第4幕-2
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「わぁ!私、デルン駅って地味に初めてかも!」
「そりゃそうだ。私達がデルンで働くってなったら、国防省ぐらいだろ。こっちが地元って奴ならともかく、私達には馴染みがないしな」
「観光って言うなら西部とかですしね」
横にも縦にも広く、無数の高速鉄道や新幹線の路線を牽く巨大な赤レンガのコジック建築であるデルン駅は、ガルツ帝国首都であるデルンの壮大な玄関口であった。デザインに派手な装飾はないが、堅実かつ機能性を重視した機能美は、官庁や高層ビルだらけの現代的オフィス街のデルンにおいてはとても映える建物であった。
そんな夕焼けに照らされるデルン駅の新幹線改札口を出たズザネ達一行のタピタ、ジーグルーンとイメルガントは、その駅の凝った内装に壁や天井を眺めて思い思いに感想を述べた。
「凄い…うちの城だってもう少し小さいよ…"これだけの建築技術があるとはな。民間規模でこれなら、この国の発展も納得だ"建築技術っていうのはよくわからないけど…とにかく、凄い…」
夕時でもビジネスマンや旅行者の出入りの激しいタッチ式の改札を人の流れに乗って出てきたハルと聖剣は、その巨大な建築物を前に言葉を漏らした。ハルの言葉はただ驚きに満ちていたが、聖剣はそれに対してかなり冷静であり、天井の装飾や壁の電子広告、経路案内を見上げて足元の覚束ない彼女の足をスザネ達の方向へと導くのだった。
「はぁ、デルンね。士官候補生以来だ。嫌な思い出だなぁ…んで、約5時間の掛けて東から首都まで来た訳だ。ここまでは何とかなったが、こっからが問題だ」
「そうですね。もし相手が国家保安本部なら、今頃は歩廊で蜂の巣になってるか、拘束されて尋問室に直送ですよ」
「い〜、嫌だ嫌だ。なら、陸軍の連中がやってくる前にさっさと仕事を済ませないとな」
まるで電気のない地方の田舎からやってきたかのように驚きと興味でふらつくハルを待つパトリツィアは、デルン駅の雑踏を見渡しながら苦い表情を浮かべた。そんな彼女の苦々しい口調を嫌に感じたのか、ズザネは嫌味を言いながら合流したハル達を手招きした。
先頭を行くズザネの姿や彼女の嫌味に気付かないパトリツィアは、ジーグルーンに両肩を捕まれ誘導されるハルの姿を見ながら一人呟くのだった。
「それとさ、聖剣。あんたあの“新幹線“ってやつ見ても全然驚かなかったし、この駅見ても何も驚かないってさ…どうしてよ?"なんだよ、素直に“まるでこういう景色が見たことあるみたい“って思えばいいだろ?口にしなくても俺はお前の言いたい事は解る訳だしよ"そうだけどさ、こっちに来てから、何か聖剣がやたらと…」
「あの、お二人さんって言えばいいのか?仲良くしてるところ悪いが、そろそろ準備の方を頼みたいんだ。こっちも色々と時間がなくてな」
「"ほら、ハル!"えっ…もうっ…すみません、パトリツィアさん」
「いやいや、まぁ、いいですとも。何より、重要なのが一人弱ってるからな…」
先へと進み始めたズザネ達にようやくついて行こうとしたハルだったが、その雑踏の中でも何となしにしている聖剣が嫌に気になった。そのことを聖剣に尋ねても彼ははぐらかすだけであり、その口調や言い方で彼女は言いくるめられてしまうのだった。
そんな2人が話しているために遅れ、周りの数人から不思議そうな目で見られていることに気付いたパトリツィアは言葉に迷いながらも2人を急かした。その急かしに謝るハルだったが、パトリツィアは彼女の遅れよりも集団の端で弱りきった部下に心配そうな視線を向けるのだった。
「いよいよ…なんですよね…なんですよね…」
「クレメンティーネ、大丈夫?」
「大丈夫ですよ〜、クレメンティーネならなんとかなりますよ〜!」
「クレメンティーネ、貴女はそれでも飛行猟兵ですか!高度5000mを駆け回り、敵陣へ殴り込むが私達の任務でしょう。それと比べたら…」
