第六幕-11
事は4日前に遡る。
カイムが親衛隊に対して脅迫を敢行し、親衛隊の"忠誠こそが我が誇り"宣言後にやって来たのは営業部長の男と銀の首輪の少女であった。彼等は商業組合が交渉の為に送ってきた者達だった。
そもそも商業組合営業部とは、組合に属さない商店への勧誘や所属店舗と交渉と利益の徴収、皇女からの復興物資の組織内での分配とその不平等な内容に対する対応等といった部署であった。
だが、その営業部は他の部署より扱いが悪かった。それは、組織第一という組合の方針や貴族の誰かが組織の指揮していたという事実から、商業組合の利益独占と貧民に対する弾圧に反対したためだった。その処遇により、彼等は自身の仕事に不信を懐いていたのだった。
それ故に、組織内で立場がなかった営業部は、カイム達の元へと交渉に赴いた時に聞かされた商業組合殲滅についてを暴力的な面に難色を示しながらも協力を申し出てきたのである。
その相談の中で、クモの少女に至っては暴力的な面さえ喜んで協力すると言ったのだった。そもそも彼女は商業組合組織の人間ではなかった。
「こんな酷いとこ辞められるなら、あの男に復讐出来るなら何でもします」
クモの少女の両親はスラムの中で小さな商店を開いていた。だが、その商店は組合の参加を拒否したことで嫌がらせを受けた。その嫌がらせへの反抗として、物資の平等分配と商品の独自仕入れを主張したのだった。その主張も虚しく、最終的に皇女へと直談判を敢行しようとした時に、彼女の家が組合のチンピラに襲われ両親が目の前で殺されたのだった。その後、彼女は見知らぬ暖かい土地に運ばれ何者かに魔法具である首輪を付けられ、その土地で訓練させられた末に、商業組合組長の手下として反対する者への暗殺を強制させられていたのだった。
「そりゃ、殺してやりたくもなるか」
「だから、協力しますよ。いいですよね、営業部長?」
「拒否したら僕まで殺されるんだろ?それは嫌だよ。だから…カイムさんでしたか?営業部の面子だけはどうか…」
「もちろん、親衛隊の敵は"我々の害となるもの全て"ですので。まぁ、"敵対しなければ"の話ですがね?」
カイムの商業組合殲滅に興奮気味で紅茶のカップを置きながら言うクモの少女の言葉や、その気迫に気圧されながらも弱々しく発言する営業部長の言葉にカイムは彼等に協力を依頼したのだった。
その協力内容は、"親衛隊訓練生が出ていったという欺瞞とカイムが組合と会合を持ちたいと伝える事。会合で幹部全員を集め護衛を最小限にする事。そして組合の職員全員の情報と営業部職員の他の部署との見た目の差別化"という3つであった。
クモの少女は首輪で隷属させられているため嘘が付けなかったが、書類が絶対となる組合では彼女の発言の機会も少なく、書類の言葉の書き方で営業部長は何とか職員達を誤魔化したのだった。
その協力が全て成功した事で、カイムは殲滅作戦を実行に移したのだった。
作戦はギラとアロイス以外の親衛隊を浮浪者に偽装し、あらかじめスラムに配置する。その後予定の期日でカイム達が内部で行動を起こし、ギラが窓から号令を出し次第偽装を解除し外部の組合警備部職員、支部を電撃的に襲撃しながら残党を殲滅するというものだった。
無線も無いという状態に於いて大規模行動は危険を伴うと考えたカイムだったが、ギラの主導する戦闘訓練やこれまでの基礎訓練のお陰で訓練生の戦闘技術も上がっていた。その事から、カイムは殲滅作戦の実行を指示したのだった。
時を戻して、作戦の実行がまだかと外で待機していたアロイスとブリギッテは、出来る限り自然にカイムを待つ素振りをしていた。
そんな2人を警戒していた入り口の警護2人も、建物3階から強烈な炸裂音が数回と窓ガラスの割れる音、全身黒ずくめの男が落ちてくるのを見ると注意がそれたのだった。その後、一瞬の間を置いてけたたましい号笛の音とギラの声が響いたのだった。
「商業組合の攻撃だ!親衛隊鎮圧行動開始!」
その声に反応したアロイスとブリギッテは、護衛2人に音もなく一気に駆け寄った。一瞬で間合いを詰めたアロイスは引き抜いたナイフを護衛の首に突き立て、ブリギッテは腰の軍用サーベルを一気に引き抜き男の首を斬りつけたのだった。
