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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第1章:たった1つの冷たいやり方
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第五幕-6

 訓練が始まって1週間が経過した。

 若さや元々知識が無かった事から訓練生達はカイムの予想以上に成長し適応していた。それは魔族というヒトと生命体として根本的に異なる存在であったからとカイムもある程度理解していた。

 訓練の一区切りとなるその日のカイムは、普段と態度が異なっていた。訓練生の寝室に明かりこそ付けるが、大声を出さず暴言を吐く事も無かった。


「全員、着替え次第30分後に玄関前へ集合。以上だ」


 端的に指示を言うと、カイムは部屋を去った。その声の中には幾等かの優しさが感じられ、訓練生全員は突然の異常にお互いを見回したながら状況を理解しようとした。

 その中でもマックスはひたすらに頭の犬のような耳を動かした。それに気づいたエリアスが手招きしながら問いかけた。


「マックス!どうしたよそんなに頭の動かして?」


「なぁ、エリアス。鍋の音が何処からもしない…」


「えっ?あぁ、そういやしないな。いつもなら、女子部屋からも響いてもっとうるせぇのに」


 訓練で共にカイムから頻繁にしごかれた事で仲が良くなったのか、マックスとエリアスはセットで行動する事が多くなった。マックスの一言を受けたエリアスは、寝癖のついた短い茶髪を数回掻きながら右目の下に切り傷の跡が残る少年顔であたりを見回して呟いた。

 早朝の騒音起床は訓練生における日常であった。ラッパの音と共に急いでベッドから起き上がり、鍋の音とカイムの怒鳴り声に急かされるのが朝における一連の流れだった。それが唐突に女子部屋からさえ無くなると、男子達からすれば最早非日常としか言えない感覚さえ陥る程だった。

 普段と異なる事態を気づかせるエリアスの一言に男子訓練生達の疑問は膨らむ中、アロイスやツェーザル、マックスにエリアスら数人の訓練生は直ぐに着替えを始めた。


「お前ら、とにかく急いで着替えろよ!総統が早く来いって言ってただろ!」


「落ち着けよアロイス。総統は"30分後"って言ってたんだから、少しはゆっくりしようぜ?まぁ、確かに急ぐべきでもあるんだろうけどな…」


 アロイスの急かす大声が部屋に響き男子全員が慌て始める中、ツェーザルはカイムの口真似をしつつ寝ぼけ眼を擦って言った。ツェーザルの言葉に、訓練生達は一旦冷静になると、着替えや身嗜みを慣れた手つきで整えた。

 男子部屋から訓練生が出て来ると同じタイミングで女子部屋からも訓練生が続々と出て、訓練生全体が合流したのだった。


「アロイス訓練生、どういう事かわかりますか?総統閣下に何が?」


「総統ならお前が一番知ってんじゃないのか?何たって、"抱かれたい男"だもんな?」


「茶化すな間抜け、粛清するぞ?」


「とにかく、行ってみなけりゃ…解らねぇよ」


 部屋の外で隊列を組む訓練生達の中で、ギラとアロイスは合流しつつお互いに声を掛けた。この2人は成績からそれぞれ男子部屋と女子部屋の室長となっていた。それゆえに責任感からこの異常事態に対処しようと声を掛け合ったのだった。

 だが、状況の解らない中でアロイスの出した結論に、ギラは無言で頷いていて返した。そして、2人を先頭に訓練生41人が駆け足で出口に殺到した。

 研究所外ではカイムやアマデウス、ブリギッテ、それどころかレナートゥスに眠い目を擦るマヌエラも立っていた。だが、訓練生達が一際気になるのが、カイム達の側に大きな木箱であった。口に出さないだけで、誰もの心に疑念が広がる中、彼等は訓練で身に染み付き始めた訓練生番号順の2列横隊を自然に作り始めた。


