第5幕-1
趣味で書いているので温かい目で見てね。
帝国首都であるデルンは、基本的に国家の中枢として中央政治施設が集中していた。その政治施設の隙間に様々な商業施設や文化施設が並び、街は働くばかりではなく生活という面とも両立がなされているのだった。
「初めまして、お嬢さん。私、カサンドラ・ブリュンと言います。総統閣下の御親戚と聞いておりますが、なんとも綺麗なお嬢さんですこと!私の若い頃を思い出しますねぇ!」
「初めまして、私はハル…ハル・エアと言います。今日はよろしくお願いします」
「いいんですよ!若い娘が帝国歴史博物館に来てくれるなんて、とても嬉しいことですよぉ!気軽にカサンドラ婆さんなんて呼んでいいですからね!」
「いえいえそんな!」
「いいのよ、今日はしっかり勉強していってね!」
そんなに帝都デルン中心近くにあるデルン公園の一角には巨大なゴシック様式の建物があった。外観は大聖堂の様な巨大な建物であったが、その建物の敷地内にある広場も加わると、さらにその広大さに圧巻されるような施設であった。
その帝国歴史博物館の神殿のような巨大な中央入口で、一人のスーツ姿の悪魔の老婆がシャツとパンツルックに撮影機材用の長物キャリーケースに聖剣を隠したハルへと深々とお辞儀をしながら挨拶をするのだった。カサンドラは顔中にシミと深々としたシワが年輪の如く刻まれ、ガゼルの角を頭に生やした小さな体に若干足元の震える高齢の老婆だった。筋ばった細い手足にスーツが若干不格好となっていて、見た目からは高齢者として心配されそうな姿だった。それでも声量と活力、雰囲気は若々しく、下手な若者には負けないといった雰囲気を醸し出していたのだった。
見た目と反したカサンドラの挨拶と勢い苦笑いを浮かべるハルは、思わず自分の本名を言いかた。そんな彼女の口を聖剣が慌ててつむがせると、ハルは驚きと焦りで若干のけ反った。その反動でずれそうになった角のカチューシャを押さえるハルが挨拶をすると、礼節をもった彼女の言葉や態度に気を良くしたカサンドラは親しげに話しかけるのだった。
そんなカサンドラにこそばゆい感覚を覚えながらハルは彼女の博物館へ案内する手招きに少しだけ戸惑ったのだった。彼女が手招きする博物館の入り口は少し薄暗く、その上広くスピーカーから案内放送が流れるというハルには慣れない不安な場所だった。
「あの…カイムさん?」
「安心していい。彼女程の歴史家はそうそういないさ。私が説明するより遥かにマシだ」
「"餅は餅屋って訳か。まぁ、政治屋にあれこれ聞くよりゃ良いわな"ちょっと!」
「聖剣君の言うとおりってことさ。観光気分で楽しむといい」
ハルの後ろに立っていた白いポロシャツにスキニージーンズ、スニーカーというカジュアルな私服に身を包んで顎髭と口髭を蓄えたカイムは、彼女からの不安に満ちた視線を前にすると笑って励ますのだった。その励ましに聖剣がハルの口を借りて軽口を述べると、ハルは思わず彼へと文句を垂れながらキャリーケースを軽く蹴った。
そんな二人のやり取りを見ながら笑うカイムは、入り口奥を顎で軽く指し示して聖剣のように軽口を言って見せたのだった。そのカイムの顎で指し示された方向をハルが不安そうに見ると、そこにはパトリツィア達の姿があり、護衛任務でありながらパンフレット片手に既に休暇気分で話し込んでいた。
「わっ…かりました」
「帝国内でもかなり広くて大きな博物館ですから。楽しんできてね」
歴史博物館を楽しみ始めるパトリツィアの姿や若干薄暗いながらも何も気にせず入り口へと入ってゆく多くの市民を前にしたハルは、意を決してカイムへと頷いてカサンドラの方へと歩き出した。その後ろ姿に彼は気軽な声を掛けながら笑ってみせると、入り口前から博物館の広場へと歩き始めたのだった。
「それではカサンドラ女史、後はお願いします」
[任せてください、総統閣下。亡き主の分もこのカサンドラ、総統閣下の為に力を振るいましょうとも!この命に変えても、任を全うしてみせます!]
「冗談でも死なれちゃ困りますよ。帝国歴史の一大賢威を喪失したら、帝国は大損害ですよ。数人護衛も付けてますから、何かあったら彼らに」
[解りましたとも。ハイル・カイム!]
