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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
302/325

幕間

趣味で書いているので温かい目で見てね。

 その女は愛に飢えていた。

 と言っても、女は孤独という訳ではなかった。むしろ、彼女は孤独とは正反対な立場や生い立ちをしていた。

 女は一国の第一女王としてその生を受けた。生まれたての赤子の頃から、彼女の周りには老若男女様々な人種の人間が常に寄り添い、彼女の生活を支えていた。朝起きるときも食事をするときも、あらゆる場面で多くの者達が笑顔と忠義の愛を彼女に向けていた。

 そんな女は、成長するに連れて美しい美貌を見せ始めた。母親譲りのその美貌は幼い頃から多くの貴族や高貴な者たちから羨望と憧れの愛を受け、年頃にもなると恋に焦がれる多くの男たちがまるで華に群がる虫のように鬱陶しいとさえ思えるほどであった。

 さらに、女は魔術士としての才能にも溢れていた。彼女の母親は魔導師であった。魔導とは、空気中のマナを自身の中にある魔力をもって操作し外界へと干渉する技術であったが、魔術は自身の魔力で外界へと干渉するため生まれつきの才能も関わってくる狭き門であった。そんな魔術士の中でも高位の魔術を行使できる彼女は、その生まれもあって貴族や民草全てから羨望や憧れ、様々な愛を受けていた。


「Waarom…mijn vader…《どうして…父上は…》」


 だが、その女が愛に飢えて孤独を感じるのかと言うのは、父親の愛がなかったことにあった。さらに正確に言うとすれば、彼女は親からの愛に飢えていた。

 女は両方の家系の祖父母は既に他界し、母親は彼女を産んでから程なく流行り病に倒れた。その後は流れるように息を引き取り、彼女の親は父親のみとなった。

 たった一人の父親は一国の王であり、女はその国の王女であった。だからこそ、女は他の子供より遥かに達観した感性と知性、立ち振舞を覚え、国の象徴にして権力者の子として最大限に振る舞った。彼女はそれが父親からの愛を受けるための最大の方法と考えたからであった。


「Maar…mijn vader is gewoon die vrouw…《なのに…父上はあの女ばかり…》」


 だが、どれだけ貴族達を自分の勢力に引き入れ、多くの資産家との人脈を作り、自身の才能を高めても、女の父親は全く彼女に愛を向けなかった。

 それでも、彼女は構わないと思っていた。女は、父親が自分の話を聞いてくれるのが嬉しかった。たとえ書類を確認すると片手間であっても、食事の合間の適当な相槌であっても、彼女は父親が自分の話を聞いてその記憶の片隅にその事実を納めてくれることが嬉しかったのだった。

 女は、損得勘定や地位や名誉、義務や世の様々なしがらみに囚われない愛を欲し、心の孤独を恐れ続けたのだった。


「Die vrouw…mijn zus…berooft me gewoon…altijd, altijd…《あの女は…妹は…私から奪ってゆくだけ…何時も、何時も…》」


 だからこそ、女はこの世でたった一人憎い人間がいた。それが彼女の妹であった。その妹は腹違いの妹であり、女が6歳になって初めて知ったことだった。

 女にとっての始めての血を分けた家族と彼女は思えた。

 だが、女はその存在を知ったとき、その妹を憎んだ。彼女が妹の存在を知ったのは、父親の執務室に忍び込みこっそりと父親のことを知ろうとしたときであった。父親の喜ぶ顔、自分を愛する顔を見たいために忍び込んだその部屋で、王家直属の諜報員からの手紙を見つけた彼女はその内容から己の孤独が消え去ると思えた。たとえ王家に仕えていた弱小貴族のメイドの女、つまりは妾が産んだ子であっても、女にとっては父親以外の血の繋がりである。

 だが、その後に覗いた執務室にてその手紙を愛おしそうに眺める父親の姿に、女は父親の愛を感じた。

 自分の父親が産まれたばかりの顔も知らず名前も付けられない、触れることもできない赤子の妹に溢れんばかりの親の愛、無償の愛を向けるのに、他の貴族の子や資本家達の子より遥かに努力を続ける高みに昇る自身へは愛が向けられないという事実は、女の心を激しく傷つけ、そして彼女の孤独を掻き立てた。

