第三幕-2
マヌエラの言葉を受けた黒い騎士達の全員は、親衛隊に対して敵意は向けなかった。だが、彼等の異様な統率や装備、その姿に対しては、強い警戒心を向け続けていた。
それに比例するように、騎士達に並走するカイムとマヌエラの間には親衛隊が隊列を組んで行進していた。その隊列にはまるで黒い霧のように見えそうな過剰な警戒を見せていたのだった。小銃持ちの隊員数人を隊列の先頭、中央と殿に配置したその隊列は歩調の乱れることがなく、まるで一つの生き物のようであった。うっすらと歌さえ聞こえるその隊列の厳重な警戒心には、流石のカイムやマヌエラも溜め息をついた。
少しでも距離を詰めようとした騎士には即座に戦闘態勢を取ろうとするこの状態はカイムとしても良くないとは判断していたが、彼さえも隊員達に止めさせるタイミングを失っていた。とはいえ、騎士達が親衛隊の行動があくまで警戒という理解が有った為に戦闘には発展しなかった。
そんな状態が数分続くと、カイム達は荒鷲の巣の前に着いた。カイムは突発的な戦闘状態になっているかもしれないと恐れていたが、彼の予想と反して辺りは静かであった。そんな荒鷲の巣の防壁見張り台の警備員は、カイムを見付けると門を開いて急ぎ中へと促した。
「よかった、予期せぬ何かが起きる前に間に合った」
「訓練の甲斐が有ったみたいだな。戦闘は起きて無いみたいだ。まぁ、後の祭りかも知れんがな…」
戦闘の発生していない状態にカイムは安堵しながら門の中へと歩みを進めた。だが、マヌエラの笑みを浮かべた冗談は彼に深く刺さったようで、背中に嫌な汗が吹き出るのを感じていのだった。
マヌエラのきつい冗談とは裏腹に、防護壁の中では騒乱や弾痕のない平常が広がっていた。
その平常に置いて一部違っているのは、実験場に現れた黒い騎士達と同様の姿をした騎士が既に5人いるという点だけであった。黒い騎士達は正面入り口の広場にテーブルを広げてだらだらと茶を飲んでいた。そのテーブルや椅子が親衛隊の支給品であった事から、少なくとも彼等と親衛隊本部の間では平和的に事が進んでいる事がわかった。
「バーダー卿、一体何なのですか?錬金術師アルブレヒトの工房に寄るとは聞いていましたが…ここはちょっとした要塞じゃないですか。下手すりゃ我々のより良い出来だ」
だらける黒い騎士達は合流した他の8人を見付けると、その場で慌てて立ち上がりながら礼をした。その中の騎士の1人は、カイム達と歩いてきた騎士達の中のバーダーという騎士に驚きと呆れるような声を上げながらに歩み寄った。
その騎士が兜の前面を上げると、中から若いオーガが顔を出した。そのオーガの男にあわせて、残りの騎士も兜の前面を開けた。ほとんどが若い青年ばかりであり、呼びかけられたバーダーという騎士も見た目は30代にしか見えなかった。だが、バーダーの背中から生える翼やガーゴイルという種族から年齢についてはカイムもさっぱり解らなかった。
そんなバーダーは兜まで外すと、眉間に皺をよせ口元から耳元まで伸びる傷を撫でた。
「落ち着けお前ら…ここにいるアルブレヒト…今はマヌエラ殿だったか?その工房には間違い無いよ。まぁ、詳細はそこの男が閣下や俺、ソルヴェーグにレトガーにも教えてくれるだろうからよ。とりあえず、お前等は全員でコーヒーでも飲んでろよ。それと、子供相手とはいえ敬意を払えよな。でないと、吹き飛ばされるぞ…」
バーダーの気楽な口調の命令に、先に居た5人は不服といった表情だった。だが、不意に見せると殺気と強調された"吹き飛ばされるぞ"という言葉に、彼の部下達の表情に戦慄が走り反論を封殺させたのだった。
「バーダー卿、同行の必要は?」
「無い、少なからず彼等は敵じゃない。お行儀良くするんだぞ」
「子供じゃないですよ!」
そんなバーダーに部下の一人が軽口を掛けると、彼等はは笑い合い全員で軽く談笑を始めた。だが、彼等の目線は常に警戒と観察に向けられ、それに気付いたカイムはアロイスに視線を向けると彼は無言で頷き首を掻く仕草にハンドシグナルをツェーザルに送った。
シグナルを送られたツェーザルは、またかといった表情で口をへの字に曲げながら大きく溜め息をついた。
「総員、命令が有るまで休息。折角だから、騎士殿達と交流させてもらおうじゃないか」
演技がかったツェーザルの一言で、多くの親衛隊員達は武装を解除するように振る舞いながら騎士達と不穏な空気の中でお茶を始めた。
その異様な空間に思わず現実逃避のために、カイムはギラ達一部の隊員とマヌエラを引き連れて、バーダーを研究所の応接室に招いた。その道中、研究所の電気技術を前にしたバーダーはまるで異次元にでも迷い込んだようにあたりを見回し、最終的にはただ黙って天井を見上げながら歩くのだった。その姿に満足そうに胸を張るマヌエラを横目に、カイムは応接室との距離が近づくにつれて笑い声が聞こえてくること気付いた。
「成る程!それでアマデウス殿は彼に付いて行った訳ですか!しかし、元執事でしょうに仕事はどうなのですか?」
「大変ですけどやりがいが有りますよ!皆が訓練出来るのは裏方の僕達のお陰ですよ。ねぇ、レナートゥスさん?」
「まぁな。でもよ、あいつが居なけりゃ今頃は何となしに生きてたんだから、あいつは凄いよな」
応接室の声に警戒心を持ったカイムとギラ達は、未だにあちこちを見回すバーダーと応接室へと警戒を向けた。室内から聞こえる声は、アマデウスとレナートゥスのもの以外に聞いたことの無い声が含まれていた。その声で警戒したカイムと親衛隊を脇目に、マヌエラは応接室の扉を開いてバーダーと応接室に入ったのだった。
「薬なら渡したと思うがな。用件は私ではなく彼に有るのかなクラウゼヴィッツ公爵?」
応接室では、アマデウスとレナートゥスが上座側に座り、その知らない声の人物は下座に座りカイム達へ背を向けていた。その下座に座っていたクラウゼヴィッツという人物にマヌエラは親しげに声を掛けた。その態度からカイムは少なくともその人物は敵でないと判断すると、臨戦態勢のギラ達に目配せでそれを解かせた。
マヌエラの呼びかけに反応したクラウゼヴィッツは、その大きな上体ごとゆっくりとカイム達へ振り返った。その表情を見たカイムは、現実離れしたその顔に驚き目を丸くしたのだった。
「やぁ。お初にお目にかかるね英雄殿。吾輩はクラウゼヴィッツ。この国の公爵の1人だよ」




