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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第7章:敵はヒト族
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第1幕-2

「やっぱり、そうなったのね」


「概ね、陛下の台本通りということです。これで、否応なしに侵攻の口実は出来た訳です」


 ガルツ帝国の帝都ほぼ中央に位置するシュトラッサー城は、魔族統一と帝国再興を成した皇帝と総統の2人による挙国一致の象徴である。

 その城内には帝国皇帝の為にとありとあらゆる生活に必要なものや部屋が存在するだけにとどまらず、皇帝の身辺を世話する使用人達数百人分の生活空間に帝国国防軍近衛軍第1師団が常駐出来るほどの広大な敷地と建物であった。

 城の中の皇帝執務室は特に警備が手厚く、部屋に至る廊下は受付を含めて無数の検問があり、不審者や反帝室派を一切寄せ付けない。警備面だけでなく居住性も大いに高められており、白を基調とした部屋には質素ながらも気品を与える金のアラベスク模様が埋め込まれている。また、必要以上には設置されていない家具や調度品は帝国内から集められた一級品ばかりであり、素材の木材は歪みもなく埃一つないほど洗練されているのである。

 そんな皇帝執務室の来客用テーブルに腰を預ける帝国皇帝アポロニアは、手に持つティーカップを口に傾けながらもう片方に持っていた書類をテーブルに投げ置いた。

 そのテーブルの上を滑る書類とアポロニアの言葉の先にいたカイムは、行き足を失った書類からゆっくり顔を上げて彼女の刺すような視線に作り笑いと共に真っ向から受けて立ったのである。

 だが、カイムの口から流れる言葉もすぐに部屋の広さを前にして霧散すると、彼は疲れたように肩を落としつつアポロニアから視線を外すように目の前の紅茶を胃の中に流し込むのであった。


「ワタシは台本なんて書いてないわ。むしろ、アナタの予測の方がより近しいことになったもの。私は、あのハルがヒト族に親書を渡したら捕らえられて、親書諸共に処刑されるくらいしか考えてなかった。マサカ、あんな大陸に降り立ってすぐに戦闘が行われるなんて考えてない」


 空になったティーカップをソーサーにおいたカイムは、テーブルの反対側に立つアポロニアへ僅かに顔を上げた。そこに見える彼女の顔も少しだけ俯いていたが、アポロニアは僅かに拳を握り瞳は生気に満ちながら静かに笑っていたのである。

 そんな自身の様子を伺うカイムの姿に、アポロニアは軽く息をつきながら歩き出しつつティーポットを手に取ると、その中身を彼のカップへと注ぎ込んだ。紅茶の流れと共にカイムへと持論も語ってみせたアポロニアだったが、その自信に満ちた笑みに反してその声音にカイムは影を落としたような薄暗さを感じた。

 アポロニアの態度に、カイムはティーカップへ伸ばした手を止めてテーブルの上で両指を組んだ。


「皇帝陛下は……」


「アポロニア!」


 ティーカップに波々と注がれた紅茶を見つめるカイムは、組んだ手を数回揉むとアポロニアへ顔を上げた。それと同時に彼女へ声をかけようとしたカイムだったが、彼のテーブル向こうにアポロニアの姿はなかった。

 いつの間にかカイムの真横にいたアポロニアは目の前に顔を寄せて呼び方を訂正させた。その声音は僅かに刺々しく、カイムは目と鼻の先にある真紅の瞳と白い肌へ僅かに頬を赤くすると直ぐに顔を背けティーカップへ逃がしたのである。

 その肩肘張らない強張りが抜けたカイムに、アポロニアは満足そうに頷くと自分の椅子を引いて彼の横に座ったのであった。


「アポロニアは、本気でヒト族との戦争が望みなのか?」


 テーブルの書類とティーカップを手に持ち背もたれへ体を預けたカイムは、椅子を運び彼の横に座ってカップを傾けるアポロニアへ尋ねかけた。その返答はティーカップから彼女が口を離すまで少し間が空いたのである。


「イマサラ、何よ?ワタシは最初から最後まで、ヒト族と"講和"なんて考えちゃイナイもの」


「それが、国力を低下させる判断だとしてもか?」


 ソーサーにカップを置くアポロニアの瞳はそれまでとは打って変わり冷たいものであった。その瞳に見つめられながら冷徹な声音で尋ねられるカイムだったが、彼もアポロニアを見つめ返して答えた。