多くの人々が行き交う広場へ歩くカイムは、アクビ混じりに首を回しつつ人混みの中を歩いていった。その途中、彼はポケットからマイク付き有線イヤホンを取り出すと耳にはめた。そして、カイムはまるで知り合いに電話するように気軽な口調で話し始めた。
その通話の向こう側にいたのはカサンドラであり、嗄れながらも頼りある力強い声でカイムの頼みに応じたのだった。その頼りがいのある真面目な返答に苦笑しながらも、カイムは笑って返しつつカサンドラの挨拶を聞いて通話を切ったのだった。
歩きながら通話していたカイムは、芝生や道の途中に置かれた謎な形をした彫刻、謎の巨大な風車や噴水のある池を見物しつつ広場へと向かった。その広場はキャンプやレジャー施設も併用されているらしく、辺にはカイムの総統就任記念日という祝日に合わせて休暇を楽しむ家族連れやカップルが彼方此方にいたのだった。
そんな幸せそうな家族連れやカップルを軽く眺めるカイムは、木陰が多く軽い森林浴の出来る広場周辺を軽く見回すと一角に空いているベンチを見つけ座りにいった。木製のレトロな造りのベンチに深く背を預けたカイムが空を仰ぐと、肩をマッサージしながら首を鳴らすのだった。
「よろしかったのでして、総統閣下?」
「何だい、ヴァレンティーネ。随分と含みのある言い方じゃないか?」
一人ベンチでゆっくりとし始めたカイムだったが、直ぐに彼の隣に誰かがゆっくりと腰を下ろした。そのベンチを鳴らす音にカイムが軽く肩を回しながら一瞥すると、そこにはゴシックロリィタな黒と白、赤のフリルだらけのワンピースを着たヴァレンティーネが座っていた。
その派手な格好のヴァレンティーネは、若干不機嫌そうにスカートのシワを伸ばすと、勿体つけた言い方でカイムへと尋ねかけた。その言葉や彼女の格好に一瞬だけ引き攣った笑みを浮かべたカイムだったが、顔を片手で縦に一度撫でると直ぐに疲れた表情でヴァレンティーネへと尋ね返したのだった。
答えを濁して話を反らそうとするようなカイムの言葉にはヴァレンティーネも言葉を選んだが、子どものような不機嫌な表情からも解る不快感に耐えられなくなると彼女はカイムの顔へと自分の顔を鼻先が頬に触れそうになるまで近づけた。
「それは当然、色々と含みますとも!あれはヒト…いえ、劣等種族で私達の敵なのでしてよ?それをこんなにもてなして、あんな賢威ある方を迂闊に解説員として付けるなんて!あの女の化けの皮は相当厚いんです。きっとそのうち…聞いてますか?」
急に迫ってきたヴァレンティーネの不機嫌そうな表情に、カイムは彼女のまだ感情的に発言や行動の出来る感性に若さを感じた。そんなカイムにヴァレンティーネは8つの瞳で不平不満を主張しながら、自身の腹の中を彼に言って聞かせ始めたのだった。
そのヴァレンティーネの主張には、一般的な親衛隊らしい歪んだ選民思想が見え隠れしていた。だが、ヒト族に対する嫌悪感が主であると理解したカイムは、その嫌悪感を割り切らせる方法を少しだけ考え始めた。
だが、ヴァレンティーネは彼女のためと思索を少し巡らすカイムが自分の話を聞き流していると思うと、彼女は8つの瞳を細めるとさらにカイムへと詰め寄るのだった。
「いや、あの娘は純粋だが世の分別はつくよ。良い悪いや固定観念だけで世の中を見ない分、彼女は信用できるさ」
「しかし…」
「私を信用しろよ。でなければ、とっくの昔に私はあの娘に殺されて、あの世で戦死者達に嬲り殺されてるさ。死んでるのにな」
露骨にハルへの対応の不満を主張するヴァレンティーネに、カイムはため息をつきながら両肘を両膝の上に置いて背を丸めながら自身の考えを説明した。その内容は抽象的であり、説得力が余りない気楽な口調だったことも相まってヴァレンティーネは納得しきれない表情で困惑しつつ反論の言葉を言おうとした。
それでもヴァレンティーネに軽口を言うカイムは、再び背もたれに寄りかかると通行人の邪魔にならない程度に足を伸ばすとその爪先と地面の土を見つめるのだった。
「ヒト族なんて信用できませんよ。この私に、あんな目に会わせる切っ掛けを作るような連中です!4度も5度もこの国を攻めようとしていた連中が今更になって国交なんて…許せるわけがありません!」
カイムが黙って地面を見つめる中、ヴァレンティーネは静かな声でその沈黙を破った。彼女の声は静かながらに少しだけ震え声であり、その震えをカイムは不快感だけでなく怒りや憎しみも同時に感じ取った。そして、彼はヴァレンティーネの過去の境遇を思い出すと、地面へと落としていた目線を上げて横の彼女を見た。