「これなら、痛みもなくあの世だろ?」
「このっ…剣って何で…使い辛いの!」
「うわぁ…そんな斬ったような切ってない様な始末の仕方…」
「打首なんて…そうそう上手く出来ないですよ…」
アロイスか警備の男吹き出す返り血を顔に浴びると、彼は顔を袖で拭いながら倒れる死体を眺めて呟くのだった。その隣では、サーベルで男の首の半分以上斬るも刃が止まり、更にはサーベルを引き抜けなくなったブリギッテが乱雑に引き抜こうと悪戦苦闘するのだった。
既に絶命しながらも首を斬られたと言うより乱雑に引きちぎられ死体を前に、アロイスは全身を返り血で真っ赤に染めるブリギッテの姿に慄いた。彼の一言に頬や額に付いた血を拭うブリギッテがサーベルに付いた血や脂を払いながら死体を見下ろして呟くと、2人は組合本部の扉を蹴破り内部に突入したのだった。
それとほぼ同時に、号笛や号令を聞いた親衛隊隊員は、浮浪者の偽装を解くと鎮圧行動を開始した。
そんな組織にとっての緊急事態を露にも知らず周辺を警備していたベッシュ達4人は、遠くから聞こえる号令を前に恐れの表情を見せていた。
「本部の方から聞こえたぞ!彼奴らかな?行くのか?」
「どうする?」
「止めようぜ」
「何でだよ?」
「親衛隊って言えば、たった4人をタコ殴りにするような連中だぞ!逃げた方が良いって!」
親衛隊を去ったベッシュ達がそんな相談をしていると、彼等の周りはボロ布を纏った浮浪者5人に囲まれていた。そんな怪しい浮浪者達を前に、ベッシュ達は右腕に着けた黄色い腕章を見せつけたのだった。
「お前ら!俺達は商業組合だぞ!何たかって来てんだ散れ!」
「おら、クズ共!散れ、散れ!」
ベッシュ達の見下した怒鳴り声を聞いくと、取り囲んでいた浮浪者達はボロ布を目隠しとばかりに彼等へと投げつけた。そのボロ布をもろに被ったベッシュ達は、視界を遮る布を剥ぎ取ろうとした。
「何だよ…」
「うわぁ!」
だが、困惑するベッシュが呟くと中で彼の耳に仲間達の悲鳴が一瞬聞こえた。布の中で藻掻くベッシュは、その声を聞くと急いで脱け出そうとした。すると、途中に彼の前から何かベッシュへと勢いよくぶつかってきのだった。
「うっ…嘘…ぐぁ!」
すると、ベッシュの腹部が焼けるような感覚に襲われたのだった。その猛烈な痛みにもがきながら、ベッシュはようやく布から脱け出すと彼の顔に赤い液体が飛んで来た。その元をたどると、真横にいた仲間がうつ伏せに倒れ、彼等が使い走りにしていたマックスがその上に馬乗りになるとその背中をめった刺しにしていたのだった。死体はそれだけでなく、彼の仲間は何時の間にか全員が力無く倒れていた。その死体は急所を的確に刺されており、ほぼ即死と言ってもおかしくなかった。
その死体となった仲間の背中を鬼気迫る表情で何度も刺し続けるマックスと、自分さえも腹部を刺されたという恐怖を懐いたベッシュはふらつく様に後ろに数歩下がった。すると、その背後には誰かが立っており、その背中に誰かがぶつかったのだった。
「恨むなよベッシュ…これも任務だ。何よりも逃げた先が悪かったな…」
「おまっ…」
その背後からベッシュへと一言声が掛かると、彼はその聞き覚えのある声に振り返ろうとした。だが、彼の開いた口からは声だけでなく血と脂の付いたナイフの刃先が出てきたのだった。後頭部に深々と突き刺したナイフをゲオルグは体重を載せて下へと下ろすと、ベッシュの体を背骨に添って引き裂いたのだった。
滝のように血を流し、裂けた背中から内蔵を撒き散らして倒れるベッシュと仕留めた他の3人をゲオルグが軽く見回すと、死体の上でナイフを見つめるマックスの肩を軽く叩いた。
「マックス…もういいだろ。まだ任務が有る。行くぞ!」
「ごめん…ちょっと、力入らない…」
「全くよぉ…仕方ないな、この野郎…」
ゲオルグの言葉に、マックスは返り血を浴びながら震える手で答えるのだった。その生気の抜けた様なマックスの姿に、エリアスが呆れる様に呟くと彼に肩を貸したのだった。その姿に他の隊員も手を貸してマックスを立たせると、親衛隊の一個分隊6人は組合構成員殲滅のために移動しようとした。
