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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
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第7幕-4

「そこの親衛隊員!止まれ!」


 マックスと別れてティアナと合流したハルと聖剣は、式典の控室として設営された巨大なテントへ向かおうとした。

 そのテントは白と黒のモノトーンに金色の装飾をされた豪奢なテントであり、周囲を固めるフィールドグレーや都市迷彩の掛かった大型の軍幕テントより遥かに大きいそのサイズは一際目立っていた。何より、横からある程度中の様子を見れる軍幕テントと異なって、その豪奢なテントは完璧に内側が見えないようになっていたのである。

 何より、そのテントを取り巻くように周辺には小さなテントが門のように立ち並び、警戒線を張る白い制服の近衛軍が厳重な警備で固めていた。その警戒線に少しでも近づく者には軍民構わず睨みを効かせ、通過しようとする者は誰であっても厳重な身体検査を行う検問へと誘導するのであった。

 その検問へ向けて真っ直ぐに歩みを向けるティアナとハルの黒い親衛隊制服姿は白い近衛軍制服の中では異様に目立ち、その姿に警備の兵が思わず敵意の見え隠れする荒々しい口調で止めるほどであった。


「親衛隊少尉のティアナ・ボルトハウスだ。それと、同じく少尉のハル・エア。皇帝陛下の呼び出しに応じ馳せ参じた」


 そんな近衛軍の若い男のゴブリンである伍長が放った横暴かつおおきな呼び止めに、ハルは眉間にシワを寄せて口をへの字に曲げ、聖剣は舌打ちをしそうになった。そんな彼女と聖剣の横で、ティアナはまるで彼の口調を気にせず姿勢を正し親衛隊敬礼をすると乱雑な呼びかけに反撃するように士官として凛々しく答えた。その対応にまるで感情のない冷水のようや冷たさを感じたハルは、少し前まで会話していたマックスの姿が脳裏を過ぎったのである。

 そんなにハルの思考も、ティアナの返答で顔を青くしつつ目を白黒させる伍長の反応によって直ぐに消え去った。伍長がティアナへかけた言葉は、関係の悪い親衛隊相手とはいえ士官に対して無礼なものである。

 伍長は平静を装いつつも妙に素早い身振りでその場を敬礼と共に離れ、内心の動揺を露骨に見せていた。彼女に青い顔で笑みを浮かべて見せた彼は、近場にいた上官の元へと駆け出したのであった。そんな伍長の足をもつれさせながらも必死に走る後ろ姿に、ティアナは満足そうに頷くのだった。


「どうぞ」


 上官の元から戻ってきた伍長は笑みこそ浮かべていたが、その瞳は全く笑っていなかった。それどころか"恥をかかせられた"と言いたげな猛烈な敵意を向けつつ、彼は検問へ向かうよう2人を促した。その本心に反した彼の身振りに、ティアナとハルも穏やかな笑みで応じたが、横目に伺ったティアナの瞳は氷のような冷たさを見せている。

 雰囲気が最悪の状態はあくまで身分を隠すために親衛隊の所属となっているハルにとって異様に気まずく、2人が検問へ向けて歩き出す時間は長いものと思えた。


「"ご苦労様"です」


 しかし、最悪な雰囲気だけこの場が済みそうな状況の中、ティアナは棘のある口調で擦れ違う伍長へ労いの言葉をかけた。その遠回しに侮蔑する言葉と冷ややかな笑みは伍長の顔へ一瞬だけ怒気のようなものを浮かべさせ、一触即発の雰囲気へと悪化させた。

 だが、脳裏に乱闘を過ぎらせたハルの予想と異なり、伍長を諫めにやってきたシュナウザーのような犬系獣人の近衛軍少尉が彼の肩を軽く叩くと彼は直ぐにティアナ達へ道を譲った。冷え切った雰囲気はハルにとって息苦しく感じられるものであり、それを悟ったティアナはそそくさと先へ進み始めようとしたのである。乱闘騒ぎを回避出来たことにハルは安堵しつつ近衛軍少尉や周りの近衛軍人に会釈しながらその場を去ろうとティアナへ続いた。


