第5幕-4
趣味で書いているので温かい目で見てね。
帝都デルンには高速鉄道から地下鉄まで様々な鉄道が走り抜けていた。その時刻に正確な運行は人々の生活を大きく支え、その都市経済の基盤たる労働者達を頼もしく支えていたのだった。
「どうだった、ハル・エア?帝都デルンも小さいながらに良い所だろう。まぁ、住むには面倒なところだがな」
そのデルンを走る鉄道の先頭車両に、数人の親衛隊員を護衛として引き連れたカイムが吊り革につかまりながら車両の揺れに身を揺らされていた。その格好は式典などで着る帝国総統用の礼装であり、灰色や黒が主となった親衛隊員の軍服に似たようなスーツであった。だが、内側に着るシャツが一般隊員は褐色なのに対してカイムは白色という点で、彼が他の隊員とは地位が違うと明確に区別されていた。
電車に揺られるカイムが話しかけたハルは、上機嫌で車窓に流れる町並みや車内の広告を眺めていた。彼女も周りの親衛隊員と同じ型の制服を纏っていたが、彼女のスーツやズボンは黒みがかった紅が使われており、腰に下げた聖剣も合わさってカイムの隣で異様な存在感を放っていた。だが、高級将校は服装規定の範囲内で改造を行うものも多いために、明らかに異質なハルも不思議とその存在が気にならなくなっていたのだった。
そんな一般人からすればそもそも地下鉄にいる事自体が異質なカイム達は、帝国で毎年恒例となっているカイムの総統就任の記念式典の一貫で帝国のあちこちを回っていた。そのデルンでの最後として、カイムが帝都を一周回る電車に乗るというのが普段の流れとなっていた。
「そんなことはありませんよ、総統。どこもかしこもとても凄いです!故郷の街も良いとこですけど、ここは何もかもが凄いです!」
「気に入ってもらえたなら何よりだ」
「料理とかも美味しいし、百貨店、美術館も凄かったですよね!"抽象画"?っていうのとか"印象派…何とか"とかいうのも凄かったです!」
「そう言ってもらえれば働いている皆も喜ぶし、道化を演じた甲斐もある」
車窓を眺めていたハルはカイムの尋ねかけに楽しそうに答えた。その振り返る表情は屈託がなく、話す相手が総統ということで変に意識されたものではない言葉だった。
そんなハルの言葉に少しだけ仕事を忘れたカイムは、総統ではなくカイム自身としての柔らかな笑みを浮かべつつ相槌を打った。その言葉に続いてハルは今日見たものを思い出しながら指折り数えつつ楽しげに感想を述べ始めた。その姿はまるで遠足から帰ってきた子供のようであり、不思議とカイムは少し前まで貼り付けていた堅い雰囲気が剥がれるような気分さえ感じたのだった。
ハルの言葉は紛れもない本心であり、それ故にカイムも思わず一日中感じていた感覚を思わず吐露した。カイムは趣味として散歩や買い物も趣味としていた。だが、それはあくまで自分の思うままに歩き思うものを買ったり食べたりすることが主たる行動だった。それ故に、決められた行動や発言を行い、記者や市民の目を気にしながら無い威厳や風格を無理矢理に出して周遊するというのはカイムには道化以外の何物でもなかったからであった。
「他の街も観光できるなんて、楽しみだなぁ!雪の見える北方地域に砂漠や亜熱帯地域さえある南方。森の緑豊かな西方に山と海の東方!どこも楽しみです!」
「なら、観光雑誌をホテルまで持ってこさせよう」
「ありがとうございます、総統!あっ、あの映像広告のお菓子、気になるなぁ!」
若干の自身への皮肉を込めたカイムの一言は、彼との同行で街を大いに楽しんだハルにも彼の心の余裕が少し少ないことを理解させた。それ故に敢えて彼女は上機嫌に振る舞って見せると、カイムはハルのそれに応じて笑ってみせた。
すると、ハルはカイムの笑みに応えるように笑ってみせると再び車内へと意識を向けたのだった。
「若さが溢れるって感じだな」
「随分と肩入れするんですね、総統?」
周りの護衛の親衛隊員の中で一人楽しげなハルを見たカイムは、笑みを浮かべて小さなモニターに流れる広告やニュースを眺める彼女に一言呟いた。その言葉はハルの子どものような多感な感情と、それをコントロールしつつ周りに合わせられる大人らしさの合わさった独特な複雑さに関する驚きゆえだった。
そのカイムの一言に、いつの間にか彼の側に歩み寄ったギラは彼へそっと耳打ちした。その一言は秘書としての真面目なものだったが、その声音には嫉妬のようなものをカイムに感じさせた。さらに、彼の意識を引くような吐息混じりに話しかける声には、ギラの独占欲のようなものがカイムに強く感じさせられたのだった。
「つい最近とっちめられて私が言わされたような台詞だな、ギラ。君も私の方針には賛同しかねるというところかな?」
