幕間
趣味で書いているので温かい目で見てね。
「や~い!ニセ王女!」
「お母様から聞いたぞ!お前は"妾の子"だって!」
「なぁ、男爵。妾ってなんだ?」
「良いから黙ってろよ…とにかく!お前は汚い偽物って事だ!」
ある日、少女は突然に同年代の貴族少年達によって城から連れ出された。とはいえ、敷地外に出る程の勇気は少年達になく、彼等は少女を城の奥にあるゴミ置き場同然の扱いをされた古びた武器庫の前に連れ出しただけだった。それでも、少女からすればよく知らない場所へ連れ出されるだけでも恐怖であり、相手は徒党を組んだ男となればなおさらである。
「あっ…あのっ…私が一体何をしたと…」
「とぼけるな!お前がいることが罪なんだ!こんな女がいること自体、ネーデルリアの"フハイ"の象徴って父上が言ってたんだ!母上もベルギオやルクスチアを…」
誰かが少女の悪評を風潮したことは明らかだった。だが、幼く自分で考えることをあまりしなかった少女には何の事か理解できなかった。
ただ、責められていることしか解らず、少女は涙ぐむことしか出来なかった。その涙目は、少年達の純粋且つ無知な善悪観念における"悪の屈服"に思え、彼等は意味も何もない道楽の正義感を振りかざすのだった。
「父上が言ってたんだ!"国王も扱いに困ってる。だから城から出さない"ってな!」
「お前はゴミだ!だからここに捨ててってやる!」
「ほら立てよ!行けって!」
「ここに入るんだよ!」
少年達の罵声に少女は恐怖こそ感じたが、育ちが中途半端に良いこともあり彼等は直接手を出すことがなかった。
そのため武器庫の前に座り込んでいた少女は立ち上がり、落ちていた木の棒で突っつく少年達の言葉に従い扉の前へと立つのだった。
「ほら、入れよって…」
「随分すんなり入んじゃん…つまんねぇ」
「"妾の子"だから何も出来ないんだよ!ほらもっと奥だ!奥に入れよ!」
「よし閉めろ!しっかり閉めろよ!」
まるでアリやゲジゲジを苛めるかのように少女を扱う少年達だったが、そんな彼等の扱いに対して少女は何も言わなかった。徒党のリーダー格である黒髪の少年が彼女を棒で強めに叩いても何も言わず、ただ涙目になりながら俯き武器庫の扉の奥へと罵声を浴びながら進むだけだった。
少女は、下手に何かを言うと自分が傷つくのを知っていた。さらには、自分が誰かを相手に何か言えるほど強くもなく、存在価値がないという自覚もあった。
それ故に、手荒に扱われ掴まれた腕や突き飛ばされて擦りむいた手のひらや膝と捻った足首の痛みに耐えながら、少女は黙って立ちつくすのだった。
「この扉、思いな。よし!皆で押すぞ!」
「せぇの!うおぉお!」
「良いぞ良いぞ!皆、もっと押せ!」
「もう閉じるぞ!フス…」
日の光が殆ど入らない武器庫の中で扉の方へ振り返った少女は、大きく重い鉄の扉を閉める少年達の声と差し込んでいた日の光が重い鉄の音と共に消えるのが見えた。
だが、少女には少年達の声も明かりのない暗さも、埃だらけの場所も怪我の痛みもどうでも良かった。
「1人は…嫌だよ…お母様…1人は嫌だよ…」
少女にとっては、1人になることが何よりの恐怖であった。たとえ嫌われ者やゴミのような扱いであれども、彼女は側に誰かいることが幸せだった。
「嫌われてもいいし…叩かれてもいいから…独りぼっちは嫌だよ…」
[…い…]
「姉様も…お父様も…皆、嫌ってくれていいから…1人は…」
[…い…卑屈す…だ…お前]
「変な声も聞こえるし…私、やっぱり生きていても意味ないんだ…」
[誰が変な声だ!]
