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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第6章:死にゆく者に花束を
293/325

第4幕-4

趣味で書いているので温かい目で見てね。

「ヨーゼフも、感情の中に死んでく…冷静さは人をどこまでも強くし、冷酷さはあらゆる願望を叶える…」


 摩天楼のデルンの街において、シュトラッサー城の城下町だけは建築基準法において城より背の低い建物しかなかった。

 その城下町の一角にあるレストラン山猫は、年季の入った小ぢんまりとした木造の二階建てレストランだった。

 その一階にて、マックス・ブシュシュルテは窓際の座席で一人コーヒーを片手に読書をしていた。

 その姿は、嘗て細身で小柄な少年だったとは考えられない程に身長が伸び、その肉体は鍛えられていた。だが、その大きな瞳に整った童顔、長い手足や指とその体つきは、不思議と彼に女性らしさも与え、中性的な美しさを感じさせた。

 金色の長い睫毛の目元を細め、口を付けたカップをテーブルのソーサーに戻すと、マックスは手垢のついた小さな文庫本のページをゆっくりとめくった。その姿は、親衛隊将校の制服のデザインも相まって、まるで映画のワンシーンのようにも見えるのだった。

 そんなマックスが「審判」をテーブルの上に置いて呟くと、彼の元に一人の親衛隊士官が歩み寄ってきた。ブーツの踵を鳴らし親衛隊敬礼をする彼女に、マックスは再びコーヒーを口にしながら自分の対面の席へと座るように片手で促した。

 そのマックスの指示に従うように、親衛隊士官の女は脇に抱えていた帽子テーブルに置くと席へと腰掛けた。灰色の髪に馬の尻尾を生やしたフルドラの女は、帽子によって潰れていたオオヤマネコの様な耳の先の毛並みを整えると、歩み寄ってきたウェイターに指差しだけでコーヒーを注文したのだった。


「長官、ランゲ大佐がシャハト中将の車両を確保しました。定刻通り、1900時に到着するそうです」


「やはり、ランゲ大佐を高速で待機させたのは正解でしたね。シャハト中将のことです、きっと"予定外の流れで国防軍の命令違反者どころか親衛隊も撒いてしまおう"と考えたのでしょうけど。あの方はどうにもこうにも最後の最後で詰めが甘い」


「長官の国家保安本部に捕まえられぬものはありませんよ」


「ありがとう、ビルケンシュトック大尉」


 親衛隊大尉であるラーレ・ビルケンシュトックはたわわな胸を押し込み胸ポケットから手帳を取り出すと、再び審判のページを捲り始めたマックス手帳にその内容を説明し始めた。その報告にマックスは本の内容を見つめながらも、満足そうに笑みを浮かべて頷くのだった。

 そんなマックスの反応に、ラーレは自信に満ちた笑みと共に胸を張ると、そんな彼女へマックスは礼の言葉を述べた。

 そして、マックスは窓の外の静かな街を見つめながら、審判に挟んでいた栞を手で遊ばせた。

 沈黙の中、ラーレの元にコーヒーがやってくるとマックスは飲むように彼女を促した。マックスに軽く頭を下げるラーレがコーヒーを飲む中、彼は栞をテーブルの上に置くとその栞の絵を指差した。


「ラーレ、私はハチを素晴らしい生き物と思うんです」


「ハチ…昆虫の蜂ですか?」


「総統閣下のご厚意でデルン大学へ入学していたときに、研究していたんですよ。ミツバチの研究でした」


 マックスの栞には、一匹のミツバチが丁寧に描かれていた。その絵を指差して語りかける楽しそうなマックスに、ラーレはカップを置くと不思議そうに尋ねた。

 そんなラーレの反応に、マックスは栞を文庫本に挟むと窓の外を見つめた。


「彼等は女王蜂を中心として働き蜂が巣を作り、食料を集め、外敵を追い払い生存圏を確保しているんです。その指揮系統は完全であり、それぞれの労働の義務もあるのですよ。人間社会と似ています」


「確か、"社会性昆虫"と言いましたか?」


「その通り。彼等は厳格な"社会"の元に生活し、労働の義務を全うしている。女王のため、巣のため、種の繁栄のために」


 窓の外を歩く人通りを見ながらマックスは静かに淡々と呟いた。その口調は確かに淡々としていたが、ラーレには明らかに彼が楽しそうにしていると思えた。

 そんなマックスの説明を受けて、ラーレが思い出したように呟いた。その呟きに、彼はテーブルの上に両肘を突くと掌を合わせて口元に寄せた。口元を隠し語るマックスは少し微笑んでおり、その柔和な笑みに反した話す内容にラーレは軽く苦笑いを浮かべたのだった。


