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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
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第7幕-5

 脱帽しつつ帝室専用のテントに備え付けられた扉を開いたハルの目の前には、部屋が広がっていた。その部屋は白く塗られた木材に金の柏葉の装飾がされた壁に、黒いテーブルやキャビネット、スタンドライトが設置されている。テーブルの上には銀のポットや菓子の載った三段トレイが置かれていた。そして、床には赤い絨毯が引かれており、窓がないことを除けば高級住宅の一室にも劣らない部屋である。その余りにも室の良さに、ハルはそこがテントの中ということを一瞬忘れるほどであった。


「んっ?」


「あっ……えっと……」


 そのテントの中で、帝国皇帝アポロニア・フォン・ウント・ツー・ホーエンシュタウフェンは椅子に腰掛け本を1冊読みながら寛いでいた。椅子は黒い骨組みに赤いクッションという質素な見た目でこそあるが質は圧倒的に良く、服装は式典用の豪奢なものから黒と赤に金の装飾が付いたルームドレスを身に纏い、肌の白く細い手が顔へ僅かに掛かる髪を耳に掛けた。その手が軽く額から伸びる角に掛かる前髪と掛けた小さな丸眼鏡の位置を正すと、レンズ越しの紅い瞳は字の波を泳いでいた。

 色白かつ白髪のアポロニアと身に纏う黒と赤のルームドレスに部屋のコントラストはまるで絵画の作品ようであり、彼女がハルの入室に気付き顔を上げるまでハルは言葉を失っていた。そんな彼女も、アポロニアと目があったことでようやく口から意味のない言葉を漏らしつつ姿勢を正したのだった。


「武装親衛隊第1装甲軍、第101装甲師団所属、総統付き、親衛隊少尉ハル・エア!皇帝陛下の御呼び出しに応じ参りました!」


 アポロニアの目を見つめ聖剣から流れる情報をそのまま口に出したハルは、言い終わると共に15度の敬礼をした。

 その敬礼も何秒すればいいのかわからないハルがアポロニアの行動をそのままの体勢で待っていると、彼女の耳に本を閉じテーブルの上に置く小さな紙の音が入ったのである。その音に顔を僅かに上げたハルは再びアポロニアと目が合い、戸惑いながらもゆっくりと姿勢を戻した。

 そんなハルの動きが面白かったのか、アポロニアは僅かに笑みを浮かべると近くの椅子へと腰を下ろすよう手で指した。そこには多少質が落ちるものの明らかに高級品と言いたげな濃い茶色の小さな椅子がある。


「そうか、お前がハル・エアか。話には聞いている」


「話……ですか?」


「カイムからな」


 椅子へと歩み寄るハルに、アポロニアは声をかけた。その声は透き通るような声音と発音であり、その響きの中には高貴さを感じさせる圧があった。そのアポロニアの声音と柔らかな笑みのギャップは強く、その雰囲気だけで気圧されたハルは自分に驚きつつ反射的に笑みを浮かべて彼女の言葉を聞き返した。

 ハルの疑問に答えるアポロニアはテーブルの上のコーヒーカップを取りつつポットへと手を伸ばしつつ彼女へ答えた。その応答の最中にハルはアポロニアより先にポットを取ると、微笑みかける彼女へ笑顔で返しつつカップへと中身を注いだ。ポットの中身はコーヒーであり、淹れたてと思える深煎の香りやその鮮やかな黒色は知識のない彼女でも相当に良いものだと思えた。

 コーヒーを注いだカップをソーサーに載せてアポロニアの前に置くと、ようやくハルは席へ向かい彼女ときちんと向かい合うのである。


「確か、カイムと同郷らしいな?」


「えっ……あっ、はい。その……"南の小さな村ですよ。総統閣下は丘を挟んだ向こうでしたので、牧場まで間にあるとあまり関わらないものです"」


「そういうものか」


 だが、ハルが席につく前に彼女の背中へアポロニアが軽く尋ねかけてきた。その声に振り返ったハルの視線はアポロニアの視線と正面からぶつかった。アポロニアの表情と視線のギャップにまだ困惑するハルは、少し前まで彼女から感じた威圧感のある話し方が親しさを感じさせるものとなって更に言葉を詰まらせた。

 そのために、ハルはわざわざ振り返ってその場て止まって返事をしたあとの言葉が続かず、ハル・エアとしての自身の設定を忘れかけた。そこを聖剣がすかさず割って入って彼女の口調を真似てアポロニアへと説明することで、その場はなんとか不自然にならずに済んだ。