「いえ、ただあの蜘蛛女や雌オオカミ以外にも鼻の下を伸ばしていたのが気に喰わなかっただけです」
「ああいう若さっていうのは苦手だ。そして鼻の下は絶対に伸ばしてない」
ギラからの猛烈な圧力を半身に感じるカイムは、自分の予想より早いギラの不意打ちに苦笑いを浮かべると彼女の嫉妬心へ呆れ半分で答えた。その一言は数日前にギラからされた質問攻めへの意趣返しのつもりだったが、心の強い彼女は全く受け付けずむしろカイムの女性に対する態度への避難をするのだった。
ギラが自分のために嫉妬を起こしていることと彼女の気分がそろそろ本気の怒りに変わることを悟ったカイムは、それまでの茶化すような口調を止め、ギラの肩に軽く手を置きながらそっと呟いた。その一言は彼にとっての本心であり、実際カイムはハルのような溌剌として活発な女性には多少苦手意識があったのだった。
そんなカイムの一言と早口の否定の言葉に、ギラは肩のカイムの手に自分の手を重ねつつ納得したというように大きく深呼吸したのだった。
「あの娘、本当に使えるのですか?国外諜報局や国防軍の諜報部隊も良くない報告を上げてますよ?」
「だとしても、大半が過激な連中という訳でもないはずだ。彼女が今後の魔族とヒト族の歴史の分岐点となるんだ」
「"だからこそ、よく見せておく"と?」
少しの嫉妬心を仕事中のカイムとバレないようにじゃれついたことで腹の底から消し去ったギラだったが、彼女としても数日前にカイムへと意見具申したヴァレンティーネ同様にハルの存在を疑問視していた。その疑問を報告されていた情報を盾にして彼女はカイムに尋ねかけた。
そのハルに聞こえない小声の意見に対して、カイムも至って平静を装いつつギラに小声で返した。その一言にはカイムの本心が現れており、それを悟ったギラは敢えて軽口を強調して言ってみせた。堅い空気感をあまり好まないカイムにとっては、その一言で彼女に自分の思うところがきちんと伝わったと理解すると瞼を閉じて静かに頷くのだった。
「本当に…"これでは道化だよ"…」
「その仮面をいつの日か…私が取って差し上げますよ、カイム…」
瞳を閉じたまま一人呟くカイムに、ただギラは静かに寄り添った。
「おねがいします」
「総統に…」
「総統が乗ってるのか!?」
「前の方だってよ」
「総統に!」
「ほらよ!」
「総統にだってよ!」
「総統におねがいします」
カイムとギラの親しいを越えた雰囲気を醸したやり取りに一部親衛隊員が不穏な視線を向けている中、帝国騎士の数人が車両の後方から聞こえる声に耳を傾け警戒を始めた。
それはカイムとギラ、ハルも同時に気づいており、客品待遇であるはずのハルも聖剣に手をかけつついつの間にか人混みとカイムとの間に立っていたのだった。
「あの、この号車のあの御婦人が"総統に"と…」
「これ…薔薇?…キレイ」
「ドロテーア、仕事でしょ?」
「うん、わかってる…問題ない…ただの花と包装だけ…」
「ならよし!」
カイムを取り巻く護衛集団の一番近くにいたバッタの顔をした紺のビジネススーツ姿の昆虫人の男は、片手に一輪のバラを持って護衛の帝国騎士であるドロテーアの元へと歩み寄った。彼女が腰の光剣のヒルトへ静かに手を伸ばす中、その男は車両の奥の方で大きく上に手をふる一人のゴブリンの老婆を指さし説明をしながらドロテーアにそのバラを渡そうとした。
バラは赤黒く開き方も大きく、まるで絵に描いたものをそのまま現実へと持ち出したような美しさがあった。そのバラを見つめて呟くドロテーアに、悪魔族のリリーが彼女の肩を叩いて仕事に戻らせた。ドロテーアはバラとその包装を手早くかつ入念に確認すると、満足そうに頷いてリリーへと報告をした。
その報告と手渡されるバラを受け取ったリリーは、安心して呟くとカイムの前に立つハルへと振り返りつつ手のバラを渡そうと茎の方を向けるのだった。
「ハルさん、"総統に!"ですって」
「総統に?」
「あちらの方から、総統にと」
バラを受け取ったハルはリリーの報告にそのまま聞き返しながらカイムへとバラを渡した。受け取ったカイムを確認しつつリリーは遠くて未だ手をふる老婆を指差すと一言報告して彼女の存在がよく見えるように身を反らしたのだった。
「カイム万歳!」
「カイム万歳!」
「ジークハイル!」
「カイム万歳、ジークハイル!」
老婆は質のいい青色のジャケットに黄色いスカートを履いた若々しい出で立ちであったが、その表情や手には長年の年季を感じさせる力強さがあった。その老婆はカイムが自身の姿を見てお礼の気持ちを込めて手を振っていることに気付くと、親衛隊敬礼をしながら嗄れながらも力強くカイムへと万歳の声を上げた。
