第3幕-3
趣味で書いているので温かい目で見てね。
内戦が終わり、様々な事件や苦難を乗り越えて復興し、今や侵略や略奪をされてきたことや内戦が歴史の教科書の中へと去ったガルツ帝国は、栄華を誇る近代国家へと激変していた。
百数十年前までは夜に灯りさえ疎らにしかなく、嘗ての帝国民は野山の野獣や野盗に怯える日々ばかりであった。だが、今となっては帝国各地の大都市の多くは眠らぬ街が殆どであり、あちこちのビルや道路には明かりが満ち溢れていた。その勢いは地方の小さな都市さえいたり、深夜に至っても小道に至っても商店や企業のオフィスは活気に満ち溢れていた。
そんな帝国の首都であり、皇帝の城であるシュトラッサー城の城下町でもある摩天楼のデルンはその際たるものであった。
「それでね、カイム。ブリギッタときたら、そんまま空中で3回転して着地したの!カノジョの身体能力ってば、ホントに凄いの。帝国騎士のセジュツをしたら"更に磨きがかかった"って。あんなに最初怖がっていたのにね」
「そうですか…」
「私も"適正検査"っての受けてみようかしら?アナタも施術を受けたことだし、私も"帝国皇帝"としてウケてみようかしら?」
「そうですか…」
「んっ…アナタねぇ、このワタシが話してるのよ!なに、その気のない返事は?本当にシゴトの虫ね、アナタ」
「そうですか…」
そのシュトラッサー城の主にしてガルツ帝国皇帝アポロニア・フォン ウント ツー・ホーエンシュタウフェンは、彼女の豪華ながらに品のある自室のテラスにて楽しそうにテーブルの反対側の人物へ語りかけていた。肌位の多い赤いネグリジェ姿の彼女は、この頃かけ始めた眼鏡の位置を直しながら結っている長い髪を手櫛で撫でつつ、今日あった出来事に笑みを浮かばながら話すのだった。
その話し相手は当然ながらガルツ帝国国防軍総統であるカイム・リヒトホーフェンであり、襟のボタンを開き腕を捲くって着崩した執務服姿のまま未だに書類を片手に仕事をしていた。
テラスの端で周りを照らす灯りを頼りに書類の文章を目で追うカイムはアポロニアに生返事しかせず、その返事も総統としての事務的な感覚を覚えさせるものだった。
その結果、返事を受ける度にアポロニアは少しずつ不満げに頬をふくらませ、嫌味と文句を言っても変わらないカイムの返事には彼女の頬は限界まで膨らんでいた。
「あらあらカイム"総統閣下"?一体、こんな夜の10時まで何のお仕事をされているので?」
「国防軍の補正予算案ですよ。国防装備庁の空軍装備に関する予算がどうにも不足しまして、統合国防本部第1課に草案を頼んだんです。やっぱり、空中艦隊構想は流石にやり過ぎたかもしれませんね」
「へぇ…そうなのね…」
不貞腐れるアポロニアは刺々しい口調で机の向こうに座るカイムに書類の内容を尋ねた。彼女の質問に答えようとしたカイムは改めて書類を見直した為に、音もなく椅子を立ち上がり彼の元へと歩み寄ったアポロニアに気付かなかった。
「ちょっと!せっかくの夫婦水入らずの時まで残業なんてナシなんじゃないの?」
「しかしですね…うおっ!」
「そういう人には…こうだ!」
カイムの真横に腰に手を当てたアポロニアが立ち、彼を書類を額の一角で小突きながら文句を言った。
その反応にまだ事務的な反応をしようとしたカイムだったが、書類から顔を上げた途端に彼はアポロニアに少しだけ乱暴に座る椅子をずらされた。そんなアポロニアの行動に驚いたカイムが驚きと戸惑いの声を上げて仰け反りつつ書類を慌ててテーブルの上に置こうとした。それらの勢いが椅子ごと彼を倒しかけたが、カイムの膝の上に勢い良くアポロニアが乗るとバランスを取り戻したのだった。
