第4幕-1
趣味で書いているので温かい目で見てね。
ガルツ帝国総統であるカイムが、内戦後の最初に着手した国家事業は全国を繋ぐ交通網の構築であった。それは、大陸内での輸送の発達による国民生活の向上と、大陸防衛の為の大規模な兵員輸送が目的であった。中でも鉄道網と航空交通網の早期完成は特に重要と考えられていた。
その交通網の完成という総統命令は国土交通省を中心として鉄道網から着手された。帝国西部が内戦に協力する際の条件として鉄道の設立を上げていた為に、首都デルンから帝国最西端のフェルラント州の州都であるザールリンゲンを繋げることをとなった。
当時の労働者たちは見たこともない列車の為のレールと駅の建設に懐疑的な意見を持つものが多かった。だが、馬車より速く巨大な機関車が轟音を上げて山のような物資を運び始めると、労働者たちの労働意欲も上がっていった。
「…。こうして、内戦復興に大きく貢献した帝国鉄道は全国にその路線を広げ、今や全国に蜘蛛の巣の様な綿密な路線を敷いたのでした。今では高速鉄道も各所を走り…と懇切丁寧に説明したのに…」
「わぁ!このお弁当、豪華ですねぇ!"悪ぃな、ジーグルーンの嬢ちゃん。コイツはもう飯にしか興味を示してない"こっちのお弁当には…これはシュニッツェルに…お米?」
「味の濃いものにお米って結構合うんですよ〜!」
「アンタ達は…少しは緊張感ってのをねぇ…」
そのガルツ帝国鉄道の高速鉄道に乗るチェック柄をしたシャツを着る私服姿のジーグルーンは、目の前に座るハルへとしたり顔の自信あふれる説明をした。だが、ジーグルーン同様に私服姿にバリトンサックスのケースを横の座席に立てかけるハルは、膝の上に置いた弁当箱に集中していたために彼女の話を適当に聞き流していた。黒いパーカーのフードを目深に被る彼女は、影の差す目元が光り輝く程に弁当へと集中していたために、ジーグルーンへ聖剣がハルの口を借りて軽く詫びたのだった。
そんな弁当の内容に興味を示すハルの姿に、ゴスロリ姿のアルマがハルの弁当に関する感想に一言加えた。
騒がしい列車の前方側の席に座るスーツ姿のタピタは、背中側から聞こえるジーグルーン達の騒ぎに背もたれ越しから叱りつけたのだった。
「全く、統合本部は何考えてんだ?普通にあんなヤバイのが公共交通機関…ましてや、新幹線に乗ってるってマズイだろ。こんな移動でいいのか?」
「ハル・ファン…いえっ、彼女の来賓は総統自ら統合国防本部も含めた各所への秘匿を命じられました。いきなりヒト族との国交なんて知られたら国民が混乱しますから、全て水面下で活動します。なので外務大臣や国防大臣、親衛隊総司令などのごく一部しかこの事を知らないんです。確かに政府専用機経由でデルンに入れば時間的にも早いですし、政府専用車なら安全ですけど…」
「政府専用機なら"飛行計画書の高官搭乗の記載"、政府専用車ならその"詳細不明の要人輸送"っていう使用目的で怪しまれる訳か?」
「外務省はともかく、国防省はかつての反乱軍残党への退役銃器の流出で装備管理に関しては神経過敏です。ましてや軍の殆どはヒト族に嫌悪感を持ち、大陸の外に対して攻撃的です。そこに来て、ヒト族の外交特使を招いたなんて迂闊に知られると面倒ですから」
「国家保安本部にしょっ引かれるか…"金の猛獣"マックス・ブシュシュルテ長官はかわいい顔しておっかないって聞くしな…」
「いえ、親衛隊は総統からの待機命令を受けているので協力こそすれ、撃って出てくる事はないですよ。何より、あの人は"ヒト族"云々の前に"反カイム"に対して容赦がありません。つまり、どんな"猛獣"でもカイム総統の"待て"には従い、主に逆らう者だけ食い殺すんです」
「となると、何だ?その言い方だと私達が蹴散らすのは親衛隊じゃないってか?まさか国防省や軍の同胞をしばき上げるなんて、まるでやってることは国家保安本部だな」
タピタに叱られるジーグルーン達の通路を挟んだ反対側にはパトリツィアとズザネが座っていた。その2人の格好はビジネススーツであり、如何にも出張途中といった雰囲気に見えた。
