幕間
ランプの光が家具の金装飾を輝かし、柔なかな明かりが包む部屋の中で男が1人棚の前に立っていた。その棚の中には大小様々な瓶が並んでいた。
だが、男の執務机の上には既に栓の開いたワインの瓶があった。酒を飲みながら酒棚を見るのは落ち着きが無い時の男の癖であり、新品のボトルを開けてもあれやこれやと酒瓶を開けてしまうのである。
それが示す通り、邪魔されれば如何なる者にも憤怒を向ける晩酌より、男には気になる事があったのだった。その男が新たな酒を選び棚を開いて細長い茶色の瓶を手に取った時、部屋にノックの音が響いた。
「侯爵閣下、シンデルマイサーです。入っても…」
「待っていたよシンデルマイサー!入りたまえ!」
入室のために声をかけ、男の言葉に従い部屋に入ってきたシンデルマイサーという名の男は小柄なゴブリンだった。小柄で太り、皺の入った顔とその姿は達磨の様であった。だが、着ている服が少なからずこの男に威厳を与えていた。
シンデルマイサーは執務室の扉を開け、足早に男の前で跪くと書類を渡した。
「間者からの報告です。例の商業組合は英雄の部下達…親衛隊とかいう奴等に1人残らず殺されました。その際、間者が脇腹を魔法具の様なもので切られたとか…」
「ほぅ、連中にそんな魔法具を持つ者がいるとはな…皇女が隠し持つ…いや、あの小娘は魔法を極端に嫌うし、錬金術師アルブレヒトでも流石に魔法は使えんだろう。かの英雄殿でも隣の大陸まで取りに行くなんて出来んだろうし。なら、これは武器か」
「離れた者を切り裂く武器ですか?」
シンデルマイサーの説明を聞き流し、書類を見つめる男は茶色の瓶を片手に応接用のソファーに腰掛けた。酒瓶の中身を呷りながら書類を読む男は、その状況の解説から自分の考えを独り言した。その独り言へ律儀に反応したシンデルマイサーだったが、男は重々しい表情と共に無視したのだった。
「親衛隊は人数が増え、首都に拠点を置く。皇女には服従せず、交渉も出来る。成る程、悪くない男だ。やはり姫…あの小娘には勿体無い人物だな」
男は報告書の内容を面白がりながら思わず笑みと共に呟いた。だが、自分が笑みを浮かべていることを理解すると、男はその笑みを振り払うように瓶の中身をそのまま呷った。それなりの量の酒を一気に飲み干すと、男は複雑な表情を浮かべながらも身振りだけは優雅に足を組んだ。
「シンデルマイサー、首尾はどうだ?」
「皆、準備が出来ていると申しておりました」
男の尋ねに答えたシンデルマイサーの返答は彼をいつになく上機嫌で立ち上がらせた。執務机のまで歩いた男は、机の上のワイングラスを手に取った。中身の残っていたグラスを数回回し、香りを楽しむと男は開かれた窓から外に広がる街と、その先に壁で隔たれた廃墟を見つめた。
「そうでなければな…わざわざ山を越えて東に来た意味も、これまでの努力も無駄だからな。さてさて、今回の議会はようやっと楽しそうだな。"バカ共相手"に盛大に演じて魅せよう」
男は無邪気に微笑むと、グラスのワインを飲み干した。




