第五幕-3
下層スラムで生きてきた少年少女達には、荷物運びであっても久しぶりの肉体労働であった。その為、食事や身なりを整えた訓練生は寝室となった大部屋で休息を取っていた。質素な2段ベッドであっても、横になった殆どの訓練生が意識を保てずに眠りについていた。
そんな訓練生達は、早朝に聞き慣れない音に眼が覚めた。
「うぅ…ん?ラッパ?」
朝日が登り、寝室に光が差す中でマックス訓練生が寝起きの目を擦りながら言った。少女と見紛う程の彼は、短く刈られた金髪の頭を掻きつつ白い肌のまぶたが開ききらない灰色の瞳で周りを見回した。マックスのぼやける視界には、獣人や耳が良い数人の訓練生がラッパの音に気付いて起き上がる姿が映った。それでも、前日の労働の疲れによって男子19人の殆どが未だに眠っていた。
研究所に響くラッパの音は、単調ながら明るく起床を促す様であった。音は室内、しかも大部屋の扉の近くで鳴っていた事から、マックスは嫌な気配を感じ急いでベッドから飛び起きた。
少女の様なマックスが寝間着を脱ぎ肌着になると、露になる白いきめ細やかな肌に目を覚ましていた訓練生達は面食らった。だが、彼の焦る表情や急いで着替える姿に釣られるように数人が起き上がると、ベッド横で慌ただしく着替えを始めた。
その慌ただしい物音にアロイスや彼の仲間を含めた残りの訓練生達が目を覚ました。だが、彼らが寝起きの唸りを上げ周りに事情を尋ねるより早く、寝室の扉が荒っぽく開け放たれた。
「起床!起床!とっとと起きろ!早く訓練着に着替えろ!」
訓練生寝室に入ってきたのは胸と腰に蓋付きポケットを計4つ付けた黒い上着に褐色のシャツ、黒いネクタイを締め黒い乗馬ズボンに長いブーツを履いたカイムであった。制帽さえも黒く全身がほぼ黒ずくめの彼は、フライパンとお玉を使って打楽器の様に騒音を出し叫んだ。その耳障りで鳴り止まない音に、寝ぼけている訓練生も慌てて飛び起きた。
「身支度できた者から玄関前に二列横隊で集合!時間は十分後とする!時計の長い針が2を指すまでだ!時間は厳守しろ、以上だ!」
ひたすらに騒音を奏でるカイムは、いそいそと準備をする者や未だに寝ぼけ眼で混乱する者に淡々と言い放つと足早に部屋を出ていった。
訓練生達やカイム達の服に関しては城から持ってきた衣料品によって困る事はなく、食事を含めた生活に問題は無かった。だが、カイムにとっての1番の問題は親衛隊訓練生に生活における基礎知識がなかった事や、常識の欠落だった。
文字も読める者とそうでない者がいたため、一般教養の教育の必要性をカイムは指示に従い身支度を始める訓練生達を横目に考えながら部屋の扉を締めた。
これからの訓練教育を考え廊下で片手で頭を抱えたカイムに、女子部屋での起床を行ったブリギッテが彼に歩み寄った。
「伝えましたよ」
ブリギッテはカイムに一言伝えてから彼と反対の方向へと歩いて行った。彼等の役割分担で、基礎訓練指導以外の役割をアマデウスとブリギッテが行うからであった。
「さてと、上手くやって見せるかな…」
非協力的なブリギッテの態度や今後の不安から、誰も居ない廊下で1人カイムは暗い口調で独り言を呟くと玄関に向かった。
向かった玄関先で、カイムが数分間直立不動で待っていると駆け足で訓練達が集まって来た。先頭はやはりギラであり、その後ろをアロイスとその仲間である悪魔3人が走り、最終的には訓練生全員が2列横隊を作った。
格好こそ白いシャツにサスペンダーで吊ったズボン、動きやすい靴とまともになった。だが、整列する姿を見てもカイムには私兵集団と言うよりはただの若者の集団にしか見えなかった。
「これより、諸君らを訓練する事になったカイム・リヒトホーフェンだ!以後総統閣下と呼べ!」
整列する訓練生に対するカイムの遅い自己紹介が言い終わると、数分の沈黙な流れた。それは、訓練生達がカイムの突然の宣言にどうすれば良いのか反応に困っていからであった。彼らの反応に当然と感じ、柄では無いと思いながらも目の前の彼等に上下をはっきりさせなければとカイムは決意した。
「私の言葉には必ず返事をしろ!」
「わかりました総統閣下」
カイムも以前から大声を出す人間では無く、再び響いた大声は久しぶりだった為に、少し不自然な口調に成っていた。
そんなカイムの言葉にギラが返事をすると、まばらに訓練生達が返事を始めた。全員が返事をする頃には、後戻り出来ない事を覚悟したカイムが心境の勢いに任せて口を開いた。
「これから諸君らを訓練する訳だが、無能にも等しい諸君らを誰もが尊敬し恐れる軍人、いや兵器にする以上並大抵の訓練と思わないで欲しい!」
自分でも呆れるような物言いをすると、カイムは卑下と不敵の混ざった笑いを浮かべた。
「訓練期間は諸君らを笑ったり泣いたり出来ないようにしてやるから覚悟しろ!」




