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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
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幕間

 シルヴェスター・マッキントッシュは悩んでいた。その悩みようは酷く、白色混じりのプラチナブロンドの短い髪は何度も両手で掻き乱されたことがわかるように乱れ、高い鼻に青い瞳の整った顔は天井と窓の外の海を何度となく往復していた。

 さらに、その悩みを表すように着ている服は肌着と短パンというズボラなものであり、細身で鍛えられた戦う男の体でなければあまりにもみっともないものだった。そこにきて、シルヴェスターが騎士として纏う鎧や彼の魔剣が無造作にベッドの上へと撒き散らされ、テーブルの上の冷めたティーセットがそばにあると、おおよそ彼は正常な騎士とは見えないのである。

 しかし、そのズボラな状態は椅子に座り天井と窓の外の景色を交互に見るシルヴェスターにはどうでもいいと思えることだった。


「参ったなぁ、いきなりフクロウ便でアーストン名誉連隊長呼び出されて、命じられたままポルトァまで来て見れば……」


 彼がポルトァ大公国に来たのは、決して己の意思ではなかった。彼はただのブリタニア陸軍の兵士である。ブリタニア陸軍はブリタニア王国の貴族や有力者が持つ兵隊である連隊を寄せ集めたモノが原型となっており、最終的な命令権はブリタニア王国の王家にある。

 しかし、未だに過去の歴史を引きずるブリタニア陸軍の各連隊は、嘗てその連隊を所有していた名家を引き継ぐ名誉連隊長によって個性や独自性が強かった。その状態を表すように、基本教練から号令、装備さえも異なる場合さえある。その風習によって、ブリタニア陸軍は「王立」という名誉を受けられず、彼のように名誉連隊長の独断によって任務を下される場合があるのだった。

 その命令を下したアーストン名誉連隊長の満面の笑みと撫でられる白い筆ヒゲ、小柄で中年太りな姿と、突然の呼び出しと共に命令書を押し付けるように渡された自身の過去を思い出すと、シルヴェスターは数日前の会合を思い出して嘆くのだった。

 彼の嘆き具合は深く、困る自分を他所に青々と輝く海と青空、砂浜を歩き海水浴を楽しむ観光客の姿へ頭を抱えて再び髪を搔き回す程である。


「戦う相手はネーデルリアの"剣聖"に、共に戦うのはネーデルリアのお姫様だものな……」


 シルヴェスターが思い出すのは数日前の会合の時であり、自分がポルトァまで呼び出された理由の説明であった。

 その会合の場にはあまり関係の良くない国から同盟国まで様々な国の英雄女傑が集められ、マクルーハン教の拠点でもあるグイリア法国の司祭が司会として話を進めていた。その内容は"ネーデルリア3重王国のハル・ファン・デル・ホルストが魔族の国へ寝返り、人類へと牙を剥かんとしている"という突拍子も無い内容であった。彼も当然まともに信じておらず、事の流れを説明されてもシルヴェスターは早々にブリタニアへと帰ろう考えた。

 しかし、そこにネーデルリア3重王国の第1王女であるティネケ・ファン・デル・ホルストが現れたことで状況は一変し、集められた多くの者はその悪い冗談を本気にしたのである。その状況と荒唐無稽な話ながらもシルヴェスターは納得しかかったが、どうにも彼の精神構造からは安易に受け入れられなかった。


「アーストン卿が理解してたとも思えないし、ましてや女王陛下がこんなこと許すはずがない。となると……アーストン卿より爵位の高い誰かの独断か……」


 疑り深い彼の性格が考えさせるのは事の流れの裏側に立とうとする人物であったが、1人呟いて考える彼の脳裏に浮かぶ手近な人物は彼の思考の中で全員が首を横に振った。

 それ故に、シルヴェスターは自国にいる悪どい貴族やずる賢い者達を思い起こそうと天井を仰いだ。その思考は困り果てる彼が何度もしたことであり、いよいよ彼は己の面倒な性格に疲れを感じ始めたのである。

 そのモノクロを基調にした天井の装飾は、悩み疲れた彼に故郷へ置いてきた1人の少女を思い浮かばせた。その少女は、漆黒な黒い髪に赤い瞳をもつ小柄で細い手足をした華奢な少女である。影と気だるさを感じさせながらも可愛さを残した少女の顔が思考の彼方で彼の方を向くと、その髪はみるみると白くなり明るさと青筋を立てた無邪気な笑みが震える拳と共に迫り小さい手に反した威力の鉄拳が妄想の中の彼を吹き飛ばすのだった。