「気をつけ!列を正せ!」


 2列横隊でカイム達の前に並ぶ訓練生達に、彼の号令が駆け抜けた。カイムの号令に対し、訓練生達は反射的に列の幅をお互いの肘が触れ合う程度に直し、右端のギラやアロイスの位置を見つつ列を真っ直ぐに直した。訓練の成果からか、早々に列は完成したが訓練生全員は怒声の1つも無い現状に猛烈な違和感を感じていた。

 何より、訓練には殆ど関与しないアマデウスどころか研究室に籠りっきりのマヌエラや鍛治場にいるか時々声援を送ってくるレナートゥスがこの場に居る事に彼等は不自然さを感じたのだった。


「頭、中!休め!」


訓練生全員が正面を向き、左足を前に出して休みの姿勢を取ると、カイムは数回全員を見回して咳払いをした。


「諸君!訓練を始めて1週間がたった。脱落者が4人出たとはいえ、これだけの人数が残ったのは驚きである。これからも訓練は続く。苦しい場面がいくつもあるだろう。だが、もう諸君らがスラムで座り込み空を見詰めるだけの小さな存在では無いことは確信できた。そこで…」


 訓示を始めようとしたカイムだったが、話を途中で止めると彼は木箱を開けて中身を取り出した。


「これは…」


「あれって野戦服?」


「そっかぁ…この訓練服ともおさらばか!」


 カイムが箱から中身を取り出して広げると、訓練生の誰もが声を漏らした。

 カイムの手には服があった。ボタンが5つに濃緑色の襟と肩章。フィールドグレーの生地に胸と腰にポケットが計4つ付いている。腰元にはベルト掛けのフックとサスペンダーのための穴が空いていた。襟には彼らの見たことの無いマークが縫われていた。黒地に銀の糸で縫われたそれは、剣が中心に1本、それを上からバツ印のように重なる様に縦長かつ湾曲を小さくした2本のS字が重なっているというものであった。

翼の章は右胸にも付いていた。服はそれだけでなく、サスペンダーで釣るズボンにバックル付きのベルト。そして皮のブーツまで用意されていた。

 訓練生達に支給される野戦服は全てデザインをカイムが書き上げ、彼とアマデウスの2人で製作したものだった。金属の加工はレナートゥスが銃器製作の片手間であっという間にすませたものであり、全てが完全に手作りでありそれを感じさせない見事な完成度だった。


「そこで、諸君らに格好だけは親衛隊に近づけてやろうと思う!勿論、着方はきちんと教える。男は私が、女子はブリギッテが教える。一回で覚えろ!」


 カイムの指示と訓練生の為に制作された野戦服に、若い歓声が大いに湧いた。男子だけでなく女子も歓声を上げる姿に驚きながらも、カイムは野戦服を1人1人に手渡しし、着方を教えた。全員が野戦服で再整列するのには30分程かかったのだった。


「へぇ〜、似合ってんじゃん!」


「良い材質だよな…」


「けど、まだ階級は無しか。左襟に何も無いや」


「その前に左肩だろ?いきなり下士官かよ…」


「ねぇ、」


 訓練生は野戦服姿のお互いを横目に見るとお互いの感想を伝え合った。彼らのその姿はスラムに居たとは思えない変わりようであり、ベルトバックルの"忠誠こそ我が誇り"と翼の刻印が朝日に輝いていた。

 そんな親衛隊訓示の騒ぐ声に寝惚けたマヌエラが拍手をしだしたため、カイム達は少し早いと知っていてもつい拍手をしてしまった。


「総員!気をつけ!」


 ギラの号令に訓練生全員が姿勢を正した。


「敬礼!」


 機械のごとくとは言わないまでも、統率の取れた動きで彼らは脱帽時の敬礼、すなわち左胸に右手拳を置く姿勢を取った。

 親衛隊の土台が着々と出来つつある事にカイムは喜びを感じ、そしてこのまま訓練が無事終わることを朝日に向けてただ祈った。

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