第一幕-1
ガルツ帝国の首都デルン、その中心に建つシュトラッサー城は静かに朝を迎えた。
だが、その静けさに反比例して、ファルターメイヤーの心境は穏やかではなかった。その原因はデルンの南方で響いた笛の音と妙な弾ける音が深夜に響いた事であり、彼女は日の出と共に街に私服で偵察に出たのだった。
そんな彼女が南方の街の中心が近づくと、朝日の差す街に見える光景を前に驚愕した。煉瓦で舗装された街の街道に男達が血をして倒れていた。それが1人や2人なら何て事は無いが、軽く数えて10人という事はさすがに彼女を驚かせたのだった。
「刺し傷か…暴動?…にしては静かすぎたし…もっと早く来るんだった」
警戒して日が出てからと考て行動した彼女は、自分の過ちに少し後悔すると更に町を探索した。
歩道のそこらじゅうに倒れる死体達を見ると、ファルターメイヤーは全員が黄色い腕章をしているのがわかった。そしてその腕章は商業組合に属するという意味が有ることも彼女は知っていた。
「死体は全て商業組合関係者…内部抗争…ではないな」
ファルターメイヤーは死体だらけの現状を気にも止めずに日々を過ごす住民や、対応出来ない首都の現象に虚しさを覚えた。だが、それよりも彼女は街に対して違和感を覚えた。その違和感の正体を掴めぬまま、彼女は街を進んだが1つの死体が視界に入った。
その死体は浮浪者に追い剥ぎを受けており、ゴブリンと犬種の獣人、悪魔の老人3人がかりであった。城の騎士の中でも比較的街に降りる事の多い方だからこそ、彼女はその光景を見て違和感の正体がわかった。
「ストリートチルドレンが…居ない!」
戦後の帝国は多くの国民が戦争の犠牲となった。それ故に、首都には戦乱の復興に追われる各地から追い払われるように流れてきた生き残りの身寄りのない子供が浮浪者として道に座り込んでいた。
だが、早朝の街にはその子供達が根こそぎ居なくなっていた。違和感の正体に気づくと、ファルターメイヤーは追い剥ぎの老人達の元へと走った。
「おい!そこの…すみません失礼しました…この辺りはストリートチルドレンが多く居たはずですが、彼等は何処へ?」
私服で偽装をしていることを忘れ、強い口調で詰問しようとしたファルターメイヤーは言いかけた言葉を訂正して老人に聞いた。老人達は追い剥ぎを咎められるかと一瞬怯えたが、彼女の質問を聞くとまたかといった具合に肩をすくめたのだった。
「お前さんもあの連中の所に行きたいのか?あんな暴力の権化みたいな連中、わしは恐ろしいわい」
「何言うとる!お前さんもさっきまで"わしも行こうかな?"なんて言っとっただろうに」
「そうだな…言っとった…」
「んっ、ゔん!失礼、皆さん…」
質問に対して老人達が話を始め、その内容が脱線し始めると、ファルターメイヤーは咳払いをして話の腰を折った。すると老人達は額に青筋を薄っすらと立てる彼女に笑いかけながら軽く自分の頭を撫でた。
「すまんすまん。わしらの悪い癖でな直ぐ話しこんじまう。えっと…何だったか…」
「小僧たちが何処行ったかだろ」
「そうだな…言っとった…」
老人ゴブリンの言葉に老人悪魔が答え獣人老人が呟いた。そんな老人3人の話しは一向に前へと話が進まない為に、流石に腹を立て始めたファルターメイヤーは手の関節を鳴らしながら視線や表情で圧を掛け3人を急かした。それに気づくと、老人3人は苦笑いを浮かべて腕を組んだのだった。
「昨晩にの、あのチンピラ連中…何とか組合が親衛隊…だったかの?連中に襲われ全滅したらしい」
「親衛隊で合っとるわい!連中が悪党倒した英雄気取りで凱旋なんてするもんだがら、皆あいつらに付いてったわい」
「そうだな…付いてったな…」
