第4幕-5
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「これはランゲ殿、御来店ありがとうございます」
「いやいや、私はあくまで付き添い人だよ。待ち合わせでね」
「あぁ、そちらの方ですか。では、こちらへ」
レストラン山猫に入ったハルと聖剣は、会計所のあるエントランスにて店の内側を覗いた。そこは柱の木材やテーブル、カウンターに年季が入っているが、小綺麗だか変な格式高さを感じさせない不思議な雰囲気であった。客達も様々な種族がそれなりの服装で食事や会話に花を咲かせていたが、変に気取ったり偉ぶったりしない気さくな雰囲気であった。何より、近代的な建物や材質のよくわからないものばかりで作られていたこれまでの建物と異なり、ハルからすると店内の物の方が見慣れている気がしたのだった。
そんな店内を珍しそうハルが覗き込んていると、黒い髪を七三分けにして燕尾服を纏ったオークのウェイターが彼女の横に立っていたランゲへと接客を始めた。そんな彼の来店の感謝に、ランゲは気軽に笑ってハルのことを片手で軽く示した。その身振りや口ぶりらウェイターは懐のメモ帳を取り出すと内容を確認し、早速二人を案内し始めたのだった。
「あの…"なんか怪しい感じだな?"」
「大丈夫ですよ。ただのレストランですから」
「"ただのレストランが“ただのレストラン“なんていうかよ"聖剣、アンタねぇ!」
「いやいや、ハルさん。これは聖剣殿に一本取られましたよ!そうですな、ただのレストランというのは、少し無理がありますかな?」
ウェイターの先導にハル達はついて行くと、彼は店の奥の階段へと彼らを案内しようとした。その途端、ハルは店の中の客から一斉に視線を受けると、その様々な種族の刺さるような目線に鳥肌を立たせて逃げるように階段を登り始めた。
その無数の視線から立った鳥肌を撫でるハルが後ろを歩くランゲに話しかけると、口ごもった彼女の代わりに聖剣が直接的な表現で話しかけた。その聖剣の気味悪がった言葉に、ランゲは軽く笑って気休めを言った。その気休めに早速聖剣が噛みつきハルが叱りつけると、ランゲは聖剣の言葉に大笑いしながら店の辺りを見回して苦笑いを浮べて呟くのだった。
「あのっ、ソレってどういうことですか?」
「あぁ、それは…」
「ランゲ様、こちらです。では…」
そんなランゲの苦笑いの呟きにハルが気になり、不思議そうな表情で尋ねかけた。そのハルの疑問にランゲが困り顔で答えようとしたが、既に階段で二階に着いてしまったためにウェイターの一声で話は途切れてしまった。
そんなウェイターの後をついて行くと思ったハルだったが、オークの男は早々に階段を降りると別の仕事へと去っていってしまったのだった。
「えっ、あの?"なんであの給仕はどっか行くんだよ?きちんと案内すべきだろ?"」
「此処から先に行けるのは、この店でも数人程度ですから。少なからず、国家保安本部の人間は店の店員並みに案内できますよ」
そんなウェイターの後ろ姿にハルは驚き聖剣は眉間にシワを寄せて先へ進もうとするランゲに文句を付けた。すると、彼はハル達へ振り返りそれなりに長い廊下の先を指さしてウインクしながら案内を始めたのだった。
「何か、小さな家みたい"古民家風ってやつか"聖剣、なにそれ?」
「まぁ、確かに一昔前の流行にはそんなのありましたがね。ここはそういう造りなんですよ。この奥です」
長く狭い廊下には三つほど部屋の扉がありそれぞれには部屋の名前の札がかけられていた。その一番奥の部屋に向けて歩くハルは、改めてその建物の造りについて軽く聖剣と話すのだった。その話し始めて間もなく、ランゲは"フリードリヒの間"と書かれた部屋の前に二人を案内したのだった。
だが、ドアノブに手をかけたランゲはその扉を開こうとせずに中の様子を伺った。
「あの…"おい、ハル。何か聞こえないか?"あっ、これって…ピアノ?」
「お二人共、静かに。音楽の演奏中は静かにするものです。それが紳士淑女の嗜みですよ」