 カイムの強い口調に、アポロニアは僅かに皇帝から嘗ての少女に戻った。


「カイム、アナタは反対なの?」


 アポロニアの言葉に、カイムは即答出来なかった。彼のなかの人としての意志と総統としての治世が一瞬だけ争ったからである。

 それでも、自身を見つめるアポロニアにカイムはカップを置いて息を呑んでから口を開いた。


「反対……ではないが、賛成も出来ない」


「"ユウジュウフダン"ね」


「"優柔不断"だ」


 口をへの字に曲げながら肩をすくめるアポロニアの評価通り、カイムは強いとも弱いとも言えない口調で呟いた。

 しかし、アポロニアの批判に対するズレた反論だけはこれまでと変わらず、彼はっきりとした声音で言い放ったのである。その一言に、アポロニアは少しだけ紅茶を吹き出し慌てて口元を隠した。

 そして、暫く肩を揺らしたアポロニアは再びカップを手に持つとポットの中身を注いだのだった。


「理由、聞いてもいい?」


 揺れるカップの中の紅茶を赤い瞳で見つめるアポロニアは、立ち昇る湯気とともに視線を上げると彼女を見つめるカイムの瞳を見つめて尋ねた。彼女の瞳は穏やかではあれど、カイムにはその視線が重く肩にのしかかったのである。

 カイムは、アポロニアの苦しみや復讐に燃える心を知った上で、反論を述べねばならないからであった。


「アポロニア、君はヒト族をこの地球から絶滅させたいのか?」


「理想を言うなら、モチロンそうね。誰だって害虫が家の中をウジャウジャしてるのはイヤでしょ?クモのような益虫って言うなら、目につかないとこでひっそりとしてるなら許すけど。でも、ヒト族はそうじゃない」


 少しの沈黙にアポロニアがカップへ再び口を付けると、カイムはようやく口を開き彼女へ尋ねかけた。質問に質問で返した彼の言葉に彼女は一瞬だけ眉を顰めたが、アポロニアはそれでもカイムに対して淀みなく自身の腹の内を答えたのである。

 アポロニアがソーサーへ態とらしく音を立てカップを置いたことで、カイムは彼女の持論と納得できるその理論にそれとなく頷いてみせた。そんな彼の態度にアポロニアはさらに腕を組み胸を張ると大きく椅子の背もたれに背中を預けたのであった。


「"常に自分達の無秩序な増殖だけを考え、そのタメなら別種はいくら殺しても構わない"なんて生き物を"生き物"と言える?マシテ、快楽の為に同族サエも手にかけるなんて、生き物としての前提さえ崩れてるじゃない?」


 持論を続けるアポロニアの口振りは静かながらに力強いものであり、カイムは彼女の論理立てた考えに再び感心するように頷いた。

 だが、腕を組むアポロニアの指が何度となく腕を叩いている姿を見ると、カイムはまだ彼女の中で皇帝や淑女としての振る舞いに埋もれながらも藻搔く"父親を奪われた少女の影"を見たのである。

 カイムは再び暫く黙った。それをアポロニアは急かすことなく、静かに返す言葉を待ったのであった。


「イルカやシャチは遊びで魚を殺すぞ?」


「デモ、同族は殺さない」


「我々人類だって、同族で殺し合ったりするし、法を犯すこともある。でなければ、警察なんていらないだろ」


 カイムはカップを取ろうとした手を引き戻し、両手を組んで口元に運ぶと口元を隠して呟いた。その正論にアポロニアは正論で直ぐ返した。

 それでも、カイムはアポロニアの正論へ正論を返すと、2人は互いに睨むように見つめ合ったのである。


「ヒト族の肩を持つなんてドウイウつもり、カイム?」


「肩は持っちゃいない。君の腹の底を聞きたかったんだよ。まぁ、私だって、家の中で砂糖を齧る害虫が好き放題やってるのは許せんし、無理やり家に入ろうとしてくるなら、全力で追い払うさ」


 カイムに向けるアポロニアの視線には怒りの炎が赤い瞳の奥で揺らめき始め、遂には口調の端々にも熱意となって伝播したのである。

 そんな彼女の激情を抑えるように、カイムは大仰に頭を抱えて左右に振ると彼なりの持論をアポロニアに投げかけた。その内容は比喩だらけではあるものの、一瞬考えたアポロニアは未だ眉間にシワを寄せつつも納得したように頷いたのだった。


