第二幕-2
「何だか嫌な予感がする…」
デルンの街へと続く道を南下するカイムは空を見ながら呟いた。移動する道のりの横を見ると、荒野とその先にある草原が流れるようにさって行く。
突然に送られてきた皇女ホーエンシュタウフェンからの封筒には"重大な用件が有るため正午には来い"との事が殴り書きで書かれていた。城にはマヌエラがホーエンシュタウフェンにプレゼントした時計が有るらしく、一応この国に日時計ではない機械時計の概念が有ることにカイムは安心を覚えたのだった。
「そんなら私達だけでも構いませんのよ、本当に。閣下の為にも全力を尽くしますわ」
カイムの隣で並走するヴァレンティーネは、彼の神妙な面持ちから自信と嫉妬に満ちた声で意見しつつ、それを聞くカイムは後ろで自分にしがみつくギラに視線を向けた。その視線を受けたギラは、ヴァレンティーネの嫉妬の言葉に反応して顔を赤くしつつ顔を背けた。
「仕方ないじゃ無いですか…私は乗れなかったんですよ」
「はっ、よく言いますことね!」
ギラがカイムへ無駄に密着しているのは、別に足を怪我した訳でも構って欲しがっている訳でもなく、純粋にカイムの移動で振り落とされないようにするためであった。だが、ギラのカイムに対する感情を知っているヴァレンティーネからすると、彼女の言葉は嫌味にしか響かず嫉妬の言葉を漏らすのだった。
「全く、この長い道のりはどうしたものかな…」
睨み合うギラとヴァレンティーネを無視しつつ、カイムは以前から荒鷲の巣と首都との道のりが長い事への対策として移動手段を考えていた。その移動手段として、彼は訓練生の野戦服製作や商業組合殲滅等、紆余曲折から企画こそしていたのに完成が遅れた自転車をこの出頭を理由として実験ついでに運用していたのだった。
とは言うものの、カイムがレナートゥスから習った付け焼き刃の鍛冶に執務の片手間で作ったため、2台のみでかなり不恰好ではあった。それでも移動速度はかなり向上した。急いでも片道1時間半はかかる道のりが、自転車移動30分経過で道程の半分は越えていたのだった。
その実験の理由ともなる今回の出頭にカイムがギラとヴァレンティーネを同行させたのは、やむをえない理由があった。それはブリギッテへカイムが士官教育を夜間で密かに行っていたからであった。
親衛隊にカイムは軍組織として中核となる現場指揮官の不在という大きな問題を感じていた。その対策としてブリギッテへと教育指導を行っていたのであった。その高等実践訓練として、カイムはブリギッテに基礎訓練の後半に入ろうとしている訓練生達の指導をさせていたのだった。出会った頃は鎧を着ていたブリギッテも、今では親衛隊の黒服を気に入ったのか、文句を言わず毎日着ては訓練生への教育指導を行っているため、彼女は同行する事ができない。
その上、訓練生は出来るだけ訓練に集中させたかったため、カイムは既に実戦経験をしており総合成績の良いギラとヴァレンティーネの2人が同行することとなった。
「この雌羊は…閣下、急ぎましょう」
睨み合い白熱し、見せ付けるようにカイムへと密着するギラへ嫉妬を積もらせたヴァレンティーネは初めて乗ったとは思えない速度で自転車を進ませ、カイムはそれを追いかけた。
そんなギクシャクする2人とカイムが城に着くと、異様な姿の彼らに驚く衛兵に裏口へ案内されると、早々に応接室へと通されたのだった。
「済まんなカイム。この前の会談では話せなかったんだ」
応接室で待っている3人の前に現れたのはアモンであった。彼は普段の鎧ではなく白いシャツにパンツというラフな格好であり、若干窶れた表情を浮かべつつ書類を左手に持っていた。そんな彼はゆっくりとした歩みで部屋へ入って来たが、その歩き方は変に左足へ重心を置いていた。さらには右脇腹を軽く右手で撫でると、アモンはソファーに腰を下ろし書類を机に置いた。
「しかし、ぼろ布を纏っていただけの少女がこれだけ立派になるとはな。どんな訓練をしてるんだ本当に」
