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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
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第8幕-9

「無策で挑むとは思いませんでしたけど、こんな姑息な遣り口をしようだなんて……」


 キュリロス達マクルーハン教とティネケのハルに対する闇討ちに異議を唱え離脱したジャン達は、最初は直ぐに帰国の途に就く予定であった。

 しかし、大きな収穫なしの帰国は無意味とジャンが判断し後方から戦闘の行く末を見届けると言い出したことで、ハルとティネケの戦闘による爆発が木霊となり、獣の遠吠えと思える程度の距離にある小高い丘の上で、ディアヌの遠視の魔術を使い全員が観戦することとなったのである。

 その戦闘が終わり、全身を焼き焦がされ煤と爛れた火傷だらけとなるハルを前にしてシルヴェスターが呟いた。彼の口調は穏やかながら、その顔面は真っ赤に染まり額には血管さえ浮かんでいた。

 騙し討ちだけでもシルヴェスターには許せない行為であるが、戦闘できない者を痛めつけるのは彼の逆鱗に触れるどころか引きちぎるにも等しいからである。


「行かなくて大正解……かな?」


「とは言え、まさか本当に彼女がここへやってきてあの人達と戦闘になるとは。となると、やっぱり剣聖さんは魔族と繋がっているってことですかね?」


「魔族……」


 全員に戦闘の様子が見えるよう遠視の魔術を画面のように空中へ投影するディアヌは、ハルの姿を前にして僅かに嗚咽を漏らしかけた。投影する映像はディアヌが直接見ない限りは映らないためであり、その生々しさを前にしながらディアヌは直ぐに口端から漏れかけた胃液を喉奥に流し込みながら素敵に笑って見せたのである。

 そんなディアヌの背中をジャンが擦る中、青い顔を浮かべながら画面見たり目を逸らしたりするユリアが周りを見回して尋ねかけた。彼女の疑問には誰もが黙って空を見上げたりユリアから視線を逸らすばかりであった。

 その中で、ただ1人アンヤは口を開いたものの、全員が彼女を黙って待つもその後には何も言葉が続かなかった。


「違うと思いますよ」


 風が草木を撫でる音が何度となく響いたあと、ユリアやディアヌの上から声が響いた。そこには、一行を隠すように四つん這いになる1体のゴーレムがおり、そのコックピットがある首元からドトールが辺りを見回しつつ答えたのである。

 小高い丘にただ立つだけでは、戦闘に不参加を決めた彼等を闇討ちするキュリロスの刺客が居ないとも限らない。だからこそ、ジャン達は身を守る策の一つとしてドトールの駆るゴーレムを小さな砦として用意したのである。

 赤い外装に金の紋様が装飾された全身鎧の騎士のようなゴーレムは、長身痩躯ながらに異様な硬さを思わせる外装なのである。その腰や肩には大剣が配置されており、近接戦闘に特化した見た目だとわかる。

 その機体に偽装の枝や葉を山のように付け、ジャン達は上空や側面からの奇襲を警戒しつつ、丘に偽装して観戦していたのであった。


「おい、チビスケ、どういうこった?」


「チビスケは余計です」


 ドトールの声にゴーレムの大きな兜の頭を見上げるジャンがディアヌの背中から手を離し頭を掻いて反応すると、彼は目を細めて嫌味に文句を垂れつつも再び遠方の戦闘や上空へ目を向けた。


「少し前に剣聖ハルさんを運んでたのは、多分ゴーレムです。僕達の物より遥かに小型で高出力ですけど」


「つまり、"魔力のない魔族がそんな代物は使えない"って?」


「妥当な考えだな……」


 ドトールが愛機の首にある襟のような装甲を撫でながら語るその口調は高揚に震えるも、直ぐに下唇を嫉妬で噛み締め他のである。

 そんなドトールの意見に、ディアヌはようやく惨劇に慣れたのか顔色を戻し声だけで反応した。それには胡座をかいて座るアンヤも同意すると、一行は自分達の置かれた事態に一筋の汗を流したのであった。


