第一幕-6
「私は一切謝罪はしないわ。街に居た悪人退治は感謝するけど…」
「総統の手柄を…盗人猛々しいですわね、この皇女さまは」
「よく言うわよね。これ私の茶葉でしょ?どちらが盗人だか…」
ホーエンシュタウフェンはヴァレンティーネの紅茶に手を付けると、苦々しい表情で言った。その彼女の棘の有る呟きにヴァレンティーネが噛み付いたが、ホーエンシュタウフェンはあっさりと言い返したのだった。
その皇女の言葉から物資の強奪に近い拝借を快く思っていない事をカイムは理解した。それでも、悪感情を懐いていながらも彼女達が荒鷲の巣に現れ関係改善を図ろうとしている事に、カイム達が少なからず評価されていると彼は理解したのだった。
ただ一人納得したように頷くカイムをおいて、皇女が話し始めの言葉を選んで黙っていると、突然にアモンがテーブルに手をついて頭を下げた。
「彼女の言う通りだ。彼奴らを信じて仕事を依頼したのが自分である以上、責任は自分にある。過去の暴言を許してくれ」
「ぶふぅ!アモン、何故?謝る必要がこちらにあるの?無いでしょう!勝手に街を血生臭くして後処理もしなかったというのに…」
「だがな。結果だけを見れば彼等はこの街で皇女を騙した悪漢達に天誅を下した正義の味方だ。それを追い出して、あまつさえ礼の1つも無いのは皇女としてどうだろう?」
アモンの謝罪は隣に座る皇女に口の中の紅茶を吹き出させる程衝撃を与えた。下品にも口に残った少量の紅茶をカップに戻し激しく咳き込むと、彼女はハンカチを渡すファルターメイヤーを無視してアモンを睨みながら避難の声を上げるのだった。
目一杯に紅茶を浴びつつ、ホーエンシュタウフェンを言い包めたアモンにカイムは違和感を感じた。だが、その違和感は彼にも上手く説明出来ない曖昧な物だった。その為、彼は下手に出ざる負えなくなった彼女達から協力を得るよう交渉する事に感覚を鋭くし、違和感を忘れようとしたのだった。
「私は、この様にわざわざ君達がやって来てくれただけで十分だよ。だがな、私は良くても部下達全員については…解らんな」
「ほぅ、確か君の部下は忠誠を誇りにしてるのではなかったか?その部下が君の決定に独断行動を起こすと?」
顔や服をハンカチで拭くアモンに、カイムは穏やかな口調で内容に影を持たせた言葉放った。その言葉にアモンが軽く嫌味を利かせると、ギラが席を立ち抗議をしようとした。だが、後ろに立っていたヴァレンティーネの隠す腕4本が止めるのだった。
過激さを内包するヴァレンティーネも、カイムがアモンへ自分達に良い条件での取引をしようとしてる事を理解していたのであった。
「親衛隊の訓練生には逃げ出して敵に寝返った奴がいる。私も言いたくはないが、完全に信用出来るとは言えないからな」
カイムの言葉は同席する親衛隊訓練生にとって気分の良い物では無かった。だが、実際自分達の中から絶対に裏切り者が出ないとも限らない事から、彼等は何も言えなかった。
ギラに至っては、同席しても空気のように扱われるスラムの代表3人が小さく悲鳴を上げる程の怒気に包まれた。
「あのような奴等がまた出てきた時には…」
ギラの呪いのような言葉に、アロイスは一瞬顔を竦ませた。そんな訓練生達の反応を見たアモンは肩を竦めると、少しずつ飲み空にしたカップをカイムの前に出した。
「おぉ、怖い怖い。なら…どれだけの紅茶を注げば、君の部下達の納得のカップは満ちるんだい?」
「貴方…私達に脅迫出来る立場だと思ってるの!こんな貧弱そうな奴等が束になった所で、私のアモンやファルターメイヤーが蹴散らしてくれる!民の為にも負ける訳にはいかないわ!」
アモンの気取った言葉を聞くと、突然立ち上がり高らかに宣言したホーエンシュタウフェンは満足げに両手を腰に当て、それなりに膨らむ胸を張った。その言ってやったと言いたげな彼女の表情に反して、アモンは顔に手を当て何度も顔を横に振った。
アモンが長い溜め息までつき始めたため、ファルターメイヤーは皇女に席に座るよう促した。何故といった具合にホーエンシュタウフェンはファルターメイヤーの手を払ったが、アモンは皇女の肩を優しく掴んだ。
「ホーエンシュタウフェン…違うんだよ脅すとかそういう事ではないんだよ。彼等はな、皇女を騙す悪漢を倒した。つまり、君は民から悪漢に騙された…言い方は悪いが馬鹿皇女と思われているんだ。このまま彼等が自分達と無関係だと、民らはあの親衛隊旗を振って城に乗り込んでくる。これはね、彼等との交渉なんだよ。せっかく格好付け直して良い雰囲気だったのに…もうやめだ!普段通り振る舞う」
くどくどと説明を始めたアモンだったが、今までの固い表情から一変、カイムと出会ったばかりのような表情をすると肩を回した。それに呼応するように、今まで背筋を無駄に伸ばしていたカイムは深く息をついて座り直した。
「そういう訳だ。彼女は実直で誠実でとても良い皇女なんだ。その皇女が民から悪人扱いされるわけにはいかない。ここは1つ、頼む」
「卿がそういうなら私とてやぶさかではない。そちらの交渉の要求を言ってくれたまえ」
「もうそういうのはいいよ…こちらの要求は、君を含めた親衛隊全員のシュトラッサー城への帰還。そして、皇女の配下への帰属。デルンの治安維持。城の衛兵に親衛隊と同様の訓練を行う。この4つだ」
