第4幕-3
趣味で書いているので温かい目で見てね。
日の落ちたガルツ帝国首都デルンはあちこちの明かりが街中を照らし、多くの車両が道路を走り回っていた。
その車両の多くが蜘蛛の巣の様に張り巡らされた高速道路にて、一台のスポーツカーが駆け抜けていた。流線型の真紅のボディに銀の装飾がされたその車は、猛烈な速度でアスファルトを蹴りつけながら、4列の車線を他の車を避けながら縦横無尽に駆け抜けていた。
「わぁ…凄い…まるて天まで届きそう"流石に天までは無理だろ"」
「これでもデルンの建物はそこまで高くない。ここには皇帝の城があるから、過剰に高い建物建設は建築基準法で禁止されてるんだ」
「建物を建てるのに法律がいるんですか?"そりゃいるだろう。俺達が国に入るにもこんだけ手間がかかるんだからな"」
「あんたらがヒト族だろうとなんだろうと、法治国家には必要なことさ」
そのスポーツカーの中で、楽器ケースを抱えるハルと聖剣は猛烈な速度で流れる窓の外の摩天楼を見上げていた。その高さやガラス張りの外装に感嘆の声を漏らしたハルだったが、その言葉に隣の席のパトリツィアは薄っすらと青い顔をしながら軽く説明をするのだった。
そんなパトリツィアの言葉に不思議がるハルに、聖剣は皮肉を込めて呟いた。その皮肉へ眉間にシワを寄せるパトリツィアは、苛立つように呟いた。
「それはそれとしても、道が地上よりも高いところにあるなんて、本当に凄い技術ですね!」
「一般道じゃ交通量に対応しきれないし、法定速度もあるからな」
「“法定…速度“?"道路で出せる速度の制限だよ"速度に制限を出すの?そもそも、馬車の速度なんてどうやって解るの?」
「ヒト族の車には速度計もないのか…」
露骨に嫌な表情を浮かべたパトリツィアを見たハルは、その暗い雰囲気を変えようと別な話題を出した。その内容に渋い顔を浮かべたままパトリツィアが答えるも、ハルの湧き出す疑問を前に呆れた表情で頭を抱えるのだった。
「んー、いい感じ。やっぱりこの子はいい車だなぁ!ありったけ改造した甲斐があったなぁ!」
「あっ、あのローレ中将!流石に飛ばし過ぎでは?」
「速度無制限区画なんだから、出せるだけ出さないと!それに長いこと放置してたから、モートルをありったけ回してあげなくては!」
「あっ!じっ、事故だけは!事故だけは勘弁してください!」
その真紅のスポーツカーをローレは満面の笑みで華麗に運転していた。だが、その隣に座るズザネの表情は完全に真っ青であり、他の車を追い抜くためやカーブで揺れる車の動きで完全に酔っていた。
それでも、まだ一部平静なズザネの精神がなんとかローレを諭そうとするも、運転で盛り上がる彼女はそれを右から左に受け流すと、更にアクセルを吹かした。
そのアクセル音に肝を潰したズザネは一瞬だけ悲鳴を上げると、これ以上酔わないために窓の外を見つめるのだった。
「これだけ早い“車“に“新幹線“、“飛行機“ってやつにこれだけの技術…"おおよそ聞いていた話とは違うよな。魔法が使えないってだけじゃない訳だったな"聖剣、なんか反応が薄くない?"気のせいだよ"」
「そりゃそうだ。なんたってあの"総統閣下"が復興政策を指揮してたんだからな」
そんな前部座席のやり取りを知らずにハルは少し荒い高速運転で未だに酔うことなく窓の外を観察し続けた。その感想に聖剣が聖剣が呟き2人が軽く話していると、嗚咽し苦しげなパトリツィアは苦しそうな声で呟いた。
そのパトリツィアの言葉に、ハルは少しだけ不思議そうに小首をかしげるのだった
「あの…気になってたんですけど少し良いですか?」
「なんだい、ハルさんよ?」
「この国って、確か帝国…なんですよね?"ガルツ帝国って名前だったな"」
「そうだよ、今も昔もこの国は"ガルツ帝国"さ」
「じゃあ、さっきから話題に出る総統って言うのは何なんですか?どうにも聞かれることは多くてもこちらから聞く機会がなくて"確かに、あれこれと話を聞くがどこでも出てくるのは“総統“ってのばかりだしな。総統と皇帝って言葉は意味合い的に同じだろ?それに…まさかな"」
