幕間
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「ちっ…なんで俺がこんな地方の田舎に出向かなくちゃいけないんだ…」
「マクルーハン教からのお願いなんですから、言うこと聞いときましょうよ?ね、ジャン?」
「はっ、アホくさいな。俺は神も仏も信じねぇよ。信じるのは…」
「"己の剣と剣術"ですか?流石に"白百合の8英雄"の"剣の英雄"というだけはありますね」
「馬鹿にしてるのか、ディアヌ…てめえ、お前の能力とその言い回しだと"剣しか能がない"ってのと同じだぞ?」
エスパルニア王国の隣りには、ポルトァという小国があった。一応は王政を敷く君主国家ではあるが、エスパルニアにあらゆる面で劣るために、事実上はエスパルニア王国の属国に近かった。
その首都であるポルボンにある王居ポルボン城のすぐ近くには、その城に劣らないほど大きなアルコニモス修道院があった。横に広い純白な壁に背の高い鐘楼、それらを彩る彫刻や金の装飾は荘厳さを醸し出し、人気の観光名所として周辺は賑やかであった。
そんなアルコニモス修道院が見える小さな喫茶店のテラス席に、2人の男女が向かい合って座っていた。1人は散切りの黒髪に黒い瞳の男であり、その鋭い雰囲気やはっきりした目鼻立ちに整った顔と着ている服も白いシャツに茶色のチノパンとシンプルながらにセンスのある格好であった。そのため、彼は周辺に座る女性達の注目を集めていたが、その不良じみた態度あくまで女性達は見つめるだけであった。
そして、"ジャン"と呼ばれたその男の前に座るディアヌは、ウェーブのかかった金髪の麗人であった。目を閉じているが、母性溢れる優しそうな顔立ちに程よく育った胸元に細い腰つき、それらを主張する細身な青いスリーブレスシャツは男女共に視線を集め、シャツやスカートから覗かせる白く細く長い手足は彼女を人間離れした存在に思わせるのだった。
「¡Oye, mira esa hermosa mujer!《おい、あの美人見ろよ!》」
「No ... siento que es difícil acercarme《いや…なんか近寄り難いって感じがするんだよな》」
明らかに男を寄せ付けナンパを受けそうなディアヌだったが、彼女を見つめる男達は屈強な男であっても一応にディアヌへと声をかけるのを躊躇い、不思議と離れていくのだった。
そんなディアヌの悠々とした姿に、ジャンは苛立ちを覚えながらテーブルの紅茶を呷るのだった。
「ちっ…"人払い"の魔法か…無詠唱とか…なんかムカつくな」
「なんたって"杖の女傑"ですもの?こんな単純な魔法くらい、無詠唱で出来なきゃ名折れってものでしょうに。それとも…嫉妬?」
「魔法が使えりゃいいってものでもない!俺は魔法が使えるし、剣だって…」
「はいはい、ジャン。貴方は優秀よ。頭が単純過ぎる以外はね」
カップを荒っぽくソーサーに戻したジャンは、更に苛立ったように悪態をつくとカップに角砂糖のブラウンシュガーを何個も落とした。その姿にディアヌは、優しい笑みで彼に微笑み掛けた。その薄く開いた瞼から覗く瞳はオレンジ色に輝き、彼女が人ならざる何かに思える程の不気味さを醸し出した。
そんな不気味さの漂う笑みを浮かべたディアヌの一言にも負けず、ジャンは彼女を睨むと再び噛み付くように文句を言いながらカップを呷った。その姿に、ディアヌもその不気味な笑みをただの楽しそうな笑みに変えると、いつの間にか空になっていたカップを掴んで口に近づけた。
「"Ρέει...γεμάτο..."《"流れて…満たされる…"》」
ディアヌは母国語ではない言語にて小声でカップへ話しかけるように呟いた。すると、カップの底に小さな魔法陣が浮かび上がり、その中心から泉のように温かい紅茶が湯気を上げて溢れ出てくるのだった。