「ジーグルーン、アンタねぇ…それとこれとは話が別でしょうに」
ハルの影武者をすることになったクレメンティーネは、デルン駅についてからいよいよその緊張に限界が来つつあった。そんな彼女に隊の仲間がそれぞれの励まし方をしたが、パトリツィアから見ると効果があるのかどうか解らないものであった。
「先が思いやられるが…まぁ、なんとかなるか」
「それでは、ハルさん。私達についてきてください」
「あっ、はい。"それじゃ、案内を頼もうじゃないか"」
それでも、部下達の結束にとりあえず任せる事にしたパトリツィアは、不安を一人漏らしつつも自分達の様子をうかがうズザネに視線を送った。
その視線にズザネは応えると、ハルと聖剣をその後ろに着けた一行は駅の通りを進み始めるのだった。
その道は広く、様々な人種が各々の目的地へ向けて多様な荷物を持って歩き回る大混雑であった。その人の流れの中を進むズザネ達は、エスカレーターや階段を降り、さらに広く入り組んだ通りへと抜け出したのだった。
「わざわざ地下街経由かよ」
「レストラン山猫は首都地下鉄中央線の"皇帝通り駅"を使ったほうが早いです。ですから、地下街を通るんですよ。それに、ここなら人通りも多いですから…って、ハルさん?ハルさん!」
デルン駅はハブステーションであり、地上路線だけでなく地下鉄も走っていた。その地下鉄への移動経路となる地下街は、客達を狙った飲食店や売店に溢れかえっていた。
その雑踏を前にしたパトリツィアは、どこにスパイや妨害の狙う同胞がいるか解らない危険性についてスザネへ文句をつけた。
だが、その文句も本部からの行動計画を優先するスザネからすれば愚問であり、その理由をしたり顔で説明しようとした。その説明の最中に、彼女は最重要人物であるハルを早速見失い、呆れるパトリツィアの横で焦って声を上げるのだった。
「ズザネ少…ズザネさん、ここです!」
「わぁ、凄い!地下なのにこんなに明るいし、いろんなお店がいっぱい!"凄いな、思っていたより規模が違う。通りだけでこれなら、全体はかなり広大だろうな?"あっ!見本で料理を飾ってる!腐らないのかな?あっちにもある!」
「ハルさん、それは食品サンプルです。模型ですから…って、ハルさん!そんなに一人で歩かないでくださいよ!」
スザネの呼びかけに答えたのはジーグルーンであり、少し離れた飲食店の横に長くきれいに並べられたメニューサンプルの前で手を振った。彼女の側にはそのサンプル達を納めたショーケースに食い入るハル立っており、その脇でイメルガントが苦笑いを浮かべながらも子供をあやすかのように楽しげに対応していたのだった。
「あぁやって見てると、地方からやってきた村娘みたいだ」
「やめろタピタ。一応はヒト族だぞ」
「そりゃそうだけど。何が言いたいのさ?」
「解るだろ?あれは"ヒト族"だ…」
そんなハルの楽しげな姿に、タピタはパトリツィアの肩に寄りかかりながら思ったままを呟いた。
だが、その一言をパトリツィアは一瞬だけ苦い表情を浮かべ否定した。その言葉の裏を理解したタピタはあえて彼女にその意味を問うと、パトリツィアは顔を反らしつつ大きく肩で息をしながら仕事の笑みを浮かべた。
そんなパトリツィアの姿に、タピタは黙ってその背中を叩くのだった。
「すみません、皆さん。"悪いな、嬢ちゃんたち。コイツも反省してるんで、許してやってくれ。なんせ、何もかもが初めてなんでな"何よその言い方は?"実際そうだろ?"」
「構いませんよ、ハルさん。聖剣さんも。では先を急ぎましょう」
「はい!」
ハルの行動で発生した遅れに対して彼女と聖剣はズザネ達に謝罪した。その謝罪に皮肉の一言でも言いたかったズザネだったが、ハルが何時の間にか買っていたデルン駅の土産のペンギンのストラップを見ると、魔族への偽装によっていよいよ観光旅行に来た学生のように見え、怒るというより呆れるのだった。
怒る気持ちを抑えたズザネがハルに軽く注意すると、一行は再び移動を開始した。
