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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第1章:たった1つの冷たいやり方
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第五幕-4

 スラムの少年少女達に絶対的に不足していたのは体力と統率力、機械のごとき正確な行動であった。そのため、カイムは昔見た各国陸軍の訓練を混ぜた筋力訓練を基本とする事にした。

 その為、訓練生達の起床を4時半として着替えから身嗜みを整えさせ、5時から訓練を始めるのだった。


「アロイス訓練生!何だその寝癖はお洒落のつもりか?後でマヌエラさんの所に行ってこい!"私は目か脳がおかしいみたいです"とちゃんと言えよ!コージモ訓練生、お前はシャツの1つも着れんのか!何で貴様の様な奴が今まで生きてこれたんだ情けない!」


 カイムは、初期において訓練生に出来るだけ失敗や過ちへの暴言や罵倒を言い続けた。何故かと言えば、訓練生達を出来るだけストレスの多い状態に置き、尚且つ失敗に対する訂正も出来るからであった。

 とはいえ、言い慣れない暴言や罵倒にはカイム自身も中々に困っていた。下手に不自然さが出れば、それだけで舐められる可能性が増加する。そう考えたため語気の荒い憎まれ役を必死に熟そうとするカイムの心にはストレスが溜まっていた。

 6時まで柔軟体操と研究所外周を1列でのランニング。このランニングは歩調訓練を兼ねていた。カイムはミリタリーケイデンスを付けようとしたが、良い歌が思い付かなかった為に保留となった。

 とはいえ、体力不足の訓練生が絶対的に多いため、殆どが柔軟体操で息が荒くなった。


「こんな事で無駄に息を吸うな!この空気泥棒が!」


 カイムはこの罵倒をランニングでかなりの回数言うことになった。柔軟体操で疲れる訓練生に、朝から研究所外周を4周は苦しいものであったからだ。


「マックス訓練生!歩調が遅れてるぞ!トロトロするな!」


「すっ、すみません。かっ、閣下!」


「申し訳ありません総統閣下だ!お前は犬の癖に主人の言うことも聞けんのか!」


「申し訳ありません総統閣下!」


「そうか!それだけ大声出せればまだまだ走れるな。お前は3周追加だ。獣人としてのプライドがあるなら走りきって見せろ!」


 カイムも無茶をさせている事は自覚していたが、親衛隊早期発足の為にと感情を堪えた。だが、信賞必罰は世の理である事を教える為とはいえ初期訓練の罰の多さにはカイムも慣れてしまい、ランニングが終わる頃には心も少し痛む程だった。


「今、彼を笑った者も追加だ!判らないとでも思ったか!アロイス訓練生、ツェーザル訓練生、エリアス訓練生、ゲオルグ訓練生!」


「はぁ!マジかよ!」


「なんで俺まで!」


「この世で最も愚かな事は差別である!貴様らはそれを同じ仲間に行った。それは重罪である。走りながらしっかり謝罪するように、黙ったらその回数お前たちにのみ周回追加だ!」


 体力増強の為のトレーニングだが、当然カイムは組織的な行動をさせるために訓練生同士の協力や差別の撤廃を念頭に置いていた。親衛隊訓練生をさながら1つの生き物の様にする為に、カイムはイジメや魔族間の差別に対しての罰則には容赦が無かった。

 もやしっ子達にとって過酷な早朝訓練が終わると30分の朝食であり、ラッパの鳴り終わりと同時に食事が開始となる。しかし、全員が席に着くまで食事は出来ず、それどころか時間は6時半までと決まっているため、誰かがペナルティを課せられた場合、全員の時間が減るのだった。


「今回、奇跡的に訓練が早く終わった為に、私の貴重な食事の時間が13分しか減らなかった。だが、これは諸君らの罰でもある。マックス訓練が遅れた時、誰も彼を助けようとはしなかった。馬鹿たれ4人が彼を笑った時、誰も止めようとしなかった。諸君らに親衛隊としての誇りが欠けていた事への罰である。きちんと時間を厳守するように」


「ざけやがって…」


「ツェーザル訓練生、貴様は更に5分短縮だ」


「なっ!ふざけ…」


「上官に対する不敬と口答えした罰だ!食わせてやるだけ有り難いと思え!感謝は?」


「あっ…"ありがとうございます"」


「憎しみが漏れているが、まぁいいだろう」


 カイムからの注意と、悪態をつく訓練生に対する処罰が終わると全員は食事が始められる。もちろんカイムも同席しており、テーブルマナーにも注意が飛ぶのだった。


「ティアナ訓練生!猫背になるな、がっつくな!お前は何時ゴブリンから猫系獣人になったのだ!ヘーザー訓練生、お前はフォーク(ガーベル)もまともに使えんのか!」


「ふぉふぇんははい!」


「ティアナ訓練生!物を口に入れて話すな、馬鹿者!そこの!食事中に足を組むな!」


 罵倒だらけで騒がしい朝食が済むと、座学を行う。座学と言っても、読み書き計算と言った一般教養のような基本的な部分からであり、帝国の歴史や兵士等の基本行動等は後回しとなった。