 その妄想に、シルヴェスターは剣聖といえど女性1人を徒党を組んで襲うという己の行為がその少女の怒りをかうと恐れたのである。


「ただでさえこんだけ長く祖国を離れてるのに……オマケにこんなことしようとしてるの知られたら、アシュリーに殴られるだろうなぁ……いや、殴るのはアーシュリーか?どのみち、2人に怒られて嫌われるだろうなぁ……2人で1人だけど」


 いつの間にかシルヴェスターの悩みは、現状自分が置かれた状況ではなく故郷の少女への対応へと変化していた。その困り具合はそれまでのものとは格段に重さが変わり、彼の表現は青く声音も低く重いのである。

 もはや慌てる程の余裕もなく必死に考えるシルヴェスターは、"どうしようもないことをどうにかしよう"と考え、"どうにもならないことは結局どうすることもできない"と悟ると、"どうしてこうなった"とでも言いたげに手足をだらしなく伸ばして座っていた椅子へとさらに深く座り込んだ。その光景はもはや座っているというより寝ているに近かった。


「とはいえ、困ったなぁ……騎士が剣聖、ましてや女性に対して多勢に無勢か……」


 椅子の上で座るでもなく寝そべるわけでもないシルヴェスターは、今後迎える状況を想像した。幼い頃から聖剣片手に土龍を刈ったりゴブリン退治、最近では単独で盗賊団撃退や兵士1万人斬りを成し遂げたというハルの伝説は島国ブリタニアへも当然届いていた。そのために、1人呟くシルヴェスターの言葉と反して彼の想像の中では会合に参加したすべての人間が完膚なきまでに叩きのめされるものだった。

 そんな彼の想像の中で唯一剣聖に立ち向かおうとするのは当然彼女の姉1人だけである。その美人2人が血塗れになりながら戦うという光景はシルヴェスターにとっては悍ましいものであり、それ以上想像するのをやめるととにかく思考を変えようと椅子から立ち上がった。


「警邏の兵に助けを求めないと。"緊急事態だ、女性が2人喧嘩をしている!"、"なんでそれが緊急事態なんです?"……」


「"不細工のほうが勝ちそうだから"ってか?まぁ、あながち間違いでもないけどな。しかし、ブリタニア人は1人でも自分へ冗談を言うのかよ?」


 立ち上がりざまに言ったシルヴェスターの冗談は、彼なりにいい線を言っていると思えた。それ故に言っている最中も思わず笑いが出そうになった彼はオチを言う前にいったん息を整えようとした。

 しかし、彼のオチは突然響いた男の声によって先に言われてしまったのである。


「ジャンさん、貴方が礼節の欠けた人物というのはなんとなく知っていました」


「遠回しだな、"騎士くん"よ?素直に"下賤"とか言ってもいいんだぜ?」


 突然響いたその声に、シルヴェスターは一瞬だけ肩を震わせた。

 だが、その気さくとも不躾とも言えない荒っぽい言葉遣いのブリタニア語に聞き覚えがあると、彼はいつの間にか部屋へと入っていたジャンへと悪態をついた。その一言にジャンも軽口で返すと、それ以上の歩みを止めて立ち止まった。

 そのジャンの足音が玄関近くで止まったことに気付いたシルヴェスターが振り返ると、部屋から部屋の玄関に立つ彼の姿があった。その格好はシルヴェスターのズボラな格好に負けず劣らずの黒いシワだらけの短パンTシャツで、嫌味を込めた彼の発言が台無しになるほどである。それ故に、シルヴェスターは無駄な言い合いさえもめんどうになるとジャンを適当な具合の手招きで招き入れた。


「そう言われたくなかったら、扉を締めてください。貴方、納屋で産まれたんですか?」


「ムカつく野郎だ」


「このくらいで苛立ってたら、ブリタニアでは生きてけませんよ?ブリタニア生活で品位とユーモアは必須です」


「"要らないのは味覚"か?」


 言い合いを避けてジャンを招いたシルヴェスターだったが、ただで招く気はサラサラなく、彼は空かずジャンへと皮肉をかけた。その言葉で玄関前で早々に話を始めて追い返すのがシルヴェスターの考えだった。