ノートパソコンにて地図や時刻表を見つめるズザネに、黙ったままに耐えられなくなったパトリツィアは肘置きに頬付をつきながら独り言のように呟いた。
そのパトリツィアの不貞腐れたような表情に、ズザネは画面を見つめたまま淡々と説明するのだった。彼女の反応はパトリツィアの欲するものと異なったようで、彼女はさらに不貞腐れたような口調で続けた。その口調に嫌気が差したズザネは、疲れた口調で持論を述べ始めた。
そのズザネの肩の力の抜けた反応に、パトリツィアはようやく口調を普段どおりに変えて、高速で去りゆく窓の外を見ながら数回したあったことのないマックスのことを思い出して呟いた。だが、その内容にズザネが目頭をマッサージしながら訂正を入れると、パトリツィアの視線を追いながらさらに言葉を続けた。
そして、ズザネの言葉に呆れたパトリツィアは、後ろの座席へ軽く顔を向けながら手を上げると、背もたれを倒して愚痴るのだった。
「先のカッペ鉱山演習作戦で、国防軍"全体"は勢いづいてます。言い方を変えれば少し増長しています。ですが、その国防軍でも陸軍は海軍や空軍と違って陣地転換や防衛線構築、要人救出の援護砲撃程度しかしていない事で大いに負い目を感じているんです」
「それで、"何かしらの戦果を"って探し回って"ヒト族の要人暗殺"ってか?なら、総統が国防省全体への行動禁止令を出せば…」
「言ったでしょう?貴女を含めて多かれ少なかれ、"国防省や軍の殆どはヒト族に嫌悪感を持つ"と。たとて反逆者となろうとも、失った者達への復讐を誰かにぶつけたい者も、その感情を利用して成り上がりたい者もいるでしょう。だから、国防省への箝口令なんですよ」
背もたれを倒すパトリツィアの姿にズザネも一瞬だけ悩み背もたれを倒すと、若干疲れの見える表情で天井を見ながら覚えている話を呟いた。そのズザネの話の内容にパトリツィアは座席に置いていたコーヒーに手を伸ばすとボヤキを呟きカップの中身を呷った。
そのボヤキにズザネはパトリツィアへパソコンのマウスパッドを弄りながらさらに補足を加えるのだった。
「その気になれば親衛隊…いえっ、マックス長官はそんな国防軍の騒動に対して作戦本部のフリッチュ親衛隊大将に連絡を取るでしょう。そうなれば、彼の出動殲滅部隊がやってきます」
「そんな大騒動になれば、ひょっとすると血気盛んな馬鹿タレ諸共に私達も"その存在さえも"抹殺されると?」
「考えたくはないですけど、そうなれば総統も私達を処理しようと考えるでしょうね。ヒト族嫌いに睨まれるだけなら良いですけど、"死にたい"と思う程の拷問と屈辱の末に"魂の解放"なんて嫌でしょう?それだけならまだしも、国防軍と親衛隊との内紛なんてことになれば、安定した帝国は再び混沌へと逆戻りです。だから迂闊に軍や政府設備を使わないんですよ。それに…」
ズザネの話は冗談で言っているものではなく、その内容や彼女の緊張からの疲れにパトリツィアは相槌を打ちながら紙カップのコーヒーを促した。だが、それを断るとズザネはやってきた添乗員に片手を上げて黙ったままカートの横に掛けられたメニューを指さしてコーヒーを注文するのだった。
「そろそろ"総統就任記念日"か?」
「ふぉお!やったぞ、総統就任記念日版車内放送が録音出来た!」
「ねぇ、母さん。まだデルンに着かないの?」
「乗務員のお嬢さん!なんか飲みもん貰えんかい?」
会話したままに注文されることに添乗員がなれていた為に特に目立つことなく注文を終えたズザネに、パトリツィアは周りを見回しながら呟いた。
パトリツィアの呟いた通り、ガルツ帝国は迫る"総統就任記念日"という祝日に湧いていた。そのため、地方各地からはデルンへ向けて多くの人々が新幹線を利用していたのだった。
その乗客は種族から目的も様々であり、座席も満席の状態であった。
「“"ヒト"を隠すなら森の中“とはよく言ったものです」
「へぇ…アンタも冗談言うとはね。まぁ、これだけ混んでりゃこの場は何とかなるだろ。問題はデルン駅を出てからか?」