「彼等は外敵から巣を守るとき、敵に喰い殺されることも己の寿命の低下も厭わない"熱球形成"という攻撃を行うんです。とても素晴らしい生き物でしょう?」


 マックスの語る内容がいよいよ不穏になってきたとき、笑みを浮かべる彼にラーレは真剣な笑みを浮かべると、彼を瞳をじっと見つめた


「長官は、"我々もハチのようにあるべき"だと?」


「いやいや、ラーレ。私達とハチの最大の相違点は"感情がない"ということです。感情とは、ガルツ人の明日への希望を生み出すものです。人にはとても必要なものだ」


 真剣な表情に暗い口調でラーレはマックスに言葉の真意を尋ねた。その表情はマックスには真剣というより若干引いているように思うと、敢えて彼は笑み消してなんとなしに応えた。

 その表情にラーレはマックスの話が冗談と解り、その整った顔に安心したような笑みを浮かべた。


「つまり、私が言いたいのは"最も効率的な組織こそが世界で生き残る"ということですよ。それは、たとえどれだけ辛く過酷なことでも遂行する忠誠なんです。かつて、貴女が無数の国賊の頭を割ったように。ハチやアリのように、黙して淡々と任務を確実に熟すこと。総統閣下のご意思をこの世に刻みつけること。それこそが私達がこの国のため、総統のためになすべきことなのです」


 だが、ラーレが安心したのも束の間にマックスはコーヒーを啜りながら楽しげに不穏な内容を続けた。その内容にラーレは顔に苦笑いを浮かべ、瞳には完全に気まずさが見えていた。


「"最愛の人や家族の恨みを果たす"と"総統閣下の命令"のどちらかを選ぶときに"最愛の人や家族の恨みを果たす"を取るような組織は生き残れない。この"仇を目の前にして何もできない苦しみ"も我々ガルツの民や総統閣下のご意思を守るための致し方ない犠牲です。これに耐えられない等と言うようなら、そんな組織は遅かれ早かれ消えるべきだ」


 ラーレの気まずさを完全に無視したマックスは楽しげに語りだすと、彼の熱く偏った考えを披露した。

 そのマックスの考えにラーレは賛同できるものの、国防軍を目の敵にし過ぎる彼には流石に反応へと困り果てるのだった。


「長官、ランゲ大佐の車が到着しました!」


「来ましたか。では…」


 そんな困ったラーレを救うかのように現れた親衛隊の若いトラ獣人の兵士がやってくると、マックスとラーレに敬礼しながら報告を周りに聞こえないよう小声で言うのだった。

 その報告にマックスは答えながらすぐに立ち上がり、まだコーヒーを残していたラーレにそれを早く片付けるよう促しながらテーブルに代金を丁度置いた。そんな彼の急かしにラーレは一気にコーヒーを飲み干すと、既に店の扉へと向かうマックスを追いかけた。


「ブシュシュルテ長官、お待たせしました。いや、"御婦人は男性を待たせるもの"と言いますが間に合いましたかな?」


「時間通りですよ、大佐。流石に国家保安本部の精鋭ですね」


「それは良かった。高速道路で逢引した甲斐があったというものですよ」


 レストラン山猫の前にある通りは、二車線のそこまで大きくない通りだった。その通りに大型のクロスカントリー車を先頭にした3台の車列が止まると、中からはカジュアルなスーツ姿の鷹の頭をした大柄の男が現れた。そのランゲ大佐は背の高い細身な鳥人であった。

 灰色の羽毛を撫でながら肩を鳴らすランゲは、マックスの姿を見ると小走りで駆け寄り親衛隊敬礼をした。そんな彼にマックスも答礼すると、ランゲは軽く後頭部を撫でながら軽口を混ぜた謝罪をした。

 その謝罪に答えたマックスがクロスカントリー車の後ろに止まる赤いスポーツカーを一瞥しすると、ランゲはまた冗談を混ぜつつスポーツカーの扉を優雅なドアマンのように開けるのだった。


