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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
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第7幕-2

「うわぁ……ハルさん、ホントに体型綺麗ですよね……何食べてどんな生活すれば……」


「いや、ティアナさんも十分綺麗ですよ?"あぁ、ガキっぽい童顔だが、俺の目から見てもこんなBonボンKyuキュッBonボンは早々……"こら、聖剣!」


 親衛隊本部は広大であり、嘗てカイムたちが自力で建築した初期と比べるとその増改築は過剰とも思えるものだった。その広さは首都デルンの一区画を独占するに近く、敷地周辺には高級将校お抱えの呉服店や百貨店を併設させるほどである。

 その中でも一際裏路地に小さな金の看板を壁から伸ばす呉服店は、裏路地にあるにも関わらず内装はシンプルながらに上質な木材の内装やクローゼットを有する店であった。当然ながら展示されている品はどれも上質であり、スーツや親衛隊の黒制服等と品の幅も広かった。

 その呉服店の一室で、剣聖ハル・ファン・デル・ホルストは白に小さなピンクのリボンが着いた下着姿で身体を採寸されていた。普段纏めているプラチナブロンドの髪も今は背中を大きく覆ってる。そして、真っ白い肌はまるで絹のように滑らかであり、ホクロやシミの類はどこを探しても見つからない。その肌がさらに際立たせる彼女の見事なボディーラインは、程よくたわわな胸と括れた腰にしなやかに伸びた足を輝かせるのであった。

 そんなハルの女性なら誰もが羨むであろう身体を採寸しているのは、親衛隊の黒制服に身を包むゴブリンは茶髪を肩程度の長さで切り揃え、黄緑の肌に琥珀色の瞳を持つゴブリンのティアナ・ボルトハウスであった。

 メジャー片手に脇から袖や胴回りとハルの体のあちこちを採寸するティアナはその度に数値を2度見し、バストのアンダーを測った瞬間に、鏡に映る丸みのある幼い自身の顔立ちと彼女を比較して腹の底に積もった本音が口から漏れ出した。その言葉は羨望を超越し驚きしか感じさせない呆然としたものだったが、自身に無自覚なハルはティアナを褒めて笑って見せた。

 しかし、ハルの口を借りて聖剣がオヤジ臭い発言をするとハルは慌てて近くの台においていた彼を睨みつけ、ティアナは2人のやり取りに笑みを浮かべつつ小首を傾げたのである。


「Bon・Kyu・Bon?」


「ええっと……"“Hourglass Figure”だから、つまりいい腰つきってことだ"バカ!ホントにすみません」


「いえいえ、気にしませんから」


 その首を傾げた理由を不思議そうに繰り返すティアナに、意味を聖剣を通じて理解してしまったハルは言葉を濁した。

 しかし、聖剣は恥も何もなくそのままの意味をハルの顔と口を借りて楽しそうに説明したのである。当然ながらその言葉にハルは顔を赤くしてティアナに頭を下げ、ティアナも彼女の謝罪に両手を振って応じつつ言葉を返したのだった。

 それでも気まずそうにするハルの苦い表情に、ティアナは軽く笑ってみせると再び羨望の眼差しを浮かべながら採寸を再開したのである。


「それにしても、今回の一件は凄いですよハルさん。総統就任記念式典で総統付きをできるなんて」


「目立たないように言われてたはずなのに、いいんですかね?"俺達か言うのもあれだろうが、ちと不味いんじゃないか?"」


「大丈夫ですよ。きっと総統閣下には深いお考えがあるんですから」


 ティアナの採寸が腰回りに入り、縫製のための準備が着々と進む中、ティアナは鏡に映るハルを見て軽く話しかけた。その内容は迫るカイムの総統就任記念日の式典におけるハルに与えられた大役についてであった。

 ことはハルがカイムの帝国全土視察の同行から帝都に戻った3日後に遡る。彼女がこれまでの経験を物珍しく買ったシステム手帳に聖剣と面白おかしく記入していた。そこに突然飛び込んできたティアナから"総統就任記念日式典への親衛隊員としての参加"を告げられ、彼女達は慌ただしく準備を始めたのである。

 突然急に流れ始めた状況を前に、ハルとしては勝手に飛び出していつの間にか"ヒト族の外交特使"となっている状況に少し危機感を感じることもあったが、帝国を知るにつれ彼女は魔族との融和と戦争回避への尽力がなにより必要と思えた。だからこそ、彼女はたとえ国の親書も何もなくても、己の地位と築いてきた功績を使って人と魔族の架け橋になろうと覚悟したのだった。