親衛隊は少数の為に、カイムは6人で一つの分隊を4つと9人の分隊を一つ、4人の分隊を1つと言う兵員の編成で作戦実行を指示したのだった。その結果、作戦は2分隊で支部の制圧をしながら3分隊で街道を警備する構成員の排除というむちゃな段取りになっていた。
マックス達5人が段取りに沿って十字路に出ようとした時、右側の通路から予期せず8人の男達が飛び出して来た。彼等は腕に黄色い腕章をしていることから組合構成員だとわかったが、半数が腹部や背中から血を流す負傷者ばかりだった。
「いぃ!嘘だろ!」
「何だ、こいつ等!あのガキ共の仲間か!」
突然の遭遇戦に、分隊を率いていた先頭のツェーザルの動きが止まった。驚く彼を見逃さなかった商業組合の集団の1人は、それを好機とツェーザルに向かって突撃した。
「ガキ共が調子に乗りやがって!」
「いい大人がガキみたいな真似しやがって!」
ツェーザルの襟を掴んだリザードマンの男は、睨み付けるツェーザルに怒鳴ると拳を大きく振りかぶった。
男の一言にツェーザルが言い返し、後ろで他の敵組合員と睨み合っていたエリアス達が急いで助けようとする中、それより早く彼等の左側遠くから破裂音が響き、男の側頭部に孔を空けるのだった。
その音は間隔を空けて4回ほど続き、音が響く度に1人ずつ構成員が倒れていった。唐突に仲間が頭に穴を空けて死んでゆく様に混乱した組合構成員達を前に、ツェーザル達はナイフ片手に襲いかかり、半数以下となった構成員達に止めを刺すのだった。
「あなた達!無事ですか?」
「絶賛任務続行中だ!助かったよ!えぇい、まだ終わらないのかなぁ…」
ツェーザル達が十字路の左手街道奥にあった商業組合本部を見ると、その窓から小銃を構えていたギラが声をかけた。まだ硝煙上げる小銃を下ろしたギラへ援護射撃の感謝を大声で掛けつつ、ツェーザルは手を振って答えると1人ぼやいた。
「あいつらの腕章は東側の所属みたいだ。フロイライン=ティアナの管轄だ」
「打ち漏らしか…あの子優しいからなぁ。とにかく任務続行だ」
死体の所持品を調べる中で、ゲオルグが見つけた手帖の中から所属を報告すると、ツェーザルは取り出した地図と情報を見比べつつ返り血で汚れた野戦服を左手で数回払った。
地図を懐にしまい再びぼやくツェーザルは、死体の調査を終えた分隊へ前進のハンドシグナルを出した。その移動の一瞬で彼は振り返ると、ギラがライフルに弾を込めながら街道を警戒しているのが見えたのだった。
ツェーザル達が移動を始めた数分後、デルンの西側から号笛の音がけたたましく2回響いた。その号笛の意味は、商業組合支部制圧の分隊が制圧完了した事、その分隊が街の制圧に合流をする事を意味していた。
「今の音!」
「はぁ、やっと終わりが見えたか…第3分隊はこれより第5分隊と合流する!」
号笛の音にシュタールヘルムを脱いで頭の耳を動かすマックスが声を上げると、分隊長のツェーザルは疲れの見え隠れする口調で指示を出した。彼等は軍靴の音を鳴らしながら合流地点へ走り、合流後は彼等は15人がかりで担当の南側の構成員を探し、見つけては殲滅を繰り返していった。
その掃討戦でさえ、カイム達に本部を奇襲され支部さえも壊滅していた事から、商業組合は組織だった反撃が出来なかった。それでも、彼等は無駄に反撃しようとするため、親衛隊は合流の移動経路で待ち伏せを行い各個に殲滅していった。それには担当地区にいる構成員のリストさえも使用してい事もあり、親衛隊員達は始末する度に人数を数えていたのだった。
ツェーザルの部隊はリスト全員を殲滅すると商業組合本部に戻った。作戦では日が出てき次第本部に集合となっていたが、彼等が到着する頃には西側の部隊が既に整列しており、日の出前に首都の商業組合殲滅が終わろうとしていた。その1番最後に東側の部隊が到着するすると、分隊長であるティアナが構成員リストを片手に走ってきたのだった。
「第2分隊です!8人取り逃がしました!他の分隊で彼らを」
「仕留めたよ、うちの分隊でね。いきなり通りで出くわしたから、漏らすかと思ったよ」
