したクラウゼヴィッツは、彼を軽く片手で制止したのだった。
「気にしなくて良いよ、カイム君。彼女…マヌエラ君やレナートゥス君とは長い付き合いなんだ。この工房の建設には、我輩も一役買っていてね」
クラウゼヴィッツはマヌエラやレナートゥスをそれぞれ指差し、目蓋を閉じた顔をしながら親指で自分を差した。背景が光りそうな程の乱発されるジェスチャーに、カイムも雰囲気の納め処を掴めず、やり場を失ったその焦りをコーヒーを呷ることで再び腹の底へと流した。
「多分君も知っているだろう。この国では定期的に帝国議会が開かれる。基本的にすべての階級の貴族、権力者が集う。しかしながらなぁ…殆どの貴族が遅れるは準備を手伝わないはで大変なのだ。それで、我輩のような忠義心厚い貴族は早めに来て準備を手伝うのだよ」
「にしては、普段よりかなり早い気がするがな。まだ議会まで半月程あるぞ」
マヌエラの問いかけに対して、クラウゼヴィッツは寛いだ様子に優雅な言葉でマヌエラに答えた。だが、マヌエラからすればその言葉の端々に不審な点が多く、それを彼女は空かさず指摘をした。その指摘にクラウゼヴィッツは、半口を開けながら息を吸い、少し唸りながら口元を手で押さえた。
「それがですね。公爵殿はホーエンシュタウフェン皇女が自分の手で議会を準備した事が嬉しかったんですよ。"殿下が我輩に頼らずに準備成された"なんて言って小躍りしたくらいですよ。それで一番に馳せ参じなければとか。娘がひとり歩きした時のソルヴェーグみたいでしたよ。あぁカイム殿、ソルヴェーグは彼の事なんですがね」
「いきなり喋りだして俺を話題に出すなよ」
返答に困っていたクラウゼヴィッツは、今まで部屋の隅にてコーヒーを飲んでいた騎士2人に視線を移した。その視線を追ったカイムが今更とばかりその騎士2人に驚くと、彼等は自分の主の求めに応じて会話に参加してきた。
穏やかな口調で参加してきた細身の騎士は細目の男で、青白い肌に柔和な顔をした茶髪の男であった。その隣に立つもう1人は、短く切り揃えられた白髪に彫り深い強面で、黒い鎧の隙間から長く白い体毛がはみ出していた。
その猿系獣人と死霊族の騎士の登場や彼等の話にカイムは様々な疑問を感じると、クラウゼヴィッツに疑念の視線を向けた。その視線に気付いたクラウゼヴィッツは、軽い咳払いをするとカップの中をじっと見つめた。
「確かに、殿下は目に入れても痛くはない。そもそも眼窩が空洞に近いから何を入れても痛くはない。その殿下の成長は早く見たい。だがな…吾輩にはそれより急ぐ理由が有るのだ」
そのクラウゼヴィッツの発言に場が静まりかえると、彼は一息にカップの中のコーヒーを飲みきった。そのコーヒーが思ったより熱かったのか、クラウゼヴィッツは口元を押さえてしばらく黙った。そのコミカルさにいよいよカイムは彼の見た目に対する威圧感を感じなくなったのだった。
「今回の議会には、嫌な予感を感じた…南部の影を吾輩は感じるのだ」
だが、クラウゼヴィッツのはなった一言に、カイムは今までに感じたことのない圧迫感を覚えたのだった。