「じゃあ、一体どこの国が裏で糸引いてんだ?」


「タリアーノとか……ですか?」


「ここにいないからって、ちょっと"アレ"な王子でゴタゴタな国がアレコレしてくるとは思えませんよ?」


 ジャンが頭を掻きむしりドトールに吠えるも、彼も若いながらに回る頭を捻って意見してみた。それもユリアが苦笑いを浮かべながら反論してみると、シルヴェスターは唸りながら腕を組みながら肩を竦めたのである。

 あまりにも異常な現状を前にして、ジャン達の推論は限界に達しつつあったのだった。


「おい、ディアヌ。お前もなんか……」


「どうしました?」


「あの光は……なに……?」


 勝手に討論を始めたものの何も結論が出せないジャンは、黙ったまま戦闘を観測し続けるディアヌに声を掛けようとした。

 しかし、ディアヌは眉間にシワを寄せて戦場を訝しげに見つめていたのである。その姿にシルヴェスターは直ぐに画面の向こうの様子を見た。ディアヌが語るように、そこには焦げ付き湯気を上げるハルの側に落ちている聖剣の宝玉が猛烈な光を放っている光景だった。


「皆、伏せろ!」


 聖剣の異常か発光に全員が意識を向ける中、急に立ち上がったアンヤは素早くディアヌの膝を落として座り込ませ、声を上げながらジャンとディアヌを蹴り倒しユリアを抱きかえその場に倒れたのである。

 眼下で起きるアンヤの突然の行動に驚くドトールだったが、高所にいることで聞こえる風の音に紛れ、耳を刺すような高い金切り音がゆっくりとこちらに近づいていることに気づいた。

 その瞬間、ドトールはコックピットへ滑り込みながらハッチを閉じると、体を固定する腰巻きを右手で止めながら左手で操縦桿を握った。すると、彼の駆るゴーレムは頭部のスリット奥を青く光らせコックピットの前方や上下左右に外の景色を映すと一瞬で起動したのである。

 自身のゴーレムの起動を確認したドトールは直ぐに機体の背を更に低くさせると、腹の下に隠れる全員を守りつつ隠れようとしたのだった。


「あれはさっきの……ぐっ!」


「あっちもこっちも!なっ、何だ!」


 金切り音はゆっくりと腹に響く轟音となり、そのけたたましい音にユリアは耳を塞ぎ歯を食いしばった。すると、同様に耳を塞いでいたアンヤが直ぐに彼女の口を開かせ、腰のポーチから小さなコルクの耳栓を取り出したのである。

 その横でシルヴェスターは伏せながら直ぐに自身に強化魔術を施しつつ、夜空に青白い炎を上げ周り白い衝撃を撒き散らす黒い何かを見つめながら腰の魔剣の柄を握った。

 一方、起き上がったジャンは立ち上がろうとするディアヌの上に覆いかぶさると背中を叩く衝撃に膝を震わせた。その下でディアヌは輝いていた聖剣が急に明滅し始めたことへ冷や汗を流し、目を釘付けにされたのであった。


「せっ、聖剣が!」


「光り始めただと!こんな機能聞いてないぞ!」


 その急激に輝き明滅する聖剣の周りでは、剣聖であるハルを倒したことで完全に油断していたクルス達は慌て始めた。アルタは真っ先にフアニタの前に大盾を構えるも、クルスはたじろいで尻もちを突き光から目を守るように腕を顔の前に出していたのである。

 驚きの声を上げつつも戦闘態勢に入るアルタと遠方で狙撃待機するシルビアのみを戦力として数えたキュリロスは、聖剣の鞘を掴んで引き抜きやすい位置まで動かすと、直ぐにダフネの横へ立ち彼女を庇うように聖剣を観察した。

 その横を、防御魔術を無言で施したティネケが早々に距離を取ったその時、聖剣の光が急に消え宝玉の中に火花が散ったのだった。


「なんか嫌な予感がする!皆離れろ!」


「サンスさん、それって……」


「良いから離れろ!」


 遠方から様子を伺うシルビアは、飛び乗っていた木から状況を観察しつつ矢を構えていた。その横に、急に最後の隠し玉として隠れいたサンスが現れると、聖剣の周りに立ちゆっくりと近づこうとする全員に呼びかけた。

 その声はよく響くと共にシルビアを含めた現場の視線を一気に集めた。彼は全ての策が破られた際の最終手段であるため、たとえどのような事態となっても状況が終了するまで隠れている手筈だったためである。