最愛の母親との突然の死に別れや、最後の家族であるヤギを生きるために殺したというその経験は、少女に孤独というものに対して猛烈な恐怖を与えるには十分過ぎる経験だった。そして、話す相手もなく死に怯える少女は完全に孤独に何もできなくなるほど恐怖するようになったのだった。
そんな孤独に恐怖する少女が苦しみ呻く中で、その耳に微かな物音が響いた。だが、彼女はその物音より孤独の恐怖が遥かに勝り、その音が誰か知らない男の話し声になるまで反応さえしないかった。
だが、その声が聞こえても少女からすれば幻聴に思え、泣きむせ続けた。そんな少女がその声に対して呟くと、気に触ったその声の主は少女に対して怒鳴りつけた。
その怒鳴り声に肩を震わせた少女は、その声が幻聴でないことを理解すると慌てて暗い武器庫の中を見回した。暗順応して微かに物が見えるようになった少女だったが、その周りには無数の積み上げられた木箱が並びその隙間に僅かな通路がだけであり、人影はどこにも見えなかった。
「だっ…誰なの?どこ?どこに居るの?あの…良かったら…」
[そうおどおどするなよ。俺は逃げも隠れも出来ないし、そもそも動けないんだ。それに、ここに来るやつもここ数十年で殆どいない。まして、最大出力とはいえ"俺と触れずに話せる人間"はかなり久しぶりだからな]
「"最大…出力"?」
[まぁいい、気にすんな。嬢ちゃんはとにかく目の前の細い道を歩きゃいい]
驚く少女だったが、たとえ怒鳴りつけられたといえど自分以外に他の誰かがいるという事に安心すると、彼女は暗闇を見回しながら声をかけるのだった。その声は先程までの弱々しさが無くなり、気弱ながらも安堵が声音に混ざるほどだった。
その少女の呼びかけに、謎の声は呆れと同情、何より何故か期待感を込めて語りかけた。その言葉の中に少女は知らない言葉を耳にしたが、その声の指示を聞くとその内容通りに武器庫の扉と反対の奥の道へと歩いていった。
薄暗く埃だらけの通路は通路と言うには少女が一人通る程度の隙間しかなく、物を出すことを考えていない置かれ方だった。その山のような木箱には分厚い埃が積み重なり、中には年季が入り腐りかけているものもあった。
[嬢ちゃん、そこを右だ。そして左]
「右…そして左…」
[そそ。そのまま真っ直ぐ行ったらまた右]
「真っ直ぐいって…えっと…」
[右だ右]
そんな迷路の様な木箱の道を少女は声に従いひたすらに奥へと向けて進んだ。木箱の通路は奥に行けば行くほど狭くなり、最後には少女が身を斜めらせてようやく通れる程となった。
そんな道を歩き武器庫の奥にたどり着いた少女は、少しだけ怯えながらも辺りを見回した。周りには横長の木箱だらけであり、おおよそ人と言える様な誰かは全く見えなかった。
だが、少女は隅の一角に不思議と視線が行った。そこには麻布を巻きつけられた細い何かが木箱と木箱の細い隙間に押し込まれていた。その麻布は所々ほつれ、元は袋だったのではないかと思わせる劣化具合だった。
その袋に何故か少女は視線を引き付けられると、自分でもよく解らないままに彼女はすり足で少しずつその袋へ近付いた。
「もしかして…貴方が私に話しかけたの?」
[おいおい、嬢ちゃん。なんで解る?俺は何も言ってないのに。"声が聞こえる"って言ったら、必死に人を探すものだろ?]
「でも…なんだか"呼ばれてる"気がして…なんだか…」
少女は自分でも正気を疑いながらその袋の前へと着くと、その袋へ話しかけた。
その言葉にその袋の中の何かは驚きと喜びの混ざった声音で少女へ話しかけた。その袋の中の何かの疑問は、少女にも上手く答えられなかった。だが、少女は思ったままの答えを口にしたのだった。その答えは弱々しい響きだったが、不思議と振れることない確信であった。
[ふっ…ふふっ…ふははははは!]
「えっ…何が…面白かったの?」
[はははぁ…いや、なに。"呼ばれてる気がして"ってのがな。恐ろしく久しぶりに聞いたからさ]
「そんなに…ここに居るの?ここは武器庫なんでしょ?」
[使われなくなった道具の墓場さ。俺はずっとここに居る。"不用品"って訳さ]
「"不用品"…」
[そうさ。要らなくなったって事さ。だから蔵の奥底に捨てられた訳さ]
少女の言葉に、袋の中の声は突然笑い出した。その笑いは本当に楽しそうであったが、少女は一瞬怯えながら不思議そうに尋ねた。
その少女の言葉に、袋の中の声は声音に虚しさの影を差しながら答えた。その答えに少女は純粋に思った疑問を口にした。疑問に袋の中の声は卑下と卑屈さの混ざった答えを少女に言った。その答えに共感出来る感情があった少女が一人呟くと、袋の中の声は更に続けて卑下の言葉を続けた。
「なら…私と同じだね。私も"いらない"って言われてここにいるから」
[おいおい、何言ってんだ嬢ちゃん。嬢ちゃんは同じじゃないだろ?]
「なんで?だって同じ"いらないモノ"だよ?」
袋の中の声に少女は、不思議と自分と近しい何かを感じると一人呟いた。その呟きに反論した袋の中の何かは、少女の疑問を受けると少し静かになった。
[俺には"手"も"足"もない。全く身動き一つ取れないんだ。こんな俺が"その気になればいくらでもここから出られる嬢ちゃん"と同じってのは可笑しいだろ?]