「しっ……失礼します」


「構わん」


 アポロニアの紅い瞳は柔らかな瞳笑みと反して鋭く突き刺さるようであった。アポロニアへとひと声かけて席についたハルだったが、彼女は暫く目線をカップの中とアポロニアで往復させた。

 第2王女であっても幼少期は牧場を駆け抜け、ホルスト王家に引き取られてからも魔獣狩りや戦場を駆け抜けてばかりいたハルは、王族貴族や高貴さを身に纏う者との会話が苦手だったのである。


「しかし、"わざわざ親衛隊士官学校卒業したて"のお前をカイムが取り立てるのだ。何かあるのであろう?」


「それは……どうでしょう?もしかすると同郷ゆえの気まぐれとか?」


 しばらくの沈黙の中で最初に口を開いたのはアポロニアであった。彼女はコーヒーへ数回口を付けたあと、テーブルの上で手を組みハルへと尋ねかけた。彼女の言葉にカップへ視線を避難させていたハルは直ぐに顔を上げた。

 そこには、それまでの刺すような視線から柔和にも見える笑みを浮かべるアポロニアがいた。椅子の背もたれへ寄りかかりハルの眉間辺りを指さした彼女の尋ね方は、少しだけ皮肉めいた強調をさせたものである。その言葉に自分の設定を改めて思い出したハルだったが、彼女はアポロニアの表情の変化に安心して思わず砕けだ表現をしてしまった。その表現は帝国国民として皇帝にするべきではない無礼なものであったために、ハルは顔面を青くしつつ聖剣から感じる非難の感覚を押し殺しつつ直ぐに頭を下げた。


「すっ、すみません」


「いや、親衛隊士官にしては随分と面白いことを言うではないか、ハル・エア?」


 しかし、アポロニアはハルの謝罪に対して怒るどころか笑ってみせた。その笑みと言葉はハルに帝室と親衛隊の微妙な関係を思い出させ、自身の行為が身を救ったことに安堵した。

 その危機感と安心感は同時に、ハルは自分がヒト族であることを猛烈に意識させた。ハルも皇帝は帝国においてかなりのヒト族嫌いということは知っている。迂闊に彼女を不快にさせ自分の印象をヒト族全部へ向けられることは彼女としてもなんとしてでも避けたかった。

 結果的にハルのそういった意図が多少あった謝罪がアポロニア笑いと僅かばかりの好印象を産んだことで、彼女の緊張は少しだけ溶けたのである。


「年頃まで、ずっと村にいたのだろう。どうだ、ジークフリート大陸を一周してきた気分は?」


 ハルの肩の力みの薄らぎを見たアポロニアは、少しだけ前のめりにテーブルへ肘を付き手を組みつつ口元を隠して彼女へ尋ねた。その視線は穏やかに見えつつ、自身のことを見通しているようにハルへと感じさせた。

 その視線に、ハルは少しだけ首筋を掻くとアポロニアの瞳を見た。


「いや、本当に凄いと思いますよ"村には電気もガスも無いほどの田舎でした。水道も光回線も何もないところでした。バス(ブース)も1日1度来るか怪しいところですから"」


「そんな片田舎に、あれ程の革命家がいたとはな。"錬金術師"などと呼ばれていたマヌエラに銃火器の図面を渡す男がいたのか?」


「それは……」


 ハルはアポロニアへと正直に答えた。その答えは自分の本当の故郷への皮肉さえも込めており、思ったより良い出来だったことでハルは不敵に微笑んで見せた。そんなハルへアポロニアが直ぐ言葉に言葉を返すと、皮肉の後を特に考えていなかった彼女は返答を詰まった。

 戸惑うようにカップや三段トレイへ視線を逃し額に汗を垂らすハルの動揺は、アポロニアの視線を訝しげに見つめさせるのである。

 ハルは調子に乗ってみた自分を恨んだ。


「"“総統閣下の祖父がそういう知識に長けていた”と聞いています"」


「そうか」


 そんなハルの危機に再び聖剣が割って入ると、まるで別人のようにアポロニアの瞳を見つめて答えた。その焦りのない一言はアポロニアの相槌を生み、彼女から訝しむ視線を払った。


「つまり"お前の生まれた地"には"あのような物はない"ということか?」


 だが、アポロニアから再び突き刺さるような視線と不思議と一部を強調した棘のある言葉にハルと聖剣は背筋を冷たくした。アポロニアの視線は既に敵意と嫌悪が見え隠れしており、ハルと聖剣は自分達の正体が知られていると本能的に悟った。