「少しはカマッてくれてもいいんじゃないの?」
「既成事実で積み上げた"夫婦"なんて言葉をよく言いますね…せっかく制定した"総統法"の意味を問いたいですよ…」
「国を上げての結婚式が無かっただけましでしょう?ねぇ、皇帝陛下?」
カイムの膝の上にしおらしく座るアポロニアは、彼にいたずらっぽい笑みを浮かべるのだった。彼女の長くプラチナの睫毛に大きな瞳、整った顔立ちを前に、カイムは顔を赤くしてアポロニアから顔を背けた。そんな狼狽したカイムの絞り出したような一言に、アポロニア彼の鼻を指で突いて笑うのだった。
「あくまで抵抗するのなら、皇帝だって実力行使するぞぉ!」
「ちょっ、待て!止せって、くすぐるな!」
「それそれ〜!」
アポロニアが膝の上に乗ってもなお総統として対応するカイムに少し不満げな表情を浮かべた彼女は、カイムの頬を掴んで彼の顔を自分の方に向かせた。更にアポロニアはカイムの脇を何度も小突きながらくすぐった。
アポロニアの悪戯を前にカイムは逃れるように身をよじったが、彼女は膝の上に乗っているために逃れられずただ甘んじて受け笑うだけであった。
「まっ…まったく…30年前なのに今でも時々夢に見るよ…せっかくの君の誕生日の全ての式典が終わった後に"2人で祝いたい"なんて招待状を貰って律儀に礼装して行ったのに…夕飯に精力剤を盛られた上に、近衛軍を動員して私を城に監禁。無理矢理に私に君を襲わせてる間、城の外では近衛軍と親衛隊が武力衝突寸前。デルンの街で無線の警告合戦で、おまけに国防軍まで出動。国防大臣からは"これが軍に正規登録された作戦"なんて言われて。トドメには"ワタシとアナタの素敵な夜"作戦だって?酷い冗談だろ…」
「何よ、あの晩は"ノリノリ"だったでしょうに!あんなに求めあっておいて"冗談"なんて不敬よ!」
「酒と精力剤の過剰投与で"ベロベロ"だっただけだ…」
アポロニアの悪戯で息を乱したカイムは、椅子の背もたれに力なく寄りかかると、テラスの外の景色と当時の辺りを走り回る各軍の兵士達と車両の思い出を重ね1人呟いた。
その渦中であった自分の余りの不甲斐なさに全身の力が抜けたカイムは、弱った手で自分の頭を抱えようとした。その手を取って自分の頬を撫でさせたアポロニアの言葉に、カイムは彼女の額の角を摘んだ。彼はアポロニアを飼い猫のよう撫でなが、彼女もしたり顔で満足そうにされるがまま頭を揺らすのだった。
「まったく…やっと気が抜けたわね、アンタ。何時までも肩肘張ってカッコつけてさ。こういう時くらい少しは力を抜きなさいよ」
「だっ…だけどな…むっ!」
「だけどって、ねぇ…まぁ、忙しい立場にあるのは解るけどさ、ワタシとの時間くらい…せめて肩肘張るのは止めていいんだよ?ここはワタシとアナタの2人しかいない。そう…1人のアポロニアと1人のカイムしかいないんだよ」
頭を揺らされるアポロニアが執務で凝った首を鳴らす中、恍惚とするアポロニアはカイムに優しく諭すように呟いた。その呟きに自分の肩の力が抜けていることに気づいたカイムは、自分を見つめるアポロニアの目線から逃れるように顔を背けた
だが、カイムの両頬に手を添えたアポロニアによって再び2人の視線がぶつかると、彼は咄嗟に言葉を漏らした。そのカイムの口を指で塞いだアポロニアは、角によって幅の狭い自分の額とカイムの額を合わせ、まるで子供を宥めるように優しく語りかけるのだった。
「アナタ、よく言うでしょう?"人間ならば辛いときもある"って。アナタいつ人間辞めてたわけ?
