第6幕-3
内戦期のガルツ帝国北部では、マヌエラやレナートゥスによって起こされた産業革命によって、機械工場が産声を上げた。その産声と共に生産されて戦地へと矢継ぎ早に送られる兵器目の当たりにすると、北部の大商人達は一斉に北方地域に工場の建設と製造機器の発注を執り行い始めた。
その産業革命の中で大陸西方で輸送網が発展してゆくと、多くの大商人達や職人達もその革命の余波を受けたのである。それまでの生産の質と量を破壊する生産性に物価の崩壊を巻き起こしかけた帝国だったが、その中で一部の大商人は、職にあぶれかけた鍛冶職人達を抱き込み製造機器自体の製造方法を会得した。
更に、大商人達は内戦の混乱で職を失った人々を山のように雇い入れると、西方地域の一大開拓に取り掛かった。
もとより、帝国西方にはヴェスターヴァルトなどの広大な山林など土地が残されていた。それは土地を保有する貴族にも都市開発を行うほどの資金も余力もなかったことによる事実上の放棄にも等しい状況だったのである。その捨てられた広大な密林は内戦によりほぼタダに近い値段で叩き売られていた。そこに大商人達は目をつけ、マヌエラ達が居る技術の最先端であっても、土地代が高く資源の少ない北方地域ではなく密林開拓に資金がかかっても先行投資として西方地域を一大産業地帯化したのであった。
「その先駆けがS&A社であり、この妙案を呈したのがこの私であるネーポムク・シンデルマイサーです」
無数の白煙を上げる煙突とその下に張り巡らされたパイプがまるで灰と銀色の海のようにうねる広大な工場の中をシンデルマイサーの小柄な体躯が先導していた。
シンデルマイサーはその緑色の肌に老化のシワを刻み、頭頂部には地肌が見えていた。だが、そのシワだらけの肌にはきちんとクリームが塗られ、残り少ない髪にはポマードが塗られ綺麗にセットされていたのである。更に頭頂部の地肌にまできちんとクリームが塗られていると、彼の先導に続くハルにはまるで老化さえもオシャレとして楽しもうとしているふうに見えた。
それを裏付けるように、シンデルマイサーが身に纏う漆黒のスーツは彼自身の持ち味を目立たせるようにできるだけ目立たないデザインをしていた。その上で、生地が王族さえも滅多に着れない程の仕立ての良いものと気づくと、ハルは目の前を歩く女の自分より遥かに背の低く見っともない姿の筈のシンデルマイサーに異様な圧を感じるのだった。
「なる…ほど?"それで、何故わざわざ社長様が工場見学の解説をしてくださるのですか?"」
「えぇ、総統からのご依頼があったというのです。うちの社員はみな有能ですが、礼節は尽くすべきですので」
シンデルマイサーの異様な雰囲気と金属やコンクリートの海のような工場がモーターや発動機などの機械によって響かせる重低音の威圧に、ハルは完全に呑み込まれていた。彼女が知っているもの造りの場といえば、巨大な釜を前に燃料や炎の魔術を焚べる屈強な男達が赤熱した金属の塊を鎚や鋸、杭や魔術を以て汗水垂らして作業をする人の息がする場所であった。
だが、ハルの目の前に広がる工場というもの造りの場は、人の息というものが全く感じられなかった。まるで彼女にはその工場が配管という無機質な血管を持つ鉄塊の生き物が溶鉱炉という心臓の音を上げながら呻いてるようにさえ思わせていた。
そのためにシンデルマイサーの話を右から左に受け流してしまったハルは、何故か湧き出る冷や汗とともに気のない返事をしてしまった。その瞬間に彼女が背負う細長いポスターケースの中にしまわれた聖剣が彼女の脳裏にそれまでの話を一気に流し、ハルに変わってシンデルマイサーへと会話を始めた。その一言にシンデルマイサーはしたり顔を浮かべると右手の人差し指を指揮棒のように振りながら説明し始めた。