ハルの不思議そうな顔にパトリツィアは顔のマズル当たりを撫でつつ深呼吸しながら応じた。その反応に、ハルは聖剣と疑問の前置きをした。その言葉に、パトリツィアは今更といった感情を懐きながら答えると、後部座席の窓をうっすら開けた。
外の空気を窒息しそうな鯉の様に吸うパトリツィアの背中を擦るハルは本題となる疑問を彼女に投げかけた。
その疑問を聖剣も感じていたらしく、自身の中の疑問をつらつらと述べた。その声の端々には不思議と棘があるように響き、最後には悪感情の見え隠れするものとなっていた。
「"総統"か…法律については疎くてな?なぁ、ズザネさんよ?」
「ハルさん、総統というのはこの国の役職名ですよ。そうですね、他の国の言葉なら"Prime Minister"が近いでしょうか。立法や各予算の決定権に軍の指揮権もありますから、ざっくりと言うと皇帝陛下の代理兼雑務担当でしょうか」
外の空気を吸い幾分か気分を戻したパトリツィアは、その聖剣の声をあえて無視した。そして、彼女の疑問に胸を張って答えるのかと思いきや、直様にズザネへ答える役割を回した。
たとえ気分が悪くてもズザネは後部座席の話をきちんと聞いていたらしく、少し言葉を迷わせながら出来るだけ解りやすく答えた。その解答はハルの思考に上手く届いたのか、彼女は深く頷いた。
「ガルツ国民民主党の党首ですし、2回くらい"総統の再選"を国会に申請しましたけど、全会一致で拒否されましたから。実際"総統"って言うとカイムさんを意味してます」
だが、ハルのその反応の裏側を察したローレが追加で説明をすると、やっと理解が追いついた彼女は納得して手を打つのだった。
「そんなに山程の権限が…"なんだ、独裁者か"聖剣、独裁って?"要は自分勝手に物事を決めて反論する奴はぶっ殺す野郎ってことだ"」
「なっ!」
「おっと、ハル…いや、聖剣さんよ?」
"総統"という役職を理解したハルは素直に驚き、その感想を述べようとした。だが、それを遮るように聖剣が呆れた表情でバカにするように呟いた。その内容の"独裁者"へと理解がないハルが尋ねると、聖剣は侮蔑の言葉を並べたのだった。
その内容に前部座席のズザネは開いた口が塞がらず、隣のパトリツィアは聖剣の不穏な発言に薄っすらと怒りの表情を浮かべた。
「ハルさんか聖剣さんかは知らないですが、この国において総統閣下や皇帝陛下への侮辱は大罪です。言葉は選んでください」
「すみません、ローレさん。ほら、聖剣も謝りなよ!"おっと、とんだ狂信者か?考えることを止めると楽だものな。脳死して従っていれば、なんでも…"よしなよ、聖剣!」
聖剣の言葉で暫くの間、車内には暗い雰囲気が流れた。明らかに無礼な発言をした聖剣にハルは怒ろうとしたが、まるで凍ったかのように冷たい空気の中ではそれさえも出来ず、彼女はただ申し訳なさそうに小さく座っていた。
その暗い空気の中で、車のスピードを減速させたローレはハルと聖剣に冷静な口調で指摘しようとした。たが、その言葉尻は明らかに怒りで震えていた。そんな彼女の発言でようやく謝罪の言葉を述べようとしたハルだったが、聖剣は止まらずにローレ達にさえ皮肉を述べだす始末だった。
その皮肉はローレ達の怒りの炎にガソリンを注ぎ、彼女達の瞳の奥は大炎上していたのだった。
「すみません…コイツって凄い皮肉屋で…」
「ん…」
「いえ…」
明らかに不快感を露にしているローレ達に、ハルは聖剣の代わりに謝った。その最中も彼女は必死に聖剣へ謝るよう心のなかで語りかけていた。だが、それでも聖剣からは頑なに拒否する感覚と、不思議と何かに怯えるような薄暗い感情をハルは感じ取った。
聖剣の感覚によって謝罪の言葉が上手く出なかったハルは更に車内の空気を悪くすると、ズザネとローレの反応に完全に困り果てた。
「やっぱりヒト族はヒト族だ…"聞けてない"だの"知らないだ"の言ってたが、自分達の都合だけで他者を虐げ、自分達のモノサシでしか考えず、都合が悪ければすぐに忘れるか…」