「ねぇ…イメルガント…あれ、本当に剣が喋ってるのか?…普通に解離性同一性障害何じゃ?…」
「ジーグルーン…止めなよ…その言い方は失礼だし、酷いよ?…」
「しかしな…"人工知能"とかはこの頃よく聞くが、人の口を借りて喋るってのは…気味が悪いだろ…」
その移動の最中、ジーグルーンはイメルガントに小声で耳打ちをした。その表情は至って真顔であったが、その内容に悪意を感じたイメルガントはジーグルーンに小声で返した。
それでも、ジーグルーンとしてはハルの姿に異常さを感じ思うところがある為、言葉を抑えることが出来なかった。そして、その言葉はハルにも聞こえていたらしく、彼女はジーグルーン達を少し悲しげに見るのだった。
「あっ、すみません。そのっ…悪気があった訳では…」
「良いんですよ。初めて会う人は結構そういう反応しますから。ですけど、これだけは言わせてください。"俺は物言う武器だ、嬢ちゃん"」
「ハハハ…」
その視線をもろに受けたジーグルーンは、焦りで口籠りながらも謝罪の言葉を述べた。
その謝罪がほぼ本心であることを解ったハルはあっさりと許した。その言葉に安心したジーグルーンだったが、口調から表情まで大きく変わる聖剣の発言に引きつって笑うのだった。
「ここの御手洗いです」
「何だって入れ替わる場所まで決めるかね。どこかの誰かにバレてたら、待ち伏せされるだろ?」
「予めの安全確保はしてあります。国防統合本部4課と5課の総出でなんですよ?」
「とは言えなぁ…まぁ、命令なら従いますけど。クレメンティーネ、ハルさん。こちらに」
「はい」
「はい…」
ズザネの先導にてクレメンティーネとハルが入れ替わる予定の場所に着いた一行は、そのトイレの場所が人通りの多い通りに面しているのに不審の表情を示した。
その不審をパトリツィアが代表してズザネに言うと、彼女は自信のある表情で力説しつつ、女性のトイレの入口に置かれた清掃中の看板を退けて中に入るのだった。その後にはハルとクレメンティーネが続き、パトリツィアはやむを得ないとばかりに肩をすくめるタピタへと振り返るのだった。
「表は頼んだ」
「まぁ、死なない程度に頑張るよ」
「2、3分は保たせろよ。助けに行くからさ」
「はいはい」
タピタの肩に手を乗せるパトリツィアの言葉に、彼女は面倒臭さと使命感の混ざった表情を浮かべつつ軽口で返した。その言葉に安心したパトリツィアがタピタの肩を叩くと、彼女はハル達の後を追ってトイレに入っていった。
女子トイレの中はもはや病的と言わんばかりの清潔さを保ち、首都のハブステーションの誇りを重箱の隅であっても傷つけさせないという駅従業員の威信を感じさせた。
「あの…大尉、少佐。私にこんな大役、務まるんですかね?要人護衛だってしたことないのに、影武者紛いなんて、務まるんですかね?ねぇ?」
「なら任務放棄で軍法会議に行くか?行くってんなら、私は助けらんないよ」
「それは…その…」
「"女は度胸"だ。気合出せよ"猟兵"だろ?」
「はい…」
そんな澱みのない空間の中で、クレメンティーネはその不安が目に見えそうな程に狼狽し始めていた。その態度はパトリツィアに、戦闘という訳でない不慣れな環境や本来は敵であり倒さなければならないヒト族との行動によるストレスと感じられた。そして、狼狽する部下には励ましてはなく発破と判断したパトリツィアにどやされると、ようやくクレメンティーネも腹をくくったのだった。
「それでは…んっ?」
「あの、どうしました?"おいおい、表に清掃中って看板があったろ?コイツは話と違うってやつか?"奥の個室…誰かが使ってますね?」
「ハルさん、下がってください!」
「おいおい、電車の中のが安全ってなら降りずに観光で西まで行きゃ良かった…んっ?」
腹を括ったクレメンティーネは、自分に活を入れるように頬を叩くと着替え為にハルを奥へと連れて行こうとした。