しかし、シンデルマイサーの説明は聖剣以外まともに聞いておらず、ハルに化けて会話をする聖剣の話口調を前にした全員が、ハルへと一斉に視線を集中させた。その目の見張り方は露骨であり、多少なりともネーデルリア三重王国の第2王女であり剣聖として社交界に顔を出したことのある彼女は口をへの字に曲げるのだった。
「"私には、貴社の商品を優遇させる権利も発言もできませんよ?"ちょっと、聖剣!……"こういうのは任せろって……"」
「営業とは、地道な努力の積み重ねです。打算だけで企業は成り立たず、場当たり的では経済が成り立たないのと同じですよ」
「"私達への対応も、その“地道な努力”の一環と?"」
「少なくとも、"総統が多くの護衛を付けさせる程の客人を護衛の方も含めて全力で饗す程度の余裕がある"と示せますからな」
「"なるほど"」
への字に曲げたハルの口元を聖剣が無理やり解いてシンデルマイサーのしたり顔でした説明に尋ねかけようとすると、彼女は聖剣同様に無理やり顔と口の使用権を奪い取る会話に参加しようとした。
しかし、聖剣はハルをまるで駄々をこねる子供のように止めると、声を荒らげようとした彼女の口を必死に止めた。その聖剣の努力のおかげか、ハルの声はちょうど工場から響いた短いサイレンの音で掻き消され、何も気づかないシンデルマイサーは話を続けた。その話の内容にいよいよハルが脳内で浮かべた疑問やハテナが顔に出かかると、聖剣は彼の話を解りやすく噛み砕いて脳内のハルに説明しつつシンデルマイサーと会話を続けたのである。
そのシンデルマイサーの回りくどい説明を会話しつつ噛み砕いて政治や経済への理解力が乏しいハルへ視覚的に説明していた聖剣だったが、話題に巻き込まれた護衛達に視線を向けると笑いながら視線で圧を送った。
その視線を受けた護衛達は、聖剣から求められたハルへの説明への時間稼ぎを階級序列の下から上へとたらい回しにしたのである。
「"なるほど"って言われても、一介の空軍大尉には何もできないよ。そういうのは統合国防本部の少佐殿に言ってくれ」
「ちょっと、そういう企業との癒着関係は…」
その聖剣の要請に護衛として同行していたパトリツィア一行は、ほぼ即座に隊長を矢面に立たせた。
部下達やハルの顔を借りた聖剣、楽しげに話すシンデルマイサーのしたり顔を前にしたパトリツィアは、疲れた顔で肩をすくめると右へ倣うように即座に軽口と共に話題を隣に立つズザネへと放り投げたのである。そのパトリツィアの不意を突く対応を前に羽角を上げる彼女は、一瞬だけ胸元で手を忙しなく動かすと直ぐにその手を下に払い、落ち着きを見せようと掛けていたメガネの位置を直しながら毅然とした態度を作りつつ言葉を紡いだのだった。
そのおおよそ士官や高級将校、貴族とは思えないズザネの反応にその場の軍属全員が肩を落としたが、聖剣は小さく頷いて見せ、シンデルマイサーは腕を組んで大きく頷いた。
「冗談ですよ、オイゲン様。私も、わざわざ法を破るかもしれない博打を打つ気はないですよ」
「ハハハ…それは…よかった…」
たった1人で勝手に盛り上がるシンデルマイサーが楽しげに語りつつ再び前へと進むと、ズザネは周りから突き刺さる視線を前に肩を落とし乾いた笑い声と虚しい独り言を呟いた。
ズザネが1人落ち込む間もシンデルマイサーの先導でハルのS&A社の工場見学は続き、一行はようやく工場の内部へと足を踏み入れた。
最初にハル達が入った工場のエントランスは、外観の無骨な鉄とコンクリートの海とは異なり白い白磁のような壁とガラスの多用された空間となっていた。まるでホテルのエントランスとも思えそうなその内装に、ハル達全員は外装とのギャップを感じて辺をもの珍しそうに眺めた。
だが、ハルの顔を借りた聖剣だけはその内装に目もくれず、受付窓口にて更に奥へと案内する準備をするシンデルマイサーだけを見つめたのだった。