「ちっ、"腹も真っ黒い親衛隊"が……」


「"頭の真っ白い近衛の御飾り軍人"のクセに……」


 ティアナの背に近衛軍少尉が小声で捨て台詞のぶつけると、彼女はその捨て台詞に答えて悪態をついた。

 そんなティアナの横で、ようやく険悪な場から離れて先へ進められると肩の力を抜いたハルは、一瞬で溜まった心労を吐き出すように深く息をついたのである。それと同時に、親衛隊と近衛軍の異様な敵対関係をハルは不思議と思えたのだった。


「あの……"やっぱり、随分と近衛軍とは仲良くないのな?"」


 ハルと聖剣の2人は帝国滞在の間にある程度歴史を勉強していた。それは帝国国民が学校で習うようなことから軍人しか知らないような多少秘密とされるようなことまでと範囲が広かった。その中には当然ながら親衛隊と近衛軍との軋轢や衝突も含まれていた。

 帝国において親衛隊は国防軍以外に存在する軍事組織であり、その指揮系統は総統を最上位とする完全な独立勢力であった。それは親衛隊設立がカイム・リヒトホーフェン個人の戦力を保持しようとしたことにあり、人員に至る兵站から作戦運用まで独自にできるほどである。そのうえで装備品の質や隊員の練度は圧倒的に高く、下手をすれば数で勝る国防軍に匹敵するほどだった。

 それに対して同じ要人警護を理由に発足した近衛軍は国防軍の一組織であり、国防省の元で活動している。しかし、近衛軍は親衛隊と比べると装備も質的に低く予算も少なかった。そして、国防省の元で行動する近衛軍は指揮権を皇帝とするものの運用の自由度が低く、親衛隊程の柔軟な活動が行えない。そこに、親衛隊の行き過ぎた"カイム総統至上主義"による皇帝への反感が加わると、両組織の関係は隊内で口に出すのを憚られる程に悪化したのだった。

 だからこそ、ハルはこの場の雰囲気から敢えてティアナに気まずそうな笑みを浮かべながら声をかけ、聖剣が容赦なく尋ねかけた。その予想以上に直接的な聖剣の表現にハルはすぐに腰の彼を睨みつけ、ティアナへと頭を下げようとした。


「まぁ、一悶着ありましたし。あの騒乱を経験して近衛軍と仲良くできる親衛隊員はいませんよ」


「でも、味方ですよね?」


 そんなハルの謝罪を空かさず片手で止めたティアナは、軽く苦笑いを浮かべながら帽子のツバを摘んて位置を直しつつ聖剣の質問に答えた。その声音は至って普段通りの明るいものであったが、彼女の瞳の奥には不快感のような薄暗いものか揺らいでいた。それを感じ取ったハルは、思わずその感覚を振り払ってくれるようにティアナへと尋ねかけたのである。

 すると、ハルの質問にティアナは一瞬だけ眉間にシワを寄せて考えて見せつつ軽く笑みを浮かべた。


「まぁ……"今のとろは"ですけどね」


 ティアナの浮かべる笑みと裏腹に、彼女の含みのある言葉は静かであった。その表情と声音の不一致はハルにまるでマックスとの会話のようなものを感じさせ、彼女と聖剣は何を話せば良いのか解らなくなり暫く黙ってティアナの後をついていったのである。


「そこの親衛隊、待て!」


 ティアナの後をついて検問の身体検査や身分証確認を通過したハルと聖剣だったが、検問から少し歩いたところで彼女達は横から再び声をかけられた。 その声は少し前の近衛軍伍長と同様に横柄さを感じさせたが、ハルには不思議と伍長と違い品の良さのようなものを感じたのであった。

 その声にティアナとハルは足を止めると、声のした方向へ身を向けた。


「ファルターメイヤー元帥……」


 そこにいたのは近衛軍元帥であるブリギッタ・ファルターメイヤーであった。長く紅い髪で項付近で大きな団子作る彼女の姿には内戦前や戦間期のたどたどしい騎士の面影を完全になく、飾り紐や勲章徽章を白い礼装に付けた彼女は異様に存在感が強かった。周りに数人の護衛を付けた彼女は立派な高級将校としての威厳をハルに感じさせたのである。

 そんなブリギッタの姿にハルは直ぐに敬礼しようとした。その敬礼は着帽時の敬礼を脳裏に過ぎらせていたものの、隣のティアナが親衛隊敬礼をしたことで彼女もつられて親衛隊敬礼をしてしまったのだった。