だが、クレメンティーネも含めた全員は、並んた個室の最奥の扉が閉まっていることに気がついた。トイレの扉は使われていない限り開け放たれる為に、確実に自分達以外の誰かがいることを察すると、全員はその個室へ警戒した。
清掃中の看板を見れば別のトイレに向かおうとするのが心情である以上、無理に入ろうとするのは余程の危機的状況か別の目的があるかの2つである。まして人通りが多い以上、清掃中のトイレに入るのは大いにはばかられる。
だからこそ、パトリツィア達はその個室にハルの身柄を狙う何者が潜んでいることを察し服の下から消音器をつけた小さな銃を取り出して身構えた。
その臨戦態勢を前にしたハルは楽器ケースから聖剣を取ろうとするも、パトリツィアがそれを黙って抑え彼女の前に盾になるように割り込んだのだった。その表情は不審そのものであり、トイレに入ってきた瞬間に銃撃が来ないことを怪しんだ。
「パトリツィア大尉!」
「来るぞ…」
とはいえど、個室の扉の鍵が開いて扉がゆっくりと開き始めると、パトリツィアもその疑念を一旦忘れて銃撃に備えて姿勢を低くしながら個室から出てくる誰かに銃口を合わせるのだった。
「あら?空軍の飛行猟兵ってのは、命の恩人に銃口を向けるような連中なのかしら?」
「あっ…アンタ!ぶぇ!」
個室から現れたのは1人の女だった。背は女性としては高からず低からずであり、薄い褐色肌に肩まで伸びる金髪にまだ幼さの残る顔立ちの美人であった。彼女は、茶色と褐色を主体としたゆったりとしたニットのワンピースにブーツで丸腰という"森にいそうな女の子"という姿だった。そんな彼女は人より一回り以上に手足が細いのか、不思議と服に着られているような見た目ではあった。
そんなおおよそ戦闘する気のないその女の登場にハルが困惑する中、パトリツィアは頭を抱えて文句をつけようとした。そんな彼女にボディブローをかましたズザネは、慌てて不動の姿勢を取るのだった。
「何考えてるの、大尉!全員、気をつけ!」
「いいよ、ズザネ少佐。一応、今は休暇中って扱いだから」
「それは…失礼しました、アンネリーエ少将閣下」
ズザネ達の前に現れたのは、ヨルク元帥の娘であるアンネリーエ・フォン・クラウゼヴィッツであった。
アンネリーエは突然の将官登場で完全に萎縮したズザネを落ち着かせるように一言声をかけると、彼女の返事を聞きながら瞳を閉じて満足そうに頷くのだった。
「痛たた…本気で殴るなんて酷すぎでしょうが」
「ちょっと、トリツィア。将官相手に"アンタ"呼ばわりはないんじゃないかしら?そんなんだから、男の一人も出来ないんじゃなくて?」
「あら、婚約止まりで何時までも式さえ挙げないアンタに…痛た!やったな、このぉ!」
「バカ!こんなところでじゃれ合ってる場合じゃ…頬を抓るな!」
ズザネの不意打ちボディブローによって呻いていたパトリツィアはこのオチが感覚的に理解できていたらしく、特に驚くことなく腹を押さえてズザネへと文句をつけた。
その文句はアンネリーエからすると面白くないらしく、パトリツィアを愛称で呼びながら批判した。その態度はパトリツィアにとって面白くないらしく、結果的二人は取っ組み合いの喧嘩を始めるのだった。
「あの…これはどういう状況で?"まぁ、敵ってわけじゃなさそうだな"むしろ、パトリツィアさんの友達って感じ?"確かに、仲良く喧嘩してるって見えるしな"だよね」
敵等という認識は低かったが戦闘となるという事を理解して備えていたハルは、突然に繰り広げられるパトリツィアとアンネリーエの取っ組み合いに呆然とした。
だが、アンネリーエの存在が自分に害をもたらさないこと理解したハルは、聖剣の言葉にも納得すると肩の力を抜いた。
「痛たた…おっと、挨拶が遅れましたね、ハル・ファン・デル・ホルスト第2王女。私は、ガルツ帝国国防陸軍、第1軍集団、第11軍、第117歩兵師団団長のアンネリーエ・フォン・クラウゼヴィッツ少将です」