「"“Image戦略”、つまり“企業の良い印象こそ商品が売れる要因”ということですか?"」
「ほう、ブリタニア語ですかな?そうですな、つまり"ブランド化"と"名前から連想される企業への好感"は、顧客が製品の足らない性能について目を瞑ってくださるきっかけに繋がりますからな」
「"”それが企業ってもの“と言いたくなりますね"」
「商売とはそういうものです」
準備の整ったシンデルマイサーがエントランスから更に工場の内部へと案内を始めたとき、聖剣は辺を見回しながら彼へと尋ねかけた。彼の語り口からシンデルマイサーの経営者としての気取り方に合わせて、聖剣は敢えてブリタニア語を混ぜた言葉を紡いだ。
当然ながらにその言葉はズザネ達に驚きと困惑、危機感の視線を集めた。
しかし、さながら知識のある記者のような尋ね方をする聖剣のその質問を受けたシンデルマイサーは、ブリタニア語の部分で何かを感じ取るようなこともなく、むしろ若干楽しげに持論を聖剣へと説明し始めたのである。
彼の持論を聞いた聖剣は更に軽口のような一言を付け加え、シンデルマイサーは気をよくして軽口で返してみせた。その2人の会話は、シンデルマイサーという人間の機転の良さと社長としての誇り、何よりも強い商売人根性を聖剣に理解させた。
だが、聖剣が話せば話す程に面白くなくなるのはハルであり、彼に顔と口を貸して話の内容まで脳内でわかりやすく説明されると、彼女はいよいよ出番が欲しくなっていったのだった。
「聖剣、なんでそんなに積極的に前に出てくるの?"ネーデルリアに企業って概念はなかったろう?あっても鍛冶組合だの漁業協同組合だの程度だ"なら、あなたはこの小難しいのがわかるっていうの?"そりゃ…いや、上手くやれてるだろ?お前も飯や娯楽だけじゃなく新聞とか本を読めよ"なっ、何よ…」
普段黙ってばかりで皮肉やちゃちゃを時々加える聖剣が妙に前へと出てくる現状に、ハルはわざわざ自分の口を使って彼に自分の存在を主張しながら疑問を呈した。
だが、聖剣はハルの言葉を受けても遠回しな皮肉で彼女を下がらせようとした。それでハルは食い下がり、彼へと吹っかけるように文句をつけてみた。その文句に聖剣は普段の会話通り即座に反論をつけようとした。
だが、露骨に言葉を濁して誤魔化す聖剣に、ハルは彼から仄暗い悲しさのような感覚を覚えた。その感覚を前にすると、ハルはそれ以上彼に突っかかることが出来なかった。
「ハルさん、どうかなさいましたか?」
「いえ!このっ…むぐっ!」
そんな2人の小声の喧嘩を少しだけ不気味そうな視線を向けるも心配そうにするシンデルマイサーを前にして、ハルは慌てて誤魔化そうと口を開き、聖剣はその開いた口諸共に彼女の言葉を片手で抑え込んだ。
しかし、その明らかに不審な行動を前にしてシンデルマイサーはその顔の表情を心配するもののままにその目に疑念を浮かべた。
「気分が悪くなられましたか?やはりその荷物、今からでもお預かり…」
「"大丈夫です!総統閣下から”常に身の安全を確保せよ“と強く言われています。そのために必要なものとご理解下さい"」
シンデルマイサーの表情と優しげな言葉だったが、彼が少しずつ自分達の存在について怪しみ始めたことに聖剣は気づいた。更に彼はシンデルマイサーの視線が無駄に目立つポスターケースへ向いていることに気づくと、自身とハルが引き剥がされるという危機をなんとか回避しようとした。
その瞬間にハルの脳裏にカイムの姿がよぎったことで、聖剣は思わず"総統の名前を出す"というリスクのある発言をした。軍人の護衛があるとは言えど、"総統と直接話せるような立場にありながら妙に無知である"ということは、商売であるシンデルマイサーにむしろさらなる怪しさを感じさせてしまった。
