第5幕-3
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「ヒト族は、こんなに酷いことを…」
「でも、ハルさん。たとえヒト族といえど、純粋な悪とは…全員が思っている訳ではないのですよ」
未だにヒト族による帝国の侵略の歴史の展示を見るハルは、時代が先に進めば進む程に激化するヒト族の蛮行に言葉を失った。最初の侵略から降伏する兵士を皆殺しにするなどヒト族の行為は余りにも酷かったが、彼女が見る4度目の侵略になると、捕虜の虐待や見せしめの公開処刑が当たり前となっていた。そこに、婦女子への強姦や街道へ死体の首を吊ったりといった蛮行には、必死に不快感を耐えていたハルも限界へと差し掛かった。
しかし、ハルの苦しむような一言にカサンドラは冷静な学者として彼女に一部の見解を教えた。そのヒト族を養護するような響きに聞こえるそれは、明らかに野蛮な過去のヒト族に怒りや悲しみを覚えるハルにとって驚くべきものだった。
「えっ?それって…」
「歴史家の中でも"ヒト族は無駄な同族殺しで敵の虐殺に対して安心感を覚える集団ヒステリーを起こした。それ故に、多くのヒト族は、生き残る為には相手を虐殺しなければならないと深層心理に刻み込まれてしまった。その結果、正常な思考が出来なくなったヒト族は、戦争という行動をしなければ再びそのヒステリーを起こしてしまうという恐怖から魔族をフラストレーションの対象とした"という学説もあるんですよ。まぁ、主流は"マクルーハン教が各国へ亜人や魔族の差別を助長した"というのが殆どですけど」
「だとしても、これはヒステリーなんかで片付くような話じゃないですよ!こんな…こんなに酷いことを…」
困惑するハルにカサンドラが答えた説明は、当時のヒト族の精神面から考えられた一説だった。その内容はハルにも理解だけならできるものであった。
だが、ハルからすればその説は"戦争という状況下であれば多少なりとも残酷かつ非道なことをしてもいい"と取れるものであった。だからこそ、蛮行を犯した者達を養護するような学説を教えたカサンドラの話を聞く彼女は、噛み締めていた唇を開いて自分達の先祖を非難するように反論の言葉を述べようとした。
「そうね、私もそう思いますよ。でも、人の行動は感情だけではないものです。どうしてそうなったのか理論的に説明することができる。それを難しくするのが感情なの。確かに、ヒト族が悪いと一括に言うのは簡単だけど、それは政治家や軍人、市民の言っていいことです。私達は学者である以上、論理的にかつブレなく正確な説明で回答をしなくちゃいけないの。それが、例え受け入れ難いものであっても…」
だが、ハルの自己否定に近いヒト族の蛮行批判に対する発言を受けてもカサンドラは至って変わらず冷静だった。その言葉や態度は完全に学者の理論と考察によって裏付けされた学説であり、ハルは完全に反論の余地をなくした。
であったとしても、ハルの中に芽生えた罪悪感は学説一つでは消えることがなく、彼女は逃げるように展示を先へと進めていったのだった。
「ここは…」
「現代史ですね。基本的には我らが総統カイム・リヒトホーフェン閣下や第5代皇帝アポロニア・フォン ウント ツー・ホーエンシュタウフェン殿下の功績ばかりですけどね」
ようやっとヒト族との戦争における"首都防衛戦"と"第4代皇帝戦死"の展示を抜けたハルは、これまでと趣の異なる展示へとたどり着いた。その展示は今までのジオラマ展示もある程度はあったが、物品や絵画の展示が増えたことでそれまでの生々しさとは異なった学術的な雰囲気をハルに感じさせた。
その雰囲気からハルがあちこちと所狭しと並べられた周りの歴史展示品のガラスケースを眺め呟くと、いつの間にか追いついていたカサンドラは再び学者から解説員として彼女へと説明を開始したのだった。