パトリツィアとの抓りあいや頬の引っ張り合いを終え痛み分けをしたアンネリーエは、対応に困った表情を浮かべるハルに気付く少し腫れた頬を擦りながらも乱れた服を整え自己紹介するのだった。その身振りは確かに将官さながらのものであったが、少し前までの取っ組み合いを見ているハルは、なんとも言えない表情を浮かべるのだった。
「ハルさん、魔族でもああいう方はとても珍しい方なので、全員をああいうものだとは思わないでくださいね…」
「初めまして…えっと、少将さん?"ハル、少将ってのは階級だ。大体、ウチの中級貴族の軍の指揮官くらいか?"それって凄いじゃないの!4万人の指導者ってことじゃない!」
「いやぁ、ウチの師団はそんな大所帯じゃないですよ。そういうのはもっと上の師団で…いやっ、そうじゃなかった!」
困った表情のハルにズザネが軽く耳打ちする中、ハルは挨拶を仕返した。
だが、ハルはアンネリーエのつけた階級の少将を名前と勘違いした。そんなハルに聖剣が説明したことで、アンネリーエの立場とその行動のギャップに驚きを顕にした。その純粋な驚きはアンネリーエの気分を少しだけ良くしたのか、彼女は腰に手を当て得意げに胸を張った。
そんなアンネリーエの得意げな話も途中で思い出したように止まると、彼女はズザネの元へと歩み寄った。その表情は少し前までの旧友とあった女性のものから歩兵師団師団長のものへと変わっていた。
「ズザネ空軍少佐、事情は把握している。ホルスト第2王女について、第1軍集団にタレコミがあったんだ」
「なっ…どういうことですか!このことは総統閣下からの…」
「つまり、"親衛隊からタレコミがあった"ってことだろ?」
「まさか…」
国防陸軍将校としてのアンネリーエへズザネは改めて軍人として敬礼すると、急くように彼女へと事情の説明を求めようとした。その身振りにアンネリーエは即座に事情を説明したが、要点を欠いたその説明はズザネを更に混乱させたのだった。
その不足していた要点をアンネリーエからの鳩尾へのパンチで悶ていたパトリツィアが顔だけ上げて尋ねた。その言葉にズザネは露骨に驚く表情を見せたが、黙って頷くアンネリーエを前にするとただ黙るしかなかった。
「トリツィア、そういうことだ。国家保安本部の長官殿から、参謀本部を無視して直接うちの参謀連中へタレコミだった」
「長官自ら…ですか?」
「そう。それで、父っ…ヨルク元帥が直接第1軍集団の将官数人に護衛命令を出して、私がここにいるって訳。マックス長官も、父…ヨルク元帥が動けば、若い将校も国防軍も迂闊に動かないと考えてのことだろう。悔しいが確かに効果的だ。私達が駅の周辺を秘密裏に固め始めた途端、妙な奴らはそっくり引き返していったからな。親衛隊からすれば、私達は指揮系統に関しては甘ちゃん扱いなんだろう…」
パトリツィアの予想の的中で、アンネリーエが更にズザネへと説明を続けた。その内容はおおよそ彼女の予想の斜め上を行っており、彼女は驚くというより呆然としていたのだった。
ズザネの反応に頷きつつ更に説明をするアンネリーエだったが、その表情は少しずつ悔しさが見え、言葉にさえその悔しさが溢れかえっていた。
「あの…クラウゼヴィッツ少将さん?」
「ホルスト第2王女、アンネリーエで大丈夫です」
「なら、私もハルって呼んでください。それより!アンネリーエさんは少将なんですよね?中級貴族ぐらいの指揮官が直接前に出てくるなんて、何を考えてるんですか!危険ですよ!普通は…」
その悔しさだらけのアンネリーエの姿に、一応はことの中心と理解しているハルが気まずそうに声をかけた。その気遣いに、アンネリーエは表情を一気に仕事の笑みへと変えながら口調も明るく変えるのだった。
そのアンネリーエの気遣いに少しでも答えようとするハルは、嘗ての戦場の前線でしたようにできる限り明るく振る舞いつつ話題を変えようとした。
そのハルの振った話題にアンネリーエは気取ったように微笑むと、格好をつける様に自分を指さした。