その結果、聖剣の博打が裏目に出て、シンデルマイサーがハルへと向ける視線の疑念は更に強くなってしまった。
「シンデルマイサー様、この品は国防省に関係するものです。ハルさんもこうおっしゃっていますので」
「総統閣下から…それは失礼しました、オイゲン少佐」
シンデルマイサーからの刺すような視線を前にして頬を引き攣らせて困る聖剣は、返す言葉に迷った。そこに助け舟を出したのは後ろで状況を伺っていたズザネであり、襟を正す彼女の毅然とした態度はそれまでのコミカルなものとは異なり、帝国軍の士官としての冷たい雰囲気が滲み出していた。
そんなズザネが含みのある言葉を口元を片手で隠した呟きと冷たいその表情から、シンデルマイサーは目の前のハルよりも彼女が肩に背負うポスターケースに視線を向けた。その瞬間に聖剣が表情をハルへと返し、彼女は露骨に戸惑った表情を浮かべた。
そのハルの表情からシンデルマイサーは彼女とポスターケースの中身、ズザネの対応から一瞬驚きの表情を浮かべると、その額に湧いた汗を拭い深々と頭を下げつつ謝罪の言葉と共に先を急いだ。
その逃げるようなシンデルマイサーの態度に肩を竦めて呆れる態度を示すズザネだったが、彼のそのなんとしても生き残ろうとする逞しさを知るパトリツィア達は懐かしそうに彼の背中を眺め、ハルへ顔を借りた聖剣は先に進む彼の背中を追った。
「"それにしても、S&A社は大きな会社なのですね?ここに来るまでに多くの工場を見てきましたが、やはり産業が主体なのですか?"」
「まぁ、たしかに産業は強いですな。見ての通り、嘗て"北方が産業基盤"と言われていたのを"西方大産業地帯"とまで言わせたのは我社の功績あってこそでしょうな」
「"兵器産業でしたか?"」
「その印象が強いでしょうが、我社は"綿棒から飛行戦艦まで作る工場に、店員から社長まで派遣できる人材"が売りですよ」
エントランス同様にどこまでも壁が白い廊下に輝かしい明かりから少しだけ目を細める聖剣は、工場の製造区画までの静かで長い廊下に耐えられずシンデルマイサーに疑問を尋ねかけた。その口調は少し前までの雰囲気と異なる丁寧なものであった。
その落差のある聖剣の態度に変わらず丁寧な対応で説明をするシンデルマイサーだったが、その表情は変わらず眉をひそめていた。
それでも、シンデルマイサーの説明に会話を続けようとする聖剣の態度へある程度の歩み寄りを見せようとする彼は、廊下の先に見える通路の扉を見つめながら変わらぬ説明口調で答えるのだった。
その会話から少なからずシンデルマイサーから疑念からくる敵意のようなものを聖剣が感じなくなった頃に、彼らは廊下の奥にある工場区画への扉の前に着いた。そこにはまるで空港入り口の手荷物検査場のように警備員が各種装置の前で待機していた。
そんな警備員達にシンデルマイサーが軽く手を上げ挨拶すると、代表の彼が立入りのためのタッチパネルやキーカード等の操作を行い、ハル達は遂に扉の奥へと足を踏み入れたのだった。
「おお…凄いな!」
「あっ、ジーグルーン!あれ!」
「うわぁ…STG-36があんなに並んで…」
シンデルマイサーに連れられ聖剣達が足を踏み入れた工場は、護衛の面子に驚きの声を挙げさせ、聖剣とハルから言葉を奪った。そこには、彼女達が知るもの造りの場はなかった。
巨大な機械からカーペットさえも凌駕する大きさの鉄板が数秒間隔で巨大なベルトコンベアに吐き出され、製造レーンは鉄板の列が作られていた。その鉄板の列は同様に巨大なプレス機に呑み込まれ、数十秒後には直線的な形を作る自動小銃の外殻が形造られていたのである。