 だが、シルヴェスターの皮肉にもまるで慣れた口調でジャンは返すと、何時しか2人はテーブルに向き合う状況になっていた。そのテーブルには茶器さえも並び、美型2人がお茶をするという光景は着ている服と雰囲気さえ異なれば絵になった。

 乱雑にものが散らかる部屋の中で、シルヴェスターは目の前のジャンに要件を話しやすくするために黙ってお茶を啜った。一方で、ジャンは話し始めるタイミングを伺うために敢えてカップの縁を掴んでシルヴェスター同様に茶を啜った。

 2人はお互いに相手が話し始めるのを待って黙り続け、しばらくの間は鳥のさえずりさえ聞こえそうな沈黙が続いたのである。その間に時間は無駄に流れ、いつの間にか空になったカップとじれったい空間が2人の間に流れた。


「それで何しに来たんです?わざわざ嫌いなブリタニア語を話してお茶をするために来たわけじゃないでしょうに?"ガリア語は天使の言葉"でしたっけ?貴方が天使なら、私は地獄へ行く方を選びます」


「本当にいけ好かないやつだな」


「よく言われます」


 いつまで経っても話し始めないジャンの空のカップと自分の顔を交互に見つめる視線に痺れを切らすと、ついにシルヴェスターは口を開いて話しだした。その内容は、彼が僅かに感じたジャンの人見知りという可能性と無駄な去勢張りを考慮して敢えて皮肉交じりなものとなった。

 その皮肉は見事功を奏すると、ジャンはシルヴェスターへ軽く舌打ちしつつ悪口で答えた。だが、その悪口の口調は軽く薄っぺらいものであり、彼の一言にシルヴェスターが真向から軽口で返すと、ジャンはいよいよ本題に入ろうとテーブルへ肘を置き前のめりな姿勢で話しかけた。


「お前、宗教は?」


「不躾ですね」


「言えよ……」


 ジャンが尋ねた内容にシルヴェスターは面食らった。

 しかし、シルヴェスターが多少の不快感を表情に示しジャンの発言を非難するも、彼は真剣な表情を崩すことなく問いかけた。その声音は表情と同様に至って真面目であり、更に尋ねかけるジャンの一言でシルヴェスターは一旦彼の話へ付き合ってみようと考えたのである。


「マルリース教の福音派。ブリタニアに山のようにいる信徒の1人ですよ。年始のお祈りを1分間するくらいには」


 答えたシルヴェスターの表情をジャンは睨むように見つめた。テーブルを挟んでいるにも関わらす鼻先数cmまで近づいたジャンは、穴が空くほどシルヴェスターの顔を見つめ、嘘偽りの曇りがないことを確認したのである。

 シルヴェスターの発言を真実と確信したジャンは満足気に背もたれへ寄りかかり座ると、腕を組んで何度も頷いた。


「自慢じゃないが、俺は神なんて信じない。洗礼だのなんだのは知らないし、親から教わったことは何1つ覚えてない」


 ジャンの無用な一言はその場に沈黙を産んだ。真っ向から聞かされたシルヴェスターはそのあまりにも理解し難い内容に呆気にとられ、満足するジャンはその沈黙を呆れではなく良い意味で驚いているのだと理解した。

 しかし、その沈黙が30秒も続くとジャンも組んだ腕をわずかに揺らし、シルヴェスターが何も言わないとことを気にし始めた。


「なんか言えよ!」


「何言えって言うんです?そんなに"僕の頭を突かないで"くださいよ」


「つまり、"苛立つ"ってことか?」


 ジャンは沈黙に耐えられなくなると、座っていた椅子からわずかに腰を上げ、前のめりにシルヴェスターを見つめながら大声をあげた。その声はシルヴェスターの両目を閉じさせ、深くため息をつかせた。

 そんなシルヴェスターが瞳を閉じたまま頭を振ると、彼はブリタニア人独特な言い回しでジャンへと呟いた。その内容に理解できず呆気にとられるジャンを予想していたシルヴェスターだったが、そこに空かさずしかめっ面の彼から一言が返ってくると、考えていた話の流れを崩されたシルヴェスターは肩で深く息を付いて、そのまま肩を回した。