「なんで?だって、ここの扉は大きいし重いし…それに…私は…一人じゃ何も出来ないし…私は…」
袋の中の声は虚しさが溢れ出る声で卑下を述べた。その声に、少女は更に言葉に出来ない何かを感じると袋の直ぐ前まで歩きながら気弱に呟いた。
その言葉に袋の中の声は何も言わなかった。だが、少女は不思議とその袋の中の何かが自分と繋がっていると確信でき、その沈黙の中で少女は何時の間にか自分の事を話し始めていた。
少女は生まれてから憶えている事をただただ淡々と語った。何故かは解らないし、彼女はその独白を不思議と止めようとも思わなかった。ただ溢れ出てくる母親との思い出や、母親に助けられ続けた記憶を話し始めた。
少女に父親はいなかった。彼女は母親と2人で小さな村の端に住んでいた。そこで数匹のヤギを飼いながら、細々と生活をしていた。彼女にとってはそれがとても幸せなことであった。
だが、少女が3歳と半年経ったとき、彼女の母親は突然に倒れそのまま亡くなった。外界との関わりを立っていた少女とその母親は、村からも孤立していた。そのため、少女は母親の埋葬も幼いながら自力で行い、孤独に生きようとしたのだった。
だが、少女1人で生きるには世の中は世知辛く、柵の破損から多くのヤギには脱走され、食料の収集も出来なくなった。結果的に、彼女は家族のように大切にしていた話し相手の羊一匹を解体し、飢えをしのいだ。
ネーデルリア三重王国の騎士達が少女の元に現れ保護されるまで、彼女はヤギの血に塗れた格好で死んだように生きていた。
母親が自分の事を大切にして弱っていたことを隠していたや、それに気づけなかった事。大切にしていたものを壊して生き残った虚しさをひたすらに語り続けたのだった。
[悪りぃな…嫌なことを話させたな]
「いいの。私は…何も出来ないだけだから…貴方の方が凄いよ。ここにずっと一人で耐えてきたんだから…」
少女が語り終え再び暗闇に沈黙が流れると、袋の中の何かはバツの悪そうな声で謝った。その謝罪に、少女は笑いながら答えた。その言葉に袋の中の何かは再び沈黙し、少女は肩を抱えて俯いた。
[なぁ、嬢ちゃん。ここから出たくないか?]
「出るって…どうやって?」
[おいおい、嬢ちゃん。俺は道具だ、更には武器だ。適したヤツが正しく使えば出来ないことはないんだよ]
「誰が…」
[嬢ちゃんしかいないだろ?]
「わっ…私?」
[そうだよ。ここで手も足もあるのは嬢ちゃんだけだろ?]
俯く少女に、袋の中の何かは励ますような明るい口調で語りかけた。その内容に顔を上げた少女だったが、その突飛な内容に思わず尋ね返した。
その少女の疑問に、袋の中の何かは自信有りげに語って聞かせ驚く彼女に自信たっぷりに話すのだった。
[なぁ、嬢ちゃん。いや…名前何ってったっけ?]
「ハル…遠くの国の言葉で"春"って意味なんだって」
[そうか。なら…ハル。お前は俺の声が聞こえた。そして、俺達はずっと会話出来てる。お前には何がなんだか解らないだろうが、俺には解る。俺達ならなんだって出来る。その気になれば馬より速く走れるし、誰よりも強くなれる。武器か何かがおかしなことを言ってると思うだろうが、俺は嘘はつかない。だから、武器と話せるくらいにおかしくなったと思って、信じてみろ]
袋の中の何かはハルと名乗った少女に向けて力強く語りかけ続けた。その内容は少女の心に反論を持たせた。だが、少女は不思議とその言葉を信じてみたいと思い出し、気付いたときにはその袋の端へと手を伸ばしていた。
ハルはカビと埃にまみれた麻袋を出せる力を振り絞り中身から引きがした。
「貴方…剣なの?喋る…剣なの?」
[不気味かい?]
「ううん。ぜんぜん…むしろ…」
[むしろ?]
「キレイ…」
[ははっ…なかなかに肝が据わってるな]
袋の中のから現れたのは一本の銀色の剣であった。両刃の細く長いバスターソードであり、宝石の様な何かが埋め込まれた特徴的な見た目であった。その姿にハルは思わず呟くと、剣は茶化すように話しかけた。その言葉に少女は思ったままを呟くと、剣は笑いながら感心したのように呟いた。
[さぁ、ハル。俺を使え。"俺"が"お前の"、"お前"が"俺の"世界を変えるんだ]
「世界を…変える…」
剣の力強い言葉に促され、ハルはその手を恐る恐る剣の柄に伸ばした。一瞬だけ躊躇った彼女だったが、意を決すると一気に両手でその柄を握りしめ勢いに任せて持ち上げようとした。だが、幼いハルには明らかに長く重すぎた剣は彼女ごと床に倒れようとした。
「わっ…わわっ!」
[ハッハッハ!スゲぇな、ハル!お前、すげぇよ。一か八かだったが、大成功だよ!]
だが、体勢を崩しかけたハルはむしろ剣を押し返し、その幼い体に明らかに似合わないそれを天井に向けて高らかに持ち上げた。
自分がしている光景に驚いたハルも思わず声を漏らしたが、それよりも遥かに喜びに溢れた剣の声が彼女に響いたのだった。
[ハル!お前は"俺の世界"を…俺は"お前の世界"を変えたぞ!初めまして、ハル!俺は聖剣!又の名を…]
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