そのプレスされた鉄板は再びベルトコンベアに流されると、その金属板を無数のロボットアームが覆いかぶさった。そのロボットアームは金属板に無数の火花と煙を挙げさせると、いつしかベルトコンベアの上には切り抜かれたパーツが無数に並んでいた。その焼き出した金属板は端から端まで無駄なくパーツが焼き出され、まるで蜂の巣のようになっていた。その鉄板はベルトコンベア横に待機していた工場作業員によって回収されると、台車に載せられ再び溶鉱炉へと運び去られた。
その間にもパーツは無数に生産され、ベルトコンベアからロボットアームが部品ごとに別のレーンへ分けると、レーンごとに列をなす職人達がロボットアームだけでは処理できない細かいバリや歪みを一瞬で処理して再びレーンへと流していった。
工場の製造レーンはそれだけではなく、プレス工法が行われる区画の奥では、巨大な金属の塊が旋盤やフライス盤へと運び込まれていた。その旋盤にはオークからゴブリン、トロールや獣人など様々な種族の職人が鉄塊を1つの部品へと作り変えていたのである。
それらの部品達や更に別区画で作られたであろう樹脂製パーツがロボットアームや人の手で組み上げられると、最後には1丁の自動小銃へと形作られていった。その直線的かつ近未来的なデザインの銃は矢継ぎ早に銃架に収められると、まるで兵士の隊列のように所狭しと並べられ、出荷の時を待っているのであった。
「これだけの武器が…」
「このヴェルデンドルフ工場であのSTG-36でしたら、1日4万丁程は生産してますね」
「"当然、他の武器も生産しているのでしょう?"」
「もちろんですとも、そうでなければ企業としてやっていけないですからね。需要に供給で応えなければ、収入も生産拡大もできませんから」
もはや視界に収まりきらない工場区画の様々な生産装置や職人達の作業、出荷のために運ばれる銃を何度も見返す聖剣は唖然とし、ハルから思わず出た呟きさえ止めなかった。
その簡単の声に気を良くしたシンデルマイサーは、パーツが組み立てられ銃架に載せられる商品達を自慢気に説明した。その最中も彼の存在に気づいた従業員達の礼にシンデルマイサーは片手を上げて答えると、銃架に並んだ商品を指差して親指を力強く立てたのである。
シンデルマイサーと従業員達の親しげなやり取りは、良くも悪くも鍛冶職人達の集まりであり明確な階級のある鍛冶組合しか知らないハルには共感出来ても即座に納得できるものではなかった。その驚きによる彼女の沈黙から聖剣がハルの口でシンデルマイサーに尋ねかけたのである。その内容にハルは目を見張りかけたが、聖剣に全てを任せようと直ぐに引っ込んだ。
ハルが内側に退散する間にもシンデルマイサーはしたり顔で説明を始めると、彼は全員を更に工場の奥へと案内した。その道中も彼らの歩く通路からは工場がみえ、筒状の円筒や前腕ほどの長さの砲弾、銃弾に巨大な部品が数々と作られては運び出される光景が広がっていたのである。
その製造レーンにも驚くハルと聖剣だったが、彼らに説明することなく進むシンデルマイサーに彼らはついて行くと、再び検査場のような場所が広がっていた。
だが、その検査場は前に通ったものとは比べ物にならない程に人員や機材に溢れ、ゲート型の金属探知機やX線荷物検査装置に銃型スタンガンを持つ警備員さえいるほどであった。
さながら空港の保安検査場のような厳重警備であったが、その警備もシンデルマイサー1人の存在によってこれといった検査もされることなくハル達は先に進んだ。その検査場の先にはこれまでとは一際異なる巨大な扉があった。その扉が重たい音を立てて左右にスライドして開かれると、その隙間から響いてくる轟音と明かりにハルは思わず目元を片手で隠した。
「こっ…これは…"”ゴーレム“とか”ナイト・フレーム“とも違うぞ"」
「うわっ、"クチバシ頭"の群れだ」
「バカ、SAP-11aフリュムだ!」