 それ故に女はさらに努力した。6歳も離れた妹に後れを取るわけにはいかないと努力し、女は国は疎か周辺諸国との繋がりを持ち、世界有数の魔術士になった。

 だが、その間にも女の妹はいつの間にか王家の末席に加わっていた。

 女は必死に妹を排除しようとした。父親に愛されるべきは自身であると。親の愛は正統に産まれた自身にあると信じ、埋まらない孤独感から必死に逃れ、目の前に見えるも届かない父親の愛へ必死に手を伸ばすように、彼女は一人苦悩し続けた。

 しかし、女の妹はいつしか聖剣を持ち、剣士として軍人になる道へと向かった。それは女にとっての朗報に思えた。王家の末席とはいえ軍人ともなれは、産まれの知れず親の死体と家畜の死骸に塗れていた女の処遇は手にとるように解った。

 女は妹は適当な国境紛争か魔獣退治で戦死するだろうと思っていた。それだけ、彼女は妹のことを弱い存在と思っていた。痩せ細った体躯に常に震える体、言葉も辿々しく話しまとものな人間と思えないその姿から、最初に妹に会ってから女は妹に会おうとしなかった。

 だからこそ、聖剣を持ってからの妹の激変に女は気付かず、彼女の予想と反して妹は多大な戦果を上げた。

 小柄に幼い姿で自分より遥かに大きな聖剣を振るい、大の大人を何人も叩き潰してきた魔獣を倒すその活躍は王国中に広がった。その活躍から、女の妹はいつしか"剣聖"と呼ばれた。

 女は妹を憎んだ。

 だが、それは決してその活躍が羨ましい訳ではなかった。剣聖は王家の末席にありながら街の彼方此方を歩き回り、時には民草の子と遊び回り、訳もわからぬ屋台通りを食べ歩き、街のガキ大将達と喧嘩やイタズラばかりに明け暮れていた。おおよそ王家の人間としてあるまじき姿だったが、その類稀なる能力と姉に劣らぬ美しさ、何よりその気取らぬ態度や歯に衣着せぬ物言いや庶民そのものな価値観は多くの国民を魅了した。その勢いは社交界にも広がり、いつしか女は妹の影に隠れてしまった。

 それでも女はそんな些細なことには構わなかった。女にとって国民も社交界もどうでも良かった。女にとって欲しかったのは父親からの無償の愛だった。

 だが、それが自分の目の前ではっきりと奪われたとき、女は妹を心から憎んだ。勲章を妹の身に付け、剣聖の称号を与えガリアの軍学校へ留学を命ずる父親の愛が溢れながらも必死に隠す父親の姿と、その愛に気付かず悲しげでよそよそしい態度を取る妹の姿は輝かしかった。

 何年も努力し続けて得られなかったものを妹は一瞬で自分から掠め取っていった。そう思うたびに女の心は叩き砕かれ、彼女は嫉妬に心を燃やした。女の孤独はより一層掻き立てられ、社交界の世辞の言葉は彼女の腹の底を煮えたぎらせた。


「Daarom…zal die giftige vrouw…Hal je met mijn handen doden…だからこそ…あの毒婦は…ハルは私の手で殺してやる…」


 ポルトァ大公国のアルコニモス修道院の広大な大理石造りの礼拝堂にて、ティネケ・ファン・デル・ホルストは長椅子に座りながら祈るように手を組み俯いていた。ステンドグラスに天使が描かれ、天使や女神の彫刻がそこかしこに置かれる礼拝堂の中で祈る彼女の姿は、まるで多くの美術品の中にある彫刻の一つであるかのような美しさがあり、礼拝堂のあちこちで輝く蝋燭の明かりが彼女を柔らかく照らすのだった。

 と言っても、それは格好だけであり、ティネケはこれまでもハルとの確執を思い出していた。そのたびに彼女の心は逆撫でられたような苦痛と憎しみが湧き上がり、彼女の手は怒りに震える透き通るガラス細工のような肌の頬が上気するのだった。