「すっ、すみません…」
「何を言ってんのさ。俺達、初陣よ?むしろよくやったってヤツさ」
ティアナの言葉の先を突くように、ツェーザルはリストへ殴り書きした8人分の名前を見せながら軽口混じりに報告した。その言葉に彼女返り血を浴びた顔に安堵の表情を浮かべると、反省の表情と共に頭を下げようとした。それをツェーザルが片手に手を載せて止めると、半笑いで励ますのだった。
全親衛隊隊員の集結に呼応するように、各分隊長がそれぞれリストを取り出して討ち漏らした構成員を調べた。彼等が討ち漏らしの無い事を調べ終わる頃には、本部から血塗れで書類を山ほど抱えたカイム達4人が出てきたのだった。
「状況報告します!親衛隊による構成員殲滅は完了いたしました。我が方の被害、軽傷者13のみであります!殆どが転けて擦りむいたとかばっかりです」
ツェーザルが代表として、語尾に行くほど力なく着帽敬礼しながら言った。その報告を前にカイムは整列する親衛隊を見回したが、全員の初陣による極度の疲れが見て解る程だった。
そんな返り血まみれのカイム達は、同じく返り血で汚れきり中には打撲の跡を顔に作っている親衛隊隊員達に対して敬礼し返すと、ずれていた帽子を被り直しながらツェーザルのヘルメットのずれを直したのだった。
「諸君!見たまえ、朝日さえ我らの勝利を祝っている。
振り返ってみたまえ、諸君!君達の姿は、もうそこらに転がる悲しき貧民とは、賤しき罪人共と異なるものだ。彼等は立ち上がる事を忘れ、空を見上げる事を忘れ、終いには誇りさえ忘れた者達だ。彼等はただ虚しく辛い日々を生きるだけの存在だろう。大義を無くし、誇りを無くせば人は無力にも、道端に倒れた屍達のような悪にもなる。あれが諸君らの以前の姿である。
しかし!しかし諸君らは立ち上がった。私と共に立ち上がった。正義と誇り、救国の大義の元に立ち、虐げ、この国を蝕む敵を滅する力を得た!私は…諸君らが誇らしい。諸君らは、訓練生でありながら、悪漢を圧倒するだけの力が有るのだ。訓練過程が終了する頃には、必ずやこの国を救う兵士になれると確信できる!
だからこそ、疲れたのも解るがもう少し肩肘張ってくれ。折角の凱旋なのだから」
自分の部下達の初陣や全員の無事を前に、カイムはその場の勢いで己の思いを語り終わると、深く息を吸うのだった。
「全体、同速歩調で、行進!」
カイムが全員に2列縦隊の号令を出すと、彼を先頭に親衛隊が2列で朝日の差すデルンの街を進んでいった。その行進の最後には、付いて来る必要のないであろう営業部職員やクモの少女も同行していた。
そんなカイム達の行進をスラムの住人達、特に下層の住人達が見つめていた。彼らはこの一連の騒動に極力関わらない様に隠れていたのだが、それでも自分達を虐げた存在を倒した親衛隊に羨望の眼差しを向けたのだった。
その光景は、まるで"英雄物語の主役一行が悪者達を倒して去る"と言う状況そのものであり、英雄がスラムの少年少女を連れていったという噂のお陰で多くの子供達が彼等に心を奪われたのだった。
「総員、傾注!」
自分たちに向けられた視線に気付いたカイムの号令に合わせ、親衛隊全員が一斉にパレードステップになると、軍靴の音やその威圧感が相まって、若者達には勇ましさが増したように見えていた。
そのスラムの住人の眼差しを受けたカイムは不思議と気分が良くなり一人で軽く歌いだした。行進の時のミリタリーケイデンス代わりに歌っていたが、住人の視線を受けて調子が良くなった為に口から出た声は少しだけ大きかった。それを聞き逃さなかったギラはカイムに続くように歌いだし、最終的には親衛隊が全員歌っていた。
「親衛隊、我らは、進み、歌う。 狙撃兵、 対岸にて、歌い踊れ。 我らは敵地を行く。口笛吹きながら。 世界が我らを忌み、称えようとしても。
我らは敵地へ行く。 魔族の歌を歌い。 ハハハハハハ! 我らはガルツとカイムの親衛隊である限り」
親衛隊の歌声と軍靴の音は、彼等が去る時まで枯れた街に響き渡った。こうして、親衛隊の鮮烈な初陣は大きな戦果と羨望の眼差しと共に幕を閉じたのだった。