 だが、隠れている筈のサンスが声を上げたことで、現場の全員は一斉に後ろへ跳躍し聖剣と距離を取った。

 その瞬間、聖剣は炎と煙纏う衝撃波となって周りを轟き、地面を抉ったのであった。


「うぉおぉおあ!」


「くっ……」


「ひぃいい!」


 防御魔術や聖術、大盾を使って聖剣の爆発から身を守ろうとするキュリロス達だったが、その爆発は全員が思っていた以上に凄まじく、アルタは大盾に隠れていたフアニタや背後に飛び込んできたサンスを守るために、必死に足へ力を込めた。

 だが、彼女の踏ん張りも爆発と聖剣の刃の破片の衝撃に虚しく地面にも後ろへ待つ真直ぐ引かれた跡を残し、アルタ達は大盾諸共後方に吹き飛ばされたのである。

 その横で、ティネケ達は障壁によって飛散物と衝撃から必死に身を守るものの、予想を超えた威力を前に防御魔術を更に上乗せしながら膝を突いたのであった。


「デ……」


 そんなティネケ達の目の前で、聖剣の爆発を至近距離でもろに受けたハルは空中に打ち上げられた。それだけではなく、飛び散った大小様々な聖剣の宝玉や刀身の破片が全身に突き刺さり、その衝撃によって更に上空へ放り上げられたのであった。

 煌めく爆発を目の前に、ハルは聖剣"デイビッド"の名前を呼ぼうとするも、飛んできた大きな宝玉の破片が彼女の右額に突き刺さり止めた。

 ハルは、まるで宝玉や刀身の破片に押し上げられるかのように宙を舞ったのである。


「まさか、聖剣にこんな機能が!」


「思ったより大きいが、逃がすかぁ!」


「陛下、後ろ!」


 収まらぬ爆発とその引き戻しによる衝撃を堪えるキュリロスは、空中へその身を打ち上げられたハルを見ながらもダフネを庇ったり気絶したままのために爆発へ巻き込まれた聖騎士達の確認を先にしようとしたことで動けなかった。

 一方、ティネケは飛び散る破片や衝撃を小石や土かのように払い防御魔術を解くと、足の筋肉を強化し跳躍しようと身を屈めたのである。

 しかし、ティネケの跳躍はダフネの声に止まり、急に彼女の背後から吹き込んだ突風によって防がれたのであった。


「なっ!うおっ!」


 ティネケの背後から現れたのは、大きな人型をした黒い影である。その影は背中や足から青白い炎を吹き出し、辺りに轟音と突風を巻き起こした。その風量はティネケを怯ませるだけでなく、吹き飛ばされていたアルタ達をもう一度地面へ転ばせ、キュリロス達をその場に抑え込んだほどである。

 何より、人より数倍大きなその姿は威圧感に溢れ、ティネケも身構えさせるのであった。


[取ったぁ!」]


「流石ですよ、隊長!」


[とっとと離脱!]


「了解!」


 眼下で戦闘態勢を取りつつ出方を伺うティネケ達の姿に、イルメンガルトは持っていた機関砲を構え安全装置を外した。その背後で、パトリツィアが落下を始めたハルを両手で抱き上げると、無線に彼女の歓声が響いたのである。

 イルメンガルトもパトリツィアに称賛を送るも、直ぐにハルを胸の負傷者用運搬袋に押し込むと直ぐに上昇姿勢に入った。それに続くイルメンガルトも推進器を全開にすると、2人は一気に急上昇で現場からの離脱を図ったのであった。


「なっ、なんだアレ!何だよ、アルタ、シルビア、ファニタ!」


「知ってる訳ないでしょ!」


「人の形、してましたよね……?」


 地べたに這いつくばりながら驚くクルスがアルタやフアニタ、遠く離れているシルビアにさえ怒鳴りつけた。そんな彼の声にアルタは大盾を構えながら怒鳴り返し、盾の横から上空を眺めるフアニタは空へ飛行機雲を描く2つの影を見ながら呟きたのである。