カサンドラの解説はその展示物を踏まえた歴史解説であり、これまでの戦争の爪痕の深く刻まれた復興の歴史をハルに語って聞かせた。その戦災を起こした者達の末裔であるハルからすると、決して意図していないとはいえどカサンドラから話を聞くたびに加害者意識が刺激され、彼女は申し訳ない気持ちになった。
だが、そんなハルも学者か解説員として語るカサンドラの態度の平常さを見るたびに、何とか波立つ心を鎮めて展示を見学できたのだった。
「これは?」
「これは国宝"銀杖"の模造品ですよ。本物はシュトラッサー城にありますが、かなり精巧な作りなんです」
「"銀杖"…これで、カ…総統閣下は何をされたんでしたっけ?」
現代史に入った展示をカサンドラの解説の元で見学するハルは、その中でも一際他の客が集まり鑑賞する一つのショーケースの中の杖についてカサンドラに尋ねかけた。
その杖は、嘗てアポロニアがカイムの召喚に使った銀杖のレプリカであった。そんなレプリカであっても、多くの人々は精巧に作られたそれをゆっくりと鑑賞しいた。
その光景から、ハルは今まで大雑把にしか聞いたことのなかったカイムの功績についてここぞとばかりにカサンドラへと尋ねた。だが、その聞き方は銀杖を混ぜて不自然さをなくそうとしたものであり、かえってカサンドラはハルの素っ頓狂な言葉から勉強嫌いの子供を見るように笑いかけたのだった。
「あらあら、やっぱり歴史は苦手かしら?」
「えっ、えぇ…勉強はどうも苦手で…」
カサンドラの気まずそうな笑みや一言で、ハルは自分の一言がかなり間抜けな発言だと気付くと、誤魔化すように笑って半分本当の一言で誤魔化そうとした。
その誤魔化しは結果的に上手くいくと、若干人だかりが少ないところからカサンドラがショーケースを指差すと解説を始めた。
「カイムさんはこの銀杖によって勇者に選ばれたんですよ。この杖は、代々帝国皇帝に受け継がれし宝具なのですよ。一説では、"神の遺産"の一つとも言われているですが、杖が城の金庫で厳重保管されている今では全く解りませんがね」
「なる程…」
カサンドラの解説はあくまで銀杖のことがメインであり、ハルにとって肝心なカイムのことはあまり語られなかった。そのことに取り敢えず相槌を打って応じたハルだったが、このまの解説ではカイムについて解らず終いになると考えると、彼女は意を決してカサンドラの横に並んだ。
「カイ…総統閣下は、帝都で一体…どんな凄いことを?」
「あの方はね、この国の再興の立役者なの。あの方がいなかったら、この国はきっと内乱で更に荒廃して、こんな戦後はなかったのよ。あの方がいたから、これだけの近代化と発展が出来たんです」
「内…乱?」
横に並んできたハルを一瞥したカサンドラに、ハルは歴史が苦手な無知を装ってカイムの行動について尋ねかけた。その言葉は変に不自然さを意識するあまりかえってぎこちなさが増した。更にカイムのことを名前のままで呼ぼうとしたことも相まって、ハルは自分の現状が良くない方向に進んでいるのではないかと考え始めた。
だが、ハルは危惧と異なりカサンドラがカイムのことを至って普通に説明し始めると、ハルは安心と共に彼女の口から出てきた"内戦"という言葉を聞き返した。その言葉にカサンドラは頷くと、展示ブースの先にハルを案内した。
「この国でも、かつて皇帝に反旗を翻す者達との内戦があったんです。南北戦争と呼ばれるこの戦争は期間こそ短かったですけど、帝国の近代可を促したんです」
「近代化…ですか?」
「えぇ、その近代化には総統閣下とその親衛隊に、マヌエラ・アルブレヒト様があってこそなのです」
解説をしながらハルを案内するカサンドラが彼女を案内した展示は、主に絵画や物品などか大い所だった。その場所には、カイムが自作した小銃などの火器に送電設備などの概略図、大雑把なライフラインに関する概略図が並べられていた。その隙間に歴史としてカイムが帝都に蔓延っていた反帝国主義の討伐を行ったことが説明書きされていた。
その説明書きとカサンドラの説明にハルはただ一言呟きながら必死に言葉を飲み込み、続けるカサンドラの話を理解しようとするのだった。