いつまでも動かないランゲにハルは一瞬警戒をして聖剣の柄に手を掛けながら尋ねようとした。だが、聖剣が部屋の中からゆっくりと聞こえる音色に気付くと、ハルは柄から手を離して流れるピアノの優雅かつ流れるようで、その上で物悲しい音楽へ耳を傾けたのだった。
「東の国境警備はよく戦い、今日彼らの最後の任務は故郷へと帰ること…
疲れ果てて散った忠義な騎士団は、長く留まり戦うが、その力は消え去った…
だが、我らは旗を持とう、はためく旗、オーダーの血濡れの地から、全ての名誉と共に…
傷ついた旗はあらず、敵へしなる。そして、今日また常に、東の道を示す…
嵐は急ぎ戒める、先祖の魂が、過去のすべての困難は、ガルツの未来のためと…
我ら旅人になろうとも、帝国は家族、西と南と北にて、振る旗は同じままで…
たとえこの地を穢しても、歯牙にかけぬ、御旗を受け継ぐことこそ、我らの最後の願い…
もう躊躇うことなどせずに、意思のままに、オルトラントに御旗を運ぶ、御旗の望むままに…
オルトラントに御旗を運ぶ、御旗の望むままに……」
部屋から聞こえるピアノの旋律に、優しくも儚い声が詩を付けて部屋や廊下へと流れ出した。
その歌詞から、詩が戦に敗れ疲れ果てた者達への詩と解ると、ハルはその戦いが魔族と人との戦争の記憶であると理解した。
その詩は、おおよそハルが聞いていた魔族というものの価値観を大きく変えるものだった。今まで彼女は魔族というものを好戦的でおぞましい生き物と聞いていた。だが、そんな生き物が友や同胞の死を嘆き、それでも意志や誇りを護ろうとするのかと思うと、ハルはいよいよ魔族というものが本質的には人間と変わらないと確信したのだった。
その儚い歌声がゆっくりと詩の終わりを示し、部屋や廊下からピアノの音も静かに去っていくと、ランゲはようやくドアノブを捻り部屋へと入っていった。
「失礼します、総統万歳!総統、失礼を承知でまず先にそちらの方の演奏に一言言わせていただきたい」
「ランゲ大佐、構いませんよ。それに、ここには"総統"はいませんから」
「おっと、失礼。忘れていました、リヒトホーフェン殿。ここにいるのは街の自由人と…国宝の如き麗人だけでしたね」
部屋の中に入ったランゲは即座に席に座るカイムへと親衛隊敬礼をすると、勇ましくも少しだけ気の抜けた挨拶をするのだった。そんなランゲの挨拶に"総統"カイムは気さくに笑って返すとグラスの白ワインを一気に飲み干した。そんな彼の軽口に律儀に答えたランゲは、ピアノの前に座る一人の女性の元へと歩み寄った。
「フロイライン・アーデルハイト、素晴らしい演奏をありがとうございます。あの曲は…"東の国境警備隊"ですかな?まさか教…いえ、麗しき方のピアノ演奏に歌まで聞けるとは、私も運がいいですね。本番は賛美歌の合唱会での披露ですかなぁ?」
「あら、ランゲ大佐。そういうことはお上手ですね?そう言って何人の女の子を泣かせたんですか?そうですよ、近々会が開かれますので来ていただけるとうれしいですね」
「いいのですか?私は今でこそ饒舌ですが…本当は恥ずかしがり屋なんですよ?そのような素敵な会に出れば、きっと縮こまってしまいますよ!」
「あらあら!」
ピアノの演奏に歌までカイムへと披露していたアーデルハイトは、白い毛糸のワンピースを直しながらランゲの過剰な称賛に若干苦笑いを浮かべつつ社交的な態度でいなしながらカイムへと何度か目配せをするのだった。その目配せに気づかないふりをして空いたグラスにワインを注ぐカイムに、アーデルハイトは歩み寄ると彼の肩に手を当て微笑みかけたのだった。
「それで、カイムさん。どうでした?だいぶ上達したでしょう?」
「えぇ、まぁ、私はピアノはあまり上手くないですけど。そんな私が凄いと思えるから、きっと大丈夫です。きっと皆さん喜ばれますよ」
「えへへっ!」
ランゲが若干苦手なアーデルハイトの緊急批難所にされたカイムだったが、そんな彼女の圧と褒める言葉を欲する笑みとかつての小動物さが消え失せた雰囲気に彼は苦笑いを浮かべたのだった。