"辛いときは休むべきて、休むのも仕事"って軍では言うらしいじゃない?なのに、その総統のアンタが休まないんじゃ誰も休めないでしょ。
それに、休むのは辛い現実や苦しい責務を全うするため。日々を生き抜きより良い生活を得るため。責務と戦い続けなくちゃいけないなんて誰も決めてないし、そんなの決めるやつはワタシがぶっ飛ばしてやるわよ。
だから…」
カイムの口を押さえるアポロニアは彼に優しく語りかけた。まるで子守唄を聴かせるような優しさのある言葉に、カイムはただ黙って聞き続けた。
そんなアポロニアが少し言葉を躊躇うと、2人の間に沈黙が走った。アポロニアは少し困り顔で黙ったままカイムを見つめ、カイムは彼女の赤い瞳に至近距離で見つめられ、ただ戸惑いながらも沈黙を維持したのだった。
「だから…辛いならワタシに甘えなさい!総統に休めって言えるのはワタシだけだし、アンタみたいなとんでもない役職の苦しみを解ってあげられるのも、私だけでしょう?」
「総統職を重責にしておいて…」
「そうね、そうかもね…なら、アンタに甘えられるのがワタシのシゴト何でしょうね?普段は御前会議でハンコ押したり書類の確認したり、視察くらいなんだから。コレぐらい、お安い御用よ」
カイムを見つめていたアポロニアは、意を決したように頬を赤くしてカイムに力強く言い放った。その言葉は緊張と興奮で上擦っていたが、彼女の赤い瞳に見透かされているかのような感覚に陥ったカイムは、彼女の手を払い少しだけ反抗した。その声がカイムなりにリラックスしたものと考えたアポロニアは、そのまま彼を抱きしめながら耳元へ囁きかけるのだった。
「明日は少しくらい遅れて行っても…ぐぇっ!」
「失礼します皇帝陛下、総統閣下に重要な要件がありますので!」
「ギっ、ギラ!アンタねぇ、ちょっと!つっ、角を引っ張るなぁ!カイムぅ、助けてよぉ!」
再びカイムに視線を送るアポロニアは、甘い吐息を混ぜながら彼の唇へと顔を近づけようとした。そんな彼女は興奮と緊張でカイムがわずかに冷や汗をかいていることに気が付かなかった。
そして、あと少しという所でアポロニアは角を猛烈に後方に引っ張られ、呻き声と共にカイムから引き剥がされた。まるで釣られた魚のように仰け反るアポロニアの角を掴んでいたのは額に青筋を浮かべる親衛隊制服姿のギラであり、彼女は業務的な口調でアポロニアに侘びたがその瞳には全く反省の意はなかった。
そんなギラの突然の登場にアポロニアは驚きながら雰囲気を粉砕された怒りを彼女にぶつけようとした。だが、角を掴まれ姿勢の重心が安定しない彼女は、嫉妬の炎に瞳を燃やすギラに遊ばれ、カイムへ助けを求めるのだった。
「んっ、ゔん…ギラ総統補佐、それぐらいに…」
「なんて言いました、カイム?」
「あっ…いえ…その…帝国臣民として…あの…」
「カイム、こういう時は?」
「ごめんなさい…」
地団駄を踏み腕を振ってもギラを振り払えない涙目のアポロニアの姿を前に、カイムは怒りのオーラを放つギラに総統として咳払いをしながら口調を改めて声を掛けた。
だが、そんなカイムの言葉と態度は嫉妬と愛憎を振りまくギラの言葉に完全に吹き飛ばされ、彼は一瞬で総統から1人の男へと叩き戻された。そして、ただのカイムはしどろもどろにギラへと声を掛けたが、雰囲気に反して異様に優しく微笑むギラの一言にあっさり負けると頭を下げるのだった。
そのカイムの謝罪に満足したギラは、直ぐにアポロニアの角から手を離すとカイムの元へと歩み寄った。
「アイタタ…アンタねぇ、ギラ。時と場所が違かったら、ソッコーで拘束して牢にブチ込んでやるんだからね!」
「解ったよ、カイム。"英雄色を好む"って言葉もあるし、そこの色ボケイッカクはどうしょうもないから。今回も許してあげる。はい、こちらの書類を大至急確認して…」
「ちょっと、泥棒羊!ヒトの話を聞きなさいよ!勝手にヒトの部屋に入ってきてるし、勝手にシゴトしだしてるし!いい加減に…」