そこには、俯いて暗そうにするヴァレンティーネが肩を震わせていた。重力に従い垂れ下がる髪の毛が彼女の表情を隠していたが、普段の彼女とは打って変わった気弱な姿にカイムは親衛隊内でも未だに消えない過去の爪痕を前にして気まずく頭を掻いたのだった。
「確かに、ヒト族は愚かだ。何度もこの地へと交易ではなく戦争と略奪という生産性の無い方法で利益を得ようとする連中だ。まして、妥協点を見出だせずに何時までも戦争をする連中だ」
「だからこそ!数十年前の侵攻の時のように、あの女もこの帝国の安寧を乱す敵だと言いたいんです!我ら優良たる魔族の平和を護るためには、奴等のような醜い存在は…」
「そこだよ、ヴァレンティーネ」
ヴァレンティーネの怒りの言葉にカイムは、視界の端かつ遠くにいるオークの男の鍵盤ハーモニカの演奏を見ながら言葉に覇気なく語って見せた。その主張に顔を上げたヴァレンティーネだったが、カイムは視線を遠くして彼方を見つめており、自分の怒りや悲しみの感情をまるで無視しているようにさえ見えたのだった。
そのカイムの無反応にヴァレンティーネは思わず声を荒らげた。その途中で彼女も上官であるカイムに対する非礼に気付いたが、収まりのつかない感情が最後まで自分の意見を言わせようと口を止めさせなかった。そのヴァレンティーネの主張が木陰の静けさに流れるなか、カイムは敢えて彼女が主張を全て言い切る前に割り込んで発言してみせた。
カイムの言葉で暴走しかけた発言を止めたヴァレンティーネは、少しだけ苦い表情を浮かべて俯くと、カイムの言葉の続きを待った。黙って俯くヴァレンティーネの姿に、今までの休暇半分の気分をきちんと総統としてのものに切り替えると、カイムは伸ばした足を戻して肘を腿あたりに載せた少し猫背の姿勢で遠い目をするのだった。
「私達魔族とて技術的には優れているが、人間的に優れている訳ではない。奴等が国家同士で争うのと同様に、私達も内戦を行い残党掃討の為に内戦終結後も魔族同士で殺し合った」
「それは…」
「ヒト族も魔族も、知的生命体としては同じなんだ。お互いを理解しきれないから、暴力という形で関係を構成してしまう。異なるものを排除するのが、手っ取り早い社会の構成方法だからな。だが、彼等も戦わないという道…共存という道を見出そうとする者もいるということだ」
かつての内戦の戦場を少し思い出して語るカイムの考えは、ヴァレンティーネにどう反応していいのか悩ませた。帝国内で起きた内戦は、その内実がわかるに連れて総統カイムという人物に大きな心的傷を負わせた。勝ったにしても数多くの戦災者を生み出し、親や子を殺した虐殺者の肩書を付けられた彼にとって、たとえスオミ族の救出であったとしても戦争というものは避けたいと考えていたのだった。
その争いを避けたいというカイムの考えに良くも悪くも従って行動していた親衛隊に属するからそこ、ヴァレンティーネは彼の考えの片鱗に触れるとなんと言えばいいのか戸惑ってしまった。彼女に困惑の沈黙が流れると、カイムはさらに続けて持論を言い切って空を見上げるのだった。
どこまでも続く青い空を釣られて見上げるヴァレンティーネだったが、彼女はそれでもカイムに反論や意見具申をしようとした。だが、過去の記憶に表情を暗くするカイムと遠くから聞こえる鍵盤ハーモニカの明るいクラシック曲という明暗分かれてむしろユーモラスな光景に、彼女はこれ以上の反論は無意味であり自身の掲げる"カイムに対する忠誠"に反すると思うと再び空を見つめるのだった。
「随分とあの女の肩を持つのですね?」
「私がそういう意図で行動する男に見えるのか?」
空を見上げるヴァレンティーネは最後に恨み節として皮肉を呟くと、カイムは苦笑いを浮かべて頬を掻きつつ含みをもたせた否定の言葉を掛けた。その返答にヴァレンティーネは笑って一人頷くと、フリルのついたスカートの膝上に全ての手を置いて深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした、総統閣下…」