 3人が相手に出来ない敵を前に呆然とする中、その上をサンスが足に薄青色の靄のようなものを纏いながら空を駆け上がり、パトリツィア達を追いかけようと上昇していった。


「ティネケ陛下、魔術で撃ち落とすことはできますか?」


「無理です。あの高さまで飛ばれたら金等級か第1級、プラチナ級の魔術師でも呼ばないと」


「なるほど」


 吹き荒れる衝撃がひとしきり収まった現場では、キュリロスが辺りを見回しながらパトリツィア達を目で追い、ティネケへ尋ねかけた。彼女は彼女で、既に追跡や撃墜を諦めたように服や鎧についた埃を払いつつ、手足に刺さった聖剣の破片を引き抜こうとしながら彼の問に答えた。

 しかし、ダフネが治療しようと駆け寄るも、ティネケに刺さった破片はまるで自らの意思のように抜け落ち、地面で粉となって消えたのである。

 見上げる3人は、追撃しようとするサンスの姿を追うのみにした。サンスとパトリツィア達には圧倒的な速度差があり、彼が2人の姿を見失うのも時間の問題である。それでも、サンスは手に持つ杖を構えながら離れてゆくパトリツィア達の黒く小さな背中に魔術の照準を合わせようとした。


「ちっ、無理か!」


 狙い澄ました魔術を放とうとしたサンスだったが、目の前が一瞬閃光に包まれると、耳を割く爆音が響いた。その音は彼を一瞬だけ竦ませると、僅かにその照準をずらした。

 更に、パトリツィア達は急旋回を何度か掛けた末に更に上昇すると、遂にサンスは引き剥がされてしまったのだった。


「ではこのまま見失いましょう。どの道、彼女は"主の炎"を浴びたことでもう長生き出来ないでしょうから」


 ゆっくりと降下してくるサンスの姿に、キュリロスは肩を竦めつつ笑って見せた。その笑顔は少し前まで殺し合いをしていた者とは思えぬ程に温かく、服が血に濡れているにしては平和的過ぎた。

 キュリロスの姿にアルタは背筋を凍らせるも、クルス達は怪我や服の汚ればかり気にするだけである。彼女は己の今の立場に拳を震わせるだけだった。


「ディアヌ、第1級だろ!飛行魔術とかで追えないのか!」


「無茶言わないで!鳥に羽虫が追いつこうとするようなものよ!」


「あっ、雲の中に!」


 聖剣爆発からハルの救出までを観ていたジャン達は、その目まぐるしく変わる状況を前にして混沌を極めていた。ドトールは飛び上がるパトリツィア達の飛行戦闘服に目を輝かせながらもゴーレムの体勢を維持し、ジャンは隣で必死に飛行機雲を視線で追いかけるディアヌの肩を揺すり、彼女は彼の無茶に対して怒鳴り返したのである。シルヴェスターは状況を終了させたキュリロス達の動向を伺いつつ騒ぐ全員を静かにしようと口に指を立てた。

 混沌の中、ユリアが飛行機雲の先を指差すと、そこには雲が広がっていた。


「見失った……」


 いつの間にか横になり腕を枕代わりにするアンヤのの一言で、ジャン達もパトリツィアの追跡を諦めたのだった。


「糞が、あの獣共め」


[酷い、あっちこっち傷だらけですよ!]


「ほんとによく生きてるな。聖剣が爆発したみたいだし」


[その破片もあちこちに刺さってるみたいですし]


 雲の中へ入ったパトリツィアたちだったが、直ぐに雲を抜け出し水平飛行に入ると、早々に陸地から洋上へと抜け出した。その最中も運搬袋の中で呻くハルのバイタルを確認するパトリツィアはその悲惨さに悪態をついた。彼女が映すバイタルデータを共有していたイルメンガルトもその悲惨な内容に目を丸くしたあとに画面から消したのである。

 現場での一部始終を観ていたパトリツィアは救出したハルの容態に僅かに驚つつ、自分達を回収するために航行する輸送機との合流進路を取った。

 パトリツィアに同意するイルメンガルトの言葉通り、ハルは四肢の欠損に全身の8割が重度の火傷を負っていた。ほとんどか皮下組織を超えて内臓にまで被害を与え、本来なら死んでいてもおかしくない状態である。