「近衛軍の前で親衛隊敬礼とはいい度胸だな、ティアナ・ボルトハウス」


「いえ、失礼しました。"ホーエンシュタウフェン万歳"!」


 当然ながら親衛隊敬礼を見たブリギッタは眉間にシワを寄せて2人を睨みつけると、腰に手を当て尊大に胸を張ると見下すように視線を向けつつ嫌味を放った。その言葉にティアナが直ぐに敬礼を通常の挙手敬礼に変えて応じると、ブリギッタは気だるそうに警護の士官たちを離れさせるように片手で払うとその手で敬礼を辞めさせるように促したのである。


「まぁ、いい」


 ティアナの反応は少し前の伍長に対する敵意のようなものはきちんと隠れていた。そんな彼女の対応からハルは近衛軍元帥に対して親衛隊敬礼をするという行為が敢えてやった嫌がらせと悟ってしまったのである。

 その理解によってハルは下手をすれば上官侮辱罪となる現状に顔を青くして目を泳がせた。そんな彼女の反応にブリギッタは全てを理解すると、大きく溜息をするとともに頭を抱えながら呆れるように振るのだった。


「しかし、元帥閣下が直々に警備に出られるというのは?」


「"陛下の気まぐれ"ということでも、全力で警護するのが我々近衛軍だ。そこに将官も兵も関係ない」


 自身の嫌がらせが事なきを得たことに満足そうな笑みを浮かべるティアナだったが、辺の警備を見回すとブリギッタへ尋ねかけた。その質問内容こそは普通であったが、ティアナが冷ややかな笑みを浮かべていることでその質問は遠回しな嫌味となり、受け手のブリギッタは少しずつ額に青筋を浮かべ始めた。

 そして、その青筋を消し去るためと言わんようにブリギッタが毅然とした態度の正論で返すと、ティアナは不満げに眉をひそめて静かになったのである。


「それで、その少尉が例の新しい総統付きか?」


「そうです、皇帝陛下が呼び出された"総統付き"です」


 近衛軍嫌いな親衛隊ゆえの悪態をいなされたことで睨むティアナも気にせず、ブリギッタは眼の前で敵対関係を顕にする2人を前に困った顔を浮かべながら割って入ろうした手の行き場に困るハルへ視線を向けた。その視線を真っ向から受けて改めて着帽敬礼をし直すハルを顎で指すとブリギッタはティアナへとぶっきらぼうに尋ねかけた。

 そのブリギッタの見下すような視線でありながらな険悪とも言えない口振りにハルが答える前に、彼女の前へと半身を出したティアナは空かさず簡単な説明をしてみせた。その言葉はそれで話を終わりにしたいような突き放す一言であり、声の響きにティアナの後ろでハルは少しだけ口を曲げ眉をひそめたのである。


「ハル……エアです……」


「お前が……」


 はっきりとしない言葉ながらに名前を述べるハルは、目の前のブリギッタの存在に不思議と悪意を感じなかった。むしろ、敵対されている親衛隊の感情を露骨にあらわすティアナの態度にも揺るがない点に彼女は優しささえも感じたのである。

 そんなにブリギッタはハルの言葉や敬礼前にすると、彼女と遮るように立つティアナを腕で除けると呟いた。ハルにはその声は僅かに震え、握る彼女のても震えてるように見えた。その震えが過去を思う怒りのもともと思えると、ハルは己の状況に少しずつ不安が積もっていた。


「所属は?」


「えっ……所属……ですか?」


「親衛隊とはいえど、原隊のようなものはあるだろう。それとも、腰に剣を下げておきながら武装親衛隊じゃないとでも?」


 ブリギッタはハルを見つめる視線を落として深く息をつくと、姿勢を正してハルへと尋ねかけた。その内容はハルの思っていたものとは異なり、彼女もとっさに答えられなかった。

 そのハルの戸惑いをど忘れと思ったのか、ブリギッタは少し将官振った振る舞いと共に彼女へとさらに尋ねかけた。彼女の言葉をハルがヒト族ということを隠すに一役買おうとしているのを察したハルは、少し目線を上げつつ所属の長い分を思い出そうとした。


「えぇっと……"武装親衛隊第1装甲軍、第101装甲師団、師団司令部です"」


 だが、ハルには彼女の所属は長すぎて、困ったような呻きしか出てこなかった。そこに聖剣が素早く割って入ったことで、間が不自然ながらもハルはブリギッタへ答えることが出来た。