「確かに、司令官は命を出す以上なんとしてでも生き残る努力をべきです。ですが、それは銃後で騒ぐことではありません。指揮をするものこそ、できるだけ前線に出向いて兵や戦場の生の現状を把握して柔軟な判断をするべきなんです。父上も言っていましたよ、"弾の後ろで叫んでいては、勝つ戦いも勝てない"って」
「指揮官が前線に出向くって…"そいつは随分と世情に反した考え方だ。極めて有能って感じだな"ブリタニアやスイーツァの軍みたい。"良くできた近代軍隊だな"近代?"なんでもない"」
父親譲りのズレた格好の付け方にズザネやパトリツィアがあ然とする中、ハルはその気概に対して純粋に感心した。その評価は聖剣のも同じなようで、含みのある評価をするのだった。
「情報通りの"喋る剣"か…ヒト族は人工知能を既に前線投入しているのか…」
「あの、アンネリーエさん?"ヒト族がなんだって?"」
「いえ、私は国防戦争間期の生まれで前線にもあまり立てなかったので、ヒト族が珍しかっただけですよ」
ハルの口を借りて喋る聖剣の姿に、仕事の笑みを浮かべていたアンネリーエは一瞬だけ影を落とすと、思わず一人呟いた。その独り言は自分でも思わず出たようであり、ハルや他の者も全員まともに聞いていなかった
だが、距離の近かったハルが聞こえた一部分からアンネリーエへ尋ねると、アンネリーエは気まずそうな笑みを作り答えるのだった。
「少将閣下、それで状況は?国防統合本部から指示が出ているんですか?」
「閣下か、こそばゆいな…」
「何か?」
「いや、大丈夫だ、ズザネ少佐。今後の展開は変わらないよ。これからは少し離れた所からドゥッツェント単位で護衛が付くだけ。それと…」
アンネリーエとハルの間に気まずい雰囲気が流れたことを機会とズザネが割って入り彼女へ今後の詳細を尋ねた。それを助け舟とばかりにアンネリーエはなれない敬称に恥ずかしがりながら答えるのだった。そして、途中で感じたクレメンティーネの視線へ手を振って答えると、少しだけ言葉尻を濁した。
「トリツィアの仲間の背筋が寒くなってるくらいか?」
「そう…ですか」
「ちょっと骨太女、それってどうゆうこと?」
「誰が骨太だ!おっと、失礼」
何故か言葉を濁したアンネリーエは、少し考えて一言呟いた。その一言にズザネはあっさりと返事をしたが、パトリツィアからすれば不穏以外の何物でもなかった。
とはいえど、特に慌てないアンネリーエの姿から意味合い的に悪いわけでないことを察すると、悪口混じりで聞き返すのだった。
「あの、アンネリーエさん?」
「とにかく、そこで凍りついてる君とハルさん、準備をお願いします」
「りっ、了解いたしゅました!」
「んっ、元気があってよろしい!」
全く状況が進展しない事に多少不安を感じたハルがアンネリーエへと尋ねかけると、彼女は棒立ちするクレメンティーネへと視線を向けつつ彼女へ激励を飛ばすように指示をだした。
その命にクレメンティーネは噛みながら答えるると、ハルと彼女はようやっと入れ替わる準備を始めるのだった。
「なぁ、スザネさんよ。さっきアイツ"将官数人"って言ったよな?」
「えぇ、だから私も外に出るのが怖いですよ」
ハルとクレメンティーネが個室の中で着替える最中、アンネリーエは自らトイレの出入り口を見張るために歩いていった。
そして、洗面台でハル達を待つパトリツィアは、ふとアンネリーエの言葉に疑問を覚えると青い顔をしながらズザネへと語りかけた。その返答は当然震える声であり、彼女同様にズザネの顔は血の気が抜けて白くなっていた。
「おまたせして申し訳ありません!」
「すみません、中々なれない服で手間取ってしまいまして"ファスナーに慣れてなくてな。何回も布に噛ませちまって"でも便利だよね。ボタンみたいに手間がかからないから」
「そりゃ良かった。それじゃ、行きますよ」
パトリツィアとズザネが待つ数分後、ハルとクレメンティーネは服装を入れ替えて個室から出てくるのだった。