 それでもまだ生きているハルの上皮にイルメンガルトの言う破片の刺さった跡がないながら肉体内に残留している状況を怪しんだパトリツィアは、現場で出来る最大限の検査を行った。

 その結果が画面に映し出された瞬間、パトリツィアは奥歯を噛み締め急に合流進路から外れた


[イルメンガルト、経路を変えるぞ]


「えっ、隊長?どういう……えっ!」


 パトリツィアの指示が無線に響き、先行する彼女の機体が大きく旋回を始めるとイルメンガルトは慌てて追いつつ無線で尋ねかけた。


「ちょっとちょっと!どういうことです!回収班が予定空域で待ってるのに!どうしてわざわざ洋上低空に出るんです!」


 目の前の視界が示す予定進路は全く別であり、設定された経路と異なる方向を進み始めた2人へ計器類が警告を出していた。

 その警報とセットされた情報を切ったイルメンガルトであったが、突然に別な行動を始めた上官の行動は理解できず、慌ててもう一度パトリツィアへと尋ねかけたのである。


[今、母機に飛び込んだら他の奴らも危険だ]


「どういうことです?何がどうして危険なんです?追手だって、電探に逆探、音波に熱探知にだって……」


 イルメンガルトの無線に応えるように、パトリツィアは彼女へハルのバイタルを送った。それと同時に流れる彼女の無線にイルメンガルトは直ぐに返送しようとするも、彼女の目に映る画面には出る筈のない項目にまで警告の赤い表示が映されていたのである。


[何これ……]


「そういうこった」


 無線に響くイルメンガルトの声を聞きながら、パトリツィアは装甲の内側で拳を握り奥歯を噛み締めた。


[放射線濃度が高い]


「今のアタシらは汚染物質って訳だ。そして、そうなった原因がここにある」


 ハルの全身にはメーターの危険域に到達する程の放射線が観測されていた。その線量は本来ならば急性放射線障害により死亡していてもおかしくはないほどである。それでもハルは生きている。

 そのために、汚染されたハルを抱えるパトリツィアはほぼ密閉される運搬袋の外側にいながらも計器類に警告が出る程度に機体外部を汚染されていた。当然イルメンガルトのガイガーカウンターにも警告が表示されており、彼女は思わず機体のバランスを崩しかけたのである。


[あの戦闘で、核兵器が使われたってことで?]


「違うと思うが、少なくとも放射線測定器が悲鳴を上げてる。飛行服には汚染防護もあるが限界がある」


 僅かに後ろを振り返り目を見開くイルメンガルトだったが、彼女が考える核兵器によるキノコ雲は1つも立っていない。

 それでも、イルメンガルトはパトリツィアに尋ねかけたのである。部下の僅かに震える無線越しの声に、彼女は敢えて気怠げに答えて見せると、機体の親指を海面へ向けて降って見せたのである。


[そうか、空母に拾ってもらうのか!]


「近くにいるとは限らんがな」


 パトリツィアの意図を理解したイルメンガルトは直ぐに洋上を航行する艦船を探した。

 だが、パトリツィアの言葉通りレーダーにもそれらしき影は映ることがなく、2人はより一層高度を上げた。高度を確認したパトリツィアは直ぐに無線の周波数を切り替えると、マイクに向かって叫んだのだった


「帝国緊急周波数で伝える!こちらは空犬201!聞こえる海軍空母は直ちに答えたい!緊急事態だ、統合国防本部に!総統閣下に伝えろ!"皇帝陛下の特使が襲われた!親書は焼かれて重体だ!対核防御をして回収の準備をされたい!"以上!」


[こちら第四艦隊所属……]


[第二艦隊第二水雷戦隊……]


[第六艦隊旗艦……]


 パトリツィアの叫びは即座に無線を聴取可能な艦艇の戦闘指揮所に響き渡り、交信可能な船が混線の可能性に関係なく一斉に返信を始めた。

 その混線による入り混じった声と混線の警告音がパトリツィアの耳を引き裂かんと響き渡り、彼女は慌てて無線の音量を絞ったのである。


[隊長、これは……]


「やり過ぎた……か?」


 平和を思う意思が焼き払われ、奔走する者達の努力を踏み躙り、世界は再び戦いの道へとその歩みを向けた。

 帝国の戦史に、新たな章が加わる。

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