「ここは…"周りの建物は普通って感じだが、どうも“周りにいるやつら“だけは違う空気だな"なんだろう、なんだか寒気がする」


「シャハト中将、これは…」


「私服の秘密警察が周辺を固めていますね。一体いつの間にこれだけの人数を帝都内に…」


「てことは、タピタ達も今頃は捕まってるって訳か?全く…ツイてない…」


 開かれた扉から出てきたハルは、辺りを見回すとその雰囲気に身震いした。ゴシック様式な建物が多いその通りは、日が落ちた後ということもあり不思議と寂しさを与える雰囲気だった。

 だが、聖剣がハルの口を借りて言った通り、その通りは寂しさとは違う異様な冷たさに溢れていた。

 その原因を悟ったズザネは、胸元のホルスターを服の上から擦りつつローレの側によった。当然ローレも周りの状況を理解すると、ズザネの呟きに答えつつ辺りを見回した。一件するとただの街の通りだが、そこを過ぎゆく人々に何かを感じたローレは秘密警察の存在とその人員の多さに驚くのだった。

 そんなローレとズザネと少し距離を置きハルの側に立ったパトリツィアは、露骨に嫌そうな顔を浮かべると悪態と共に銃を取り出そうとしたのだった。


「Oh, de jonge dames die je lieten wachten. Ik ben op mijn bestemming aangekomen《おぉ、お待たせしましたお嬢さん方。目的地に着きましたよ》」


「えっ、ネーデルリア語?"おいおい、コイツ本当に魔族か?"あの、貴方は?」


「おお、凄い。ここまで流暢なガルツ語を喋るとは、私の語学力もまだまだでしたな」


 パトリツィアが悪態を言い切る前に、ランゲ大佐は周りの状況に動揺する3人へと声をかけた。その気取っているが鼻につかない態度と共に流れる流暢なネーデルリア語は、母国語とするハルと聖剣を驚かせた。

 それと同時にハルと聖剣の流暢なガルツ語に驚くランゲは、ハルの疑問に答えるように優雅にお辞儀をするとハルの手を取りその甲にキスをした。


「女性に名乗らないのは失礼でしたな。私はハインツ・ランゲ親衛隊大佐です。よろしく、ヒト族の姫君」


「あっ、はい。"なんだかどこかの“議員“みたいな奴だな。下手な役者みたいだ"あっ、聖剣、あんたまた!」


「そうだった、"喋れる剣"殿もはじめまして」


「"あぁ、こりゃどうも"」


 そのランゲの優雅さや大仰な語り口調はまるで性格を作った役者のようであり、自分達を追い回していた人物にも関わらず、ハルも聖剣も不思議と悪感情を抱かけなかった。

 そんなランゲに聖剣はせめて嫌味の一つをいったが、逆にランゲは笑いながら聖剣にも挨拶をすると彼を呆気に取らせたのだった。


「シャハト中将、ここからは親衛隊が一旦引き継ぎます。詳細の報告は後ほどしますので…」


「ランゲ大佐、これは明らかに越権行為です。こちらの行動は総統閣下から…」


「その総統閣下からの命令でも、愚かしい思考をする者達を抑えられないのが貴女方でしょう。なぁに、彼女が髪飾りを取ったとしても、親衛隊は彼女を守りますよ。"総統閣下のご意思"は我らの最も護るべきものですから」


 呆気に取られる聖剣と顔を赤らめるハルに再びお辞儀をして一旦離れたランゲは、ハルとの会話を睨みつけるように見ていたローレに丁寧な口調で説明しようとした。

 そのランゲの眉間を貫きそうな冷たい視線を向けるローレは、将官としての威圧感をもってランゲの話を遮った。その身に纏う雰囲気は周りの空気並みに冷たいものだった。

 だが、ランゲはそのローレの雰囲気にも負けず彼女の話を遮り返すと指を組んで困った表情を浮かべながら説明した。その内容にある"総統閣下"という部分で反論の言葉に迷ったローレは、言葉を失い黙ったのだった。


「ランゲ大佐、国防統合本部のオイゲン少佐です。これはシャハト中将の言うとおり、親衛隊の越権行為です。第一、あなた方は…」


 明らかに不利を悟ったローレの横からランゲに立ち向かったズサネは、統合国防本部の身分証明を出しながら親衛隊の行動を批判しようとした。だが、彼女の話し出しさえ半分笑って受け流すのだった。