「えっ、それって?"おかしなことは言ってないだろ?テメェかってに考えてそれを周りに押し付けるのが独裁者の独裁政治ってやつだ。うちの国も大概だが、専制政治のがまだマトモだ。どうせこの先進技術の山も戦争だのの為に…"」
凍りついた車内で、口を開いたのはパトリツィアであった。聖剣の発言で酔が完全に覚めきった彼女は、一瞬で己の腹の底に溜まった暗い感情を吹き出させ、聖剣に食ってかかった。
激怒するパトリツィアの言葉にハルは疑問と重要な何かを感じたが、それを同じく感情的になった聖剣がまるで自分が完全に正しいかのように批判した。その言葉はパトリツィアの怒りを完全に爆発させ、南部訛りの言葉で捲し立てた。それでもハルの顔を借りて勝ち誇ったようには笑う聖剣を殴ろうと彼女はハルの襟首を掴んだ。
「パトリツィアさん、それぐらいにしてください」
「黙れ!アンタにだってわかんだろ!家族まるごと皆殺しにされて!こいつ等はのうのうと生きてんのに!国をメチャクチャにして…それを立て直したら今度はやり口に文句かよ!アタシらは…」
「パトリツィアさん」
「だいたい、独裁で何が悪い!皇帝も総統も、国に尽くして英断をしてる。それに従うのが国民だ。自分達のおまんまの食い上げを考えてる奴らに従わなくて何が"社会"だ!自分達の選んだ奴に従わなくて何が"義理"だ!仲間を守らなくて何が"国民"だ!テメェら見たいな…」
パトリツィアの怒りに震える拳が振り上げられハルへと振り下ろされそうになった瞬間、ローレは彼女を止めた。自分達の不用意な発言が悪いことを理解していたハルは、彼女の体に走る聖剣からの筋肉信号に耐えながら彼の抵抗しようとする反応を抑え込んだ。
ハルの抵抗がなかったために突き進んでいた拳は彼女の鼻先で止まり、彼女は危うく右頬にストレートパンチを受けるところだった。
だが、爆発した怒りを抑えきれないパトリツィアはローレにさえも怒鳴ると、襟首を掴んだハルを勢いよく揺さぶった。完全に混乱したハルは言葉を失った。
ほぼ暴走したに等しいパトリツィアは、戸惑うハルの表情にさえ怒ると、ローレの言葉を無視して更に怒鳴りつけるのだった。
「いい加減にしろ、大尉!」
暴走したパトリツィアの行動に遂に怒鳴りつけたローレだったが、彼女も聖剣の言葉には腹を立てていた。それ故に、ローレもパトリツィアを怒鳴りつけながらもやり場のない怒りを飲み込んだ。
「クソがっ…」
「あっ…あの…"ふんっ"」
ローレに怒鳴りつけられたパトリツィアは、ようやくハルから手を放すと悪態と共に勢いよく席に戻った。
そして、融和な空気が完全に崩れきったことで戸惑うハルは、まるで被害者のように息をつく聖剣を睨みつけた。同時に、どうして突然に聖剣がパトリツィア達へと噛み付いたのか解らず、説明もしない彼にも疑念を感じたのだった。
「先に言っておきますが、聖剣さん。貴方が国家の政治体制にどのような考え方を持っていたとしても、政治は最終的に民が決めること。フッスバルでも、試合の流れは選手が決めることです。フッスバルを知ってるかは知りませんが」
一人状況に取り残されたハルの困惑具合からローレは少しだけ迷ったが、敢えて冷静な口調で聖剣へと釘を差しておくのだった。
その冷静ながらも憎しみが見え隠れした言葉には、流石の聖剣も黙り込んだ。
「それと、パトリツィア大尉。迂闊な発言や行動は慎みなさい。どこの誰が見てるか知らないんですから」
「中将。やはり…」
「アンダよ?」
氷河期のような車内の中で呼吸を整えたローレは、今まで凍りついたように黙っていたズザネに目配せしながら含みのある言葉をパトリツィアへと投げかけた。その言葉にズザネはようやく口を開くと、ローレに対して困った表情を浮かべた。
そんな2人のやり取りに、まだ南部訛りの残った口調でパトリツィアがズザネに話しかけた。そんな彼女にズザネはバックミラーを軽く指差すと、そこには大型のクロスカントリービークルの姿があった。重低音を響かせる堅実な漆黒の大型ボディは、その見た目に似合わぬ高速でローレの車を追走していた。
