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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第7章:敵はヒト族
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第1幕-1

 嘗て、総統カイムと親衛隊は帝都デルンの郊外に"荒鷲の巣"という一大拠点を築き上げた。それは、"錬金術師"と呼ばれていたマヌエラ・アルブレヒトの工房に練兵場と外柵を建てた簡素なものであり、収容可能人数も多くて100人が精一杯であった。

 そんな荒鷲の巣も、ガルツ帝国内で勃発した内戦である南北戦争にて親衛隊入隊希望者殺到を気に大規模に拡張を開始したのである。

 その結果、現在は郊外森林内に広大な訓練用の敷地と大き過ぎず小さ過ぎない程度な煉瓦造りの庁舎、多少の隊員を収容可能な兵舎に親衛隊作戦本部と武装親衛隊第1装甲軍、出動殲滅部隊、特別山岳狙撃大隊を擁するという建物のサイズと人数のチグハグな軍事基地となった。


「たとえわかっていたことだとしても、こうなった現状を見るとなんとも言えんな」


 だが、その荒鷲の巣の全容は地上ではなく地下にあった。情報秘匿のために地表から数十m下に建設された施設内にはより広大な空間が広がり、武装親衛隊第1装甲軍の戦車整備場や所属隊員の地下兵舎、親衛隊兵器開発局、数万人を一度に保護できる軍病院に映画や酒場等の娯楽施設さえある軍事都市なのである。

 その荒鷲の巣にある親衛隊第1病院の特別治療室の中で、カイムは目の前のガラス窓の向こう側に広がる一面真っ白い部屋を見つめて呟いた。部屋の中央には1台のベットが置かれ、その上に横たわる小さな人影からは無数の配線やチューブが伸びている。それらの先に繋がる機械は小さなポンプ音を流し空気を押し出したり体内の排泄を補助し、パネルや画面に緑色の各種文字や目盛り、反応を映し出して薬剤投与や点滴等の必要な対応を自動で行っていたのである。

 そのベッド上の人影を"機械の力で無理やり延命させている"とも思える光景は、カイムの奥歯を噛み締めさせながら独り言をその口から漏れ出させた。


「カイム……」


「わかってる。こんな罪悪感を感じていい立場じゃないことくらいはな」


 カイムのその呻き声に近い独り言は部屋の中で霧散しようとした。そんな彼の横でタブレットを小脇に抱えながら立つギラがカイムの横顔を見つめ呼び掛けると、彼は眉間にしわを寄せつつ額の汗をハンカチで拭いながら苦笑いで彼女へ答えたのだった。


「現状でハル・エア少尉にできるあらゆる処置は完了しました。傷口の腐敗もなし。熱傷部分の皮膚移植も完璧です。急ぎの手術で肌色は多少継ぎ接ぎになりましたが」


「内臓も負傷しているとこことだったが?」


「人工臓器を移植してます。ヒト族相手とはいえ調整してますから、性能は100%出せます」


 カイムとギラが見つめる特別治療室の待機室は同様に一面白色に埋め尽くされ、椅子や机さえも金属部分以外は統一された色である。その部屋の部屋の扉が開くと、親衛隊の黒服に部屋と同じく白い白衣を羽織ったオークの男が現れた。刈り揃えられたヒゲにワックスで固めた金髪は七三に分けられ、親衛隊大佐の襟章が輝くガタイの良い彼は、カイムの姿を見ると即座に親衛隊敬礼をしながら歩み寄った。

 軍医の男が小脇に抱える2つの板挟みの1つであるカルテをカイムへ渡すと、その内容に指を差しながら彼は説明を始めた。書かれた内容は医学に精通してないカイムでさえもハルの処置前の様態が最悪であることを理解させる程である。人型の絵が書かれた部分は彼女の体の状況を図解しているものの、欠損した手足には大きくバツ印が付けられ、あらゆる箇所に詳細な注意書きが所狭しと書き並べられていた。

 そんな惨状を示すカルテを捲り続けるカイムの疑問に、オークの軍医は固めた髪を撫でながら力強い口調で答えた。端的な返答やカルテを捲る手を掴んで止めさせて各部の内容を指差し説明する軍医の姿に、カイムは一瞬目を丸くするも傍らのギラに目配せしつつ直に頷いて説明を聞いたのである。