「そういや小僧達が言っとったな。連中を少し前スラムで見たとか…あいつらはスラムの住人だったとか…」
「言っとっただろ!それを皇女殿下の英雄とかが兵隊に仕立てたんだろ。子供を兵隊にするとはな…職も無いし仕方ないかもしれんが彼等も彼等よ…」
「そうだな…勇ましかったな…」
老人3人の会話を聞き、その中の単語からファルターメイヤーはこの騒動にカイムやスラムの少年少女が関与している事を確信した。
だが、ファルターメイヤーにはその中で納得出来ない事が1つあった。
「その親衛隊は何で商業組合を襲撃したのですか?」
ファルターメイヤーは老人3人に疑問を投げかけると、ゴブリン老人が手を打った。
「そうだ!商業組合だ!いやいや、呆けてしまったわい」
「お前さんはいつも呆けてるわい!あんたもあのチンピラ達の悪事を知らんのかい?表では皇女に認められた首都復興団体とか言って金や物貰って、裏では商店やらを管理して金巻き上げる悪どい連中だわい!お陰で南側しか建物も直らんし、北から流れたわしらみたいなもんは住みにくいし」
「そうだな…住みにくいな…」
老人3人の話を聞いていたファルターメイヤーは、最初こそその話を嘘と思った。だが、なかなか復興の進まない街の現状を考えると、3人の話があながち嘘でもないのではと思えた。街の復興は提供している物資や資金の量に対してなかなか進んでいない事は彼女も理解していたからであった。
ファルターメイヤーはカイム達が独自に行動し首都の悪事に武力制裁を加えた事を理解すると老人達に詰め寄った
「その連中は何処へ?何処へ行ったのです?」
ファルターメイヤーの強い口調の疑問に老人3人は圧倒されたが、直ぐに上を向いて腕を組み思い出そうとした。
「確か、あっちの方に歩いていったような…城の方だっだかの…」
「何言うとる!城の横過ぎて行っただろうに。北じゃ北。あいつら北へ歩いていったぞ」
「そうだな…北へ行ったな…」
老人3人の言葉に感謝しながらファルターメイヤーはゴブリン老人の手を掴み、その手に数枚の硬貨を握らせた。
「ありがとう老人方。助かりました。私はこれで」
そう言うと、ファルターメイヤーは立ち上がり歩き出そうとした。
「騎士のお嬢さん!気を付けての!」
「お前さん何で言っちまうんだ!あんなかしこまった言葉に凛々しい顔でぜんぜん隠せてないのに街の住人のふりしとったんだぞ!かわいそうだろ」
「そうだな…かわいそうだな…」
「そうなのか!だけどわしらみたいなのに丁寧に話すからそんな気無いかと思っての…そもそも顔も隠しておらんしの。殿下の3騎士は有名人だし」
「そういう子なんじゃよあの子は!良い子だけど抜けとるんだ」
「そうだな…抜けとるな…」
老人3人の言葉を背に受けるファルターメイヤーは振り向かず、足早にその場を去った。その顔は恥ずかしさで真っ赤になり、肩を震わせていた。昨晩の惨劇を全く気にせず、店が開店していく街道を彼女は一目散に城へと帰った。
自身の行いの恥ずかしさもさる事ながら、ファルターメイヤーはとにかくこの事をホーエンシュタウフェンに報告せねばと急いだ。彼女が城の1階広間に着くと、そこにはホーエンシュタウフェンとアモンが出掛ける支度を済ませ立っていた。
「ファルターメイヤー何処へ行っていた!直ぐに出掛けるぞ!」
アモンの言葉にファルターメイヤーは困惑した。大声を出したアモンの肩にホーエンシュタウフェン手を置き、彼女が彼の前に1歩進んだ。
「朝の散歩帰りに悪いけど、緊急事態よ。あの英雄殿が何かしたみたいなの」
「しかし、姫様、何処へ?」
ファルターメイヤーの疑問にホーエンシュタウフェンは頭を抱えた。
「カイムの根城、錬金術師アルブレヒトの工房よ」