その声にカイムが手を上げて答えると、それに吊られた他の乗客も続々と敬礼を始めいつしか車内には多くの客の声が響くのだった。
「皆が…総統を…」
「いやはや、参ったな…こう言うのは得意じゃない」
狭い車内の中に響く万歳の声には、ハルは市民がカイムへ向ける信頼や羨望の意思というものを改めて感じた。そんな彼女の感嘆の呟きに反して、カイムはその声援を前に出来る限り平静な表情をするも、少し気恥ずかしそうに一人つぶやくのだった。
「ちょっと、キミ!それ以上近づくのは…」
「総統閣下!俺、楽器弾けるんです!一曲、一曲だけでいいので演奏させてください!」
「ちょっ、キミねぇ。帝国騎士面子が黙ってるからしょっ引かないけど…」
「リリー、それくらい…」
バラを渡されたカイムが万歳の声に気恥ずかしがるなか、人混みを掻き分ける何者かが護衛の親衛隊員達の前に出てきた。その姿はバラのプレゼンの一件でも意識が逸れなかった親衛隊員達に丸見えであり、空かさず近くにいたリリーに引き止められた。
頭髪規定ギリギリまで伸ばした灰色の後れ毛を指で巻きながら警告するリリーの目の前に居たのは、緑色の肌に鱗を持ち大きな荷物を持つ魚人の青年だった。その青年は肌同様に緑の瞳に力強い意思を持って護衛の向こう側にいるカイムに話しかけた。
その青年の声には憧れや熱狂に近いものを感じさせ、リリーには対応が面倒くさくなると悟らせた。それ故に彼女は適当にあしらって追い返そうとしたが、その言葉は後ろからやってきたドロテーアに止められた。その言葉に理由を尋ねようとしたリリーだったが、振り返ったドロテーアの背後にカイムの姿を見るとすぐに黙って道を譲った。
「構わんよ、少年。名前は…」
「ティモです!」
「では、ティモ少年。せっかくだから、この車両にいる皆が解る一曲をお願いしたい。受けてくれるかな?」
「もちろんです!総統閣下の頼みなら、こいつ一つで何時間だって弾けますよ!」
ティモと名乗る青年に語りかけたカイムは、彼の抱える荷物がアコーディオンであることを悟ると笑顔を浮かべながら語りかけたのだった。その言葉は普段の総統としての威厳のあるものではなく、親しみやすさと柔和さを合わせたものであった。
そんなカイムの話し方によって緊張が少し解れたティモ青年は、空かさず彼の頼みに満面の笑顔を浮かべて嬉しそうに答えると、抱えていた荷物の金具を外してその中身を取り出した。その中身はカイムの予測したとおり、木目に年季の入ったレトロなアコーディオンであった。
「では、総統のために一曲弾かせていただきます!"廃墟からの復活"」
カイムのティモへのリクエストは"全員が解る曲"というものであり、少し考えた彼はすぐにアコーディオンを構えると軽やかに前奏を弾き始めた。そして、大きな声で周りの全員に聞こえるようにタイトルを言うと、彼はゆったりと全員が歌いやすいように曲を奏でだした。
その音楽は車両の中に満ちてゆくと、多くの乗客はメロディに合わせて歌いだし、いつの間にか車両の中は乗客の合唱で満ちていたのだった。
「廃墟の闇より
未来に向かって立ち上がり
幸福のため奉仕せん
ガルチュラント、一つの祖国
過去の苦難を乗り越え
団結する意思
我らは成し遂げ
陽はまた昇る
ガルツを輝かし、ガルツを照らす
平和と幸福が
我らの祖国にあらんことを
世界の求める平和を
世界と共に求めよう
皆と手を取るとき
カイムの敵を破り
平和の光よ導き給う
母が息子を亡くし
悲しまぬ世へ、悲しまぬ世へ
耕そう、造ろう
学び、共に働こう
自由な世代が新たな信義を生み出す
ガルツの若者よ
努力を惜しまず
ガルツはまた蘇り
太陽は輝き満ちて
ガルツを照らす、ガルツを照らす」
乗客全員が奏でる合唱は、全員が前もって練習していた訳でもないのに上手くハーモニーが奏でられ、見事な演奏と言えるものだった。
その光景に、ハルはカイムへと向ける市民の意志と、彼等に応えるカイムとの関係性というものを改めて目の当たりにした。
アコーディオンを奏でるティモを中心とした合唱は最後まで歌われ、その終わりはちょうど電車が駅に着くのと同時であった。
「ありがとう、ティモ君。皆も、ありがとう!」
「カイム万歳!カイム万歳!」
「カイム!総統!万歳!」
「帝国に栄光を!魔族に未来を!」
多くの乗客へと感謝の言葉を述べて手を振りながらカイム達が列車から降りると、乗客達は開いた扉や窓から手を振りカイムへと万歳の言葉や声援をかけた。その声はカイムがホームから離れ列車が次の駅へと走り出すまで駅中に響き渡っていたのだった。
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