「そもそも、再生医療を使えば多少手間だが痕も残らず治せるのではないか?」


「再生治療は無理です。いかんせん、ここまで放射能汚染されると迂闊に再生治療なんてできませんよ。癌化したら元も子もありませんので」


 先に進むカルテの内容がハルの体内図へ移ると、カイムは肺の半分や肝臓といった重要な臓器の半分以上が機能不全による全摘出と人工臓器移植という記載に眉をひそめた。それは、帝国の医療技術は彼が軍医に尋ねた通り移植手術だけではなく自己再生を促す再生医療技術が発展していたからであった。

 そんなにカイムの疑念にも即座に応えるオークの軍医は鼻息を1つ突いてみせると、肩を竦めてカルテのページを戻した。そこには血液や体組織の状態が事細かく記されている。その中には放射線濃度も記載されており、軍医が指を差すその内容はカイムだけでなく彼自身さえも顔を顰める程の高濃度なのだった。

 カルテを眺めるカイムは言葉に詰まり、部屋には暫くの沈黙が満ち溢れた。


「そこまで放射線を受けて、どうして彼女は生きてるんだ?」


「いえ、それがですね」


 死体となってもおかしくないと主張するカルテの内容と目の前で無数の医療機器に回復と延命処置され覚醒を待たれるハルの姿を見比べるカイムは、カルテを軍医に渡すと彼女の姿を腕を組んで見つめながら呟いた。

 その呟きへ即座に反応するオークの軍医は、受け取ったカルテと異なる書類をカイムの目の前に出したのである。

 目の前にいきなり現れたその書類を受け取るカイムは、拳を振るわせるギラに掌を向け制止しつつその内容を軍医に説明させようと僅かに下げたのであった。


「ご覧ください。このように、彼女の全身には無数のナノボット(ナノマシン)らしき物が滞留しています。過去の情報から考えるに、聖剣と呼ばれる武器に内蔵されていた物が爆発の衝撃により彼女の体に流入した。その結果、ナノボットは彼女の体内で自己増殖すると共に保全機能によってある程度の除染と生命維持が行われたのだと思われます」


 表紙に大きく"極秘"と打たれる書類を捲るカイムは、その内容に目を見張った。書類にはカルテと同様にハルの様態が説明されていたが、それは医学的な観点では解説されていなかった。その内容はは主として戦闘で彼女の体へ無数に突き刺さった聖剣の破片の位置を示している。

 しかし、その位置はカルテおいて裂傷や打撲とも記載されていたかった。だからこそ、軍医が口端を引きつらせて説明を始めた書類の内容に、カイムは言葉を失ったのである。

 埋め込まれた宝玉のみが聖剣の機械的演算を行い刀身やハルの体に影響を与える特殊な技術と帝国軍は考えていた。その予測が聖剣の全てが生体へ同化や再生強化を与えるナノマシンの集合体というのは彼等の予測を遥かに超越し、帝国の技術にも匹敵しうるものなのだった。

 だからこそ、軍医の説明を聞きつつカルテとハルの姿を何度となく見比べていたカイムも、最後には彼女の置かれた未知の状態に釘付けとなっていた。


「額の破片は取れなかったのか?」


「それが……その……」


 ハルの姿と資料を見比べたカイムは、右額に突き刺さりまるで鋭い角のように伸びている破片の中でも一際大きいものを指差し軍医に尋ねかけた。

 軍医はその問いかけに固めた髪の毛の隙間へ指を入れて数回掻くと、カイムが持つ資料のページを数枚先へ捲りながらカルテを横に並べたのである。

 ページは双方ともハルの頭部を横から見た断面図であり、深々と突き刺さった破片は彼女の頭蓋を突き破り大脳は疎か海馬や小脳にまで達している。それを引き抜くというのは、医学に通じていないカイムでも危険とわかる程だった。

 しかし、カイムがカルテを凝視するのに対して、軍医は資料の断面図を指差した。その先には破片が写っているものの、カルテとは異なるものが細かく描かていたのである。


「あの破片はナノボットの結晶のような物でして、頭部に刺さった部分から脳や周辺組織と融合しています。破片の切除を行えば全身で除染や肉体修復が追いつかなくなりますし、脳組織が損傷する可能性がありますので、そちらの方が彼女の生命に影響するかと」