「おいおい、自分の妹に向ける言葉とは思えないな、ティネケさんよ?」


「ガリアのジャンさんでしたか?女性の背後に音もなく立ったり、話し声に聞き耳を立てるとは随分と無礼なのですね」


 祈るように怨念をつのらせるティネケだったが、背後の席から突然流暢なブリタニア語で声をかけられると腹の底の怨念を隠し普段と変わらぬ湖のように静かで清らか表情に変わった。

 その語りかけた声の主であるジャンに、ティネケは座ったままの姿勢を崩さす、ただ静かに同じブリタニア語で語りかけた。その語り方はジャンが少し前まで聞いていた毒々しいオーラを放つ地の底から這うような声とは全く異なったものであった。

 そのため、もっと苛烈な怒り方をして口止めをしようとするかと思っていたジャンは、その聖女か何かのような口調に思わず寄りかかっていた背もたれから背を離して面食らった。その計り知れないティネケの茶髪の後頭部に得体のしれない何かを感じたジャンは、それまで考えていた皮肉交じりの批判の言葉を忘れしまい、恐れと不快感から口元を隠しつつ彼女から言われた言葉に沈黙で返すだけだった。


「失礼、王女様。俺は他の連中と違って血筋とかお産まれが尊くなくてな。俺は元を辿れば、村の牧人だ。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た」


「あら…ガリアの聖剣使い、白百合の8英雄も地に落ちたものね」


 暫く沈黙を続けたジャンは、ようやく話すことを纏めると脳裏にチラつく対抗意識を持つ友人の態度を思い出しながら少しだけ気取って話しかけてみた。すると、ジャンは不思議と目の前のティネケが得体の知れない存在という訳ではなく、自分の解らない境遇で歪んだだけの存在に思えたのだった。

 そんな少しだけ余裕が出てきたジャンの言葉にティネケがさらに皮肉を付け足すと、彼は尚のこと彼女のことが不思議と更に哀れに感じ取れた。


「けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感なつもりだよ」


 そのティネケに感じた哀れさから来る余裕から、ジャンは更に一言付け足したのだった。その一言から一瞬肩を震わせたティネケだったが、ゆっくりと席から立ち上がるとその場で身を捩らして後ろのジャンを見下ろした。その姿を目の前にしたジャンは、改めて目を見張ったのだった。


「あら?貴方は私が邪悪だと?」


 ティネケの表情は穏やかな笑みだった。絵画のような顔立ちに翠の瞳はまるで全てを受け入れるような穏やさを見せ、微笑みは慈愛に満ちて見えた。

 しかし、ジャンの視界にはティネケの背後には禍々しい黒い何かが見え隠れして見え、彼女の心の歪みからくる闇に恐ろしく言葉を忘れて見上げたのだった。


「失礼、私はもう戻ります。お祈りも終わりましたので」


「"妹殺しが上手く行きますように"ってか?」


「ええ、そうですよ」


 横長の座席から滑るようにして中央通路へと抜けたティネケは、まるで談笑でもしていたかのような気軽さと身振りでジャンへと着ていた白いイブニングドレスのスカートを摘んでお辞儀をしながら礼拝堂の大きな扉へと向かった。

 そんなティネケの姿を顔だけで追っていたジャンは、その後ろ姿にはっとして捨て台詞を吐いた。それでも、彼女はそんなジャンの即席の悪態にあっさりと答えながら扉へとゆっくりと歩みだした。

 そして、彼女の細腕では開けるのに一苦労しそうな大きな扉へ右手を軽く振ると、ティネケの前で扉はひとりでに開き始めた。

 その扉の隙間へとティネケが消え去り扉が閉まると、金属金具の鈍い音が響き渡る礼拝堂の中でジャンは長椅子の背もたれに腕さえ掛けて大きく寄りかかるのだった。


「Ah, Vivian…J'ai été impliqué dans une chose gênante…Aidez-moi sérieusement…《あぁ、ヴィヴィアン…俺、面倒なことに巻き込まれたわ…マジで助けてくれよ…》」


 礼拝堂で手を組み祈るジャンは、正面に見える神や女神、天使など気にせず己のたった一人の宿敵に助けを求めたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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