 ハル達は大多数の帝国国民からその正体を隠していた。だが、彼女達の正体を知っているものは多く、入国したての時も自身の命を狙う魔族至上主義者やヒト族に憎悪を抱く者たちから暗殺される可能性を負っていた。アポロニアが同様の考えを持っていないとも限らない。

 だからこそ、ハルは目の前の帝国皇帝が自身の正体を知っていること理解しても、それでも彼女がそれを明言するまではハル・エアであろうとした。


「"ええ、皇帝陛下。正直、帝国の発展を見れば“私の故郷にいる誰もが”驚くでしょう"」


 そのハル・エアとしてもハル・ファン・デル・ホルストとしても取れる言い回しに、アポロニアは口元の手を解いた。そこにはハルにも負けぬ不敵な笑みがあり、背筋を正す彼女はハルへと続きを述べるように黙って手だけで促した。


「ここは本当に凄いと思います。”選ばれた人しか出来ない“ことが“誰でも出来る”のが当たり前で、それでも更に“生活をより豊かにしよう”としている。"“環境や何かを捨てた発展”ではなく、全てと共存しようとしう意思を感じます"これは尊いことだと思います」


 ハルは本音を述べた。彼女の言葉は一応魔族のように振る舞っている都合のある表現でこそあれ、真剣な面持ちでアポロニアへ語る彼女に偽りはなかった。

 ハルの故郷であるネーデルリア三重王国は比較的発展した多民族国家である。だが、多民族国家であり他の列強諸国に遅れを取らぬようにと発展を優先した結果、魔力の強弱による収入格差や生活格差は激しい。それを埋めるための労働は環境汚染をお越し、魔獣が人家を襲うようになりハルの功績は跳ね上がることとなった。

 魔獣の血肉で身を染め、何時しか戦争にまで駆り出されるようになった過去の自分を思い返したハルの瞳は暗かったが、皮肉を述べきった彼女はスッキリしたように瞳を輝かさていた。

 それ故に、アポロニアはただ笑ってカップの中のコーヒーを飲みきった。


「まるで"帝国の外から来た者"のような口振りだな?」


「"それは……"隔絶されすぎて、一般常識と違うことしちゃうところなんですよ、私の村は!」


 アポロニアの言葉に敵意はなかった。むしろ、微笑みかける彼女の言葉は皮肉を語ったハルの瞳に浮かぶ闇への同情さえ感じさせた。

 その同情の言葉を字面だけで取った聖剣が誤魔化そうとするものの、ハルはアポロニアへとそのまま続けて故郷への毒を吐いたのである。


「森を切り崩して街を作り、利益の邪魔になるならとをお互いに殺し合ってゆくんです。苦しむ人々のことなんて知らないふりして、自分のことばかりになるんです」


「それはこの国とて同じだと思うが?」


 ハルは故郷が嫌いではなかった。しかし、好きではないと妙に悪い点が目立って見えてしまうのである。幼少期の世界とその後の世界を見比べた彼女に取っては、酷い歪みがあるものの国民が笑って暮らす帝国は故郷と比べて遥かに良いものと思えたのである。

 そのハルの感情はアポロニアの言葉に強く首を横に降るほどであった。

 だからこそ、アポロニアはハルへと笑みを作った。その笑みは不思議と冷たく、真紅の瞳に憎悪を揺らがせ怒りも見せていた。


「私が言うのも馬鹿げた話だが、今のこの国は血と死体で築き上げた。私と"カイム"でな?私を殺したがった多くの反乱分子を内戦で挽肉にさせた。戦後に湧いてくる残党連中は吊るし首にしてやった。匿っていた街の者達は連行して収容所へ叩き込み、少し"湯浴み"をさせてやった」


 アポロニアはただ静かに語ってみせた。その内容に反して声音は涼しげであり、笑みは楽しかった思い出でも語るかのようである。その笑みと楽しげな話の中で憎しみの瞳で復讐と粛清を語るアポロニアに、ハルは異様な狂気を感じた。


「あっ……あなたも……」


「聖人君子などこの世に居やしない。善意だけで国が成り立つならこの世は既に平和だ。私の父も死なず、初代皇帝の最後は嘸かし大往生となったろうな」


 その狂気に思わず言葉を漏らしたハルへアポロニアは追い打ちとばかりにヒト族批判を混ぜた怨念を吐き捨てた。その言葉にハルはしかめた眉間を戻しつつ浮かべていた驚きの表情をゆっくりと元に戻したのである。