「そうか」


 脳に刺さる破片はその形をまだ残しているものの、端々はまるで根を伸ばすように溶けつつ脳と同化していたのである。特に正面からの断面図から見る破片の浸食は凄まじく、表層は疎か長いものは右脳どころか左脳にまで達しいた。

 だからこそ、軍医は説明しながらにこめかみに小さな汗の玉を滴らせるも、それに気付かず改めて横たわり眠るハルを見つめたのである。

 カイムは軍医の説明に数回頷きつつ、カルテと書類を彼に渡したのだった。


「やはり、あの剣はヒト族の作れるものではないのでは?」


「何にしろ、もう存在しないんだ。今更考えても詮無きことだ」


 ハルの横たわる姿をカイムはただ眉間にしわを寄せて見つめた。その視線はそれまでの熱の中に仄暗さを見え隠れさせていたのである。

 その瞳の内側を察したギラは、カイムの耳に小声で話しかけた。その吐息に一瞬だけカイムは肩を震わせるも、瞳を閉じて肩で大きく息を吸うと頭を掻いて苦笑いしながらギラへ応えた。そんな彼の言葉に、彼女もただ黙って頷くのだった。


「意識はまだ目覚めないのか?」


「負傷が尋常じゃないですから。体の怪我がある程度安定しても、このまま植物状態となる可能性も十分あります。何より、最初の怪我の治療から未知の状態を手探りなんです、どうにも言えませし何も明言できませんよ」


「はっきり言う……好きじゃないな」


「どうも」


 未だに目覚めず機器のみがハルの生存を伝える部屋に一礼したカイムは、重い足取りで部屋の扉へ歩き出した。その背中にギラと軍医が続く中、彼は重くなった口を無理やり開いて疑問を投げた。その問いに軍医が早口で答えた内容は僅かに疲れという棘が生え、あけすけなその表現にカイムは前を向いたまま返した。

 そのカイムの声にギラはただ黙り、彼女の姿に胸を撫で下ろしつつ軍医は苦笑いして頭を下げたのである。


「気休めかもしれませんが、あんな角みたいな大きな破片が刺さってる割に脳波は安定してます。脳の他の部位も綺麗です。きっと目覚めますよ」


「ありがとう、信じよう」


 上げる頭に軍医は、わざとらしい動きで額から手で角を作りカイムへ苦笑いのまま語ってみせた。その言葉と敢えて崩さぬ苦笑いが彼なりの自信なのか、カイムは軍医へ笑ってみせると髪を手櫛で撫で付け腕時計を見ながら軽い声で返したのである。

 そんなカイムの言葉に、軍医は改めて背筋を正しつつ彼に親衛隊敬礼を捧げたのだった。


総統万歳ハイル・マインフューラー!」


帝国万歳ハイル・デム・ファーターラント


 ガラスの向こうのハルに背を向けたカイムは、軍医の敬礼に応えつつ、病室の扉に足を向けた。その背をギラが追いかけつつ軍医に軽く指を振ると、彼は敬礼を止めてガラス向こうの機材の山を観察し始めカルテと見比べ始めたのである。

 その姿を軽く振り向き見たカイムだったが、その足は止まることなく先へ進んだのだった。


「やはり、ヒト族は平和など考えるつもりもないということだな」


「国外諜報局からは、ポルトァにマクルーハン教の司祭なり関係者が出入りしていたことが報告されてる。連中が手を引いていたとか?」


「たとえ"何かしら"に背中を押されても、踏み出して斬りつけたのは"ヒト族の意思"だ。たとえ無知な相手でも、許せんことがある」


 鉄筋コンクリートで固められた灰色の廊下を突き進むカイムは、廊下を行き交う親衛隊将校達が足を止め向ける敬礼に手を挙げて応えた。その横にギラが並び歩き彼女が敬礼に目配せすると、カイムは彼等に反応するのを止めて手を腰の後で組んだ。

 カイムは前を進みながら口を開いた。その言葉はまるで独り言のように小さかった。それでも、カイムの言葉にギラは彼の横顔を見上げつつ覗き込むように見ながら尋ねかけたのである。

 ギラの視線をカイムは自身の目元に感じ、彼は自身の浅黒い目の下を僅かに撫でた。その手の動きに、ギラは柔らかな笑みを作り続けるも、手に持つタブレットが軋む音を僅かに立てるほど握った。