「貴方は!"総統閣下"の名を使うことを…」


「失礼…ではオイゲン少佐、貴方は"犬が正しいと思うなら飼い主の手を噛みちぎって良い"と?」


「なっ…ブシュシュルテ長官!そんなことは…」


「総統閣下からは許可が出ています。何より、"一時的"にですから。貴女の同僚方が何もしてこない限りは、私達は中立ですよ」


 ランゲの態度が頭にきたズザネは、彼へ対して怒鳴りつけようとした。

 だが、ズザネの怒りもランゲとの間にマックスが割って入って来たことにより一気に沈静化した。彼の放った皮肉、威圧感や上官の圧力はスザネの許容範囲を超えており、カエルの潰れたような声を出すと、マックスの説明に黙るしかなかった。

 その間にもランゲはハルの手を取り彼女と聖剣を店の中へと案内しようとしていたのだった。


「ハルさん、こちらへ」


「えっと…"おい、ローレさんよ!信じていいのか?"聖剣、そんな言い方…」


「大丈夫ですよ。我々はただの晩餐会の警備ですから」


 同じ魔族同士でも、ローレ達と明らかに気質の違うランゲやマックス達親衛隊を前にしたハルは、ランゲの誘導に不安げな表情を浮かべるとローレ達の元へ振り返った。そんな彼女にランゲが優しげな言葉をかけても、ハルはまだ不安の表情のままだった。


「大丈夫、彼等は猛犬なだけで狂犬ではないから」


「ハルさん、気をつけて」


「困ったら叫んでその"クソ生意気な剣"で抵抗しろ。そうすれば、あたし等がそっちに行くから」


「はい"ちっ、言われなくても!"」


 心配そうに見つめるハルにローレ達か励ましと応援の言葉をかけると、彼女はランゲの開けた扉の中に入っていったのだった。


「変に紳士ぶって、気味悪い男だな何だあれ?」


「そういえば、ランゲって名前を聞いたことあがあるような…ランゲ…?」


「"狩人のランゲ"」


 扉の中へ一礼して去ってゆくランゲの姿に、パトリツィアは親衛隊が周りを固めているにも関わらず平然と悪口を垂れた。その悪口から何かを思い出そうとするズザネが目元を撫でる中、ローレは一言あだ名を呟いた。

 そのあだ名はパトリツィアの記憶に深く残っていたようで、聞いた瞬間に彼女は驚きに声を失った。


「親衛隊…狩人…あっ!"狩人"って、あれか?"ハイルガルトの山奥のニタウ村に居た反帝国主義者を住民も含めて村ごと焼いた"って」


 そのランゲの親衛隊の国家機密闇に葬られた蛮行を思い出した。その内容にズザネは顔を青くしながらパトリツィアの顔を凝視し、ローレは唇を噛み締めた。


「南部のカプリフィ公爵家は統一戦争で戦力の殆どを領地防衛に回し、どこより早く帝国へ降伏した。今でこそカプリフィは文科省の重役で納税額は帝国貴族でも上位です。ですが、あの家の八男は王国軍人で帝国へ投降すれば国家反逆罪」


「そうです、シャハト中将。彼は断罪を恐れた。あの時投降していれば、ただの銃殺で済んだ。だが、彼は帝国と総統閣下の打倒を貴族3人と兵25人の残党28名と共に目指した。ニタウ村の住人を洗脳してです。その村を焼いたのが彼ですが、南部出身のガンプケ大尉には、好ましくない相手でしたか?」


 ローレの説明にマックスが嘗ての事件を良くも悪くも懐かしそうに思い出すと、大まかに語ってみせた。その内容はその場に居合わせたマックス以外の全員に苦い表情をさせた。

 その嘗ての事件と自分の出身を並列化されたパトリツィアは、マックスをただ黙って睨んだ。


「ちっ…」


「なっ…貴様!」


「ビルケンシュトック大尉…嫌味ではないのですよ。それに、村を残党ごと焼いて住民を助けられなかったのは、我々も反省しているんですよ。だからこそ、一年の禁固刑も甘んじて受け入れた。すべての人間にとって、悲劇でしたからね」


 マックスと目のあったパトリツィアは、その何も感じていないかのような目から顔を背けると大きな舌打ちをした。

 その舌打ちにラーレが食ってかかろうとすると、マックスはソレを止めながらパトリツィアへ軽く言い訳をした。その口調は業務的かつ反省していたのか判らないような響きがあり、拳を震わせたパトリツィアはやり場のない怒りを抑え込んだのだった。