「あの車、高速に入ってからずっとついてきてる」
「第5課の車両…ではないですよ。わざわざあんな厳つい車に乗りませんし」
「ヨルク元帥が動いてくださった以上、他の軍団、海軍や空軍が動くと思えません。まして警察庁が行動するとは思えませんし…となると…」
「親衛隊の秘密警察ですか…」
バックミラーの車についてローレが睨むように呟くと、ズザネは車種から相手の所属を探ろうとした。その考察にローレが情報を追加すると、ズザネは静かに結論を付けた。
「おいおい、んなのがついて来てんのか?」
「露骨に振り向かないでくださいね」
ズザネの結論からつけてくる車の存在が気になったパトリツィアは、ズザネの言葉に手を振って答えながら後部の窓からその車両を観察し始めた。
車両の前席には二人の悪魔族と魚人族の男が乗っており、談笑しながら車を走らせていた。
すると、前を見た男二人は自分達を見るパトリツィアと思わず目を合わせてしまった。
だが、その二人は何ら気にすることなく再び談笑を始めると、パトリツィアは怪しみながら座席の元の位置に戻った。
「おい、秘密警察ってのはいい予算付いてるのな。"ゲデルトルート"の"ゲレンデ"か!」
「あんな目立つ車に乗るなんて。第5課は大抵"ビートル"なのに」
「ビートルはいい車ですよ。運転しやすしい改造しやすい。おまけに安くて…ん?」
パトリツィアの車に対する羨ましそうな発言に、ズザネは虚しさの漂う表情で呟いたそのズザネの言葉で、ようやく車内の空気が変わり始めたことにローレは安堵しながらも軽口を言い始めた。
「"何だ…"むぐぅ!」
そんなローレ達の車への無駄話の途中、彼女達はバックミラーの追尾車両から点滅する何かを見た。
それに反応した聖剣を自分の口を無理矢理押さえてハルが黙らせるのだった。
「あの光、モールスですか?」
「やっぱり目が合ってたか。彼奴等は私達が気付いたことに気付いたぞ。あぁっと?"ワレ、テキニアラズ。コノママ“ヤマネコ“ヘトススメ"か?」
「合ってますよ」
追尾車両の光の意味を理解したズザネは呟くと、少し前に見た男二人のありふれた顔を思い出したパトリツィアは、苦笑いしながら彼等の通信内容を読み取った。
その内容をローレも確認すると、加速を始めた追尾車両を避けるように隣の車線にずれた。すると、その影からは更にはもう一台の車高の低い二人乗りの高級車が現れたのだった。
「なっ!もう1台いんのか!」
「“レーベル“の"ライカン"ですか!また高級車ばかり出てきて」
新たに現れた追跡車両にパトリツィアは驚き、ズザネはその高級車種に呆れた。
その間に、前方へと加速していった大型車両はローレ達の前へと現れた。そして後方の車両が加速することで、彼女達は、完全に前後を挟まれてしまったのだった。
「これは…"ついて来い"ということでしょうか?」
「どの道、車両に前後で挟まれて、こちらの武装が拳銃数丁程度では従うしかありませんよ。何より…」
「"何より"?」
前後に張り付くように走る車両の動きから、ズザネは彼等の意図を勘繰りながらスーツの下の拳銃を取り出した。小ぶりのその拳銃のスライドを少し開いて給弾状況を確認すると、ローレに指示を仰いだ。
そんなズザネの行動に、ローレは論理的思考でそれを制しながら車両の指示に従うようにハンドルを切った。そのローレの指示の濁した部分がズザネには気になり、彼女は思わず尋ねた。
その質問にローレが笑って返すと、ハンドルをゆっくりと細く長いその手で撫でるのだった。
「この子に傷は付けたくないですから」
車を優先したローレのその一言に、ズザネ思わずローレの顔を見直した。その表情は苦笑いであり、ズザネに笑いかけた彼女は車列の流れに従い高速道路を降りるのだった。
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