そんなカイムとアーデルハイト、ランゲの雰囲気に困惑するハルの姿に、流石のカイムとランゲも話を先に進めようと考えが、お互いに軍人としての表情を作り直すのだった。
「それでは、私はこれで」
「ランゲ大佐、とある人から言伝です。"任務完遂、御苦労。下のマックス達や他の方にも待機の間は好きなものを好きなだけ注文していいと伝えておいてくれ"だそうです」
「これは…親衛隊は"ザル"な隊員が多いのですよ?」
「なら私を破産させてみてくださいよ。おっと!」
「ははは!やはり私達の総統閣下はそうでなければ!では、失礼します」
親衛隊大佐として部屋から去ろうとするランゲに、カイムはあくまでも総統ではないといった具合に声をかけたのだった。その内容に満面の笑みを浮かべるランゲの冗談にカイムも軽口で返すと、彼は扉の前で再び敬礼すると静かに去っていった。
嵐のようにランゲが去っていきアーデルハイトが自分の席に座っていくと、ハルは目の前に座る青いシャツと金髪の乱れた髪に髭を蓄えた男をただ見つめたのだった。
「あの…貴方が、帝国の総統さんですか?"この国の総統ってのは“カイム・リヒトホーフェン“って言うんだったよな?"見た目は、街の写真とかとは全然違いますけど"同じ名前の人がこれだけの警備の中にいるとは思えねぇな"そうなると、貴方が総統さん以外に考えられませんから」
そのカイムのわざとらしい変装した姿を前にしても、ハルと聖剣は目の前の男を総統カイム・リヒトホーフェンと断定すると彼に二人がかりで問いただしたのだった。
その二人がかりの問いかけと聖剣の口調に、カイムは不思議とその緩んだ空気からある程度冷たいものへ変えねばならいと感じたのだった。
「ええ、そうですよ、ネーデルリア三重王国の国王、エデュアルト・ファン・デル・ホルストの娘、ハル・ファン・デル・ホルスト第二王女」
「何で、私だけじゃなくてお父さん…いえ、えっと…"おい、てめぇ、何であのクソジジイのことも知ってんだ?"聖剣、アンタ!」
「まぁ、立ち話もなんですから。席に座ってゆっくりと話しましょうよ」
敢えてハルの国や父親の名前、彼女のフルネームまで付け加えたカイムは、自分なりに悪の首領めいた雰囲気を出すと睨むとも微笑んでるとも言えぬ不気味な表情を浮かべたのだった。
その雰囲気の一点はハルより聖剣に効果があり、彼は一気にカイムへ冷静な警戒をしようと不用意な敵意を抑え始めたのだった。その流れを上手く利用しようとしたカイムがハルへと軽く座るように促したのだった。
「"ふざけるな!いい加減にしろよ、独裁者!テメェは…"」
「君こそいい加減にした方がいいと思うぞ?私とて、多少は修羅場を潜って来たんだ。その程度の粗声で怯える程度の雑魚と思うなよ。喋れる程度でいい気になるなよ武器ごときが」
だが、その若干の猶予に聖剣は再びカイムに怒鳴りつけた。その言葉にカイムはかつて聞いたことのある独裁者という言葉に片眉を動かした。その聖剣の言う"独裁者"という言葉への反射的に発するような悪意を前にして、彼は少し怒りを覚えた。カイムの政治思想的には、人の社会は人が最大限に幸福を求めた結果の形であると考えていた。だからこそ、たとえ様々な問題を起こしてきた独裁政権であっても、それが独裁だからと頭ごなしに否定する偏見持ちをカイムは極端に嫌っていたのだった。
その怒りを出来るだけ抑えつつ、カイムはできる限りの圧と怒りを込めて聖剣へとどやそうとしたが、思わず過剰にその怒りを顕にし過ぎたのだった。
その怒りを顕にし過ぎたカイムが慌てて雰囲気を戻し言い過ぎたことを謝罪しようとすると、先にハルがカイムへと深々と頭を下げるのだった
「すみません、カイムさん!聖剣、貴方にどんな考えがあって何にがあったか、教えてくれないなら何も聞かないけど失礼なことは止めて。それに、この人は悪い人じゃない。ポーリアにいたソシア連邦の人達とは何か違うよ。"だっ、だけど、こいつは独裁政治を…"いいから!本当にすみませんでした!」