「それで、何です?そんな真剣な顔しといて、お茶を啜るのが目的でもないでしょうに」


「そりゃそうだ。それに俺は紅茶好きじゃない。"Cafe creme(カフェ・クレーム)"か"Noisette(ノアゼット)"なら良かった」


 行動と実際に口から本題を言うように促したシルヴェスターだったが、その意図を汲み取れないジャンは腰を下ろすと再び雑談を始めようとした。

 その明け透けな発言と不躾さに呆れたシルヴェスターだったが、それでも不思議とジャンを悪く思えない彼は開けた口を閉じて言葉を選んだ。

 その途中、彼はジャンの本質のようなものに気づいた。


「人から饗されて文句とは、度し難いですね。オマケに"牛乳入り泥水"を啜りたいなんて……貴方、本当にガリア人なんですか?」


「俺は、コーヒーが、好きなの!」


「はいはい」


 ジャンの本質が子供っぽさにあると理解したシルヴェスターは敢えて皮肉で返し、それに彼は怒ったように言い返した。

 この口喧嘩がようやくジャンに本題を話す覚悟をさせると、彼はテーブルに頬杖を突いてシルヴェスターの瞳を見つめた。


「お前、剣聖ハルと戦う気……ある?」


 ジャンの一言はシルヴェスターの即答を封殺した。彼の一言への答えによっては自分達がこの場にいる理由自体の否定に繋がり、集まった者達の中では国家への反逆へと繋がる者もいる。

 だからこそ、シルヴェスターは容赦なくジャンを突き放してみようとした。


「僕はブリタニア王国国民です。そして、ブリタニア陸軍アーストン連隊の隊員でもあります」


 ジャンの刺すような視線と沈黙の中、シルヴェスターは淡々と彼を見つめ返しながら姿勢正しく語り始めた。


「アーストン名誉連隊長はおっしゃりました、"グイリアのマクルーハンが強い兵を呼んでる。“呼んでるんだ”よ。馳せ参じるくらいはしてやれ"とね?」


 そして、シルヴェスターはそもそも自分の立ち位置が周りと根底から異なっていることを語った。

 つまり、彼が悩んでいたのは建前を全うして上手く立ち回りブリタニアを有利にするか、本音を通して名誉を取るかについて悩んでいたのである。


「はぁ?」


「察しの悪い人ですね、貴方……本当に"白百合の"……なんとかなんですか?」


「白百合の8英雄!」


 しかし、シルヴェスターの遠回しな一言はジャンには何回過ぎた。その上、母国語ではないブリタニア語での会話でいよいよ頭上にハテナが浮かび上がりそうなジャンの姿は、シルヴェスターの目を点にさせた。

 ジャンの理解力の低さと、喋れても理解しきれていないブリタニア語力にシルヴェスターはじれったくなりさらに皮肉を言った。その皮肉に律儀にジャンは返すと、彼は椅子から立った。


「こう、何度も言うのは嫌だがな。俺は元貴族だの富豪だの、いい御家の生まれじゃない!"笛を吹き牧羊犬へ指示を出し、羊の毛を刈って牛の乳を搾り、馬を走らせて暮して来た"牧人だったんだ」


「聖剣を振るう牧人ですか?」


「"利き牛乳"くらいは余裕だ。ガリアどころかリリアン大陸の牛乳まで、どこの牧場産か当ててやらぁ」


 腰に手を当て胸を張るジャンの自虐なのか本気なのかわからない自慢にシルヴェスターは呆気にとられ、ただオウム返しに呟いた。その一言に変わらずジャンが本気で自慢とわかるように満面の笑みで言い放つと、シルヴェスターは大人のようなガキを相手に真面目な雰囲気を作ろうとした自身へ苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、その牧人さんにもわかるように言いますとね。僕はその場にいるだけで適当に受け流したらブリタニアへ帰るつもりなんですよ」


「戦わないのか?」


「ネーデルリアとは国交がありますから。いくらグイリアのマクルーハンがあれこれ言ったところで、そもそもブリタニアには関係ない話ですよ。むしろ、わざわざ来たことに感謝してほしいくらいです」