 そのことでブリギッタは僅かに頭を抱えながらも、無理やり納得しようと頭を何度となく縦に振ったのである。


「ふんっ……"騎士"のつもりで剣を下げ、いるのは銃後の司令部とは。"騎士ごっこ"の親衛隊士官は威勢がいいのだな」


「"前線の精強さは後方の機能を維持し、後方が盤石であれば前線は最大戦力を発揮できます。それを理解させるための現配置であり、未来を見据えたものであると私は考えております。それを理解できない元帥閣下ではないでしょう?"」


「知ったように口を利く……」


 ブリギッタは何度も頷いた後に、片手を腰に当て敢えて横柄な口を利いてみせた。その言葉は長年の箔が付いているように聞こえるものであったが、受けてであるハルの位置からは彼女の頬が僅かに赤くなっているのが見えた。

 だからこそ、聖剣はあえてハルの表情にしたり顔を浮かべさせると、ティアナを真似するように気取った態度と嫌味の利いた反論をブリギッタへ投げかけた。その豪速球は思っていたより反論しづらく、ブリギッタは、目を細める面倒臭がると適当な言葉で応えてみせたのだった。


「ふんっ……ついてこい」


 長い立ち話の後、ブリギッタは満足そうに軽く息つくとハル達に背を向けると声だけかけて先を進み始めた。そんな彼女の背中を追いかけるハル達は、視線だけで少しずつ増えてゆく完全武装の近衛軍人の厳重な警備を確認すると僅かに身振りを固くし始めたのである。

 後ろで勝手に固くなり始めるハル達2人の雰囲気にブリギッタは僅かに肩を震わせたが、その足は全く緩めなかった。


「あの、ティアナさん"あの女、俺達の正体を……"」


「知ってるでしょうね。あれでも近衛軍元帥ですし、何より皇帝陛下の懐刀で帝国騎士ですから」


 ブリギッタの軍靴の音が響く中、ハルと聖剣はすぐ隣のティアナへ彼女の顔を覗き込むように尋ねた。その表情には不安はないものの、ブリギッタの反応や態度に対する疑問が現れていた。その疑問の深さは眉間のシワに比例し、ティアナは苦笑いを一瞬だけ浮かべさせると直ぐに前を向いてハルへ答えた。

 2人の会話は小声であり、耳打ちし合う形で行ったことで周りには聞こえなかった。だが、親衛隊士官が密かに話す姿は周りの近衛軍人からあらぬ疑いの視線を集めた。

 近衛軍将官と親衛隊士官という犬猿の仲同士が共に歩くという不思議な光景は、目的地である一際大きなテントの前まで続いた。

 そのテントの前には金属探知機のゲートに手荷物検査、更にはボディーチェックの検問に隊員が屯していた。なにより、四方に仮設された高台には狙撃兵だけでなく重機関銃の銃架に警戒のためのドローンさえ飛び回っているのである。

 厳重過ぎる警戒はそのテントに皇帝がいることを露骨に表していた。

 厳重な警備が醸し出す圧力を前に、ハルとティアナの足を思わず止めた。そんな2人の足音が止まったことにブリギッタは振り返ると、2人の手を取り引っ張ると、警備の近衛軍人達の敬礼を受けな会釈で返しながら検問を通るのだった。


「"ここか?"ですか?」


「妙な言葉遣いだな」


「癖なんです、すみません!」


「まぁ、いい。少し待て、陛下にご許可を貰ってくる」


 遂にテントの出入り口まで辿り着いたハルは、テントだというのに設置されている立派な扉を前に目が点になった。それ装飾こそ少ないが、明らか質の良い木材て組み立てられた金のノブのあるそれは家屋や部屋についていても不自然ではなく、テントはきちんと防水加工された布で出来て杭とポールで組み立てられていたのである。

 だからこそ、ハルは思わずブリギッタへと心境を尋ねた。それは聖剣さえも同じであり、ほぼ同時に尋ねようとした2人は口の使用権の取り合いとなり尋ね方が不自然となった。そのことをブリギッタが僅かに振り返りつつ尋ねたが、慌てて首と手を振り笑って誤魔化すハルを前にして彼女は向けようとした視線を戻した。