「私はカイムに言った"私は暴君(アイドル)になる"とな。二度とこの国で悍ましい闘いを起こさないために。そして、奴は私には誓った。"私を支え続ける"とな?」


 ハルの反応を無視して語るアポロニアは、まるで自身を理解させようとするかのように語り続けた。それは彼女の言葉にあるアイドルが歌うかのようであり、そして熱意のあるものであった。


「カイムを除けることは私には反旗を翻すに等しい。奴は悲しんだそうだが、私は清々したよ」


「まっ……まさか……」


 そして、チグハグなアポロニアの続けた言葉にハルは目を見張って言葉を震わせた。


「"反総統派の粛清に"皇帝陛下が……」


「マックスの奴は怪しんだがな?少し突いてやれば、あの"野獣"は直に群れで飛び掛かり噛み殺す」


 ハルの言葉にアポロニアは頬杖をついて頷いた。それは当たり前の質問に答えるような億劫さがあり、これ以上質問されないようにとでも言いたげに一言付け足した。

 その言葉でハルは皇帝アポロニアという暴君の片鱗を理解すると、言葉に迷い冷めきったコーヒーカップの中へ再び視線をにがしたのである。


「これが"ガルツ帝国"。魔族の国だ、ハル・エア。いや……ネーデルリア三重王国第2王女ハル・ファン・デル・ホルスト?」


 だが、アポロニアは逃さんとばかりにハルの本当の名前を使って尋ねかけた。その言葉でハルは視線をアポロニアへ向けた。そこには満足気とも不敵とも言える笑みを浮かべて彼女を見つめるアポロニアがいた。


「当然、知ってましたか」


「当たり前だ。近衛軍は優秀だし、カイムの奴は私に嘘をつけん。正直な男だからな」


「"正直……"ですか……」


 これまでの会話で正体を知られていることに勘付いていたハルとしては、アポロニアの言葉に過剰に驚くことはなかった。何より、彼女も聖剣もアポロニアの言葉通りカイムが彼女へ黙ったままには出来ないと思えたのである。

 そのことを本人からはっきり言われれば、ハルも聖剣もただ納得するだけだった。


「はっきり言っておく、ヒト族の姫。我が帝国は2度と貴様にこの大地を土足で踏み込ませる気はない。我が帝国、我ら魔族の大地を再び穢そうと考えるのであれば、今度は我等が貴様らのような憎悪を産む地を我らの正義によって浄化する」


 アポロニアはハルを睨みつけた。その姿勢はいつの間にか背筋正しく凛々しいものである。更にその瞳はヒト族に敵意を向ける魔族の女のものではなく、1人の皇帝としての威厳があった。それを裏付けるように、彼女の言葉はハルが最初に会ったときのように威圧感の感じられた。

 アポロニアはハルとの雑談を止め、ガルツ帝国皇帝アポロニアとネーデルリア三重王国第2王女ハルとの外交を始めたのだった、


「"我ら魔族の正義"のもとで、貴様らを征伐してくれる」


 皇帝アポロニアの方針は、その彼女の言葉は揺るぎがないとハルは理解した。何より、真っ直ぐに自身を見つめる彼女の瞳に、ハルは嘘や外交的な遠回しによる意図を感じなかった。

 だからこそ、ハルはアポロニアの瞳を見つめ返して外さなかった。


「私は帝国に来た最初から最後まで”ヒト族と魔族の融和“のために来た。としか言いません"そのために一体どれだけの長旅をしたかわかりませんから"」


 ハルははっきりと己の意思をアポロニアに示した。その発言はそれまでのハルとしててはなく、あまり好きでもなければ慣れない第2王女としての振る舞いを含めたものであった。そこに口調を本来のものに戻した聖剣も一言加えると、ハル達の主張は終わった。

 それと同時にアポロニアは目を点にさせてハルを変わらず見つめたのである。


「"”意外“と言った顔ですね?"」


「嫌なに、改めて聞くと本当に発音が少し変わるのだと思ってな。さっきから時たま出てくる貴様が"聖剣"というやつか」


「"お初にお目にかかります"」


「報告書で読んでいる。随分と凄いらしいではないか?これだけの技術があって、ヒト族が再び戦争を望まないなど、信じられんな」


 面食らったアポロニアに食らいついたのは聖剣だった。彼の直球な発言にハルは僅かに顔をしかめたが、アポロニアは笑って制すると僅かに笑って見せたのである。そんな彼女の言葉に聖剣も挨拶すると、アポロニアは目を細めてハルの腰元にいる聖剣を見つめたのだった。