「流れは予定通りです。デルン駅のトイレにてハルさんとクレメンティーネさんには入れ替わってもらいます。その後、パトリツィアさん以外の4人には変装したクレメンティーネさんを帝国ホテルまで護衛。貴女と私でクレメンティーネさんに変装したハルさんを護衛しつつレストラン山猫まで行きます。その後は副外務大臣と極秘会談を行い、終了したら直ぐにホテル"シャルロッテンブルク"へ向かいます」
混み合った車内を見ながらズザネが背もたれで伸びをすると軽く冗談を言った。その冗談にパトリツィアが空かさず反応すると、彼女の予定の確認で若干仕事モードに切り替わったズザネは淡々と説明した。
その説明を受けたパトリツィアは、渋い顔を浮かべならコーヒーを啜ると斜め右前方の座席を覗き見るのだった。
「それはそれとして…クレメンティーネとハルっての、似てると思うかい?顔立ちはともかく、頭髪の色やら髪型やら、背格好もかなり違うぞ?」
「"統合国防本部はヒト族の情報は知ってても顔は知らない"って噂、意外と本当なんですよ」
「なら、あいつ等はハル姫のことをよく知らないってか?それで良くもまぁ、国家保安本部なんて名乗れるな」
「それに、人間とチンパンジーが似てると?」
「言うねぇ、ズザネちゃんよ。ちゃちな連中には見分けが付かんか。国家保安本部以外なら、易いか」
「なっ…まっ、まぁ、そういうことです」
座席で1人緊張するクレメンティーネとそれを励ますタピタの姿を見たパトリツィアは、露骨に心配そうな表情をうかべてズザネに尋ねた。そんな彼女にズザネは自信があるように答えると、パトリツィアの更なる疑問にも冗談で返せる程だった。
そのズザネの言葉にパトリツィアも納得したように答えると、自分の冗談に笑みを浮かべる彼女にズザネは顔を赤くしながら頷くのだった。
「クレメンティーネ、大丈夫?アイスクリーム食べる?さっき2個買ったけど、ショコラ味とヴァニレ味のどっちがいい?」
「うぅ、タピタさん…電車酔いは食べれば治るって嘘じゃないですか…これ以上食べたら、さっきのヴルストが戻って来ちゃいますよ…」
「じゃあ私が2つとも…」
「ヴァニレで…」
「すんごい硬いから気をつけてねっ…て、遅かったか」
「何これ!レッフェルが折れた!」
パトリツィアとズザネの話題となっていたクレメンティーネは、パトリツィアの思っている以上にナーヴァスになっていた。そのために隣の席に座るタピタが彼女の気を紛らわせようとすると、クレメンティーネは何とか元気を出したように振る舞った。
「そんじゃ、本番前に少しビクついてる女優さんに声をかけてくるわ。意外と元気そうだが、声ぐらいはかけとかないとな」
「思ったより大丈夫そうなのでは?」
「いや、ありゃから元気だよ」
「なら、どうぞ。私は、今一度この後の電車の時刻表を確認しておきます」
「はいはい、少し寝てても文句は言わないよ」
「なっ、任務中に寝ませんよ!」
状況の宜しくないクレメンティーネを前に、パトリツィアは席を立つとズザネにひと声かけた。その内容から、ズザネもクレメンティーネの状況を見た。
そしてズザネもクレメンティーネの状況に対して一言呟くと、パトリツィアはその意見に上司としての感で呟いた。その言葉にズザネがパソコンを見ながら答えると、パトリツィアは空かさず軽口で返し、ズザネも怒ったように言い返すのだった。
[お待たせいたしました。次は…]
「あらっ、新幹線って思いの外早いのね。輸送機よりマシかもしれないわ」
「んっ?」
クレメンティーネの座席に向かう途中、車内放送に混ざって1人の女の子声がパトリツィアに聞こえた。その声は良く通る透き通った声であり、その声に聞き覚えのあったパトリツィアはも追わず振り返った。
だが、誰がその声を発したのか解らず、パトリツィアは小首を傾げると主を明らかにすることを諦めてクレメンティーネの元へと向かうのだった。
読んでいただきありがとうございます。
誤字や文のおかしな所ありましたら、報告をお願いします。