 その音にカイムはギラに笑いかけ、直に前を向いて彼女の言葉に応えたのである。その言葉は彼の口から出るのと同時に、カイムの靴を鳴らし足音を僅かに響かせた程であった。


「何より、放射線のことだ。ハルが汚染されているということは、ヒト族が核開発を行っている可能性が出てきたということだぞ?」


「ヒト族は核開発の開始は疎か、発動機の開発だって初めてない。これは確かだよ」


「国外諜報局の報告か……連中は一体どこまで潜り込めてるんだ?」


「王宮内にて諜報活動を行っている隊員もいるよ。報告書は上げてると思ったけど?」


 カイムは自分の行動に僅かに肩を落としつつ、刻まれた眼の下の隈を撫でながら呟きた。

 ハルが同じヒト族に襲われ帝国空軍に救出され海軍空母に収容された際に、親衛隊は救難周波数で放たれた内容を真っ先にカイムへ報告した。その後は当然ながらカイムは事態の確認からヒト族の核保有の可能性を確認するために奔走したのである。その結果が彼の目の下に刻まれていたのであった。

 だとしても、カイムは組織の長としてあるべきでない自身の態度に肩を落とした。その姿にギラがカイムの背中へ手を伸ばしかけるも、彼女は周りの視線と敬礼にその手をタブレットに向けながら口早にカイムへ返したのである。ギラの説明や画面に映される報告書は、確かに総統へ向けて浄書がされた正式なものだ。

 それゆえに、カイムは自身が持つ親衛隊という組織の幅広さと膨大な情報に襟首を搔きつつ呟き、ギラの小首を傾げた言葉に苦笑いを浮かべたのであった


「改めて聞きたかったんだ。ほんと、組織の全体把握で一苦労だ」


「改めて資料、纏めとくよ」


 先を進みながらカイムとギラの話が一段落する頃に、2人は庁舎1階へと続くエレベーターでエントランスまで上がった。そこには無数の上級将校や当直員が整列し、正面入り口までの続いていたのである。

 そして、カイムとギラが入り口で待つ総統用車両へ足を向けると、2人へ一斉に親衛隊敬礼が向けられた。それに答礼しつつ、カイムはギラを先に座席へ向かわせた。そして、ドアマンをする二等兵へ切れよく敬礼をしてみせると、カイムは彼の輝く視線を背に受けつつ車に乗り込んだのであった。


「親衛隊本部まで」


「承知しました」


 運転手へギラが行き先の指示を出すと、車は緩やかに走り出した。敷地内では道行く者達が車両を見るたびに行進を止めて敬礼する中、カイムは座席に深く背中を預けると少しだけ目を閉じた。

 車両は敷地を進み、何時しか正門も抜けて帝都へ向かっていたのである。

 その途中、ギラのタブレットが僅かに鈴の音を鳴らすと、彼女は画面を数回撫で触るとカイムへ横から見せるように向けた。


「総統閣下、親衛隊幕僚部からです」


「繋げ」


 タブレットの画面には電話の受話器の形をしたマークが端に浮かぶ通信呼び出しの表示と、呼び出し先が映っている。そこには、ギラの報告通りに親衛隊幕僚部ラルス・ランプレヒト・ラマース親衛隊大将と表示されていた。

 その表示に、カイムはギラに軽く指で手招きしてみせると、彼女は胸元からイヤホンを取り出した。それをカイムが左耳に着けたのを確認すると、ギラは彼へ頷きに合わせて通話のタブを押したのだった。


「どうぞ」


[総統万歳!ラルス・ランプレヒト・ラマース親衛隊大将であります]


「帝国万歳。で、ラマース大将、何事かね?」


[はっ、総統閣下。皇帝陛下より閣下へ出頭命令が3分前に発せられました]


 いつの間にかイヤホンを着けたギラが相手へ一声かけると、声質が嗄れているものの覇気のような強さがあるラマース大将の大きな挨拶がカイムの脳を揺らしたのである。

 空かさずギラが音量調節する中、カイムはその声の主に鼻筋を揉みながら尋ねかけた。それに即答するラマースの言葉に、カイムは手を止めると横にいるギラの顔を見た。

 ギラもカイムの顔を目を丸くして見返すと、彼女は直にタブレットのスケジュールを確認し始めたのである。

 そこには、確かに一分前に更新されたスケジュールが映し出され、急に入ったことを表すようにカイムとアポロニアの会談が赤文字で映されていたのであった。


「急だな、用件については?」


[報告されておりません。しかし、推測ではありますが……]