「ホホゥ…グイリア式の短縮詠唱法デスカ?ソレの習得ってケッコウ時間がカカルモノナノニ!」
「なっ…テメェ、いつの間に!」
「オット、ヤメてくださいよ!ワタシ敵じゃないですよ?」
魔術によって再びカップに紅茶を満たしたディアヌがそれに口を着けようとしたとき、背後から何者かが女の声で驚きの言葉を呟いた。その黒いローブで全身を隠した何者かの不慣れなガリア語に、ディアヌは静かに眉をひそめつつ、ただ黙って紅茶に口を着けた。
それに対して、ジャンは驚きの言葉と威嚇の怒声を上げつつ、一瞬で足元に置いていた細長い麻袋を蹴り上げその中身を取り出して構えた。それは鞘の無い一本の剣であり、赤い炎の様な模様に金の装飾、鍔には翼の意匠が凝らされた緻密な剣であった。その剣の炎の塗装は、ジャンが掴むとまるで本物の炎のように逆巻き始め、刀身に熱を帯び始めるのだった。
その風のように速く炎のように荒々しい戦闘態勢にそのローブ姿の何者かは、慌てたように両手を振って早口の言い訳をするとローブを脱ぎ捨てたのだった。
「ワタシはダフネ・センペレ・ソテロって言いますネ!マクルーハンの修道女してマスのよダカラ私は敵ではないのでシテそのケンを納めていただかないと困るというかナントイウカ!」
「ジャン、止めなさい。ここの修道院からの使者でしょう。それに、彼女を相手するには貴方は歩が悪い」
「はぁ?何を言って…」
ローブの下から現れたダフネと名乗る女は、灰色の修道服を纏う少女であった。若さ輝く黒い肌の顔に深い黒い瞳の彼女は、ジャンから剣を向けられたことに焦り慌ただしく身振りをしながらさらに早口でジャンに頼みかけた。
そのダフネの小動物感溢れる動きに、ジャンは幼い頃に飼っていた子犬を思い出すと一瞬だけ切っ先を乱した。その瞬間にディアヌがジャンを静かに止めると、もう何も言わないとばかりにただ紅茶を啜るのだった。
ディアヌのその姿にジャンは驚きとプライドを傷付けられた不快感の言葉を漏らした。だが、その言葉を言い切る前に彼は自分の剣が異常をきたしていることに気がついた。
「俺の聖炎剣が!」
「Épée de…ナントカでしたか?トニカク、私にホノオを使って勝とうトイウノは…その…無茶ですよ?」
ジャンの持つ剣の炎の模様はみるみると弱くなり、本物の炎さえ上げそうになっていたその勢いは直ぐに消え去った。
その光景にジャンが困惑しながら刀身を驚愕の表情で見つめる中、ダフネは不慣れなガリア語でジャンを宥めると、その手の中から小さい青紫色の火球を浮かばせるのだった。
「あれよ、ジャン?彼女は、"聖炎の使徒"よ。同じ聖炎を纏うその剣じゃ、火力も下がる」
「とりあえず、コンナ所で暴れられても困りますし。修道院の中までゴアンナイします。他の10人の方も待っておられますし、御用意を」
「だから…"歩が悪い"か…まるで"アイツ"とやりあってるみたいだ…ちぃっ…ふんっ…」
手に浮かべた火球を遊ばせるダフネに、いつの間にか紅茶を飲みきり荷物をまとめ始めたディアヌは、ジャンに諭すように呟いた。その言葉と彼女の行動に、ダフネは自分の掌の火球を凝視するジャンを手招きしながら足取り軽く通りへと歩いていった。
そのダフネの後ろ姿に、自分の威圧も剣も通じない相手の存在を見せつけられたジャンは、苛立ちを顕にしながら代金をテーブルに叩きつけた。その叩きつけた右腕を撫でながら、ジャンは自分の脳裏に過ぎった男の影に苛立ちながらダフネとディアヌを追いかけるのだった。
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