 それでも、カイムという組織の長を観察し、パトリツィアやズザネのような組織に属し段取りというものを必要とする者達と同行したことで、多少の近代社会の難しさを理解したハルは急激に進む状況や魔族に対して未だ劇薬に等しいヒト族という自身を危惧してティアナの言葉に返した。

 そのハルの言葉に聖剣も大げさに不安そうな顔を作って軽口を吐いてみたが、ハルが額に青筋を浮かべているの鏡で見つつ、ティアナは苦笑いして採寸を続けながら簡単に返した。その内容も口調も気楽とは言えないながらも不安があまり感じられず、その言葉の一部分に聖剣は空かさず眉間にシワを寄せて目を細めた。


「そう……ですね……"へいへい、親衛隊の“総統万歳“ってやつか……"」


 聖剣が苦い表情を作る中、ハルはその顔が映る鏡を前にして言葉を濁し、聖剣は露骨に嫌味を吐いた。

 その聖剣の変わらぬ態度にハルが台の上の彼を睨みつけようとする前に、彼女はティアナが変わらず自分の腰回りに手を回しメジャーで測る姿を見た。さらに、彼女が薄っすらと苦笑いを浮かべる程である。

 ハルは帝国で生活するようになり、魔族が持つ常識をそれなりに自身へ落とし込むことが出来ていた。その中で、帝国の親衛隊が如何に総統カイムへ陶酔しているかやカイムへの悪評や批判、反感を憎悪するか知っていた。それはエリート意識や選民思想の現れにも近かったが、彼女は彼等がなにより"帝国を復興し自分達に生きる目的や活力を与えたカイムへ感謝しているから"と理解していた。

 だからこそ、ティアナが聖剣の暴言に対して何も言い返さないどころか笑って受け流せることに、ハルは僅かに口を開いて目を見張り黙るほどである。

 そのハルの表情に彼女の感情を理解したティアナは、ハルのウェストサイズを記入しつつ金装飾やシャンデリアのある天井を見上げて言葉を選んだ。


「聖剣さん。私、貴方の言うほど、考えなしに盲目的に総統閣下に服従してるって訳ではないんですよ」


「えっ?"えっ?おい、ハル。お前が“えっ”て言うのかよ"いや、そのぉ……」


 ティアナは笑って鏡のハルに話しかけた。その表情は至って笑顔であり、声音さえもそれまで会話していたときの響きに変わりはなかった。

 だからこそ、親衛隊員であり、見た目が若いながらも士官であるティアナの反応が予想と明らかに異なり、ハルは反応に困った。彼女の表情は感情をそのまま出したように困っており、その露骨さに聖剣さえも彼女の表情を使って呆れ苦言を言うほどである。

 その呆れに何も言葉を返せないハルが腰からヒップへ採寸を移すティアナへ顔を落としたが、彼女はハルへ顔を上げることもなくただ採寸を続けた。少なくとも鏡に映るハルが視線を落としていることは判るはずであるからこそ、彼女はティアナにかける言葉に迷い言葉に詰まった。

 そして、暫くの間、部屋には採寸の音だけが響いた。


「確かに、親衛隊の中にはマックスさんやヴァレンティーネさん、フリッチュ卿みたいに盲目的な人もいますけどね。誰だって本当に何も考えず総統に従う訳じゃないですよ」


 沈黙を破ったのはティアナであった。その言葉は顔立ちや体躯に幼さの残る彼女からは想像も出来ない大人びて悟ったような口調であった。

 それ故に、ハルはティアナの表情を見ようとするも、腰回りの採寸作業で俯く彼女はハルが視線を落としても顔が見えず、鏡は垂れた前髪がカーテンのように下がっていたのである。

 そのどうやっても言葉以外にティアナの真意が見えない状況に、ハルは引き下がると彼女の言葉を何度か反芻してみた。


「"それは"つまり?」


 反芻の結果、聖剣とハルは直接ティアナへ言葉の真意を尋ねかけた。


「もう知ってると思いますけど、総統は常に最善の判断をしてきました。たとえそれがどんなに非情なものであっても、どれだけ残酷なものであっても。これまでの帝国は、そういう決断を先延ばしにして、"そのうち誰かが決めてくれる"って決断できずにいた。総統は"貴族や皇帝が出来なかったこと"をやって見せているんです」


