第5幕-5
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「カイムさん、貴方ってやっぱり格好だけじゃなかったんですね!」
「おかしいかい?」
「いいえ!」
デルンの鉄道から車に乗り換えたカイム達は、カイムの自宅と化している親衛隊本部を経由してハルの寝泊まりする帝国ホテルへと向かっていた。車に乗り換えるというのは数ヶ月前に立てられた元々のスケジュール通りであったが、その目的はハルの居住場所を特定されないための偽装も含まれていたのだった。
その車の中で市民の羨望や期待、希望や憧れといったおおよそカイムの心にとって重たい負荷から開放されると、彼は軽く疲労から吐息を漏らして襟のボタンを2つ外した。
張っていた肩肘を解いたカイムの雰囲気は電車内の姿とはおおよそ別人に思え、親近感を覚えたハルは彼へと楽しげに笑いながら話しかけた。そんなハルの姿は座席の上で胡座をかいて肩に聖剣を乗せる行儀の悪かったが、不思議と不快感を持たせない彼女の屈託のない笑みに彼は疲れの見える表情ながらも気さくに笑って肩をすくめつつ自分を小馬鹿にしてみせた。
笑みを浮かべるカイムの顔を見たハルは、その優しげな笑みにほんの少し掛かった暗さや辛さ、自分の笑みと違う大人びたような感覚を覚えると彼の言葉に大きく首を振って応えたのだった。
突然必死に自分の軽口程度の卑下の言葉を強く否定されたカイムは、一瞬不思議そうにしながら隣に座るハルへと顔を向けた。彼女は胡座の足の交差部に視線を落として言葉に迷うような戸惑った表情を浮かべていた。その表情から、彼は彼女が何かしら一日行動を共にして思うことがあったのだろうと敢えて話しかけず黙ったまま過ぎてゆく窓の外の夜の景色を見つめた。
「私、カサンドラさんから聞いたんです。その…総統がこの国でしたことや、その功績。そして…その代償や積み上げた戦災を」
暫くしてから静かに話し始めたハルの言葉は、車窓を眺めるカイムにとって深く突き刺さる言葉だった。
カイムは確かにこの帝国の統一や復興、発展に協力し先導してきた。その結果は彼が今見ている景色通り、街灯もなかった街にはガスの街灯どころか全て電気と機械で制御された電灯に信号機が溢れ、瓦礫だらけの街は摩天楼の眠らぬ街となった。住民も嘗ては、ボロ布のような服の下流階級や労働で精神を擦り切れさせた中流階級、そして仕事にも付けず道端で死に絶えてゆく子供たちに溢れていた。それも今となっては遥か過去の話となり、現在の帝国では浮浪者を見かけることさえ珍しくなっていた。
だが、その功績の裏には帝国統一の為の内線における不穏分子の粛清や政治工作、反乱分子の殲滅という同じ魔族同士に行うにしては非情な行動があった。カイムとしてもそれはやむを得ないと考え命じていたが、暴走する親衛隊の戦後の政治工作や非情すぎる反乱分子の残党狩りを止めることができなかった。結果的には戦後のアポロニアを中心とした帝国の政治中枢の再建が反乱分子粛清によって早く済むことになったが、国家の政治的流動性は完全に消失してしまった。
最終的にガルツ帝国を一部民主制を取り入れ資本主義的経済を取った歪な独裁国家にしたその功罪をハルの一言で改めて感じたカイムは、彼女の声に顔を向けることができなかった。それは己の無力さと情けなさから来る罪悪感からであり、彼はただ息を吐きつつ肩を落として街明かりを眺めるだけだった。
「私は何もしていないさ。ただ多くの人死を起こし、街を壊し、この国を人々の革新が消えてゆく体制へと作り変えた独裁者さ」
「"そういう奴が、“自責の念で悪夢に魘されるようになる“ってどうなんだよ"ちょっと、聖剣!"実際、そうだろ?私利私欲から望んで独裁をする奴はいるが、苦い顔してそんな格好をする奴はそうそういない"」
ハルの一言から暫くしてカイムが放った一言は、彼なりに自分を客観的に見た批判的なものだった。何より、自己嫌悪から来る自己否定は強く、その言葉を紡ぐたびに自分を恨んでいた多くの者達の憎しみの瞳や政治工作の為に散っていった無関係な者達の悲しむ表情が頭を過るのだった。
カイムの虚しそうな横顔は、窓ガラスの反射でハル達にも見えていた。その横顔にはハルの経験したことのないような壮絶な何かを感じた彼女は、何かしら話しかけようと口を開くも言葉が見つからず口を噤んだ。
だが、そんなハルを無視してカイムに話しかけたのは聖剣であった。彼はカイムへと慰める訳ではなく少し皮肉るように語りかけるとしたり顔で笑った。その馬鹿にするような態度にハルは慌てて彼を止めようとするも、聖剣は彼女の制止を気にせずにカイムへとズケズケと話しかけたのだった。
その明け透けな一言にカイムはハルの方を向くと、彼女の顔を借りた聖剣はただ黙って彼の瞳を覗き込んでいた。そんなハルの瞳を借りた聖剣は、まるでカイムを試すかのように見つめ続けていた。その視線を前にしたカイムは、彼の意志に応えて改めて言葉を選び直すのだった。
「確かに、私に自責の念が無いといえば嘘になる。だからこそ、贖罪としてまだこの地位にいるのかもしれないな。多くのものを壊し、殺してこの国を作り変えた責任と、人々の意思の器になるという贖罪をするために」
「その贖罪はいつか終わるんですか?」