 そして12時に再び注意と罵倒だらけの昼食が30分。午後からは野外にて筋力トレーニングとして腕立て伏せや腹筋背筋。そして行進訓練等が行われる。


「親衛隊、いずれ帝国軍の規則となるだろうが行進の時の歩幅は1歩60cmだ。行進時に指揮官からの傾注の号令がされた時は…」


カイムが説明を始めると、彼は不思議と首筋に寒気が走る様な肌に張り付く視線を感じた。


「ギラ訓練生!今見るべきは見本となってくれているマックス訓練生だ!」


「はい!わかってます!」


 カイムは視線の発生元であるギラへ顔面一杯に怒りを表して注意をした。だが、彼女は元気よくカイムへ返事をすると微笑みかけてきたのだった。美少女の笑顔は嬉しいものがあったが、現在のカイムは指導教官である。何よりその視線が妙に熱く、彼は猛烈な気恥ずかしさを感じた。

 やむを得ず、カイムは自分の考えうる限り最大限の威厳を持って怒声を上げた。

 

「良いかギラ訓練生!微笑みかける事は好きって事だ。好きって事は愛してるって事だ。愛してるって事は抱かれたいってことだ!私に抱かれたいのか訓練生!」


「はい!愛しています、抱かれたいです!」


「そうだろう、そうだろう!こんな自分を虐げる男に怒り…はぁ?」


 自分の怒声に対して予想外の言葉が返ってきた為、カイムは言おうとしていた言葉を忘れて一瞬面食らった。女性から言い寄られた事の無いカイムは目が泳ぎ、叱りつける言葉を考えているとギラはカイムヘ歩み寄った。


「確かに訓練は苦しいですけど、嬉しいんです!私をスラムから救ってくれた閣下の為になるのが!」


「はぁ?いや、だから貴様は…」


「だから、私何でもします!総統は私にとって…とって…そう、"白馬の王子様"です!」


 訓練の場が突然ギラの告白の現場になり、それを全て目撃していた訓練生達がざわつき始めた。


「全員静まれ!ギラ訓練生、無断でペラペラ喋りおって…この訓練終了後、研究所10周と反省文をかけ!」


「喜んで!いっぱい書きます!あぁ、言っちゃった〜!」


 訓練生達を鎮めるためにカイムが怒声を張ると、全員が静かになった。だが、ギラはカイムの指示に興奮ぎみに独り言を呟いている程であった。

 そんなギラにカイムは先を思いやられつつ、訓練を先に進めようとした。


「諸君、彼女は極めて悪い例だ参考にしないように。続けるが、号令がかかったときは膝を曲げないガチョウ足で行う!」


 カイムの指示でマックスが足を曲げずに45度程足を上げて1歩を踏み出した。だが、慣れない特殊な行進方法の為に動きにはぎこちなさがあった。


「質問よろしいでしょうか総統閣下」


「ん?」


「これに何の意味があん…有るんですか総統閣下」


「先の座学を聞いていなかったな…この馬鹿が!いいか、これは行進時に敵味方に厳しい規律や威厳を魅せられる!さらには少ない人数を多く見せられる」


「見た目だけかよ…」


「馬鹿にする"基礎"も無い貴様が言うか!アホたれ!」


 アロイスがカイムに手を上げて尋ねると、彼は何も言わずに手だけで発言を促した。だが、その内容にカイムは頭を抱え怒鳴りながらも内容を丁寧に教えた。それに対して小声でボヤくアロイスにカイムは更に怒鳴ると、彼はそれ以上何も言わず頭を深く下げた。

 黙ってこそいるが、ある程度の反省を示したアロイスに対して、カイムは訓練を続けるために軽く咳払いをした。


「これから行進ですぐ切り換えられるようになるまで訓練して行く。覚悟しろ!」


 こういった訓練を17時まで行い、また怒声の響く夕食。17時半には練兵指揮官からの時間という反省兼説教とその他の時間となる。


「お前たちは何だ!言われた事さえ出来ないんじゃ本当に動物以下ではないか!」


 直立整列した全員に1日で一通り行った訓練での全体反省を述べた後、カイムは個別に1人づつ面と向かって注意と反省を行うのだった。


「まずは…ギラ訓練生」


「はい!総統閣下!」


「その訓練への積極性は評価する。だが、その考え無しの発言は控えろ」


「きちんと考えて発言してます!その上で、私は…」


「黙らっしゃい!それが考え無しと言うんだ!更に、筋力訓練の終了時間が平均より遅い。行進でのガチョウ足にぎこちなさがあった。あれだけの大口を叩けるならもっと訓練に励め」


 一人ひとりに指導する以上、カイムはギラとも面と向かって指導する事になる。そんなに彼の怒声を受けても、ギラは嬉々として返事をした。これ以上ギラと話す事を危険と感じたカイムは全訓練生を一通り注意すると早々に切り上げた。

 20時からは自由時間となる。入浴や洗濯、靴を磨く等だが徹底的にカイムの監視がされている。21時には消灯ラッパと共に就寝となる。

 カイムはラッパを吹き終わると、吹奏楽部にいた過去の自分に感謝しつつチューバしか吹いた事の無い自分がラッパを吹ける事実に違和感を覚えた。

 だが、カイムはそんな無駄な事を考える事さえ忘れさせる程の不安を感じた。1日訓練しただけで多発する問題点の山と、それがまだまだ続くという現実に、彼は自室へ戻る廊下の途中で踞りそうになっていた。


「まだ始まったばかりだ…フイフティ・フイフティだ。カジノじゃなくてもバカ勝ちだぞ…」 


 独り言で自分を鼓舞すると、カイムは自室で期限の迫る作業をひたすら朝まで続けた。

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