 そんなパトリツィアの肩を軽く叩いたローレは、ラーレの警戒する視線を真っ向から受けながらマックスの目の前に立った。


「一体、何を企んでいるんです?あなた方は嘗て行った悪行を忘れたわけじゃないでしょうね!」


「おや?一体何のことやら?悪行ですか?」


「多くの議員を後ろ暗い情報で脅し親衛隊に様々な特権を認めさせて、親衛隊を国防省から完全に独立させた上に未にその組織拡張を行い、多くの予算を取っているでしょう!今じゃ、親衛隊の戦闘部隊だけで一個軍団規模はある!」


 真っ向から向き合うローレとマックスは、一切表情を変えることなく淡々とした言葉の応酬をした。だが、ローレの言葉の端には込み上げる怒りが見え隠れしており、敢えてマックスが軽く挑発すると一気にその怒りは吹き出したのだった。

 眉間に指を差され憎らしげに睨むローレの視線は、それだけでも人を殺せそうなものだった。だが、マックスは一切動じることなく、後ろに控えているラーレに軽く指先で指示を出した。


「勘違いなされているようだがシャハト中将、親衛隊の行動原理は"総統閣下への忠誠"にあります。素晴らしき帝国議会の議員の方々も、それを理解したのでしょう」


「どの口が言いますか。議員達の買収さえし、挙げ句に政治工作まで行って…」


 ラーレが近くの建物の壁際に控えさせていた親衛隊員から書類を受け取っている最中、マックスはローレの親衛隊に対する批難への反論を述べた。自信と揺るがない忠誠心からくるその言葉にはローレも背筋が冷たくなるばかりで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると更に批判の言葉を吐き捨てた。


「ガルツのために創造し、戦うということが私達の使命ですよ。そのゆるぎない信仰という原動力によって成し遂げたことにを皆がきちんとその価値を測った結果です」


 ローレの吐き捨てた言葉にも律儀に答えるマックスのその一言には、一切ぶれることのない本心が見えていた。

 だが、その本心はローレの怒りにガソリンを撒き散らすと、彼女は彼の襟首を掴んだのだった。


「"賊軍残党狩り"を称して総統の権利改正派議員を中立の議員ごと暗殺して、賊軍残党の決起を誘発させたのは悪行じゃないというのですか!」


「"一流の士は口を閉す"というのに、貴女は国防省と同じく"お喋り"が多いようだ」


「ブシュシュルテ、だから総統は貴方達親衛隊の過剰な行動を制しようとしてるんです。あなた達はいつもやり過ぎる。総統が虐殺を望むような…」


 嘗て親衛隊が行った蛮行に腹のたったローレの怒りの言葉は、今まで平常心を保っていたマックスを静かに怒らせた。

 その怒りに気付かずマックスへと突っ掛かるローレだったが、抵抗しなかった彼は遂に襟を掴むローレの手を勢いよく片手で払うと、殺気に満ち溢れた視線を彼女へ叩きつけた。


「我らが"総統閣下カイム・リヒトホーフェン"を廃して帝国を軟弱にしようとする者を吊るし首にことは、"虐殺する"とはいわず"駆除する"と言うんですよ」


 怒鳴るとも言えず語るとも言えないマックスの怒りの言葉は、ローレに異色な恐怖感を与えた。


「そもそも、奴等は内戦で散々総統閣下に救って頂いた恩を忘れた連中です。"国のために尽くす"と言っておきながら、裏で私腹を肥やし、怠惰を極め、情欲に溺れる豚です。そんな豚が、総統閣下のおわす帝国議会で鳴き声を上げるなど、おかしな話でしょう?"人には人"の、"豚には豚"の世界があるのです。棲み分けはきちんとすべきだ。それが生者と死者への区分けとしても」


 その"国家と総統カイムを思う確固たる信念"を持つマックスの正義に、ローレ達は言葉を失った。さらに、彼の意見をその通りと言いたげにラーレや聞いていた親衛隊員が頷いてみせた。