アモンの頼みにカイムはカップの中身を呷ると、カップを掲げて気取った発言をした。そのカイムの反応にアモンが頭を抱えながら要求を言い、いつの間にか注がれていた2杯目の紅茶に手を付けたのだった。
カイムの予想に反してアモンが提案した要求は少ないものであったが、この要求は彼にとって余り良いものではなかった。シュトラッサー城への帰還は別段問題はない。都市の治安維持も、訓練過程が終了し高等戦闘訓練として組み込めば問題はなかった。
だが、カイムにとって問題は皇女の配下への帰属と衛兵への訓練であった。配下への帰属によって、親衛隊の秘密兵器である銃器の露見は今後の行動の制限を生み、彼の訓練は銃器の使用を前提としているため、場合によっては皇女からの銃器の供与を要求される事も考えられた。
銃器が帝国で広く知られれば、相手は作れなくても対策を考えられてしまう。それを考えたカイムは、何とか上手い落とし所を考えた。
「帰還と治安維持は構わない。だが、配下への帰属と訓練は受け入れられない」
「何でだ?良い条件だろ?配下へ帰属すれば皇女の臣下として行動に自由が持てる。衛兵にも訓練すれば治安維持がしやすくなるぞ」
渋るカイムにアモンは反論をしたが、カイムは苦い表情を隠しながら片手で軽くあしらった。
「配下への帰属しないのは皇女を思ってだ。私が配下へ戻ったら、皇女が親衛隊を使って反対勢力を殲滅したと思われる。そうなれば、何でもっと早く行動に移らないと批判される。全体の状況の解らない民衆程、よく叫ぶからな。衛兵の訓練については…親衛隊は秘密主義だから教えられない…じゃあ駄目か?」
カイムの言い分に納得できないとはいえ、アモンは反論が出来なかった。今回は自分達の立場が弱い以上、下手な強気は無駄な対立を生むためであった。
「なら、街の治安維持と城の警護両方やって貰えば良いのでは?」
「それは良いな。訓練の秘匿の換わりに警護も受け入れよう。皇女の配下への帰属についてはこちらの要求に組み込んである」
反論に困るアモンの横で唐突に意見を出したファルターメイヤーだったが、その意見はあっさりとカイムに受け入れられた。その機会を逃さなかったカイムがたたみかけるように要求が無いか身振りで訪ねたが、ホーエンシュタウフェンはこの交渉自体に相変わらず納得がいかないようだった。
そんなホーエンシュタウフェンにファルターメイヤーが耳元で何回か囁くと、彼女は不服そうな表情ながらも静かに紅茶を飲んだ。
「では、こちらからの要求だな。鍛冶ギルドの木工技士の人員提供。私も含めた親衛隊はあくまでホーエンシュタウフェン殿下と同盟関係とする事。殿下の要請という名の命令は受けるが拒否権を持つ。お互いに会合を要求したら受け入れる。デルン城下での親衛隊拠点と衣食の提供。これだけだ」
「多すぎよ!何なのその要求受け入れられる分けない!」
「姫様の言う通りだ!黙っていれば言いたい放題!」
強気なカイムの要求に皇女とファルターメイヤーは立ち上がり抗議をした。その抗議はテーブルを軽く揺らすほどであり、ティーカップや茶器が音を立てた。
それだけ強い2人の発言だったにも関わらず、カイムは紅茶を飲みいつの間にか置かれていた茶菓子に手を出した。
「これでも大部分譲歩した。そもそも交渉の時点で双方利益が有り完全に納得出来る提案なんて出来るはずがない。一見お互いが納得する結論でも、必ずその後に綻びが生まれる。結局は片方が割りを喰うか、苦い和平しかないんだよ」
カイムの持論はその気に成ればいくらでも反論出来る物だが、この状態がその証明の様な状態な為に、全員が文句を言えなかった。
「何より、せっかく命を差し出すと言った多くの若者を失業者に戻すわけにもいかんからな」
何も言えない置物のような代表3人をカイムは見ながらいった。この一言はホーエンシュタウフェンにとっては強力であり、彼女も彼等志願者がこのまま親衛隊ではなく城の衛兵に志願するとは思えなかった。そして、自身の国の若い民が失業者として路上生活というのは受け入れ難く、彼女にだけの方策もなかった。そのため黙って俯き、膝の上で拳を握り締めた皇女に、アモンは任せろと言った具合に肩へ手をのせた。
「ギルドの技士は木工だけでいいんだな?増やすなよ」
「木工だけで十分だ」
「皇女の命令を拒否する場合、明確な理由を説明をする報告書を上げることも加えろ」
「良いだろう」
「拠点は城の近く。物資はここにいる親衛隊分だけだ。これ以降に増える分は自分達で賄う」
「大丈夫だ、問題ない」
アモンとカイムのテンポの良い相談が終わると、アモンがカイムに手を差し出した。
「なら、自分達は苦い和平を味わうよ。コクと旨味を必死にな」
「物分かりが良く助かるよ」
苦笑いを浮かべるカイムの手をアモンが取り双方が握手をした。その光景は誰の目から見ても交渉が終了したことがわかるものだった。
「自分は、騎士としても強くはない。それに間抜けだ。だが、馬鹿ではないと思ってる」
こうして、皇女ホーエンシュタウフェンの主張は組み込まれないながらも親衛隊が彼女の城へと帰還を果たす事となった。