「いつになるかは解らんが、私という存在を歴史の一幕にするのが私の夢かな」
カイムは考えた割にあまり良い言葉ではないことに苦笑いを浮かべたが、彼にとっては今の一言は最大限の本音であった。聖剣が自分の本音を求めている以上、妙に着飾った言葉を言うのも間抜けな話と思ったからこそ出た本音であったが、言い終わったカイムは己の一言が自分を信じて付いてきた者達も否定するような意味合いに感じるとバツの悪そうな表情を浮かべて組んだ手へと視線を落とした。
そんなカイムの反応にため息交じりに首を振った聖剣だったが、一瞬だけ見せたカイムの力強い目線に野心とも違う何かを感じるとハルへと表情を返した。すると直ぐにハルがカイムへと独白の内容について尋ねかけ、気まずそうなその表情にカイムも直ぐに答えたのだった。
「それで、国民や国に自治独立のための主体的行動を促してるんですか?」
「この国は戦乱に疲れ果てていたが、いい加減に休みすぎた。だからこそ、私は皇帝アポロニアのこの国に喝を入れようとしてるのさ」
「"なるほどな"あぁ、そういうことですか」
カイムの一言に返すハルの言葉は、博物館にてカサンドラから聞かされたカイムの行動の一部だった。帝国はその復興の為に中央集権化による締付けと主権者たる皇帝ではない総統カイムを中心として無理矢理に復興を強行した。
そのシワ寄せとして国民の自治意識や参政意識がなくなったのをカイムは再び取り戻そうと裏で行動をしていた。その行動も結果的には未だ実らず、親衛隊の過激な行動やアポロニアの意向によって総統カイムの異様な権力は確立されてしまった。
それでも罪悪感から逃れる為に諦め切れず行動し続けたカイムの活動を知ったハルの言葉に、彼は自分の行動が意図しない方向で解釈されていることに苦笑いを浮かべながら冗談半分で本音を述べた。その本音を残り半分も理解できた聖剣は呆れるように返事をして、ハルは中途半端な理解ながらも納得したように頷くのだった。
「でも、貴方は国民やこの国の重要なところに深く刻まれている。"そうだな。この国は、お前が思ってる以上に“総統“というものを必要としてる"」
「今はそうだ。だが、人は未来に生きるもの。新しい時代を作るのは、私のような老人ではない」
「そう…ですね…」
ハルと聖剣が返事をしてから、暫くの間は車の中に沈黙が流れた。その沈黙の中で、ハルはまだ短い期間ながらもこれまで見てきた様々なことを思い出しながら隣に座るカイムのことを見つめた。
見た目はまだ若く、自分と大差ない年齢に見えるカイムが自分の倍以上帝国の統一と復興に従事して決断を下してきたのかを考えると、ハルはカイムという人間の決断力と行動に対して責任を負う意識、何より人間味溢れる点に自分達人間の政治家や権力者との違いを感じたのだった。そんな思考が思わず漏れる形で彼女はカイムに己の考えを呟くと、ハルを助けるように聖剣も持論を述べてみせた。
二人の言葉はカイムの理解しているところではあったが、それでも彼は自分の若さを失い始め凝り固まり始めた思考に苦笑しつつ話を終わらせるような口調で自身の意見を述べた。
その言葉にハルが返事を返す頃には車は目的地たる親衛隊本部の前に着き、正面入口の守衛達が車の扉を開けてカイムを迎え入れようとした。
「オイゲン少佐、後は頼んだ」
「了解しました、総統閣下。この身に代えても成し遂げて見せます」
「"身構えていれば、死にはしない"か…」
ドアマンが開けた扉から外に出たカイムは、直ぐに車を運転していたズザネのいる運転席まで近寄ると、窓を開けて彼へ敬礼する彼女へと声をかけた。その言葉を過剰に受け取ったズザネが緊張と自信の入り混じった複雑な表情で返事をすると、その言葉にカイムは励ますように笑いながら一人呟いて窓から自分を眺めるハルの元へと歩み寄った。
「大丈夫か?今日もそうだが、明日からの各地の視察は観光だけと言う訳ではない。君が私と共に行きたいというからこうしている。くれぐれも、気をつけてくれ」
「もちろんです!」
「今夜はよく休んでくれ。行け!」
ハルを気軽に励ますつもりが、ズザネへ指示をしたときの口調が残っていたことと彼女が形だけでも軍服を纏っていたことで変に命令口調となると、カイムはバツが悪そうに頭を掻いた。そんな彼が勝手に一人で気まずくなっていると、ハルはカイムを励ますように元気よく返事をした。
ハルの溌剌とした返事に笑みを浮かべたカイムが彼女に頷くと、彼は最後に一言付け足してズザネに車を出発させるよう片手で指示しながら号令を発した。その言葉に運転席からカイムの様子を伺っていたズザネが車を走り出させると、カイムは夜の街へと走り出す車を見送ったのだった。
「休むべきなのは貴方もですよね、カイム」
「部下や皆が働いてるんだ。まだ休めないさ」
ハルを乗せた車とその護衛の車両が見えなくなると、カイムは若干体に残る疲れを解すように肩を回しながら親衛隊本部に向かおうとした。すると、彼の横から突然に声を掛けられると、カイムはその声の主であるギラに顔を向けずに答えた。
カイムの本当に疲れているその姿に、横に立つギラは彼を労うように寄り添うと他の護衛と共に親衛隊本部の正面入口へと消えていった。
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