「いっ…イカれてやがる」


「親衛隊…いえ、国家保安本部とは、"反帝国への恐怖と戦慄の体現者"ですから」


 思わず出たパトリツィアの感想に、マックスは満面の笑みで答えながらラーレの渡す封筒を受け取り、その中身を確認した。

 その封筒の中身をマックスが少し取り出しだした一瞬を見逃さなかったズザネは、そのリストのような物に書き込み方に大いに疑念の表情を浮かべた。


「閣下のためにも、私達がやらなければならない。他の誰がやっても、自分の利益を図るか、組織を濫用するかしてしまうからです。だからこそ…」


「こっ…これは?」


 そのズザネの視線に気付いたマックスは、封筒を数回片手で叩きながらズザネに渡した。

 その時の不穏な言葉に、ズザネは直ぐに封筒を開けて中身の8枚を確認すると言葉に迷った。

 その書類はタイトルもなく無数に名前が書き連ねられたリストだった。そのリストはAから順に名前が敷き詰められたものであり、仕事から住所までの個人情報が書かれていた。


「私の優秀な部下からの報告書です。"国防省における不穏な行動を計画した者達"の一覧です。半日で簡単にまとめたものですので、読みにくくても我慢してください」


「なっ…こんなに!」


「おいおい、議員に文官、士官どころか兵まであるぞ!」


「ブシュシュルテ長官…一体これはどういうことで?」


 その書類を不思議そうに眺めるパトリツィアと詳細を考え込むローレが見詰めると、マックスはまるで夕食の内容を説明するような気軽さで書類の詳細を説明するのだった。

 そのマックスの飄々とした説明にスザネは名前の多さ、パトリツィアは人物の詳細に驚き、ローレはそんな機密を譲渡してくる彼の意図が気になった。


「この一覧の譲渡は私の独断です。ですが、総統閣下が"魔族の平和と発展"にあの"劣等種族(ヒト族)"を使うと判断されたのならば、私達はそれに従う。私達は総統閣下の理想の実現が任務ですから」


「まさか…全員捕まえろと?」


 マックスの国家保安本部長官としての独断に、ローレは国防軍人としての恐怖を覚え、その内容を吐露した。流石の内容にスザネとパトリツィアも名前の多さとの上層階級者も多いことに呆気にとられた。

 だが、マックスは軽く笑みを浮かべると直ぐにその笑みを片手で隠し、吹き出しながら笑った。その笑いは一瞬だけであり、異様に馬鹿にされた空気を前に3人は不快な表情を浮かべた。


「いえいえ…捕まえろとは言いませんし、私達に引き渡し強制収容所へ送れとは言いません。さらには、拘束しろともね。ただ、"総統閣下の邪魔をさせるな"と言いたいんです。実行の明言と引き換えに…」


 直ぐに笑い終えたマックスは、まるで機械のように冷静な口調へ戻った。その激変に気味悪がるパトリツィアを一瞥しながら、マックスはローレへと己の意図することを述べた。

 そのマックスの命令するような口調に眉をひそめるローレだったが、彼女はそれよりも彼が言葉尻を濁し胸元から小さな封筒を取り出すのが気になった。

 その封筒は総統の蝋印が押され、明らかにカイムからの直接命令が入れられているものであった。


「今後の行動計画書ですか?」


「その通り。これを渡しましょう。しかし、総統閣下が信頼して渡す任務が不穏分子がいる組織に実行されるのはおかしな話でしょう」


 その封筒の中身を察したローレは、苦い表情を浮かべて尋ねた。

 それに答えるマックスは至って平然と毒を吐くと、ローレ達を選択の余地のない状況へと追い込んでいった。


「くっ…クラウゼヴィッツ将軍に連絡させてください…」


「もちろんいいですとも。考える時間も大いにあげますとも。なにせ、貴方方にとっては時間だけは大いに余ってますから」


「どういう…ことです?」


 国防軍の面子を守ることや親衛隊の暴走の抑止、カイムの意思を守ることなどの様々な思考を巡らせたローレだったが、その結論はマックスに従うこと以外なかった。

 だが、ローレはせめてもの意地としてヨルクへと連絡し国防省の体面と親衛隊の国防省への浸透を抑えようと考えた。その要望はあっさり通ると、マックスはすぐにでもスマホを出して電話しろと言いたげに手を差し出した。

 その時のマックスの意味深な一言にローレか疑問を覚えて尋ねると、彼はその瞳に楽しげな輝きを持たせると語りだしたのだった。


「国防省が安定するまでの間、総統閣下自らあの劣等種族に帝国内を散歩(周遊)させるというのですから」

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