 ハル達の尋ねにすぐに答えたティアナの言葉には迷いがなかった。それどころか、まるでこれまで何度も言ってきたかのように口籠ることも言葉を選ぶこともなく出てくるその内容は、僅かに音声機器の記録とさえも思えるほどに流暢であった。

 だからこそ、ハルも聖剣はティアナが喋り終わるまで何も言えなかった。彼女達2人も、"何か言って割って入ってはならない気配"を肌身に感じると、思わず黙ったのである。

 その気配に、ハルは剣士としての感覚が無理矢理に引き出され、聖剣さえも現状からティアナを倒す方法を彼女の脳裏に送り始めた。その内容は何故か打突や蹴りが全て回避される可能性を大いに警戒しており、聖剣の帝国国防騎士に対する警戒の強さを視覚的に理解したのだった。

 一通りの戦闘パターンを見せられたハルは、採寸を続けるティアナという自分より小柄なこの親衛隊員にそこはかとない力を感じると、鏡に映る自身の険しい顔を軽く叩いて解した。

 その音に顔を上げたティアナの表情は心配するように頬が震え、ハルが思っていたより遙かに人間らしいものだった。


「それについては、勉強させてもらいましたよ"つまり、決断を総統に任せて、アイツの命令に従うだけってことじゃねえか。何も変わんねえよ"」


「聖剣さんの"全体主義アレルギー"は良くわかりましたよ」


 ティアナの内に僅かに見えた狂気じみたものにも論理的に説明出来る何かを理解したハルは、あくまでそのまま会話を続けようとした。

 しかし、聖剣は敢えてティアナの内面に迫ろうと発破をかけ、彼女を煽った。その効果は思いの外効果が現れず、戯けたように肩を竦めるティアナは聖剣を半笑いで馬鹿にするように皮肉を言うとハルの太腿や足の採寸を始めたのである。

 皮肉をいなされ皮肉で返されたことに聖剣はハルの顔で苦虫を噛み潰したような表情で天井を仰ぐと、直にハルの中へ引っ込んでしまった。


「本当に盲目的に総統の命令に従うだけだったら、きっとこの国はここまで再建されてませんよ」


 聖剣が引っ込んだ後に、ティアナは彼が望んでいたであろう考えを述べ始めた。聖剣の意気地のなさにハルは聖剣を睨むも、鏡の中の自身の表情が"してやったり"とでも言わんばかりであることに彼女は露骨に苛立ったような顔をして鏡面の向こう側にいる聖剣を睨んだ。


「総統はご自身のことを"万能でも天才でもない"とおっしゃっておりました。それを否定したい気持ちは大いにありますけど、ティアナさんや先代ペルファル卿、内戦で戦死した方々のことを悔やむあの方を見れば、安易な言葉は選べません」


 聖剣とハルが鏡越しに睨み合いをする中、ティアナはゆっくりとした口調で優しく語り始めた。その視線はハルと鏡を交互に見ており、聖剣にも話すという意図を強く感じさせたのだった。


「ティアナって"ハル、忘れたか?"あっ……」

 

 その話の内容は何度か聞いたことがあったが、ハルはティアナの発言のおかしく聞こえる部分を尋ねようとした。

 しかし、その質問に聖剣が空かさずカイムとの視察の中の記憶にある一幕を呼び起こさせると、ハルは気まずく言葉を漏らし、ただ黙った。


「私の名前の……本当の持ち主ですよ」


 ティアナの言葉は気丈であり、表情は穏やかであった。

 しかし、ティアナが僅かに言葉に迷い落とした視線をハルは見逃さなかった。


「でっ、でも、同姓同名なんて……」


「ヒト族はそうかもしれませんし、この頃の帝国でも名前は当たり前になりつつあります」


 ハルはティアナの心に残る悲しみに迫ろうとした。

 だが、ハルの口から出た言葉はヒト族としての言葉であり、ティアナの言葉は魔族としてのものである。その内容にハルは続ける言葉を失い、見えない壁を前に己の口に出すべきものを見失った。


「ですけどね、"名は体を表す"なんて言うでしょう?名前って、"付いてるだけ"なんて安いものじゃないんですよ。同じ名前でも、似ていても、紛らわしてくても、たった1つの自分を表す名前ですから」


 それでもティアナの話は続き、彼女の話をハルはただ聞き続けた。その言葉に、自分の知らない価値観やまだ解りきっていなかった文化を感じた彼女は、己の浅はかさを理解した。