カイムへと頭を深々と下げるハルは、謝罪の言葉を述べつつ聖剣の反論を自身の感覚論だけで言いくるめようとした。それでも止まらない聖剣の主張に、彼女は無理矢理自分の口の使用権を取り戻すとカイムに謝罪を続けたのだった。
「新手の腹話術みたいだな…」
「そう見えます?」
「いや、だとしたら発音から単語の選び方まで変わりはしないさ。軽口ですよ、気にしないで」
そのハルと聖剣のやり取りを興味深げに観察していたカイムの独り言に、ハルは申し訳無さそうな笑みを浮べて尋ね返したのだった。その言葉にカイムはむしろ楽しげな笑みとその発音から何まで本当に変わる彼女達の存在に、カイムは大いに興味を示したのだった。
「私は、堅苦しいのが嫌いでしてね。こういうときは、食事でもして酒でも回した方がいいと思うんですよ。あぁ、そうだ。私が、ガルツ帝国総統カイム・リヒトホーフェンです」
「えっ、そんなサラッと自己紹介するものなんですか?"ちっ…んだよコイツ"ええっと、ハル・ファン・デル・ホルストです」
「ハルさん、メニューから好きなもの頼んでいいですからね。じゃんじゃん食べてどんどん飲んで前置きみたいな話してから、面倒な話をしましょうよ。せっかくの秘密会談なんですから、少しくらい悪ぶってみましょう」
「はっ、はぁ。"いいのかよ、こんなんで。しかも好き勝手飲み食いすることが悪いことって、小悪党でもしねぇよ"」
「まぁ、支払いは私の懐から支払われるんですけどね」
そんなカイムの激しい落差を付けた雰囲気の変化に、ハルは驚き聖剣は大人しくなると二人はテーブルの席へとついたのだった。そんな二人にカイムはメニューを渡しつつ軽い冗談のような本気を述べ、前置きの話を始めたのだった。
「あの…それで、貴女は?」
「あぁ、そうでしたね。アーデルハイト・ゲーテと申します。リヒトホーフェン総統閣下の親衛隊で文官をしてます」
「あっ、早速嘘ついてまぁ。教皇猊下が文官なんて適当なこと言ってていいんですかね?」
「きょっ、教皇!"んだよ、独裁者は政教分離原則を知らんのか"」
「事実でしょう?そういうこと言うなら、"自由人カイム"ごっこ止めたほうが良いと思いますよ?」
「いやぁ、形だけでもって思いましてね?それとそこの剣よ、"政教分離原則"くらい知ってる!何なら市民権のなんたるかをじっくりか話すかぁ?」
そんなカイムに驚くハルは、ふと彼の隣りにいたアーデルハイトの存在を改めて思い出すと彼女に気まずそうに尋ねかけた。困ったように話しかけてきたハルへアーデルハイトがカイムよろしく自分の偽装した身分を説明したのだった。
そのアーデルハイトの偽装身分にカイムがワインを呷りながら指摘すると、その内容にハルは驚きと困惑の表情を浮べ聖剣はさっそくカイムをどやしたのだった。カイムの指摘にアーデルハイトもワイン片手にカイムへと言い返し、カイムもカイムでハルと聖剣を巻き込みつつ会話に無理やり参加させようとしたのだった。
「"おい、お前らひょっとしてもう呑んでんだろ?出来上がってるんじゃないか?"えっ、まさかあの空き瓶って!」
「いやいや、君達が中々来るのが遅かっかたからね。まぁ、これぐらいは気付け薬程度ですよ。それに酒が回ると食欲も出るでしょう?」
そのカイムとアーデルハイトの酔い方を怪しんだ聖剣がハルの頭を借りて辺りを見回すと、部屋の奥の方には積み上げられた空き瓶がまるで山のように積み上がっていたのだった。
その空き瓶を赤い頬で一瞥したカイムは、笑いながらまた空になったグラスにワインを注いだのだった。
「心配しなくても大丈夫ですよ、ハルさん、聖剣さん。いざとなったら、私がカイムさんを叩き起こしますから」
「はっ、はぁ…"こんなんで大丈夫かよ?"」
「色々と騒ぎも起きましたし、ここくらい気楽に行きましょうよ」
ワインを注ぐカイムの背中を全力で叩くアーデルハイトの姿や発言に、少し前まで美声と悲しげな詩を歌っていた人物が同一人物だと思えないハルと聖剣が困惑する中、剣聖ハルと総統カイム秘密の会食が幕を開けた。
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