「総統補佐として許可は取ってあります。何より総統閣下に急を要する案件でしたので。それと、激しく訛りが出てますよ?」
「ばっ…馬鹿にして!いつか不敬罪で捕まえてやるんだから!」
「あら、総統夫人を逮捕ですか?」
「きぃ〜!ちょっとカイム!」
角とその生え際を撫でるアポロニアは、冗談なのか本気なのか解らない荒ぶった口調でカイムに持っていた書類を渡すギラに怒鳴りかけた。そんなギラはアポロニアを一瞥すると、バカにするような半笑いを浮かべつつ嫉妬のオーラを直に受け顔を青くするカイムに肩に手をかけ囁くのだった。
無視されたこととカイムとギラの距離感の近さにアポロニアの怒りが沸点を越えると、彼女はギラの元へと喚きながら駆け寄り、自分と同様に彼女の両側頭部の角を掴みカイムから引き剥がそうとした。
カイムから引き剥がされたギラとアポロニアは直ぐに口喧嘩を始めたが、その間にカイムはギラから渡された書類を確認していた。その表情は二転三転して最終的に青ざめた苦笑いになるのだった。
「ギラ、車を手配してくれ。今すぐにだ」
「もう用意してますよ。アマデウス宣伝大臣も含めて、全員が国防省に向かっています」
「そうか…制服着たままで良かったな。なら、急がないとっ…」
引き攣った笑いを浮かべるカイムは、額を撫でながらギラに対して指示を飛ばした。空かさずギラが答えると、まだ椅子に座るカイムへ手を差し伸べたのだった。
額を撫でていた手でそのまま額を数回軽く叩きつつ一人考えると、カイムはギラの手を取り急いで部屋から出ようとした。
だが、カイムは制服の裾を急に引っ張られると、その足を止めるのだった。
「ちょっと、国防省で何があったの?アマデウスまで出てくるってことはよっぽどのことでしょうに?何よ、また数十年前みたいにヒト族が艦隊でも送り込んできたの?」
「皇帝陛下、これは…」
「黙りなさい、ギラ。私はカイムに聞いてるの。それに、カイムは総統。なら総統法に従うべきでしょう。総統法第1条第1項には"総統とは常に皇帝の臣下である"ってあるでしょう。なら、私は…」
カイムを引き止めたアポロニアは、先程までの柔らかな雰囲気と異なり皇帝としての力強い視線で彼とギラを引き止めた。数十年にて身につけたその皇帝としての雰囲気を前にしたギラは、一瞬だけたじろいだが何とかアポロニアへと一軍人として答えようとした。
だが、カイムとギラの不穏な雰囲気を察したアポロニアは止まることを知らず、毅然とした態度でカイムへと詰め寄り彼の前に立ちながら問いかけるのだった。
そんな皇帝アポロニアの態度と自分の建てた総統法を諳んじる彼女を前にしたカイムは、未だ主張しようとするアポロニアを総統として強く見詰めて彼女の言葉を止めるのだった。
「解った、解りましたよ皇帝陛下。ただし、まだ不確定な点が多いので、状況が分かり次第に追加で連絡します。それで宜しいでしょうか?」
「結構、説明なさい!」
「それでは…昨日の昼頃に我が国の排他的経済水域にヒト族の不審船が1隻侵入しました。船にはそのヒト族を確保した第2艦隊の取り調べと統合国防本部第5課曰く…ネーデルリア三重王国の第2王女のハル・ファン・デル・ホルストと言う人物が外交のために…って、アポロニア?」
「ヒっ…ヒト…族…あぅぁ…」
「アっ、アポロニア!」
全てを諦めたカイムが最後の確認を強くする中、アポロニアは即座に彼へ命令をだした。
だが、カイムが淡々と説明をしてゆく中、アポロニアは少しずつ顔を青くすると最後には腰を抜かして倒れそうになった。それをカイムが慌てて支えたが、アポロニアは肩を震わせながらカイムを強く睨みつけるのだった。
「ワタシも、連れていきなさい!早く!」
こうして、剣聖ハルの旅はシュトラッサー城に対して大きな激震を巻き起こしたのだった。
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