「"アイスリュック平原の戦い"…あれって」
「そう、総統閣下は軍の指揮官でありながら頻りに最前線に立たれるお方なのです。そして、内戦最後の大会戦であるこの"アイスリュック平原の戦い"で我が…いえ、失礼しました。南方貴族の頭領であるアドルフ・フォン・ザクセン=ラウエンブルクを討ち取ったんです」
カサンドラの説明に必死について行ったハルだったが、その途中に見えた巨大なジオラマ展示を前にすると、思わずその説明書きとタイトルを呟いた。
その展示は、無数の親衛隊の野戦服に近代兵装でフル装備したマネキン親衛隊員と戦車、装甲兵員輸送車にサイドカー付きバイクに無数の鎧姿と刀剣で武装した兵士や騎兵達の激突を描いていた。だが、王国派の圧倒的な数による戦力差を近代兵器で薙ぎ払うその戦場は、親衛隊の圧倒的な勝利であった。
しかし、ハルはそのジオラマの勝敗状況よりも遙かに展示中央に視線が釘付けとなっていた。そこには親衛隊員同様にフル装備で汎用機関銃を構えるカイムのジオラマと、それに綺羅びやかな鎧に見た目から魔道具と判る剣を持った屈強な男が退治していた。二人のマネキンは見た目から互角の戦いを繰り広げていると言いたげな血まみれかつ泥や土で汚れた姿をしていた。
そんな"アイスリュック平原の戦い"を見つめるハルにカサンドラは優しげな口調で解説を始めた。その口調はそれまでの解説同様に落ち着いてこそいたが、ハルはその声に不思議と悲しさのようなものを感じたのだった。その感覚に眉をひそめたハルだったが、その感覚に間違いはなく、カサンドラは解説の途中で言葉を濁し言い換えた。
「カサンドラさん。今、その南方貴族の首領さん…アドルフさんのことを"我が主"って言おうとしませんでした?」
「それは…昔の話ですよ。遥か昔に過ぎ去った過去の話です。涙のように、雨のように、消えてゆく思い出ですよ」
「"歴史とはあらゆる角度からあらゆる人間の側から調べなければ、ほんとのことはわからないもの"…それが、歴史って言うんじゃないんですか?」
そのカサンドラの一言を聞き逃さなかったハルは、直ぐに彼女へその言葉の真意を尋ねようとした。その表情は真剣そのものであり、ある意味では緊迫したようにも見える表情だった。
しかし、ハルのその表情を受けてもカサンドラは少しだけ影のある懐かしがるような表情を浮かべると、そっと静かに呟くだけだった。
そのカサンドラの表情は直ぐに元に戻ったが、ハルは明確に彼女の主であったアドルフ・フォン・ザクセン=ラウエンブルクがカイムという男を見極める鍵となると理解した。そして、彼女は駄目元でカイムに言われた一言をそのまま引用してカサンドラに尋ねかけた。
そのハルの一言は強烈であり、歴史学者であるカサンドラには反論の言葉に困るものだった。そのため、彼女は暫く黙ったままハルから視線を反らすように展示のジオラマを眺めるのだった。
「私は、それを知るためにここにいるんです!教えて下さい、ここの展示ではなく…貴方の見てきたその歴史を!」
目を反らすカサンドラに、ハルはここぞとばかりに畳み掛けた。ここでカイムの行動の真意や歴史の裏側にあることを知れねば、彼女の帝国旅行は殆ど意味の無いものとなってしまう。だからこそ、ハルはカサンドラの肩を掴んで自分の方に向き直らせると、彼女の瞳を力強く見つめて頼み込むのだった。
「良いでしょう、きっと総統閣下や…アドルフ様も、お許しになるでしょう。こんなオババの思い出程度なら、お茶でもしながら聞かせてあげますとも」
そんな熱意あるハルの一言に、カサンドラは周りを見回しながら静かにハルへと答えた。そのカサンドラの視線の振り方からハルも辺りを見回すと、他の客からの"うるさい"と言わんばかりの視線がハルへと突き刺さっていた。
ハルはその視線にひどく赤面すると、カサンドラの案内に従って先を急いだのだった
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