「"私はただの”過去の遺物“にすぎません"少し小うるさい剣です"ハル、少し黙ろう"」


「構わん、話してみよ?」


 アポロニアの発言へ律儀に答える聖剣だったが、彼の真面目な姿はハルにとって違和感しかった。その違和感に従い彼女が茶々を入れると、聖剣の静止も無意味となってアポロニアが続けさせた。


「確かに、聖剣は小難しい事ばかり言いますし、お節介が多いですし皮肉屋です。魔獣は喜んで退治するし、共産……なんたらとファシズムってのはとにかく大嫌いです。でも……」


 ハルの語る聖剣の話は喜怒哀楽に溢れ、何より楽しげであった。


「泣いてる人には誰にだって優しいんです。私にも、敵国の兵士にも」


 そして、ハルは腰の聖剣を撫でながら話を続けたのである。


「嫌ってる相手をできる限り殺さないようにして、殺すにしても絶対苦しまないようにする武器なんてありますか?こいつは本当にムカつくやつですけど、ホントに頭に来ること多いですけど!いい奴なんです!」


 語るハルの言葉は優しく穏やかであり、何より明るくはっきりしていた。

 ハルの屈託のない笑みと言葉に、アポロニアは妙に懐かしく思えたのである。そこには、決別した過去の自分が見え隠れしたからであった。


「若いな……」


「えっ?」


「いや、口調の荒ぶりが……なんでもない」


 所々砕けだ口調になる点も親近感を感じてしまったアポロニアは、ハルへと思わず呟いた。その言葉にハルがアポロニアへ聞き返すものの、彼女は僅かに理由を語ると顔を赤くしたのであった。


「ヒト族も一枚岩ってやつではありません。"魔族と戦争すべきと主張する者"もいます。ですが、私は魔族とヒト族は決して闘ってはいけないと考えます」


「何故だ?」


「同じだからです」


 ハルはアポロニアへ己の意思を今一度語ってみせた。それは彼女と聖剣が帝国までやってきて魔族を知った上での結論であり、全ての人々へ語らなければならない思想であった。

 そうであってもまだ確信の持てないアポロニアはハルの言葉に疑い、問いかけた。それに答えるハルは、少しだけ表現に迷いながらも言葉を紡ぎ始めた。


「確かにヒト族と魔族は見た目が異なります。“ヒト族は魔術が使える魔導具が使える”とか“身体能力が高く長命”などと差がありますが、どうです?思考や感情に差があると?見た目が違っても平和を欲する気持ちも発展を望む気持ちも同じです」


「"同族を殺してでも望む"ところもか?」


「同じです」


 ハルの言葉は語りだすと揺るぎなく、嘘のない本心であった。そこにアポロニアの疑念が飛んでも、直ぐに答える程度にハルの意思は固まっていた。

 ハルの瞳を見つめ返しても、アポロニアには彼女の動揺のようなものを感じなかった。


「"魔術も科学もここまで来ると方法が異なるだけで同じに等しい。もう、魔族とヒト族を別ける理由は見た目しかない。武器である私としては、“見た目(外見)”に拘るより“使って得られる戦果(外交による国益)”という本質を追求すべきです"」


「武器にしておくにはもったいないな、お前は」


「"ただの武器で十分ですよ、皇帝陛下。”人の世“は複雑怪奇ですから"」


 ハルに続いて聖剣も彼女の意見を後押しした。彼の意見はあくまで武器と念頭に置くものであっても解りやすく、何より言葉通り本質をついていた。その点をアポロニアが評価すると、聖剣も自虐を混ぜながらもそれを受け取った。

 そもそもハルと聖剣の2人は、唐突に帝国にやってきて後ろ盾もほぼなく外交を求めてきた。その点で、彼女達には根本的に信用や信頼できる外因的要素が殆どなかった。

 それでも、アポロニアはハル達2人の意見を聞いて、ヒト族も外敵でこそあれど現状ならある程度話が通じるのではないかと思わせるものであった。

 そんな自身の感覚に従ったアポロニアは、立ち上がり近くのキャビネットの引き出しを開いた。そんな彼女の後ろ姿を眺めるハルは、聖剣の軽口によって皇帝アポロニアの機嫌と信用を損ねたのかと席から腰を上げようとした。

 しかし、アポロニアは直ぐに引き出しからものを取りだすとハル達のもとへと振り返った。彼女は茶封筒を持っていた。ガルツ帝国帝室ホーエンシュタウフェン家の赤い蝋印が押されたその封筒は、上等でそこあれど蝋印以外に何かを表す表記や印は全く無かった。