「だが、君は家に入る"害虫駆除"に加えて家の隣の"森林管理"をしようとしてるんだ」


 そんなアポロニアの納得へ重ねるようにカイムは、彼女の頷きを止めるように呟いた。その一言は彼女の頭を止めるだけでなく首を傾げさせ、最後にはカイムの眼前にアポロニアの顔が一杯に広がるほど至近距離で疑念の視線を送らせたのである。


「解りにくい例えね」


「侵攻するということは、つまり領土が増える。その土地の管理もしなければならないんだ」


「過去にやられたことやり返す。攻めて殺して、奪って帰って来るじゃ駄目なの?」


 目と鼻の先で尋ねかけるアポロニアの赤い瞳の上で揺らめく銀のまつ毛や白い肌に、カイムは再び頬を赤らめると慌ててその身を逸らして彼女の顔と距離を取った。その急な動きと早口な彼の持論を前に、アポロニアはほんの一瞬微笑みながらテーブルに頬杖を突きつつカイムへ尋ね返したのである。

 アポロニアの疑念を受けたカイムは、彼女の頬杖を掴んで姿勢を正させると軽く咳払いして見せた。


「戦争は大規模国家事業だ。大いに金と人、物を吸い取る。略奪だけで出費を補填できるほど帝国は原始的な国家じゃない。それに見合う利益がなければ、直ぐに国は疲弊する。それが解らん君ではないだろ、"皇帝陛下"?」


 テーブルのティーポットを取りアポロニアのカップへ紅茶を注ぐカイムは説明を始めた。その最中も彼は手を止めず、テーブルのティーセットから茶菓子を彼女の皿の上に無造作に置き始めた。カイムが数個皿の上に菓子を運ぶと、その手をアポロニアは彼の話を遮らないように片手で止めようとしたのである。

 だが、彼女の手振りを気にせずカイムはそのまま菓子をアポロニアの皿へと淡々と語りながら置き続けた。彼がひとしきり語り終えると同時にティーセットの茶菓子は殆どアポロニアの皿の上となり、残った茶菓子は数える程度となった。

 最後に、カイムは自身のカップに紅茶を注ぐと空になったポットの中と茶菓子に視線を送りながら肩をすくめてみせたのである。


「数十年前のワタシだったら、癇癪起こして飛び出しただろうけどね。モミにモマレると、人ってこうも変わるものね」


 カイムの図解付きの説明を前にして、アポロニアは目の前に山盛りとなった菓子たちに苦笑いした。その皿の上で手を迷わせると、彼女は小さなマカロンを摘んだのである。


「つまり、"どこまで"やるかの指針が欲しいってこと?」


「今すぐ決めろってことではないが、侵攻するなら"明確な目的"がなければな」


 彼女の瞳に負けぬほどの赤いマカロンを一口に放り込んだアポロニアは、その甘さに目を丸くするとカップの紅茶でそれを胃の腑へ流し込んだ。彼女に合わせてティーセットの菓子へ手を伸ばすカイムに、アポロニアは自身の前で積み上げられた菓子たちを指差したのである。

 小さな焼き菓子を手に取ったカイムだったが、アポロニアは変わらず皿を指差し続け、彼は彼女がその手を下ろすまでクッキーやサンドイッチと近いものから取り続けたのであった。

 その菓子が丁度半分ずつというところで、アポロニアはその手を下ろしてカイムへと尋ねかけたのである。それにカイムもすぐに答えつつ、山のように積まれた茶菓子の中からキュウリのサンドイッチを取り出すとその端を少しずつかじり始めた。

 アポロニアはカイムの姿に少し笑い、立ち上がりながらポットを手に取ると茶筒の中身を移しながら新しい紅茶を落とし始めたのであった。


「絶対戦争は自国さえ滅ぼす。私は"二の舞を演じる"のだけは嫌だからな」


 そんなアポロニアの背中に、カイムの言葉が僅かに届いた。それは、独り言と思えるほどに小さな声だった。だが、彼女にははっきりと聞こえたのである。

 薄暗く震えるようなその声音は帝国の総統というには余りにもか弱く、まるで何かに怯えるようにさえ思えるほどであった。

 だからこそ、アポロニアはただ黙って茶を落とし続けた。


「アナタが"どこの国"のことを言ってるかは判らないけど。そうね、死に物狂いで再興したこの帝国を再び瓦礫の山にはしたくないもの。この国をなんとしても守るのは、皇帝としての責務ですものね」