 そして、扉を3回ノックした後にブリギッタは扉の奥へその姿を消したのだった。


「ティアナさん、本当に……」


「そうですよ、ハルさん。貴女は皇帝陛下に名指しでお呼ばれされたんです」


 ブリギッタの言葉によって遂に自分が会うために奔走した魔族の長である帝国皇帝との謁見が迫るということに、ハルは足を僅かに震わせた。その足の震えを両手で腿を鷲掴みにして鎮めようとする彼女は、心の不安をとにかく外に出そうとティアナへと話しかけたのである。

 ハルの不安げな姿はある意味コミカルであるために、ティアナは少しだけ笑いを浮かべた。その笑みで直ぐにハルの背中を軽く叩く彼女は力強い言葉と共にハルの姿勢を正そうとした。ハルの動きは関節の動くマネキンのように硬かったが、緊張故にじゃれつく2人は少しずつ落ち着いていったのであった。


「やっぱり……"ヒト族だからか?確か皇帝陛下ってのは……"凄いヒト族嫌いって聞きましたけど」


 それでも、ハルには不安要素が1つだけあった。それは、帝国皇帝のヒト族嫌いということである。多くの侵攻によって国土を荒らされ国民を傷つけられ、父親さえ殺された彼女の恨みは測りしれない。まして、"皇帝がヒト族を見たら直ぐに首を斬られる"などといった噂も耳にしていたハルからすれば、謁見は望んでいたことであっても苦笑いを浮かべて冗談を言いたくなるものであった。


「多分、いきなり首を斬られることはないと思いますよ」


「そんなことあったら!」


「大丈夫ですよ!きっと総統閣下が伝えているでしょうし、皇帝陛下にも考えがあるはずですから……」


「"おいおい、本当に大丈夫なのかよ?"」


 そんなハルの冗談にティアナは励ますのではなくむしろ乗っかって反応した。いたずらっぽい笑みには多少の冗談が見えていたが、皇帝が扉一枚布一枚の先にいる状況にて発せられるその冗談はハルにとって深刻であった。

 それ故にの思わずハルも声を上げそうになったが、ティアナは親衛隊士官の目をしながら力強くハルを励ました。その言葉の内容にハルはうっすら笑って頷いたが、聖剣は全く安心出来ずに疑念の瞳を細め彼女へと突っかかった。


「まっ、まぁ、大丈夫ですよ。そうでなかったら今頃はハルさん、大陸行きの飛行機の中ですから」


「余計心配になってきたんですけど……"こうなったら“なるようになれ”ってか"」


 聖剣の疑念に空を指差しあっさりと返すティアナの言葉は正論であり、ハルはその言葉に一番大きく頷いた。

 そして、聖剣が諦めたようにハルの頭で天を仰ぐと、扉が開きブリギッタが戻ってきた。その表情は僅かに疲れが見える程度に青くなっていた。


「ハル・エア、貴様のみだ。入室して良い。来い」


「はっ、はい!」


 ブリギッタの言葉は妙に投げやりに聞こえるぶっきらぼうなものであったが、ハルはもうそんなことを気にせず大きく返事をして左足を踏み出した。

 ハルはこの帝国にいる間は親衛隊のハル・エアとして過ごしていた。だからこそ、軍属として基本教練は何度も行い、誤魔化せる程度に彼女の姿は様になっていた。


「要領も気にせず気楽でいいということだ」


「えっ?それって皇帝の前でいいんですか?」


「皇帝陛下の御言葉を無視するつもりか?」


 しかし、ハルの一見凛々しくも手足の勢いが強すぎて僅かに不自然な基本教練はブリギッタによってあっさりと止められ、ハルの尋ねる言葉も彼女は虫を払うように手を振って一蹴するのだった。


「わかり……ました……」


「んっ!」


「はっ、はぁ……」


 旅の中の稀にある暇すぎる時間を使った教練が無意味となりつつあることに、ハルは少しだけ肩を落として頷いた。

 そして、ハルはブリギッタの顎と指で差される扉へとゆっくり歩み寄った。


「ハルです、入りますよ!」


 せめてもと3回ノックしたハルは大きく一声かけると、重いノブを回して木の扉をゆっくり押し開きテントの中に踏み入った。その時、ハルは敷居を踏んだことに眉をひそめ、この邂逅に不安を覚えてしまったのだった。

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