手の隙間から見えた光景は、ハルの思考を停止させた。そこには無数のロボットが所狭しと並べられていたのである。殆どの機体はクレーンやワイヤー、骨組構造の足場に囲われて最終組み立てや調整が行われていたが、その奥では部位ごとの組み立てを着々と進める作業員達の姿が見えた。
クレーンやワイヤーで固定されたその|装甲兵〈パンツァー・リッター〉である角張った中世騎士の鎧の様な装甲配置に反した細身な機体であるクチバシ頭をしたフリュムが数えられないほどに並ぶ光景は、似たような兵器を過去に数回見たことのあった筈のハルでさえ何も言えなくなった。
少しだけ言葉を発したハルの記憶から聖剣が似たようなヒト族の兵器の名前をいくつか上げて見るも、"巨大な魔獣に対抗する為だけに作られ戦争に流用された全高6m程度魔石製の鈍足な機械人形"や"人間大の強化服のようなもの"ものとは明らかに異なる目の前のもは聖剣さえも驚愕させたのである。
しかし、驚くハルと聖剣の隣で彼女達同様に装甲兵の製造レーンを見るパトリツィア達の驚き方は、"観光で珍しいものを見た"程度のものでしかなかった。組み立てられる機体を顔をしかめて見るパトリツィアやタピタの瞳は明らかに軍人としてのものであり、アルマが能天気な軽口に慌てて訂正するジーグルーンの姿に至っては明らかに観光である。
その"目の前の巨大な人型兵器"が日常の一部となって存在が当たり前と認識されていることに、ハルの顔を借りた聖剣さえも、開いた口が塞がらなかった。
「今、我社が特に力を入れている|装甲兵〈パンツァー・リッター〉、その最新型ですよ。戦車や戦闘機は競合他社が多い中、この分野はまだ開拓の余地がありますからな」
「"競合他社ですか?"」
「戦車や戦闘機は多くの企業が生産を得ようとするものです。その競争の中で技術力や、それこそブランドの力で大企業が共同で新型を開発する訳です。車体関係ではゲデルトルート社やレーベル社、砲関係ではパイゼン社やチロルメタル社など片手では数え切れない。航空機産業なんてホフマイスター社やシュトルム・ヴィットナー社と昆虫族とて足の指を加えても数えきれない訳ですよ」
半開きになった口をそのままにした聖剣と動かせる手を使って視界の中の装甲兵の数を数えるハルの姿を単純に驚いていると感じたのか、シンデルマイサーは胸を張り頬を赤くしながらに目の前の製造レーンについて力説し始めた。その内容は装甲兵の巨大な製造レーンで生産をしている戦略から始まった。
その解説に思わず反射的に単語を聖剣が呟くと、目を輝かせたシンデルマイサーはわざわざハルと聖剣へ振り返り、広げた片手で若干早口になりながら己の見識を披露し始めたのである。その姿は清々しく瞳は少年のように輝いていたが、パトリツィア達は姿に圧倒され、脳内のハルは山程流れる知らない会社の名前を前に目を回した。
それでも、聖剣はシンデルマイサーの説明したい内容をある程度まで察するとその見識と戦略性に片手で顎を撫でながら感心して頷くのだった。
「"今のうちから先駆者になって、市場を独占したいと?"」
「そんなことをすれば独占禁止法に引っかかりますよ。しかし…」
「"商売人としての野心ですかな?"」
「わかってらっしゃる」
聖剣の感心した反応と先読みの一言はシンデルマイサーに鼻頭を掻かせて見学コースの先へと歩ませた。
しかし、シンデルマイサーはその一言を不快には思っておらず、歩む彼の背中からは薄ら笑いを感じさせる声が響いた。その内容や声音から聖剣が敢えて先を読んで一言尋ねると、シンデルマイサーは半身で振り返り彼へ不敵に笑って呟いたのだった。
「"それで、このS&A社の1日の生産はこの帝国の戦力で例えるとどれくらいなんですか?"」
「そうですなぁ…私は軍人でなければ軍事趣味もそこそこですので…」