 新たに淹れ直した紅茶をテーブルに運ぶアポロニアは、座ったままのカイムの額に指を当てその瞳を見つめた。急な彼女の行動に目を丸くするカイムへ、アポロニアは悪戯っぽく笑うと彼の手を掴みカップへ伸ばさせ"早く空にしろ"と言わんばかりに手を振って急かしたのである。

 そんなアポロニアの手振りにカイムは一気にカップを傾けると、彼女は満足げにその中へ新たな紅茶を注ぎ入れた。紅茶の流れを見つめるカイムの視線は、独り誰にも開けない不安が僅かに滲んでいた。

 その彼の不安を前にして、アポロニアはカイムに対して注ぎ終えたポットをそのままに胸を張り、不適に笑ったのである。

 その皇帝としての口振りながらにティーポットを持って立ったままというチグハグな姿は彼女に、カイムは少しだけアポロニアへ微笑みかけながらゆっくりと新しい紅茶へ口を付けた。彼の笑みを見たアポロニアも満足すると、自身のカップに紅茶を注ぎ入れると席に座って茶菓子をまた一口に頬張ったのであった。


「御前会議を開くわ。ソレまでに、現状の国力で具体的にファンダルニア大陸のどこまで占領出来るか立案しなさい。私も各大臣達には通達しておく」


「"総統"に命じないのか?」


「多少はアナタの仕事も減らさないと。でないと、また潰れて塞ぎ込まれちゃ堪ったモノじゃないわ」


 菓子を勢いよく飲み込んだアポロニアはカップをゆっくりと傾けつつ菓子を手に取るカイムを横目に見つつ命じた。その内容は皇帝としてのものではあるが、口振りは少しだけ不機嫌な少女のように響いた。それに対して不適に笑うカイムが茶化すように返すと、アポロニアは彼に笑って答えたのである。


「カイム、"アナタとワタシ"でこの国をより強く、より安全な国にするの。全てを抱え込む必要なんてない」


 カイムの肩に手を掛けるアポロニアの柔らかな笑みを浮かべる、彼女はまるで口付けするかのように彼の目の前へ迫った。頬を僅かに赤らめ囁くアポロニアの姿にカイムは一瞬だけ固まるも、瞳を閉じて口をすぼめる彼女の角を人差し指で抑えると、その顔を元の位置まで押し戻したのだった。

 戻されたアポロニアは不服そうに口をへの字に曲げるものの、僅かに頬を赤らめ背筋を正すカイムの顔に満足すると腕を組んで大きく背もたれに背中を預けたのである。


「ワタシとアナタは運命共同体なの、いい?」


「"皇帝"と"総統"が二人三脚か。なんとも歪な国家形成だ」


 アポロニアとカイムは敢えて互いの顔を見ないで呟き、静かに笑った。


「ガルツ帝国第5代皇帝アポロニア・フォン ウント ツー・ホーエンシュタウフェンが命ずる。勅命である。総統カイム・リヒトホーフェンは、御前会議までに遠征軍の編成と侵攻計画の立案、侵攻時における帝国の経済及び治安維持の計画を立案せよ」


「承知しました、皇帝陛下。この総統カイム・リヒトホーフェン、命に代えても帝国に栄光をもたらしましょう」


「うむっ、よく言った!」


 ひとしきり笑った2人は、アポロニアの咳払いに合わせて立ち上がるとお互いに向き合った。

 そして、お互いに改めて背筋を正すと、アポロニアは彼女特有の訛りなく皇帝としての総統カイムに勅命を与えた。その勅命にカイムは恭しく傅き応えると、アポロニアは彼の跪く姿をまえに笑いながら腕を組み頷いたのである。

 アポロニアの一言に、カイムは再び立ち上がると恭しく会釈すると、その足を部屋の扉の方へと進ませようとしたのだった。


「えっ、モウ帰るの?」


「仕事を命じられたからな。直ぐにでも取り掛からないと……」


「紅茶が残ってる!」


「しかし……」


 だが、カイムの背中にアポロニアの戸惑う声がかかると、彼は彼女に両肩を掴まれながらテーブルへと引き摺り戻され始めたのである。その最中にカイムは彼女へ言い訳を立てようとするも、アポロニアはその言葉をテーブルの上のポットを指差して止めた。

 それでも仕事を優先しようとしたカイムだったが、自身を見つめるアポロニアの瞳が潤み始めると、もう彼は何も言えないのであった。


「わかったよ」


「それでよろしい!」


 "皇帝と総統"と"アポロニアとカイム"を行ったり着たりする2人の茶会は、茶筒が1つ空になるまで続いたのだった。

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