「述べてみろ」


 だが、カイムが尋ねかけたように、スケジュールの表題はあってもその中身は空欄となっていた。そのことに応えようとするラマースであったが、その言葉尻はそれまでと違い僅かに弱くなった。

 そんなラマースにカイムは声音軽く返すと、スピーカーの向こうで咳払いと大きく息を吸う音が響いたのであるの。


[今しがた、総統閣下がお済ましになられた件が陛下のお耳に入られたのかと]


 ラマースの言葉にカイムは大きく肩を落とし、ギラは足を組みながら眉間にしわを寄せて奥歯を食いしめた。


「なるほどな、わかった。このまま直接向かう。午後の予定は延期なり中止にしておいてくれ」


[伝達済みです。また、資料もフィンケ大将の端末に送信済みですので、ご確認ください]


「気が利くな、助かるよ」


[みっ、身に余るお言葉です!親衛隊幕僚部は総統閣下と親衛隊総監の円滑な業務の為にこそ存在するのです]


 車両の後部座席に重い空気が漂い始めたものの、カイムは直にその空気を払うようにラマースへ口調軽く指示を出した。その内容にラマースは即座にカイムへ応えると、彼はギラに目配せをしたのである。

 ギラはタブレットを操作すると、そこにはラマースから送られたアポロニアへの説明資料や開示可能な範囲の情報が添付されていたのである。それらを確認したギラは頷いてみせると、カイムは大きく鼻で息をしてみた。

 その音に続きカイムがラマースへ向けて明るく作った声で褒めてみせると、彼はまるで画面に頭を垂れる姿が見えそうな声で応じたのだった。


「本当に、良き部下を持ったよ。私が居なくても進められることは、アロイスに……今の親衛隊総監はアロイスか?それとも……」


[ブリギッテ親衛隊大将は作戦本部長兼特別山岳狙撃大隊長ですよ]


「なら、アロイスに任せる。皆で補佐してやってくれ」


[御意のままに]


 ラマースの声にギラへ向けて肩を竦めつつ笑うカイムは、彼へ向けて軽い口調のまま語りかけた。その声音にラマースも僅かに声を小さくすると、覇気のある声に柔らかさを持たせてカイムへと答えたのである。そんな彼の声にカイムは肩の力を抜いて指示を出すと、ラマースは恭しく敬礼するかのように返事をした。

 それに合わせてカイムは通信を切るようギラに手を振ってみせると、彼女は音を立す直に通信を終わらせたのである。


「あの2人の入れ替わり立ち替わりはなんとかした方が良いですよ。十数年単位で行ったり来たりと言うのも」


「そうなんだかな。"あの子"はそうもいかんからな」 


 窓の外に広がり始めた帝都デルンの街並みに、カイムはただ力なく鼻から息を抜きながら平穏を広げる人々の生活を眺めた。その瞳に口を開いたギラは、一度閉ざすも直に少し前の軽口に、苦言を呈したのである。

 そんなギラの発言に相槌を打つカイムだったが、窓の外に見えた赤地に金の文字が描かれる菓子店のショーケースが見えると、彼は片眉を上げた。


「済まない、あのバルヒェットって店に寄ってくれ。城の南門の直ぐ側だし、ここが良いだろ」


「直行しなくてよろしいので?」


 店の看板を追うカイムは、運転手に声を視線をそのまま声をかけた。それに呼応して車両が進路を変えようとする中、ギラは僅かにジト目になりつつカイムへ苦い顔をしながら語りかけた。

 腕時計と彼の顔を交互に見ながら頬を膨らませるギラに、カイムは口をへの字に曲げながら肩をすくませた。

 そのカイムの反応が終わり腕を組み直そうとしたとき、車両は店の前の路肩に停車したのである。


「菓子折りくらいは持っていってもバチは当たらんだろ」


 車の扉を開けたカイムは、道行く人々の目を丸くした顔に会釈をしながら店の戸を開け中へと消えていった。

 後日、その店が親衛隊御用達となり、予約が数十年待ちの人気店となることをこのときのカイムはまだ知らない。

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