 もはやジャンに皮肉や回りくどい表現が本気で通じないことがわかると、シルヴェスターはそれまでの悩みをバカバカしく思えた。

 それ故に、シルヴェスターも明け透けに本心をジャンへと語って聞かせた。その内容はそれまでの会話の雰囲気と異なり、彼の表情も苦笑いが貼り付いている。そのため、ジャンは急に落ち着いたように真顔になると、端的に尋ねて椅子に戻った。その小動物のような動きに再び苦笑いを作ると、シルヴェスターは更に続けて己の意思をはなすのであった。


「何より、女王陛下は義によって戦う御方です。陛下の気高き意思に泥を塗るようなことはできません。貴方だって、己の義は捨てられないでしょう?」


 シルヴェスターの最後の言葉は、彼なりの誠意を持って放たれた。その表情は少し前までの苦笑いを完全に払い、騎士としてのものになっていたのである。

 その貴族的かつ育ちの良いシルヴェスター・マッキントッシュという騎士を前に、同じ剣を振るう剣士であるジャンは僅かに奥歯を噛みしめると、己の腹に渦巻く劣等感を吐き出すように鼻から息を吐いた。

 その劣等感の排除の仕方がシルヴェスターの視線を疑念のものに変えてしまうと、ジャンは戸惑いながらなんとか口を開こうとした。そのとき、彼の脳裏に1人の男が浮かんだのである。


「"魔族と繋がったなんだ"はともかく、何も話さえ聞かずに女1人にこれだけの人数で襲いかかるのが嫌なだけだ」


 自身の宿敵のような突き放して不貞腐れるような言い方をしたことに、ジャンは眉をひそめて苦い顔をした。その彼の言葉にシルヴェスターはジャンの気難しさを理解して頷いた。


「そういう思考の人が、わざわざ人を提案へ誘いに来ますかね?」


 ガリアと関係の良くないブリタニアの騎士ながら、シルヴェスターはジャンの行動や発言に悪感情を持てなかった。それ故に、彼はジャンの言葉を不思議と真実と受け止め、子供っぽさが残りながらも己の信条のはっきりしているジャンを信じようと思い呟いたのである。


「いいですよ、その提案に乗りましょう。僕も嫌だったんですよ、紳士として淑女相手へ暴力で解決を図ろうなんて」


「お前が思ったよりクソでよかったよ」


「歪んだ褒め言葉として受け取っておきますよ」


 シルヴェスターははっきりとジャンの提案に乗った。その表情は曇りなく、気持ちよく冗談を言った程である。

 その内容は良くも悪くもジャンの表情に笑みをもたらし、彼が笑って悪態をつくと、シルヴェスターもそれに返した。彼の言葉を聞ききったジャンは少し頷くとテーブルに手を突いて立ち上がり、部屋を去るために廊下へ向かおうとした。


「そんじゃ……」


「あっ、ジャンさん。もしかして他の人にも言うつもりで?」


「そりゃそうだ。"数人が居眠りしても、大きな仕事は進むもんだ"ってヴィ……ムカつく奴が言ってたからな」


 最後に一言残して去ろうとするジャンだったが、彼の背中にシルヴェスターの声がかかった。その声に、ジャンは半身を切って振り返り、軽口で答えようとした。その途中に宿敵の名前が出かかると、彼は慌てて名前を言い換えて説明をしたのである。

 だが、ジャンの言葉に聞いたシルヴェスターはそんなことを気にせずに少し顎に手を当てて考えた。


「なら、エスパルニアの人とあのお姫様……それに、ポルトァの人は誘わない方がいいですよ。"豚の耳"を作ることになる」


「"豚の耳"?」


「台無しってことです。エスパルニアの人はマクルーハン教聖堂派の人ですから司祭さんには従うでしょうし、あのお姫様には言っても無駄でしょうし」


 少し考えたシルヴェスターの助言は、ブリタニア語特有の言い回しでジャンを困惑させた。それでも、シルヴェスターの説明にジャンは己の思考とも合致していると言いたげに何度も頷いたのだった。


「じゃあ、ポルトァのクソガキは?」


「"パセリ"だからですよ」


「"パセリ"?」


「口だけの相手に道理は通じませんから」


 だが、ジャンにはブリタニア語独特な言い回しは最後まで理解できなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえばですけど「親衛隊は敵地を進む」とかって出てましたっけ?
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