「それで構いませんので」
「ん~…」
巨大なケージのような作業場から完成した機体が出荷のために製造レーンから建物の外へと同様に巨大なトラックで運ばれる光景を前にした聖剣は、明らかに過剰と思える製品の出荷量を前するとシンデルマイサーに最も知りたかったことを尋ねた。その内容はシンデルマイサーへ眉間にシワを作らせながら彼を唸らせつつ腕を組ませた。
そんなシンデルマイサーの上擦ったはぐらかそうとする言葉も、ハルの顔を借りた聖剣の鋭い真剣な眼差しと揺れ動くことのないはっきりとした言葉を前にすると薄い知識を必死に捻り出そうとする唸りに変わったのである。
「歩兵装備だけなら、"兵士が毎日3万人増えたとしても完全装備にしてあげられる程度"、"3個師団を1ヶ月もたせる弾薬"ですかな?」
「"それは、この工場だけの話ですか?"」
「そりゃもちろん、廃棄の弾薬や古くなった装備の交換もあるのでしょうから、それに応えるためには当然ながらもっと生産がいる訳です。ここ以外にもウチの工場はもっとありますし、下請け業者や生産許可を出した他会社の工場も含めれば、0をいくらつけても生産量は足りないくらいですよ」
そして、シンデルマイサーから出た回答への反応に聖剣は困った。それは、一工場の生産量自体が異様ということでなく、帝国軍が必要とする装備の量が多すぎるということへの驚愕からだった。
既にハルが脳内にて知り得た情報に反応することさえも止めて事実を受け止めるようになってしまうと、聖剣は圧倒的な軍事力を持つ帝国軍との戦力差への救いを求めて最後のつもりで尋ねたのである。
しかし、その疑問に帰って来たシンデルマイサーの答えは、聖剣やハルの知る軍隊の戦力維持とは次元が完全に異なっていた。
「他の企業も…ということですか?」
「他の企業ですか…まぁ、ウチは人材派遣などと業種を多岐に渡らせましたからね。ゲデルトルートや発動機のトラウトナーは大企業ながらに敢えて業種を特化させてますから、ウチは中堅程度ですよ」
「これで…中堅…」
「でなければ、何千万も兵員を持つ国防軍を維持するなと出来ないでしょう。それくらいはわかることです」
もはやハルの知ってい大国さえも軽く超越している帝国軍の戦力を前にして、彼女はようやく口を開いた。
だが、飛躍し過ぎた話を前にしてようやく口を開いたハルが尋ねたぎこちない言葉へ返されたのは、もうどうにも出来ないほどの生産力の差であった。その事実にオウム返しにハルが半笑いして呟いても、シンデルマイサーの真面目な返答が冗談ではないことを主張するのだった。
「ハハハ…"本当に…"」
まだ続いていたシンデルマイサーの説明も、ハルと聖剣には届かなかった。彼女達は帝国での生活に順応しつつあったが、その生活は膨大な生産力の裏付けがあってこそなせる技である。
その生活の基盤となる生産能力は当然軍需産業に直結しており、その盤石な生産能力をまざまざと見せつけられたハルと聖剣は笑うしかなかった。
そんなハル達が装甲兵の製造レーンを呆然と眺めていると、いつしか彼女はシンデルマイサーの先導から離されていた。それをパトリツィアが彼女の肩を叩いて気づかせ、一行は急いでシンデルマイサーの小さい背中を追った。
「本当に西方工業地帯は凄いですね、ハルさん!他の工場見学も出来るんだから、楽しみですね!私、ゾンダー社のゲーム機の工場見学、してみたかったんですよ!」
「民需工場だけじゃないあたり、総統も太っ腹だよね」
「笑える…"な?"」
工場の製造レーンを見て1人盛り上がるジーグルーンの声やタピタの言葉に、ハルと聖剣は笑って軽口を言い合うことしかできなかった。
数日後、工場見学で携帯ゲーム機を貰ったハルは、見切りの熟練された"太刀使い"となっていたのだった。