「君の事情は解っているし、苦しいのは理解しようと努力するつもりだ。だがな、私はこれ以上部下の戦死者を出したくないんだ。あの戦いでは、死ぬべき奴も多かったが死ぬべきでない者達も多く散っていった。アドルフ・フォン・ザクセン=ラウエンブルクも、もっと人を知りお互いにわかり合う努力をしていれば、もっと死者の数は減らせたかもしれない。そして、あの頃の傷は見た目だけは大いに癒えたとしても、カッペ鉱山での演習も多くの課題を見出してくれた。まだこの国は完全に再興したわけじゃない。地盤がまだ半端な状況で無理に発展してきただけさ。だからこそ、この国に戦火が降りかからないよう、私は最大限の努力をしたいんだ」
頭を下げたヴァレンティーネの謝罪に、カイムは気まずい表情と共に顎を撫でると、彼女の下げられた頭を撫でつつ中途半端にしか説明しなかった本心を説明し始めた。その声音には、かつて自分の立場から逃げ出そうとした程の辛さを乗り越えきった一人の総統カイムとしての覚悟がはっきりと現れていた。
そのカイムの覚悟を頭を撫でられながら聞くヴァレンティーネは、戦中戦後の精神を病みかけたカイムの彼なりの覚悟を改めて理解すると、ただ瞳を閉じて静かに撫でられ続けたのだった。
「これ以上、誰も死なせたくないんだ…」
「それは、ティアナや…ブルーノ大将のことでして?」
「もっと上手いやり方があった筈だ。彼女達だけじゃない。もっと多くの死者がでた。あれは、私の考えの甘さや判断の誤りによって出た犠牲者だ。これ以上、無駄に子の死を悲しむ親や親の死を悲しむ子供、愛する者の死に苦しむ者を増やしたくないだけだ」
カイムの独り言にヴァレンティーネが尋ねかけると、カイムは己の嫌に真面目な口調で自分語りをしていたことと彼女の頭を撫で続けていたという事実に顔を赤くすると、少し早口で最後の結論を述べると恥ずかしさからかいた汗をポケットのハンカチで拭うのだった。
「解りましたわ、解りましたとも。私、ヴァレンティーネ・フォッケはカイム・リヒトホーフェンの忠実なる親衛隊員です。貴方の考えに従い、貴方と共に生きて死にますとも」
「そう言ってくれると助かるよ」
「とは言えど、あの女が不穏な行動を起こしたときは処理しますからね」
「あぁ、解っているとも」
カイムという人間が結局として帝国総統として最良だと改めて理解したヴァレンティーネが納得や満足の混ざった安心した笑みを浮かべて頷くと、カイムは彼女の言葉に笑顔で応えた。それでも最後にヴァレンティーネが一言釘を刺すと、彼は笑みに一瞬だけ総統カイムの暗い面を見え隠れさせた。
「しかし、折角の休養日なのに良かったのか?君以外にも護衛ならドロテーアとかツェーザル達を引っ張って来るのも…」
「いいんですよ、総統閣下!閣下が必要としてくれるなら、休養日だろうと当直明けだろうと来ますとも!」
「休みの意味が無いだろ…」
自分の浮かべた悪者めいた笑みに思わず苦笑すると、カイムは知らずに出していた総統としての雰囲気を掻き消すようにヴァレンティーネへなんとなしに尋ねかけた。その疑問の途中に数人の名前を出すも、ドロテーアの名前に眉を動かし反応したヴァレンティーネは慌ててかわいい笑みを浮かべて明るく応えたのだった。
その露骨なブリっ娘と労働時間を気にしないヴァレンティーネの対応に呆れるカイムは、一人呟いて広場の奥にある喫茶店の集まったカフェテリアスペースに目を向けた。
「そういえば、この近くに新しい喫茶店が出来たらしいんだ。カサンドラ女史の博物館解説は一日掛かるし…」
「ギラに怒られますよ?」
「部下を労う必要はあるだろ?休日出勤にはカフェくらい奢るさ」
カイムの視線を追ったヴァレンティーネに、彼は敢えてわざとらしく理由をつけてサボりの提案を持ちかけた。その言葉に一応職務中であり、本来総統のすべきではないことをしているカイムだったが、ヴァレンティーネはその提案に楽しそうに笑って冗談を言うと、彼もわざとらしい理由をさらに言ってベンチから立ち上がるのだった。
「なら、お言葉に甘えさせてもらいましてよ。カイム総統」
「腕を組むのは…」
「労いなのでしょう?」
「わかった、私も君の忠に応えて覚悟しよう!」
木陰の小道を歩き出すカイムを追ったヴァレンティーネが彼の左腕に抱きつくと、流石のカイムも困惑とギラにバレた時の恐怖が頭を過ぎった。
だが、ヴァレンティーネの絡みついてくる六本の腕と彼女のいたずらっぽい笑みには勝てず、カイムは己の発言に従い彼女を連れてカフェへと向かい歩き出したのだった。
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