とはいえ、あくまで同じデザインの服を着ているだけであり、ハルとクレメンティーネは大きく体格に差があった。特にビジネススーツに身を包むハルにいたってはカツラを被りマスクをしているとはいえ、相手側から見れば一目瞭然だった。
それでも珍しい生地に珍しい留め具に前に驚き楽しげなハルや、新たに護衛についたアンネリーエという状況に多少気持ちが楽になると、軽口と共に彼女達を外に出るよう促すのだった。
出入り口のアンネリーエにハンドシグナルで移動を伝えパトリツィア達は外に出たが、その光景に彼女とズザネはもっとアンネリーエから話を聞くべきだったと酷く後悔したのだった。
「たっ…隊長!」
「やっと来たぁ〜」
「アルマ!」
「アルマ、その言い方はマズイですよ」
外で警戒していたはずのタピタ達は、一応は一般市民の振りをしつつ待つ予定であった。だが、彼女達の立ち姿は明らかに基本教練の"休"めであった。
それどころか、ようやく出てきたパトリツィアの姿に、全員が苦笑いや涙目で喜ぶのだった。
「うげぇ!」
「たっ…隊長、貴女がそんな声出しますか!」
「はっ…あば…あばばば…」
「ズザネさん?"ハル、どうもあの美人さんはアンネリーエとかいう嬢ちゃんより、もっと偉いみたいだ"」
明らかに様子のおかしいタピタ達の前には一人の女が立っていた。その姿を目にした途端、パトリツィアは踏まれたカエルのような声を漏らした。その反応に明らかに焦りと怯えを見せるクレメンティーネはスザネに助けを求めようとした。だが、彼女も彼女で同様から壊れたラジカセのような声を出して不動の姿勢を取るだけだった。
そのパトリツィア達の様子から全てを悟った聖剣は、混乱するハルへと警戒しながら諭すのだった。
「ようやく来ましたか、アンネリーエ」
「すみません、ローレさん。ちょっと色々と手間取りまして」
アンネリーエが歩み寄ったその女性は、透き通る白い肌に輝く金糸を束ねたかのような金髪、黄金の瞳の美女だった。彫りの深く整ったその顔立ちは絵画のようであり、美しく整った体型は黄金比に則った彫刻のようであった。その体型を惜しげもなく見せつけるスキニージーンズに細身の白いシャツは、道行く誰もの視線を惹き付けてた。
良くも悪くも無駄に目立つローレは、アンネリーエへ笑みを見せた。そんな彼女にアンネリーエも申し訳なさそうな笑みを浮かべながらハルへと視線を向けるのだった。
「ローレ陸軍中将…そっ…」
「ズザネさん、今は任務中ですよ。敬礼は結構」
「失礼いたしました」
ローレがアンネリーエと話す姿に、ようやく正気に戻ったズザネが反射的に敬礼させようと号令を出そうとするのだった。
だが、その反射的なズザネの号令をローレは即座に止めると彼女の側に歩み寄った。
「あらかたアンネリーエから聞いているでしょうが、私と彼女が護衛に加わります。いくら頭に血が上った連中でも、将官相手に銃口を向ける覚悟はないでしょうから…んっ?」
ローレはズザネに数枚の書類を渡すと、彼女の緊張を解こうと軽く話しかけるのだった。
その途中、ローレは自分に刺さるような視線を感じると、その元であるハルへと歩み寄るのだった。
「あぁ、これは失礼しましたホルスト第2王女。私は…」
「キレイ…」
「はい?」
ハルの熱視線を受けたローレは、要人に対して礼節を持って挨拶をしようとした。その言葉はハルの思わず呟いた言葉に打ち消され、ローレも思わず面食らうのだった。
「いえっ、その、凄い綺麗な方だなと思って。"さながら“絵画から出てきた“か“動く彫刻“ってか?"そうそう!そんな感じ!」
自分の口から思わず出た一言に、ハルは焦りながら苦笑いを浮かべるローレへと言い訳めいた事を口走った。それに聖剣が燃料を投入したことで、いよいよローレの言葉は止まらなくなってしまったのだった。
「あの、すみません」
「いえ、正面からそこまで褒められるのは初めてなもので。少し嬉しかっただけですよ」