「これは……!」


「お前が本当に我等との融和を望むなら、それをお前の父……国王に渡して署名もさせろ。そして、この地へ持ち帰れ。今の状況は随分と大胆だが秘密裏に行わてれていることを忘れるな?」


 だが、ハルにはアポロニアの持つ封筒の意味がよくわかった。封筒に何も書かれていないのは当然他の情報を外部に漏らしにくくするためであり、蝋印と純粋な紙でできた上質な茶封筒はそれだけで政治的に重要な何者かが発したものと解る。

 そのガルツ帝国皇帝の親書を前に思わず声を漏らしたハルに、アポロニアは不服そうに眉間にシワを寄せ頬を引きつらせながらくどくどと説明した。その最中も何度か額に血管を浮かべて角を撫でる彼女だったが、ハルの輝いて見える笑顔を前にするとその苛立ちも不思議と阿呆らしく思えてきたのだった。


「これって!」


「親書だ。私はヒト族が大嫌いだ。しかし……」


 敢えて中身を尋ねてくるハルにアポロニアは瞳を閉じてゆっくりと答えた。その言葉や封筒を持つ彼女の手の僅かな震えはヒト族に対する根の深い嫌悪を見せた。

 だが、深く息を吐くアポロニアは封筒をテーブルの上に置くとハルの元へ差し出したのである。


「民草が再び血を流すのはもっと嫌いだ……」


 アポロニアの苦虫を噛み潰したような表情と震える言葉は、ハルに彼女の感情を押し殺し国の利益を優先できる指導者としての資質を感じさせた。

 そして、ハルはテーブルの封筒を受け取ると制服の内胸ポケットへすぐに仕舞い、席から立ってアポロニアの手を取った。突然に手を握られ握手をさせられたアポロニアは最初こそ口をへの字に曲げて仰け反ったが、力強く握るハルの手に最後は応えて握り返したのである。


「必ず、届けます。絶対に届けて、ヒト族と魔族に平和をもたらしてみせます!」


「期待はしない、ヒト族だからな。それと、きちんとそちらで外交宣言をするんだぞ。だが、裏切ったときは……わかっているな?」


 ハルはアポロニアへ笑みと揺るぎない視線とともに一言力強く宣言し、彼女はその言葉にしたり顔で念押しした。その言葉に何度となく頷くハルは胸を張りながら軽く叩いてみせた。


「きっと、今の魔族に敵う人間なんて"一握り"しかいませんよ」


「よく言う」


 自信に溢れるハルの言葉にアポロニアは笑みとともに嫌味で答えた。それにも笑って答えるハルは、その場でアポロニアへ正対し姿勢を正すと深く礼をした。それにアポロニアが頷くのを上目遣いに確かめたハルは、姿勢を戻すと着帽して敬礼をしたのである。


「それでは、失礼します」


「式典の本番は見てゆくのか?」


「それは……」


 ハルのその行動と発言にアポロニアは少しだけ不満そうに呟いた。彼女はハルの顔をジト目で見つめていたが、ハルは自分の胸元に仕舞った戦争の芽を摘む希望を早く届けたい一心であった。


「式典の本番は必ずきちんと見ます!」


「そう……か」


 だからこそ、ハルは自分の未来に機会を託し、アポロニアへと言ってみせた。その力強い言葉に、アポロニアは肩をすくめて見せると彼女の眉間へ効果音がなりそうな動きで指差しさた。


「その時は国賓として来い。仕方ないから特等席を用意しておく」


「ありがとうございます、皇帝陛下」


「聖剣、お前も良き働きだった。ハルを助けたのであろう?」


「"“お節介”をしただけです"」


「なら、これからもその"お節介"をするといい。きちんと面倒を見てやれ」


 アポロニアの贈る言葉に再び深々と礼をするハルへ、彼女は続けて聖剣にも労いの言葉を掛けた。それに何の皮肉もなくきちんと彼が応えると、アポロニアは少しだけ目を見張った後に微笑んで見せた。


「最後に、カイムを名前で呼ぶのは止めておけ。イクラ同郷という設定でも、この頃はアイツを名前で呼ぶヤツは少ない。"そういうこと"でのし上がったと勘繰られるぞ?」


 そんなアポロニアの訛混じり言葉といたずらっぽい笑みに、ハルは少しだけ顔を赤くすると扉の向こうへ歩き出したのだった。

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