 それまでのハルの考えは半ば自身の常識の押し付けと取れる部分も多く、お互いの意志をぶつけ合い、擦り合わせることで理解が生まれるとも考えていた。

 しかし、眼の前で語るティアナの言葉は、文化の根本的違いからくる壁を見せつけ、それを理解すると尚の事彼女はまだ帝国にとって自身が異物であることを理解させられたのである。


「ティアナさんは、私を庇って戦死されました。そんな彼女が、名前もない死なせる原因になった私を……"面倒を見てください"って総統に頼んだんです」


 ティアナの語る言葉は止まらなかった。その言葉はハルは経緯こそ理解できても、名前へとそこまで固執する理由は掴みきれなかった。彼女の常識では、名前は人や物を表す符号であり、姓名ともなれば姓は家で名は自身を表す程度である。人によっては自身の名前を気に入らず変えるものさえ彼女は知っている。

 だからこそ、帝国全土を周遊しても理解しきれなかった魔族というものの一端に触れたハルはいよいよ言葉を失ったのだった。


「ティアナさんは優しい方だったってリヒャルダさん……私の育ての親というか……姉?いや、姐みたいな方から聞いてたんです。そんな方が最後に頼った方が、総統カイム・ヒリトホーフェンなんですよ」


 ずれ始めた話だったが、ティアナは話をようやく本筋へと戻した。そのことで言葉を探そうとしたハルだったが、鏡の向こうで聖剣は彼女をじっと見つめ、ハルは黙った。


「"だが、アイツは内戦で東部反乱勢力へ無制限攻撃を……"」


「確かに、そうです。でも、総統はテオバルト教皇の降伏勧告だけでなく、ブリギッテ親衛隊総監に……当時は少佐でしたけど、事前に敵軍の将官を狙撃させたりしてたんです。だから、多くの都市は直ぐに降伏した」


 それでも、聖剣だけはティアナの言葉に噛み付いた。その過剰な言葉にハルは無理矢理にでも聖剣を黙らせようとした。

 しかし、聖剣は敢えて言葉を尻すぼみにすると、ティアナは続けて語り始めた。その内容はハルがこれまでの帝国史の中で聞いたことのないものであり、カイムからも聞かなかったことである。

 その内容を前に、いよいよハルは何を言えばわからなくなったのだった。


「部分的に取り上げたら、確かに総統は極悪人にも見えます。ですけど、私は……私達はあの人の全てを見て知っている。あの人は、己の無力を知っている。だからこそ、多くの人と協力し、そしてたとえどれだけ残酷でも最善の判断の元に多くの苦しむ人達の為に努力する人なんです。神でも英雄でもない、1人の人間で、1人の"総統"なんです。」


 語るティアナの笑みは屈託がなかった。その笑みにハルは不思議と影を感じ、背筋に冷たいものを感じた。


「とはいえど、あんまりにも色んな人の意見を取り入れすぎて迷走したりもしますけどね。軍隊なら、どっかの海軍と空軍共有飛行場とか予算喰い虫の"陸上戦艦"、民間なら山岳部に回転翼機用の空港乱立とか、携帯料金についての補正案法整備……上げると結構きりないですよ」


 少し影のある発言をしたことに気付いたティアナは、敢えて冗談を言ってその場の空気を和ませようとした。その内容は確かにハルも聞き覚えのあるものであったが、それより彼女はティアナの瞳の底に見える本音が気になって仕方がなかった。


「それでも……いえ、だからこそ、私達は親衛隊員で、総統カイム・ヒリトホーフェンに忠誠を誓い、支え、共に歩んでゆくんです。たとえこの身が戦火焼かれ、凶弾に倒れても」


 だからこそ、ハルはティアナの本音を前に僅かに怯えた。それは、ティアナが盲目的ではなく進んで己の権利を捨て去ることが理解できなかったからである。

 ハルは王政国家の王家の人間である。それでも、彼女は人が人としての自由に生きる人権という概念を勉学的でなく本能的に理解していた。

 その"真の意味で個人に自由という権利を与えられた人"としての人生ゆえの価値観があるからこそ、ティアナのように国家や人種、組織のために自由や思想が統制されていることを受け容れることは理解できなかった。

 勿論、ハルは帝国の全てにそれが当てはまるとは思っていない。それでも、改めてティアナの発言であるカイムが過去に行った凶行にも等しい命令を1つの国家の為に受け入れ、親衛隊の起こした大粛清も1つの魔族のために笑って受け入れるというその行動や意思に、彼女は受け入れがたい壁を感じたのだった。