「親衛隊は秘密主義です。それより、そんな事を聞くために呼んだのですか?閣下、行きましょう」
「まぁ、待て。ちょっとした雑談だよ。用ってのはこれさ」
アモンがギラを一瞥して、カイムに軽い口調で尋ねた。その口調に、カイムは出会ったばかりの彼を思い出した。だが、皇女の命令を無視して独断を続けてる自分達にこの対応はおかしいとカイムは一人感じた。カイムとしては、独断ばかりで本格的に帝都から追い出されるとさえ考える事も有ったからであった。
そんなカイムの思考の片端で、ギラはアモンのキザな表情の軽口に対して露骨な嫌悪感を表情に表すと、突き放す様な言葉を投げてカイムの腕を引きながら立ち去ろうとした。その反応を受けて、アモンは持って来た書類を3人の前に並べた。
その書類には帝国議会予定等と書かれていた。その内容を見たカイムは、ホーエンシュタウフェンが自分を召喚した理由を久しぶりに思い出した。
ホーエンシュタウフェンはカイムを英雄として帝国を統一し、隣の大陸のヒト族やエルフに復讐するという目的があった。結果的にカイムが帝国貴族の中で強い程度の力だった為、彼女の予定は大幅に下方修正することを余儀無くされていた。
その様な事を思い出していると、カイムは数枚の書類に違和感を覚えた。会議の内容や日程等の書類には皇女の印が押されているが、親衛隊への要求と書かれた書類には印がなかった。そのカイムの表情が余程気になったのかギラが軽く彼の顔を覗き込んでいた。
「まぁ、お前の気持ちはわかるよ。英雄として呼び出してあの扱いだしな。ホーエンシュタウフェンに合わせて結構きついこと昔に言ったが許してくれ。この通りだ」
アモンはカイムの表情を良くない物と思ったのか、謝罪や同情をかけた。その反応で尚の事違和感を感じたカイムは、とにかく話題を変えようと書類を取った。
「半月後か…そもそもこういうのに参加する権利が有るのか私達に?そもそも皇女は今何してるんだ?」
「親衛隊の拠点…荒鷲の巣だったか?そこでの会談以来、彼女は君達に苦手意識を持ったらしいんだよ。それと、参加じゃなく街へ入る事を出来るだけ控えて欲しいんだ。貴族が山程くるんだ。皇女の英雄というだけで目立つのに、彼女の配下にいない。それどころか自分の兵を持っているってのが不味いんだ議会が終わる迄で良いんだ。無理だと言うなら、その格好は止めてくれ」
カイムはその書類を読んだ反応として軽く自分の中でまとめた考えを述べるのだった。その反応に勘違いをしたアモンがカイムへと訂正してその頭を下げた。その謝罪にカイムはアモンの要求はホーエンシュタウフェン本人がすべきとカイムは思った。だが、彼としては余計な事に親衛隊を巻き込み自分達の予定を崩したくなかった。そのために、カイムは敢えてその主張を飲み込んだのだった。
更には今後の予定は皇女で有るホーエンシュタウフェン自身の能力に左右されるため、カイムは出来るだけ関与は控えたかった。
「閣下、これは願ってもない事では?先の鎮圧作戦…ガラスのナイフの夜も、結果的にはあの皇女が関わっています。我々はあの女と関わると碌な目に会わないかと」
無言で考えるカイムにギラが耳打ちをした。その意見はヴァレンティーネの耳にもうっすらと聞こえたようで、彼女は同意に嫌そうな顔をしたが、静かに何度も頷いた。
ギラとヴァレンティーネの反応に、カイムは卓上のペンで書類に承諾のサインを書くとテーブルの上を流すようにアモンに渡した。
「ありがとう。お前には色々迷惑かけるな…とはいえ、お前は俺にとっては仲間だ。これからもよろしく頼む」
「皇女の前じゃないと本当に態度が違うな。まぁ、良い。ホーエンシュタウフェンに精々頑張れと伝えといてくれ」
アモンの暖かい言葉に軽口で返すと、カイム達は早々に会議を出た。アモンは笑みを浮かべながら書類を片手に軽く手を挙げ見送った。
「あぁ、きっと彼女は頑張るよ。無駄なんだろうけどさ…」
アモンの言葉は扉の閉まる音にかき消された。