自分の失言に落ち込むハルだったが、そんな彼女を気遣うローレは嬉しいさや恥ずかしさなどの入り混じった微妙な表情を浮かべたのだった。
「ローレさん…時間時間!」
「待たせた貴女がそれ言うの?まぁ、立ち話はこれくらいにして、行きましょう。ハルさん達には私が、クレメンティーネさんにはアンネリーエが就きますから」
「了解しました。それでは、状況開始!」
ハルとローレの間に微妙な空気が流れると、二人の間にアンネリーエが割って入り、ローレへ腕時計を叩きながら急かすのだった。
そんな急かすアンネリーエのニヤついた笑みに、ローレは呆れる表情を浮かべながらズザネに指示を出した。その指示にようやくズザネもまともに指示を出すと、パトリツィア達は行動を再開したのだった。
「お前ら、またな。合流できたら、何か奢るよ」
「わかった。財布の中身は諦めといて」
「了解しました」
「考えておきます」
「デルンの名店調べなきゃ〜!」
「私は大丈夫…私は…はっ、はい!」
パトリツィア達が予定通り二手に別れる前に、彼女は自分達の部下であるタピタ達に別れを告げた。その別れの言葉はパトリツィアらしくない気弱なものであった。
そんな自分達の上官の言葉に、タピタ達はそれぞれに答えるとアンネリーエに引き連れられ別の通りへと進んでゆくのだった。
「タピタさんたちが東西線に乗り込みますので、私達は…」
「私達は地上で移動します」
「そうですね、地上で…はい?」
「地上ですよ。私の私有車止めてありますから、それで一気に山猫まで行きましょう」
タピタ達と別れたズザネ達はしばらくの間黙々と地下道を進み、別の地下鉄路線へと向かった。その説明をズザネがしようとすると、それを遮るようにローレは突然に何の前触れもなく指示を出した。それにズザネも反射的に了承したが、頭で反芻したことでそのおかしさに気付いた。
だが、ズザネが聞き直したのも虚しく、ローレは予定外の行動を面と向かって言い放つのだった。
「そんな、閣下の愛車に乗るなんて!」
「いいんですよ、この頃はあの子にも乗れてあげられなかったし。それに、ハルさんにデルンの高層ビル街を見せてあげるのも良いでしょう?」
「それは…そうですが…」
突然の前触れのない予定外の行動に、ズザネはなんとか予定通りに行動を戻そうとした。だが、意思の固いローレはそれを封殺してしまい、もはや反論できる者はその場にいなかった。
「それとも、私の運転は嫌い?」
「いえっ、そんな!むしろ運転は私が…」
「それは駄目。運転は私がする」
上官であるローレの意思が固いことによる行動の修整が不可能と理解したズザネだったが、それと同時に帝国陸軍のスターとも言えるローレの私有車に細工をする程の工作ということも彼女は考えられなかった。
思考を巡らせていたズサネ沈黙にローレがウインクして見せると、彼女が前もってそういう意図を持っていたことを理解したのだった。そのために、ズザネはせめて運転だけでも代わろうとしたが、真顔のローレが圧をかけて発言を許さかなかった。
「りょっ…了解しました」
「あの…"話は纏まったかい?"ちょっと聖剣!」
「えぇ、纏まりましたよ。それでは、軽くデルンの街を観光しましょうか」
そんなローレとズザネのやり取りを傍から見ていたハルは、心配そうに二人に話しかけようとした。その最中に聖剣がぶっきらぼうにローレへと尋ねると、彼女は楽しげな笑みを浮かべつつ、サムズアップして答えたのだった。
「ウルフガルムの敵同士が、今となっちゃ仲良しこよしか…生きてりゃ色々と経験できるものだな。あ~ぁ、こんなことならこっちをタピタに任せりゃよかったかな…」
事態の流れが早速崩壊したことや、過去の思い出脳裏を過るパトリツィアは、予定の地下鉄路線の改札ではなく地下駐車場へと向かう三人の背中を追いながら一人愚痴るのだった。
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