「難しいかもしれないですし、固定観念とか難しいことを上げればきりがないですけど」


「いえ……」


 最後の最後も空気を和らげようとするティアナだったが、ハルは親衛隊という存在を理解できなくなった。

 その狂信とも言える行動原理を前にしては何を言うべきなのかわからず、ハルはただ黙るしかできなかった。それは聖剣も同じであり、これまで様々な相手に国家の主義について噛み付いてきた彼も、何も言わず静かになるのだった。


「国も文化も違うんですから、数ヶ月で全てを理解しろ何て無茶苦茶は考えませんよ。ゆっくりと、少しずつ歩み寄って、お互いに妥協点を見い出せば良いんですよ」


 ティアナの最後の一言は、自身と魔族の絶対的な違いを示されたようなものであり、遂に最後までハルは一言も返す言葉が見つからずに終わってしまった。


「はいっ、採寸終わりです!」


「ありがとう……ございました……"最初から思ってて今更だけどよ、こっち来て親衛隊の預りになったときに渡されてたあの”灰色のやつ“じゃ駄目なのか?"」


「あぁ、フェルトグロウ(フィールドグレー)勤務服ですか?あれ本当は勤務のみにしか着れないやつでして、黒勤務服は礼服を兼ねるんです。他の付属品とか色々と付けてようやく"礼服"ですけどね」


 その会話の終わりと言わんばかりにいつの間にかハルの採寸も終わり、ティアナはそそくさと片付けをしつつ採寸で得たサイズを用紙に書き入れていくのであった。

 そのティアナの後ろ姿と少し前までの狂気のような思想の一端を語る姿とのギャップに、ハルはただ採寸の礼を戸惑いながら言うしかできなかった。

 その一方で、先程まで全体主義アレルギーを発露させていた聖剣はまるで何もなかったかのようにティアナへ制服について語りかけ、彼女となんの気無しに答えたのである。

 その状態を前に、ハルはたった1人取り残され、それでも状況に対応しようと頭を捻らせるのだった。


「でも、まだ立付けって予行練習みたいなやつなんですよね?"だってのに、なんでほぼ外野みたいな俺達まで慌ててアレコレ用意するんだ?"確か、総統就任式って……」


「11月9日です」


「まだ2週間以上先だぞ?外野の俺達は……"」


 ハルが導き出した対応策は、少し前の話を胸のうちに一端秘め、変わった話題に対応することだった。

 その話題が採寸をすることになったきっかけである式典への参加の話題になると、ティアナの答える日付との日の長さにハルと聖剣は疑問を持った。

 しかし、聖剣がティアナの薄っすらと浮かべる笑みに何かを理解すると、ハルは彼が話を続けるのを待った。


「"何かしら、重要なことがあるってことか?"えっ、聖剣、それって!」


 聖剣の一言は曖昧でこそあれ、ティアナの笑みと交互に見たとき、ハルは式典において自分達や人類の今後に重要な何かが起こることを確信した。

 その確認を込めたハルの呟きと視線はティアナへと一直線に飛んでいった。


「私からは何も言えません。何せ知らされてませんから。ですけど……」


「”ですけど“?"なんだよ?"」


 だが、ティアナは敢えて語らず言葉を濁した。

 その焦れったさに聖剣は再び食って掛かると、何度か頷くティアナはハルの眉間へ指を指し、気取ったポーズを取ってみせたのだった。


「今回の式典予行は、何かしらの想定外があるってことです」


 その気取ったポーズと反してふんわりしたティアナの言葉に、ハルは半口開けて聖剣は彼女の身体を借りて肩を落としたのである。

 それでも、ハルは脳裏に浮かぶ希望と不穏が同居する曖昧な未来へ飛び込む覚悟をするのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] またまたですけど、反人間歌てガルツにありましたっけ?なければこれが参考になると思います https://youtu.be/SxUjtAlpxkk
[一言] この歌もどうですか? 『イズミル行進曲』と言うムスタファ・ケマル・アタテュルクを称える曲です。 https://youtu.be/DCIZgaJO8tw(日本語訳あり) https://yo…
[一言] またまたなんですけどガルツ帝国のカイム総統を真似た人族国家て生まれますかね(要するにベニート・ムッソリーニを真似たアドルフ・ヒトラーとか)(カイムの場合はベニート・ムッソリーニがドイツ率いて…
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